034/犬と豚の生活▶1
2月後半の寒空に吹く北風。
凍えそうな空気。街は灰色。
男、立つ。
男は半袖のTシャツ姿。
その露わになった腕に冷たい風が当たる。どうってことはない。鳥肌もたたない。
10階建てのマンションの屋上の縁に立ち、少しだけサングラスを外し、また、かけ直した。
時間は夜の10時少し前。
そんな時間にサングラスだなんてイキッてる輩か何かかと思われそうだが、別段そうゆうわけでもない。
男は二の腕を少し撫でてため息をつく。
「派手にやってくれたなぁ……はぁ」
眼下に見えるのは瓦礫の山。
それを見ているとため息しか出てこない。
住宅街の真ん中、ほぼ正方形の場所だけポッカリと穴が開いたように何もなく、えぐれている。
付近の道路が封鎖されているのが見えた。
警察や消防がてんやわんやで右往左往しているのも。
それを見ながら男はやはりため息をつく。
男の名前は、如月 レイジ。偽名だ。
本名は、レイジア・キッサランズ。
多元界標準語、つまりはニッポン語で発音すればそうなる。
早い話が多元界人。
今の見た目は普通の人間と変わらないが、実のところナアド人は銀色の肌を持つ。
今は特殊なコーティングを施し肌色に見せている。
寒さにも暑さにも強く、その身体能力も高い。
地球の月明かりで眼球疲労が高まるのが、サングラスをかけている理由だ。
ため息の理由はまた別にある。
「まったく……めんどくさいな……」
「出た! 班長の"めんどくさい"」
「口癖!」
「もうここまできたら鳴き声みたいなもんですからね」
男――レイジの周りにいる数人の者達が口々に言う。
で、このレイジ。
多元界連盟の職員だ。
連盟のフラットランド(八華都市)管理局・犯罪対策本部1課特務班班長。
カッコ良く言えばエージェント。
それがレイジの肩書だ。
簡単に言えば、このニッポン八華都市における多元界人による犯罪を取り締まる警察組織が犯罪対策本部である。
屋上から見下ろしながら、その異世界のケーサツ官はまたため息をついた。
「無駄に……派手にやりすぎだろ……」
それがレイジの感想。
多元界の頂点、グランルードの若き王女ミコがチカラを発動してぶっ壊した場所。
その大きな爆発と光の柱はこの世界、街に大きな混乱を招いただけじゃなく、多元界も動揺している。
いや、むしろ多元界の方があわてている。
だけど……
「グランルード絡みか……ああ、めんどくせ」
首をグルグルと回しながら夜空に吐き捨てるレイジ。
もう一度見下ろす。
「グリッスルと落とし子か……。まあアイツらのいがみ合いは今に始まったことじゃねえけど……そこに……ミコ王女……。厄介なのが増えたな」
「班長!! ここでしたか! 探しましたよー。サボってるんですかー」
屋上のドアが勢いよく開いて、気分もぶち壊す程の甲高い声が夜空に吸い込まれた。
「で、どうします? どーしますぅ? 処理班が到着したみたいですけどー」
レイジのため息や面倒な気分は事件発生のことだけじゃない。
コレだ。
最近入った新人。
名をクランベリー。
同じナアド人の女。
ナアド人には珍しく背が低い。160cmもない。
だが、この街には馴染みやすいだろうってことと、意外と身体能力が高いので1課に抜擢された。
しかし、ウザイ。
と、レイジは頭を掻く。
「お前こそ何サボってんだよ……。ヒコに貼り付けって言っただろ」
「え? そ、そうでしたっけ? うわーすいません! かくなる上は腹を切って」
「…うるせえよ。もういい。他の奴に行かせてる」
「さすがです! 班長! 先を見越してますね!」
「まあ複数つけるのは普通だからな……。もういいから黙ってろ」
下で蠢く人だかりに混ざって処理班の姿があった。
一般人に紛れるようにしているが、レイジのように連盟の仕事歴が長いとすぐわかる。
――大変だろう。今回の処理は。
と、ぼんやりレイジは考える。
規模や事態の重大さもあるが、問題はその異常性だ。
なんの変哲もない住宅街で光と爆発の一大スペクタクル。
イリュージョンエクスプロージョン。
非日常性が街を揺るがしてしまう。
そうなれば多元界人にとっては、文字通り面倒だ。
面倒にならないために面倒なことをしている。
自嘲するレイジ。
「で、私は何をすればいいですか!?」
クランベリーがテンション高く尋ねる。
「まだいたのかよ……。どうせ今回はなんも出来ねえよ。
処理班に上手いことやってもらって終わりだ。大方ガス爆発か何か工事中の不手際か……そんなところだろ。今回のターゲットとなる奴らには手が出せねえ。めんどくせえからな」
「え? あのヒコとか言う男、捕まえないのですか?」
「誰が?」
「私達が!」
「お前あの男が何者か知らねえわけないよな」
「もちろん知ってますよー! 勉強しましたからー。グランルード王の落胤!
この世界の人間とのハーフですね! さらにこの世界では街賊と呼ばれるギャングだか海賊の真似っ子だかの集団のひとつ、セディショナリーズのボスです!」
自信満々に鼻の穴を膨らませている。
目が爛々としているのはきっと月明かりのせいだ。
「それが分かってるなら理由もわかるだろ」
「いえ! わからないです! だって超大悪党じゃないですかーやだー!」
お察しの通り、クランベリーは馬鹿だった。
まあ連盟のエージェントになるぐらいなので頭はそれほど悪くはないはずだが、それでも理論よりも本能や感情が圧倒的に上回ってしまうぐらいには馬鹿だった。純粋という者もいるが。
それがここ最近のレイジの悩みの種。
「お前な……。それだけ太く深くこの街に関わりのある奴を、ハーフとは言え多元界人だからって捕まえてみろ。確実に街の住人と多元界人が関わってしまう。
んなこともわかんねえのか。それに奴はグランルード人どころか王の落とし子だ。
不可侵が1番の奴なんだよ。場合によっちゃもう一方のグリッスルより厄介だ」
「しかしながら班長! 悪者を野放しにするのは正義に反しますぅ」
――正義。なにを以ての正義か。
だいたいこの街に密かに潜み、それぞれの思惑をただ隠密に進める。
そんな連盟という存在が正義を語るなんて。
と、レイジは鼻で笑う。
――この街の住人にとっては、どっちが正義で悪なのかわかったもんじゃない。
少なくとも街賊は悪ではあるが……何かと隠れ蓑に出来るという理由で案外多元界人も入り込んでいる。
侵食する。
侵略じゃあない。そんな大っぴらな事じゃない。
だけど静かに、密やかに侵している。
連盟が、特に内部組織の犯罪対策本部がやってることは、その侵食の度が過ぎないように調整しているだけ。
だいたいこのチビな新人は知っているのだろうか?
この八華の街にどれほどの多元界の住人が入り込み、何をやっているのか?
この街で異世界間の物流を担ったり、バイヤーをしたり、観光業……あっ、もちろん多元界人を対象とした観光業だけど、そいつで稼いだり、街専属で要人の警護をしたり、そういえば普通に街の住人相手に店や会社をやってる奴もいる。
行政やケーサツ組織に属して多元界の活動が円滑に進むためにサポートしてる者もいる。
そう考えれば、ある意味この街を食い物にしてるという声にも納得だ。
「めんどくせえなクランベリー。悪いから捕まえるとかじゃねえんだよ、ウチらは」
「よくないとは?」
屈託のない瞳だ、クランベリー。それを見てレイジは何度目かのため息をつく。
「いいか? いま街賊共の勢力は拮抗してる。まあ小さなとこではいつもトラブル抱えて小競り合いはしてやがるが、逆に言えばその程度で済んでるってことだ」
「ほーほー! 詳しいですね、さすがっす! 班長」
「……めんどくせえなお前。こんなもんこの街で動くには基礎知識だ」
「で? どうしてヒコを捕まえちゃいけないんですかー!?」
「……やばい……お前ヤバい。マジで馬鹿だ……。あのな、ヒコを捕まえりゃアイツが率いるセディショナリーズは弱体化する。そしたら他のクルーがそれを狙って抗争が始まる」
「ああーなるほど! でもいいじゃないですか? 別に街の悪党共が争ったところで影響は」
「……あるんだよ。一度アイツらが本気で抗争を始めたら手のつけようがない。
この街で動いてる多元界人にも必ず影響する。
それに……その混乱に乗じてこの街を戦場にしてグランルード王族の王座争いも始まると連盟は見ている」
ここまで説明されてもクランベリーは目が点だ。
ひょっとしたらもう思考停止してるかもしれない。
やれやれという表情でレイジはまたため息。
「……グランルードの連中は決して自分達の世界では戦争はしない。
今までもずっとそうだ。歴史で習っただろ? グランルードはこの街で戦う。
歴代の王座争いもここで戦い決着をつけてる。アイツらは自分達の世界が汚れるのを嫌うからな、特に王族は」
それが紛れもない事実で歴史。
「とにかく……めんどくせえんだよ。街賊が暴れるのは。特にヒコがいるセディショナリーズ……それと勢力争いをしてる連中も面倒だ」
ヒコという存在は多元界にとってグランルードの火種という点でかなり厄介だが、それが街の悪党の親玉というオプションがついてさらに難儀なものになっている。
そのヒコだけならまだ策の打ちようもあるが、八華の街には多くの街賊クルーがありいつも摩擦を生んでいる。
火種はそこら中にある。
「だからこの場所はめんどくせえし嫌いなんだよ」
と、レイジは吐き捨てる。
「わかりました! 潜入しましょう!!」
明るくクランベリーが手をパチンと打った。
「は? あ? 潜入? どこに?」
「セディショナリーズにですよー! 決まってるじゃないですかーやだなー班長」
ここにも厄介な奴がいるな……と、レイジはまたため息をついた。




