041/抗う事無き幸福を
目当ての雑居ビルに悠々と入っていったアレックス。
こちらも鼻歌混じり。
リリスと同じように喜びに満ちている。
甘ったるくて気だるいリリスの声から解放されたし、あとは好きに暴れるだけ。
欲しいものをゴッソリ奪っていくだけ。
口笛を吹きながらエレベーターのボタンを押す。5階。
だけど反応しない。もう一度押す。やはり無反応。
カチカチと何度か繰り返すが無理。
「にゃはは。直接は無理ってやつか~」
そう簡単に目当てのモノには届かない。
それぐらいがちょうどいい。
じゃないとワクワクもしない。
アレックスが街賊でいるのは楽しいからだ。
心の底から湧き上がるようなワクワク感と興奮。
まさに血が沸騰したような感じ。
それがあるから。いまだって別に自分がどうしても欲しいものでもないし、もっと言えばセディショナリーズのメンバーでもない。
幼馴染のヒコの頼みを聞いただけ。
そこに興奮しそうなものがあったから。
「さて……じゃあ」
6階を押す。
反応した。黄色く点灯するボタン。
「上からいくかー」
ここで焦っても仕方ない。余裕を見せておこう。
だからニコニコ。
「やあ〜やあ〜みんなのアイドル、アレックス君がきたよ〜」
視界は良好。身体の調子も良さそうだ。むしろさっきよりもいい。
リリスの甘ったるい毒から解放されたからかもな。とか思いながら軽く手を挙げる。
ガラーンとしたフロア。
いくつかのテーブルにPC。コンクリート打ちっぱなしの広い空間。
そこに10人程の男達。
一番まえで腕組みをしているサラサラの茶髪男子が一歩前へ。
「やあ、アレックス君。待ってたよ」
こちらもアレックスに負けないニコニコ笑顔。爽やかさすらある。端正な顔立ちで、どこかグリッスルを思い起こさせるイケメン。
一瞬、警戒。
「大丈夫。なにもしないよー。それと君も僕達に何もできない。
そう、お互い仲良くしよう。
俺はここの……ラストリゾートのリーダー。
シヒロってよんでいいよ。あっ違った。シヒロ様だった」
「にゃはは。なかなか大きく出たね〜、シヒロ……様」
言葉にしてから自分自身に違和感。
アレックスはすこし眉間にシワを寄せた。
様を、つけた?
ーーでも、なんだ? 悪い気がしないな。
むしろなんとなく清々しい? いや、心地良い?
アレックスの戸惑いを眺めながらシヒロはまだニコニコしている。
「うん。わかってくれて嬉しい。俺達は争う気はないし。争い事とか嫌いだし。アレックス君。アンタもそうだろ? ねえ?」
「争い事が嫌い? にゃは。そうだなー、俺は……貴方が嫌いなら俺も嫌いになるよ、シヒロ様」
今度は確実な違和感。いや、それ以上にありえない言葉に驚き。
自分は何を言ってるんだ? 争い事が嫌い?
そんなわけがない。大好きだ。
たまに面倒くさいとも思うが嫌いではない。
自らその争い事を作っていたりもする。
そして、またシヒロ様? 様をつけた。
さらに驚くのはこんなことを言いながら、身体中を駆け巡り、心を揺らしていく満足感。
なぜかとてつもなく満たされている幸福感。
「よかったよ。わかってくれて。さあ、一緒にコーヒーでも飲む?」
「……コーヒーか。そうだな、飲もう」
ーーいやいや飲みたいわけじゃない。
なのに飲みたい。飲もうと誘われその誘いを受けることに大きな幸福感が伴う。
指先まで感じるほど。
シヒロはニコニコしながらコーヒーカップをアレックスに渡す。
「ごめんね、椅子とかなんもなくて。いまこのフロア改装中でね」
「いや構わないよ。シヒロ様も立ってるんだしなんの問題もないよー」
ここまで来るともはやこのおかしさに抗えない。
そしてアレックスに抗う気はない。
どこか変だと思いながらもこのシヒロという男に声をかけてもらい、その男のために言葉を発して動くことにこの上なく幸せを感じてしまっている。
孤独や焦燥、憤怒、憎悪……すべての負の感情から解放されたような。
でもそれでいてそんな感情がなくなったわけじゃない。
それすらも幸福に満たしていくような感覚。
ーーこの男はひょっとしてすべてを賭してついていくべき男なのではないか? いやそうだ。そうに違いない。そうなんだ。この男、シヒロ様に出会うために今まで生きていたんだ。
だから俺は街賊なんてもんを生業にしていたんだ。
コーヒーに口をつけにこやかにそう思うアレックス。
「ふふっ。知ってた? アレックス君。アンタが来ることはわかってたんだ。なにやら最近妙な視線を感じるなーというか……。
だからうちの監視カメラやネットに細工しといてね。
そっちには嘘の画でも見といてもらっとこうと思って」
シヒロが楽しそうに、にこやかに喋る。
コーヒーをフウフウと冷ましながら。
「へえー。リリスを騙したってことか〜。にゃはは。それはやるな。まあでもそれでこうして出会えたわけだからさー、俺はむしろ嬉しいよ」
本心だ。なんの他意もない。
シヒロの目を見つめていたい。
そして見つめられていたい。
もっとその言葉を俺にくれ。
渇望。これは恋か? とおもう程焦がれる。
「まあ……そのリリスだっけ? 有名だよね。凄腕のハッカーだって。ネットワーク内の神的存在」
「にゃは。あんなのたいしたことねーよ。ただの引きこもりだよー」
「うん。きっとそうだね。でもそのリリスのことだからそろそろ気づく頃だね。騙されたことに」
「ええー? そう? でもシヒロ様が言うからにはそうなんだろうね」
「うん。俺の考えは絶対だからね」
「わかる! シヒロ様は絶対だよ!」
「ありがとう。だからきっとカノンだっけ? アイツがここに来ると思うんだ。だからさ、アイツのことヤッちゃってよ、アレックス君」
シヒロの目を見つめながらこの言葉を聞いているアレックスの心は燃え上がる。
ふつふつと、奥底から湧き上がる暴力への衝動。
それに身を委ねる歓喜。目の前に立つシヒロという男が発する期待感に全力で応えようとすべての毛が逆立ちそうになる興奮。
愉悦。アレックスは全身で幸せを感じて笑う。
ああ、素晴らしい。なんて素晴らしい感覚。生きている。これが生だ。
全身全霊の生だ。堪らない。いまならなんだってできそう。いや、できる。
「ああ、わかったよシヒロ様。俺が貴方のためにカノンを跡形もなく消し去ってあげるよ〜」
ニコニコしながらもはや立ち上った炎はその巨大さを増すばかり。




