044/抗うな。ただ、世界を選べ
ラストリゾート・リーダーのシヒロは全力で階段を駆け下りていた。
1段2段飛ばしぐらい当たり前。
「……やっぱり……試作品程度じゃあんなものか……」
と独り言で自分を納得させる。
切り札的にしようとしていた"先々代王の血"のコピー品。
やはりコピー品は粗悪であり、さらに試作品なんかアテにしちゃいけないと改めて思う。
そうだ。粗悪な、出来損ないなんてなんの足しにもならない。
不必要だ。 完璧じゃないものなんてこの世界にはいらないんだ。
そう思いながらも足は止めない。
――欲しいモノがあるならくれてやる。
ここにあるモノ全部やっても別に構わない。
どうせ全部紛い物。本物なんてひとつもない。
コピーコピーコピー。バッタモンで埋もれる場所。
もうすぐ1階。出口。 このビルから出て虚飾の城を後にする。
どこかでまた始めればいい。
どうせそれも虚飾に塗り固められた紛い物の世界だけど。
と、そこでシヒロは吹っ飛ぶ。 なにが起きたか理解できないが、頭を弾かれ身体が縦に半回転して倒れた。
「なーんで逃げてんのさっ」
そこに立っていたのは、ヒコ。
気だるそうにくわえタバコ。手にはフランクフルト。
「どーこに逃げるっていうのさっ」
そう言いながら倒れているシヒロの顔面を蹴り上げる。
血が飛ぶ。 シヒロはゴロゴロと転がり、そのままうつ伏せで震える。
「なーにから逃げてるっていうのさっ」
次は馬乗りだ。シヒロの背中に。
そしてフランクフルトをガブリと頬張る。
シヒロはもはやこれまでと悟る。 鬱陶しい奴が自ら来やがった、と。
神を自称するグランルードの、王族の、落とし子。
存在自体が厄介。この街で好き勝手暴れてる奴。
密やかに生きていこうとしているのに、すぐ近隣で暴れて問題の火種を撒き散らす奴。
だけど……こうなったら敵わない。
「なぁ。見逃してよ。もう敵対しないからさ。
ていうか元々敵対する気もなかったし。
ほら、俺なんてヤッてもなんもないだろ? 欲しいものはあげるからさ」
「は? 欲しいものは貰わなくても大丈夫。奪い取るよ。俺は街賊だ」
そう言ってまたフランクフルトをガブリ。
食べたあとの棒でシヒロの後頭部をツンツン。
「で?」
「は? え? で? ってなに?」
「いやー、俺がお前を見逃すメリットがなくなったんだけど。で? どうすんの?」
とりあえずそこを退いて欲しいと思うシヒロ。割と苦しい。
跳ね除けられるチカラがあればとっくにやってるが、そんなチカラはない。非力だ。
非力なんだ。だから故郷を追われて違う世界で生きている。 そこでもいいように利用されて、なんとか生存価値を作り出して生き長らえている。
そんな自分にどうするかだって……?
選択の余地なんてあるのか? ない。 いつも、選択なんてできなかった。
シヒロが奥歯を噛みしめる。
「ははっ。結局選べねえんだろ? まあそりゃそうか。
散々下等種って罵られてここまで来たようなお前だ」
ヒコの言葉を聞いて睨み返したいところだが、いかんせん体勢が無理。
だったら反論を、と思ってもまったくもってその言葉通りだ。
「まあいいや。そんなん言ってたってしょうがねえし、そもそもそんなことに興味ねえし。ま、お前は俺のこと嫌いなんだろうし」
と言ってさらに体重をかけるヒコ。 ぐぐっと唸り声。
「それでお前の世界は変わったのか? お前は満足に呼吸できてるのか?」
「は!? な、なに言って……」
「なぜ抗わない? 抗う方法がわからない? 抗う相手が見えていない? そもそも無駄だと思っている?」
「ああ! 無駄だ!! 抗う!? 何を言ってるんだよ。バカだろ?」
シヒロが思わず叫ぶ。いちいちうるさい。全部虚飾だ。それでいいじゃないかと。
「そうか。わかった。じゃあ抗うな。
俺はいまお前の上に乗っかって突きつけてる。
お前の命を握りながらな。 だから抗いたくないなら俺に抗うな」
ヒコは独特の抑揚で気持ちよく喋っている。それでも体重をかけることを忘れない。 だいたいどんな論理だと思うが、シヒロは声が詰まる。
「なっ……」
「ははっ。そうだ。お前の言うように世界は虚飾まみれ。
作り物で溢れている。この世界だってどっかの誰かが作ったモノに過ぎない。
そこで俺たちは飼われ続け、奪われ続ける。
だけどそれすら巧妙に隠され、笑顔を貼り付ける練習を毎日するんだ。
それが世界だ。 口を開くな、嫌なモノは聞くな、正しいモノを見るな。そうだ。抗うな。
目の前に広げられたカタログから好きなモノを選んでいるフリをしろ。
そして量産型の笑顔を貼りつけろ。
ひたすら続く暗闇に悩んでいるつもりになって傷を舐め合え。
やがて終わりに近づいた時、いい人生だったと仕組まれた走馬灯を見ている気になって誰かの道を走れ。 それですべてが許される。
うまくいく。未来は安泰だ。なんの心配もない。抗うな、抗うな。
お前が抗わない間に―― 俺はその世界をぶっ壊す。
お前が信じ込まされ、幸福だと刷り込まれた世界は無くなる。
だから抗うな。決して抗うな」
「何をやろうと……だいたい俺は……お前のように強くは……ない」
消え入りそうな声でシヒロがようやく答える。 ヒコに乗られて呼吸もままならないのもあるが、そこまで力強く反論する気もない。
「そうだな。お前にチカラはない。そしてそう言ってる俺にもない。チカラ?
そんなものは後回しだ。 この世界をぶっ壊すために必要なのはチカラじゃない。
覚悟だ。だから……」
そこまで言ってヒコは一呼吸おく。
「お前さー、俺に付け」
「は?」
これは……勧誘? セディショナリーズに入れということか?
「で、俺と楽しいことしようぜ」
ザックリしている。楽しいことってなんだ?
「なんだよ……楽しいことって」
「は? 知らねえよ! お前の楽しいことなんて! 抗うなって言ったろ」
ヒコが怒鳴る。 シヒロは面食らう。コイツ大丈夫か?
「俺は世界をぶっ潰す。あとは知らねえ。そんだけだ」
ヒコはそう言うと勢いよく立ち上がる。 首を曲げてシヒロがグッと唸った。
「ぶ、ぶっ潰すって……」
「まあなんでもいいじゃねえか。
どうせお前らただの下請けだろ? そんなんで終わる気?」
――下請け。たしかにそのとおり。
逃げて逃げて、逃げた先でただの奴隷のように扱われてるだけ。
街賊だなんだと悪ぶってもしょせんはその程度。
ただ平穏が欲しいだけなのに、いつの間にか随分遠くまできた気分。 もう戻りたい場所も定かじゃない。 行きたい場所も見失った。
目の前の男、ヒコの行く道がどうゆう道かも知らない。 ステイ オア ゴー。 ここに留まるか、先へ行くか。
急に突きつけられた選択。
「俺がただこの街で好き勝手に暴れてるだけとか思ってんの?」
まるでシヒロの心を見透かしたかのようなヒコの言葉。
実際そうだろうと思いながらも口には出さず、ただ服の汚れを払う。
「ま、確かに好き勝手やってるのは間違いないんだけどな。
ただすべて計画通りにやってるだけなんだよ」
「計画?」
「そう。ってお前まだ仲間じゃねえから詳しいことは言わないけどね。
でもお前……やっぱ歴代グランルード王の能力を知ってるんだな」
それを聞いてシヒロはピクリと反応し動きが止まる。
「ま、王の血のコピーを作ろうとするぐらいだからな」
シヒロの反応には目もくれずヒコは続ける。
「俺は知っている。お前らがなぜ蔑まれ疎まれ迫害されるかを。
お前らのその能力。グランルード王さえもコピー出来るかもしれないそのチカラ。
奴らにとってもマルチバースにとっても危険だ」
コイツは何を言ってるんだ? という目でシヒロはヒコを見ている。
「ほんとだよ。ヒコ君は知った上で言ってる」
ビルの入口から少年がコーラ片手に入ってくる。 中学生でも迷い込んだのかと一瞬戸惑いの表情を浮かべるシヒロだが、
「おぅ、ファイヤーボール。遅かったな」
「いや〜だってBYGコーラ飲みたいってヒ君言うし。
このへんチェリオ系売ってないんだよー」
そう言いながら手に持ったコーラの缶を投げ渡す。
――そうだ。コイツ。ファイヤーボール。 セディショナリーズにいる多元界人。
コイツも迫害され亡命した種だ。
同じ、か。 セディショナリーズにはそんな奴らもけっこういると聞く。 ヒコが集めているのか? 自然と集まるのか?
迫害される理由とはなんだ? それを打破する方法? 山ほど知りたいことが頭を駆け巡る。
密やかに生きていこうと思っていたけど、それを知らずに生きていけるのか? 打破できるなら。
シヒロはぼう然としながらもヒコとファイヤーボールを見つめる。
「一緒にやろうぜ」
ファイヤーボールが言う。
「なんかあろうがなかろうがけっこう毎日楽しいよ」
とか付け加える。
楽しい。この世界に来てから、いや元の世界にいた時から楽しいなんて感じることはほとんどない。
「なんだよ、楽しいって……」
「ははっ。まあいいじゃねえか。俺にはお前が必要だ。俺が世界を潰してまた創ってやる。だからついてこい」
「なにやるんだよ?」
「は? 決まってんだろ」
コーラをグビリと喉を鳴らして飲むヒコ。
「戦争だ」




