035/犬と豚の生活▶2
「班長~~潜入しましょうよ~。
セディショナリーズの本拠地ってホテルなんでしょー? 宿泊客を装って入るとかー」
まあホテルはホテルでもラブホテルだけどな、と無言で睨みながらレイジはため息をつく。
あれから3日。
まだクランベリーはヒコを捕まえようと訴えている。
いい加減しつこいのでレイジは総無視することに決めた。
「班長、密輸グループの摘発に応援要請が出てます」
特務班の1人がモニターを見ながら淡々と告げる。
「密輸取締課の範疇だろ。なんでうちなんだよ」
レイジはタブレットでトラの画像を流し見しながらため息。
「もちろんミットリ(密輸取締課)も出ますけど……。
街に詳しいうちにも応援要請がありまして……」
「ああ、そう……じゃあそのへんの暇そうなの2、3人連れて行ってきて」
「……班長が今一番暇そうです……」
ボソリと囁く部下。
たしかに特務班のいるフロアは慌ただしい。
電話対応に追われる者や外から戻ってきて、そのまままたすぐ出ていくもの。
書類の整理に四苦八苦してる者。
まあ特務班なんて大層な名称が付いてはいるけど、特殊な任務や特別な業務を請け負うってことで、その実はある意味なんでも屋みたいなものだ。
「……大変そうだな……」
「最近続いてるグランルードの……グリッスル王子とヒコ……王子の一連の騒動で連盟自体がバタバタしてるんで」
「ヒコに王子なんて付けなくていいよ、めんどくせえ。で、クランベリーは?」
「朝から見かけないですね」
「どうしようもねえな。めんどくせえ。わかった、俺がいくよ」
「わかりました。では私も」
「……いや、1人でいい。1人の方が気楽だ」
密輸はこの街ではスタンダードな犯罪。
この世界にあって多元界にはないものも多い。それを流せばいいだけだ。
最近はアナログレコードも人気だ。
定番人気なのは酒と生き物。
今回の密輸グループもその定番。
生き物を密輸しようとしている。
トラを。そう、虎。タイガー。
トラはこの世界固有の種。
他の異世界にいることは今のところ確認されていない。
この世界ですら絶滅を危具されている希少種だ。
だからこそ人気が高い。
そのビジュアルも人気の秘密だが。
そう言えば、どこの世界だったかの大富豪がこの世界の野球に興味を示しプロ野球クルーのタイガースに入れ込み、まんまそのタイガーを密輸しようとして逮捕されていた。
そうゆうお馬鹿がたまにいる。
だいたいは高値で取引されるからって理由だが。
レイジ、向かう。
移動はクルマで。
ビューンと円盤状の飛行物体でも使えば1、2分で到着もするが、それをすればUFO目撃情報がうなぎ登り。
俄に賑わって、UFO饅頭なんかも売り出され怪しい科学者なんかが調査に来る。
つまりは、異世界との接触確率も上がってしまう。
光学迷彩的なものを使えば視認されないけどそこは予算削減。どこの世界もそんなもん。
――まったくめんどくさい。けど、ルールは大切だ。
この街のルールも尊重しないといけない。
バレずに異世界を繋ぐなら当然だ。
この世界、街の住人になり切る必要がある。
連盟にもルールがある。
双方のルール。
もうルールでがんじ絡め。
そう言えば……ルール以上に縛り付けるモノもある。
多元界人はこの八華の街がある島、八華島から外へは出られない。
出ようとしても特殊なポータルの作用によって吹き飛ばされる。どこか別の異世界へ。
場合によっては狭間に飛ばされることもある。
それが何のためなのかは連盟もわからない。
だが、グランルード人がそうしているというのは明らかだ。
この世界の、多元界の理を作っているのはグランルード人。
そう揶揄されるがその通りだから揶揄にもなってない。
せいぜいわけのわからないところに吹き飛ばされて面倒なことにならないように、島の境界線は常に頭に入れておくのが鉄則だ。
多元界標準義務教育で学ぶこと。
だからこそ……
「トラか」
トラはこの島には生息していない。
動物園からいなくなったという報告もない。
と、いうことは手引した人間がいるということ。
この世界の人間だろう。
その人間が異世界の存在を知っているかどうかでまた問題が変わる。
密輸グループのアジトとされている南区23ブロック付近に到着し路上にクルマを止めるレイジ。
必要以上に勢いよくドアを閉めたようで、通り過ぎる初老の男性が怪訝な顔を向けた。
繁華街。特に夜に賑わう街の真っ昼間。ヘブン。
だいたいの店はまだ開いていない。
昼キャバや日中営業している雑居ビルの風俗。
ランチもやってる居酒屋、あとはカフェ……開いてる店ももちろんあるが、夜の喧騒にはほど遠い通りの賑わい。
行き交うのは酔っ払ったホストや昼間から女の子に声をかけているスカウト。
店に出入りしている業者。配送トラック……。
このブロックから東に少し行けばセディショナリーズ・ヒコの根城、ホテル・ヘブンがある。
「ま、ここからじゃ見えねえな」
タバコを投げ捨て、密輸取締課の人員と合流。
ある程度情報を聞き、適当に街をぶらつく。
普通に街の住人ヅラしていないと後々厄介だから。
しかしこんなところをトラ引き連れてウロつくってことは何か大きなモノで隠しているということになる。
と、なるとトラックだろう。大きめのしっかりしたヤツだな。
「今この時間に南区23ブロック付近にあるトラックの中から、ここ2週間出入りした実績のないトラック、今絞れるか?」
本部へと連絡。
「そんなことはとっくにやってますよー」
密輸取締課の1人が頭を掻きながら唸った。
「で?」
「今ちょうど向かってきてるトラックがあります。こっちに」
そう言うとタブレットを見せる密輸取締課。赤い点がすごい猛スピードで移動しているのがわかる。方向的にコチラに。
もうすぐ先の角を曲がってくる、はずだ。
「なんだよ。すぐ割り出せてるじゃねえか。
うちの応援なんかいらないだろ、めんどくせえな」
「そうでもないんですよ。密輸犯の取締は我々できますけど、基本的にこういった街には疎い」
「どうってことねえよ。やることやってりゃいいだけだ。後は処理班がどうにかする」
半ば笑いながらタバコに火をつける。
で、トラックは角を曲がらずそのまま直進。
「おいおい」
トラックが通り過ぎてすぐにその後を全速力で走る影が目に入った。
「え? おいおい……」
クランベリーだ。何の連絡もなく居場所がわからなかったが駆け抜けていった。
メイド服で。
「なにしてんだよアイツ……マジでめんどくせ……」
自然と頭を抱えるレイジ。
「追いかけましょう」
「あっ……ああ」
結果すぐに追いついた。
メイド服のクランベリーがトラックの後ろに張り付くようにしてしがみついている。
手にビビッたトラックが停車した格好だ。
すぐさま運転手が降りてくる。
「ちょちょっ! アンタ何やってんだよ! 危ないじゃないか!!」
怒鳴り声。この街にはよく似合う。
「少々お荷物改めさせて頂きます!」
元気なクランベリー。
「いや困るよ。配送中だよ! お嬢ちゃんなんなの?」
「私は……ええーこの街の平和を守るメイドレディです!」
見たまんま言った。平和守るとか言った。
部下だと思われたくないので自動販売機の陰に隠れるようにして様子を伺うレイジ。
「疾しいことがなければ見せられるはずっ! さては何か載せているな〜〜!」
ズイズイと運転手に迫っていくクランベリー。
メイド服のエプロンをヒラヒラさせている。
「マズイな……」
そう呟き舌打ちしてレイジ登場。
「待て。クランベリー!」
「え? あ! 班長!!」
「班長じゃねえよ! ちょっと来い!」
そのやり取りに目を丸くしている密輸取締課の面々。
「お前いい加減にしろよ」
「しかし! あのトラックには!」
「ああ、そうかもしんねえ。だけどあの運転手は……この世界の人間だ」
「え?」
「いや、何驚いてんだよ。見分けらんねえのかよ」
「い、急いでたもので……」
「ひと目見たらわかるだろ……。そのために識別モジュラーも持ってるだろ」
「あっ……えへへ。忘れてきちゃいまして……」
叫びたい。思いっきり叫びたい。
グッと堪えるレイジ。あんまり怪しい動きをとってられない。
不安そうに運転手が見ている。
「いやーすいませんね。うちの店の子がどうも大事なものをどっかのトラックに載せてしまったようで。
で、これが似てるみたいで。すいません、ちょっと確認させてもらっていいですか?」
取り繕いながらも丁寧に笑顔まで見せるレイジ。
この際メイド服なのも利用する。
「え? いや……ええ? ここで? それはないと思うよー。港からずっと走ってきたし……」
「ちょろっと見ればこの馬鹿も納得すると思うんでー」
「ば……」
何か言おうとしているクランベリーの口を掌で覆うように塞ぎながらもニッコリ、レイジ。引きつってるかもしれない。
「い、いやでも積荷は誰にも見せるな。もちろん見るなって言われてっから〜〜」
本当に困っているようだ。実際そういった指示なのだろう。
ただ運ばされてるだけ。この運転手は積荷を知らない。
レイジはそう判断しながら思案する。
ここで中身がトラだってことになれば大事だ。この街の警察が来る。
もうそうなればこの積荷、トラを密輸しようとした奴らにたどり着くのは難しい。
ここはいったん見逃して張り付くか。
ヴィヴィーーーーーーーッ
頭上で羽音。いや、これは、
「ハチだ」
ハチ!? と不思議そうにレイジを見つめる面々。密輸取締課に運転手に、クランベリーもかよ……とゲンナリ。
「この街で動きたきゃハチぐらい覚えとけ!」
クランベリーの髪を掴んで思わずレイジは怒鳴る。我慢の限界越えた感じ。
もっともハチが上空を飛んでいるこの状況も相まって余裕がなくなってもいる。
この街の暗部、いや、実質的な支配者、セディショナリーズに感づかれたということだ。
変な動きがあればすぐにセディショナリーズの監視下に置かれる。
南区のセディショナリーズのホームに近づけば近づく程それは強くなる。
「めんどくせえなー……やっぱこの街嫌いだわ」
「え?」
「わかった。アンタを信じるよ。もう行っていいよ」
レイジは運転手の肩を叩いてできるだけ安心させる、と同時にクランベリーが変に動かないように抑えつけつつ、目配せで密輸取締課の面々にアイコンタクトを送る。
クランベリーだけがジタバタとしている。もう抑えつけてる腕に噛みつきそうだ。
トラックは過ぎ去った。
「落ち着け! じっとしろクランベリー!!」
「んがががががー!」
「ケモノかお前は。おい、ミットリ! トラック追うぞ」
密輸取締課が走り出したのを見てクランベリーの首根っこ掴んで押さえ付けるレイジ。
「いいか? 悪い奴を捕まえるんじゃねえ。
多元界……連盟の運営に邪魔な奴を捕まえるんだ。間違えんじゃねえ。そして……この密輸に絡んでるのはひょっとしたら……関わると面倒な奴かもしれねえ。だから先走るな」
掴むチカラに熱がこもる。
クランベリーは顔を赤くさせ涙目でただ頷いた。




