048/秘宝を護るのはだいたいはドラゴンだ
卒業生入場。
ということで厳かに、晴れやかに、少し照れくさそうに卒業生が1列に並び、式場になっている体育館に入ってくる。
流れるBGMで感極まってくる親御さん。
拍手。
滞りなく進む式。
いい事を言おうとして最終的に何の話をしているのかわからなくなる学年主任の先生。
感動して泣きすぎてメイクが落ちてるセクシー先生。
送辞や答辞、証書の授与、長い校長の話。
さらに長い保護者会理事長の話。
感動に包まれた退場……。
なんてモノはミコの目の前から儚く消えて、いま校舎の2階から3階の踊り場でつまづいて転んでいる。
涙が滲む。
卒業への感慨からではないのは明白である。
「なんで私はいつもこうなんのよーーー!」
と思わず叫ぶ。
その後ろから階段をヒコが3段飛ばしで追いつく。
軽やかなステップ。くわえタバコ。
「ほら、泣くな。卒業証書もらってきてやったから」
と、ヒラヒラと証書をミコの目の前に差し出す。
「そうゆうことちゃうわ! てかなんでアンタがもらってんのよ!」
「しょうがねえだろ。会場にはいられないんだから。ほら、早く逃げろ」
と、ちょっとダルそうに手で先に行けと促すヒコ。
つまり、逃走中である。
何から?
もちろんキュウタ率いるスレッジハンマーズからだ。
ミコが通う高校は、南区の東の端の方、スレッジハンマーズの本拠地エリアにほど近い場所にある。
今回ターゲットとしているポータルや、その隣のスレッジハンマーズの本拠地から地下鉄で二駅。
歩いても15分程の距離にある。
ということで、スレッジハンマーズに攻め込む前にミコの晴れ舞台に参列しようと、ヒコは保護者枠で卒業式に出席していた。
慣れない黒の細身のスーツに身を包みながら。
インナーはTシャツだけど。
滞りなく進行していた卒業式の最中、スレッジハンマーズが高校に強襲をかけた。
100人もの人数で大挙して押しかけミコを探す。
誰もいない校舎を駆け回り、叫び、雄叫び、校庭をダッシュで横切り、卒業式が行われている体育館の扉を開けてまた雄叫び。まさに部族である。
そんな野蛮な侵攻に勘付き、密やかにヒコはミコを連れて体育館を後にし、こうして無人の校舎を2人で逃げているなう。
「なうじゃない! ほんっと街賊嫌い! めちゃくちゃ!」
ミコが悲壮感をもって喚く。
そのとおりである。
街賊はめちゃくちゃだ。
ルール無用。そりゃいかなる悪事も平然と行う黒い集団だから当たり前である。
特に全面的な抗争になった場合はそれがさらに顕著だ。躊躇なく。
どんな場所だろうが暴力が華開き、誰がそこにいようがどんな状況だろうがお構いなし。
ただただヤリ合う。
それによってまたエキサイトする。
暴挙に拍車がかかる。そうなったら止められない。
止まる気もない。
だから街賊の戦争は厄介だ。
人知れず、とかそんな考えはさらさら無い。
こうして高校にだって堂々と現れる。
もっともスレッジハンマーズが馬鹿だからというのも何割か増しであるが。
「あんま大きな声出すなよー。いま逃げてんだよ? 隠れてんだよ?」
「うるさい! だいたいなんでココに来るの? あっそっか! アンタがいるからじゃない! アイツら引き連れて学校から出てってよ!」
息を少し切らしながらミコがヒコを睨んだ。
「んーいや、俺も最初はそうかなって思ったんだけどさ。どうも探してるの俺じゃないんだよなー。
女子高生を探してんだよ」
「それが私? それもおかしいでしょ! よく考えたら私逃げなくてもよくない?」
「まあだれが狙いでも俺といれば安全だし」
ーー安全?
むしろ街賊といるなんて危険すぎるでしょ、とまた睨む。
「仮に狙いが俺だったとしてもだ。なんでココにいることバレたんだ? セディショナリーズ本隊は奴らの本拠地に攻め込んでるんだけどな」
と、階段に座り込んでタバコの煙を吐き出す。
そう。いま、セディショナリーズは総勢300程の人数を何部隊かに分けてスレッジハンマーズ本拠地に侵攻している。
事実、街の至るところで衝突が起こり、さながら暴動でも起こったのかと思う程激化している戦場もある。
街賊が他の街にあるようなクソガキの不良やギャング気取りの若者と違うのは、本気で殺し合うことであり、その点においてなんの迷いもないことだ。
街賊の殺し合いが例えばヤクザやマフィアと違うのは、先にも述べたように場所、時間、状況なんて一切考慮しないことである。
そんな暴力が燃え上がっている。
なのに、その主たる双方のクルーのリーダーは高校で鬼ごっこ中。
「んーわからん……」
さすがにヒコもその理由がわからない。
なんせただのスレッジハンマーズ、キュウタの勘違いから始まってるからだ。
「そして割とヤバい状況だなこれ。向こう100はいんのにこっち2人やでー!?」
「私を数に入れるな!」
「えええ? じゃあ俺1人やん? マジで? 薄情だなー」
「いや私関係ないし!」
「俺の妹だよ? それに俺より強いくせに」
「は?」
何を言っているんだとため息をつくミコ。
「あっいたぞ!」
タンクトップの茶髪が何人か階段を駆け上がってくる。
「あぁ……うぜ」
と小さく呟き、踊り場から飛び出して先頭を走ってくるタンクトップに蹴りを入れる。
将棋倒しの要領でまとめて階段を転げ落ちていく男達。
「……場所変えるか。よし、ミコミコ。お前そこで隠れてろ」
と、視聴覚室を指さすヒコ。
ミコはそれに無言で従う。
ヒコといるより隠れてる方がいい。
「……ああーカノン、そっちの調子どう?」
ヒコは悠々と廊下を歩きながら、スマホ片手にたばこに火をつけた。
相手はカノン。
いま、スレッジハンマーズのホーム、マッスルビルを攻めているところだ。
街の大通りで肉弾戦。裏通りに入って日本刀を持ったセディショナリーズのメンバーと、それを迎え撃つ筋肉軍団の攻防。
小洒落たカフェの窓ガラスを突き破る大男。
まるで暴動でも起きたのかと見紛うような、通りを埋め尽くす暴力。
それはある種の熱狂を帯びている。
血がそこかしこで噴き出し流れる。
まさになんの小細工もない力とチカラのぶつかり合い。
セディショナリーズは筋肉バカではないので策を講じることもできたが、力でねじ伏せた方がこのスレッジハンマーズには一番効く。
だからこその正面突破。
スレッジハンマーズの本拠地、マッスルビルを見上げながらカノンは無言。
上手くいっている。ヒコにもそう伝えた。
現にいま敵の本拠地の目の前だ。
ここを攻め落とし、一帯を支配下に置く。
が、
「上手く行き過ぎていますね。こんなものですか? スレッジハンマーズとは」
街の至る所で待ち構えるスレッジハンマーズのメンバーを撃破してきた。中には熾烈な戦いとなっているところもある。
それでも攻め始めて1時間も経たずにこの場所にいる。
守りも堅くなさそうだ。
八華トップクラス、南部で一番だと言われる武闘派の面影がない。
まあたしかにスレッジハンマーズはどんな相手でもどんな攻撃でも恐れを知らずに平然と向かってくるが、そんな蛮勇じみた行為が武闘派だと呼ばれる由縁か。
つまり、弱い。手応えを感じない。
ここに違和感を覚えるカノン。
「と、ここで考えてても仕方ないですね。落としましょう」
と、ナギナタを握る手に力を込める。
アンド違和感があるまま難なく入ることができた。
誰もいない。
1階の受付カウンターにも人気はない。
まあ普通に受付して入りたいわけでもないので構わないが。
これなら南2区のスレッジハンマーズが実効支配する主要な場所をすべて抑えた上で、この本丸もとることができる。
――なんて簡単にはいかないらしい。
1階奥のフロアにあるボクシング用のリングに人影。
長いスパイラルな髪を1度かきあげて狡猾な笑みを浮かべる男。
筋肉は例に漏れず隆々。
右肩にドラゴンのトライバルタトゥー。そのドラゴンの手にはドクロが握られている。
カノンはこの男を知っている。
武闘派スレッジハンマーズを支える双璧の一角。
――龍士
まるで牙のような犬歯が特徴の男。
「ふははっ! やっぱり来たか! セディショナリーズのカノン! オンナだからって容赦しねえ!」
無駄に声がデカい。誰もいないフロアに響き渡っている。
「安心しろ。俺しかいねえ。サシでやろうぜ」
リュウジがリングロープの張りを背中で確かめながら言う。
やっぱりコイツも馬鹿なんだろう。
何がサシだ。
この後大挙してセディショナリーズのメンバーが押し寄せるだろう。
それで一気にここを落としてしまえばいい。
サシでやる必要もない、とカノンは冷静な目で睨み返す。
が、
「お前がサシでやるなら虎の方は止めといてやるよ」
どうゆう意味かわからないリュウジの言葉。
「あ? まだ知らねえのか? セディショナリーズの連携もたいしたことねえな。いま、虎の方はお前らの本拠地……ホテルを攻めてるぜ」
リュウジの言葉に思わず眉間にシワが寄るカノン。
虎というのは、スレッジハンマーズ双璧のもう一方。
虎鉄通称、虎。
スレッジハンマーズのタイガー&ドラゴン。
所謂2人のナンバー2。
その一方の虎がホテル・ヘブンを攻めていると。
だから手応えがなかったのか。
数も少なかった。それが本当ならこちらが攻めてくる間を縫って逆に攻めたということだ。
ほぼ無人に近いぐらいのホテル・ヘブンを。
だが、それはただの拠点だ。
そんな場所を攻めたところで勝利というわけでもない。
もっとも拠点中の拠点を奪われるのは大打撃で、特にセディショナリーズにとっては敗北に近いといえば近いけども。
それでもいま総力をあげてセディショナリーズがこのマッスルビルを攻めているのは、隣にあるポータルを抑えたいからだ。
ひょっとしてスレッジハンマーズにもそういった目的があるのか、とか考えるカノン。
「お前らセディショナリーズはたしかに危険だし厄介だがなー、こっちには心強い同盟クルーがいるからよー」
ロープの貼りに満足したのか、そのロープを撫でながら饒舌に喋り続けるリュウジ。
「同盟?」
「あれ? これ言っちゃいけないんだっけな? わかんねー。まあいいや」
やはり、スレッジハンマーズは馬鹿である。
馬鹿ゆえに、裏に誰かいる。馬鹿を利用しようと。
しかしそれを想定してなかったのは、自分達も馬鹿である。
カノンは軽く奥歯を噛み、目の前の敵を倒すことにまずは専念する。
誰かに仕組まれたことであろうと、そんなものは軽く突破する。
小細工を踏みにじっていく。それがセディショナリーズだ。




