033/計画
壁や天井に無数の管が張り巡らされている部屋。
まるでマスクメロンの模様。
ただ赤黒い色で時折ビクンビクンと脈打っている様は、まったく美味しそうでもなんでもない。
その部屋の真ん中に、バスケットボール程の大きさのドロドロした球体。
「あのビヂグソ野郎……。必ず仕留める、かならーずしとめる!」
喋っている。喚いているこの球体。薄らとワインレッド色に明滅。
この球体は、グリッスル。
あのミコの自宅での邂逅時、ミコのチカラの発動に巻き込まれ、およそ肉体の90%を吹き飛ばされるという事態を招いた。
さすがのグリッスルも想定外のダメージ。
いまはただドロドロの球体となり復活を目指す……が、
「グリッスル様。さすがに復活までには少なくとも半年はかかりますかと……」
白いローブを纏った老人が、目深に被ったフードからその眼光を向けた。
「……黙れ、ジジイ。ユールフォルスの下僕どもがグランルード王族のチカラを図るな」
球体が激しく脈打った。
「これは失礼致しました」
「ああー……まあ……いい、大司教……ああー……」
「ツェッペリンで御座います」
「……ああ、ツェッペリン大司教。今フラットランドで動かせる人員はどれぐらい?」
グリッスル球体ver.に跪く白いローブの老人は、ツェッペリン大司教。
長年その大司教という座でグランルード王家、特にグリッスルに仕えてきた男。
この名前を聞かれるというやり取りは、かれこれ10回以上はしている。
グリッスルにとっては自分以外はその他大勢のモブと変わらない。ましてや自分の下についている者など覚えない。
ツェッペリン大司教はそんなことはわかっているが、それで別段心が揺らぐわけでもない。
グランルード、つまりは神に仕える聖職者に名など意味はない、とさえ思っている。
そんなツェッペリン大司教がゆっくりと、
「グランルード王家、いや、グリッスル様のためならばいくらでも……」
淡々と答えた。
「と、言いたいところではありますが、フラットランドで動くとなると、ヴィヴィアン王女が動くことも懸念されます故……」
「だから何人か聞いてるんだよ! あ? ウンコ野郎!」
「いまはせいぜい200……が限界かと」
ツェッペリンの言葉を受けてグリッスルがまた大きく脈打つ。
ただの気持ち悪いドロドロのボールだ。
少し粘性の液体が飛び散った。
その球体の前で跪くツェッペリンは微動だにしないが、その周囲に控えるユールフォルス・ロザリー教徒は一瞬体を強張らせた。
「なんだい? 驚いてるのかい? それとも……怯えているのかい?」
グリッスル<ドロドロの球体>が赤黒く光る。
「これ、お前たち。失礼であろう」
ツェッペリンは周囲も見ずにただそう叱責。
「ああ〜いいよ、別に。仕方ない。この姿を晒すことはまずないからね、初めての者も多いだろう」
「私もここまでの姿は初めてでありますが……」
「ははっ、ツェッペリンは僕に仕えて長い。肝も座ってるでしょ。
それに……グランルード王族を恐れるってことは悪いことじゃない。
ヒトが神を畏れなくなったらそれこそおしまいだ」
「まったくもってそのとおりで御座います」
深々と頭を垂れるツェッペリン。
「さて、大司教。ひとまず200で充分だ。
僕もいまは姉上と事を荒立てたくはないしね。
そいつらを使ってフラットランドから人を攫ってきてくれ。
若い方がいいな。あの世界の年齢なら十代後半から二十代半ばがいい。
まあそれに拘らないけど多ければ多いほどね」
「ほぉ……グリッスル様……。つまりそれは……」
一瞬、部屋の中に張り巡らされたグリッスルから伸びる無数の管が一斉にビクリと脈打つ。
「そうだよ。わかるでしょ? 魂の直結。盟約。直接エネルギーを得る。大量に。
驚異的な回復とさらなるチカラを得られる。こんなところで半年も待っていられないからね」
グリッスルは今や一部の例外を除いてほぼ誰もやらないエネルギー摂取方法を実行する。
ヒコが苦肉の策としてミコに対してやった方法と同じ。その目的は全然違うけど。
それも1人や2人分じゃない。大量にだ。
そんな莫大なエネルギーを直接ヒトから摂取することは、もう今のグランルードでも禁忌と言ってもいい。
ミコが緊急事態に陥りヒコと盟約を結び直接ヒコからエネルギーを得ている状況とはわけが違う。
見方によってはこれは……大量の捕食。
「畏まりました。おおせのままに」
ツェッペリンはさらに深く頭を下げる。
「それと……他の王族の動向、特に姉上……ヴィヴィアンの動きは絶対に捉えておくようにね」
「そちらも抜かりなく……」
「王が行方をくらませて2ヶ月程だ。
そろそろ見限って次の王に正式に就くものを決めようってなるだろう。
その時にヴィヴィアンのチカラを今より拡大させちゃダメだ。むしろ削らないとね。
そのために……君達ロザリー教徒は、」
ここでひと呼吸置くグリッスル。
「命を賭けるんだ。すべて、僕に捧げるために。
そうして君達は未来永劫神の傍にある」
そのグリッスルの言葉に恍惚の表情を浮かべるツェッペリン大司教。
未来永劫、神の傍に。
――素晴らしい。なんと素晴らしい!
という声が今にも聞こえてきそうな熱気があふれる。
「お任せください。すべてはグランルード、神、グリッスル様のために」
大司教が力強く答えた。
その後はグリッスルはたまに赤黒く光るだけで満足そうに脈打っているだけ。
早々と復活を遂げ、目的を達することを夢想して今は眠るだけ。
だが、グリッスルもユールフォルス・ロザリー教徒も大きく見誤っている。
フラットランド=八華都市に広く蔓延る、街賊の存在を。そのチカラを。




