037/犬の朝、狼の夜
連盟のエージェント、そしてナアド人であるレイジの朝は早い。
まだ陽が昇り始めないうちに動き出し、早速頭を抱えている。
密輸取締の騒動から3日経ってもまだため息は尽きない。
寝不足、というわけではない。
ナアド人は睡眠時間が短い。30時間程フル可動してせいぜい1,2時間の睡眠で事足りる。
連盟の監視人員にナアド人が多いのはそれも理由の一つ。
身体能力も高いので休憩もナシに昼夜問わず、動き回れる。
ううーん、ブラック企業が最も欲しがる人材だ。
で、レイジが頭を抱えてる理由。
クランベリーもナアド人だ。
そしてこの街は娯楽が多すぎる。
つまり、眠らない街より眠らないナアド人・クランベリーが好奇心の赴くままに動き回る。
というか遊びまわる。
繁華街の灯りに誘われてまるで蛾のようにフラフラと飛び込んでいく。
多元界人で構成された街賊・ラストリゾートのことをまだブチブチ言いながらも。
今日はそうやって飛んでいきそうなところをどうにか抑えて、レイジが借りているワンルームマンションの一室で説教タイム。
「お前は特務班って自覚が無さすぎだ。俺らのやることはな……」
レイジがタバコに火をつき語気を荒く放つ。
「わかってますって~、グランルードに邪魔な奴らを~見張って~ほんとに邪魔なら消すんでしょー!?」
すでに酔いの回ったテンションでヘラヘラと言うクランベリー。
言ってる内容は楽しくない。
「そうゆうわけじゃねえけどよ……」
「連盟も辛いとこですよね~班長も。やりたくもない仕事してるって感じで。親方がグランルードだから仕方ないっぶへっ」
なんか吐きそうになってる。酔ってるとはいえなかなか言う。
「それにしてもこのニホンシュ美味しいです〜。
あっ知ってます? このゲーム。なかなか奥が深くて…VRなんですけどもね…」
赤ら顔で上機嫌なクランベリーがソファにもたれている。説教中だがまったく聞く気がない。
「VRぐらいで奥が深いとか……いやお前酒飲めるのか? この世界の。
いや、ちがっ、そんなことはどうでもいい。
問題はお前が毎日毎日遊び回ってることだ」
ため息をつきかけてレイジが目を見開いた。
「はい〜ちょ〜〜っ飲めます! むしろ浴びます! きゃははははっ。ぐひひっ。
あっいや〜でもね、VRなんて技術はナアドより低いですけどストーリーがよく出来てて…
グスン…泣け…なけ…泣けるんですよぉぉ〜……
なんでもかんでも合理的にとか言うナアド人にはない感性がズドーーーーーンと心に…グスン」
――笑い上戸か泣き上戸、どっちかにしろよ、面倒くさいな…。話もメチャクチャだ。
とかレイジが呆れているとパッと顔を上げるクランベリー。
「しかしアレですね、楽しい世界じゃないですか〜ココは。飲んだ方がいいですよ!
あっ買ってきましょーか? テキーラとか〜うひゃひゃひゃー。
それに連盟もアレですよ、グランルードにビビりすぎ~。なんのために集まってんですかー!?」
「もうだまれ……。
確かにグランルードの顔色ばかり伺ってる連盟もどうかとは思うが……それを言ったってめんどくせえだけだ」
「でもね…パイセン!」
「ぱ…パイセン…」
「レイジアスって呼ぶなって言うからですよ〜パイセン〜」
――これ程までにこの世界の酒は面倒くさい生き物に変化させる作用があるのか…ある意味恐ろしいな。
まあ俺が飲んだらひとくち程度で倒れそうだが…
面倒くさいついでにそんなノリには取り合わない。
と、レイジはため息。
「パイセンに聞きますけどー、本当に連盟のやり方がいいと思ってるんですかー?」
急に核心。
いきなりえぐり込むような角度だ。
「だってあの……シヒロでしたっけ? ラストリゾート? みんなユールフォルスの少数民族の集まりなんでしょ? あの世界を追われた難民みたいなものでしょ? なんでそんな大きな問題を放置して見て見ぬふりするんですか? それが連盟の正義?」
ーーグングンくる。
核心ばかり。酔っ払いがいきなりまともに、連盟の痛いところを。。。
酔ってるからこそ言えるのか。
「いや、いいんですよ〜別に、それは。
だったらグランルードももっと協力しろよボケェって…うぷ…きもちわり……。
てかね、パイセン! そんな世界は歪んでますよ!
やっぱり。あっ吐きそう。吐いていいっすか?」
と言いながらジョッキに口をつける。
「待て待て! トイレ行け。そこに吐くなよ!」
「うにゃー? 吐かねえよ! 吐くか!! ボケー! クソ野郎が! 見くびるなよ~クラン様を~おお~~~? うごげえぇぇ」
「いや吐いてんじゃねえか! 暴言吐いた上にゲロまで! めんどくせえなマジで」
これじゃあ話が進まない。
まあ進んだところでどこにも行き着かない話ではあるけど。
連盟をはじめとして、多元界が見て見ぬふりして隠蔽して、無かったことにしてる問題なんて山のようにある。
「なにそれ? ステージが違うぜっとかゆーやつ? ん? ステージがちがうぜ(笑)」
クランベリーが座った目で横槍。
テーブルをバンバンたたく。
「ビビってるだけじゃないですか! パイセン! ステージが違うぜっとかドヤ顔してますけどー」
「いや、してない…それ言ってないし…。今の連盟はグランルードに対抗できるできない以前にまともに機能してない。だから今は無理だろうって話を」
「今? 今は? ずーーーっと無理だろーがー!! ああ〜ん? グランルードぶっ潰さないと絶対無理!」
絡み上戸か。笑って泣いて怒って、忙しい。
だいたいぶっ潰せるならとっくにぶっ潰してる。
それができない程の相手だから頭が上がらないんだ。
あのシヒロ率いる少数民族だってそうだ。
ロザリー教に入ることを拒んだというだけでユールフォルス世界で迫害され追われた。
そんなことにすら異を唱えることができない連盟。
それがユールフォルスではなく他の世界ならまた違っただろう。
グランルードを信奉するような宗教でなければ違ったんだろう。
連盟もそれなら動く。常任理事界が一致団結して措置をとる。
それができない、いや、しないから機能していないと言われる。
シヒロが皮肉たっぷりに悪態をつくわけだ。
感じる。怒りに震え燃え上がる憎悪。
そうだ。この世界はそんな憎悪に満ちている。
それに蓋をしてさらにたくさんの虚飾を覆い被せているだけ。
「……ま、グランルードをぶっ潰せる奴なんていないしな。考えるだけめんどくせえよ」
「……パイセン。じゃあもし……潰せるならどうしますか?」
「は?」
急に真面目な顔つき。
初めて挨拶した時、クランベリーは緊張と情熱の入り交じるこんな表情をしていた。
「お前……何言ってんだ? そんな幻みたいな話。だったらお前はどうすんだよ」
幻。まさにそうだ。夢よりも儚い。
なんの実もない話。
「私ですかー? 決まってるじゃないですか。潰します!」
――決まってるのか? 潰すのか。
と、ぼんやり思うレイジ。
清々しいとさえ思う。
「パイセンも一緒に!」
「アホくせえ。めんどくせえ。やらねえよ。だいたい誰が先陣きるんだよ、そんな馬鹿げたことに。ひょっとしてお前が?」
「んー……あっ! ヒコ……とか?」
そう言って笑うクランベリー。
真面目に言ってるのか、冗談なのか。
ただ、レイジの頭の中でその言葉とクランベリーの屈託のない笑顔が何度もリフレインしていた。




