031/最終手段と最終兵器
反撃の狼煙をあげたドヤ顔のヒコを見て、
「んな」
驚きの表情をはじめて浮かべたグリッスル。
ヒコの右手には光り輝く玉がいくつか握られていた。
魂塊だ。
冷蔵庫や戸棚の食べ物を物色しながら遂にキッチンにあったその魂塊に行き着き、それを摂取したヒコ。
風前の灯だった生命力は爆発的に回復し、回復ついでに通常の限界値も超えた。
ニンゲンとしての限界値だ。
いま、ヒコはグランルード人のチカラを呼び覚ますエネルギーを得て、そのグランルードの領域に入っていた。
すぐさま反転し跳躍、仰向けに倒れたグリッスルに馬乗りになりパンチを繰り出すヒコ。
顔面にいくつもヒット。
赤紫の血が飛び散る。
「ぐぶ……」
いつも余裕で涼し気なグリッスルの顔が腫れ上がる。
ああ、まあそれがほんとに顔なのかはわからないけどダメージは与えているようだ。
そこに母親の攻撃も加わり、バキバキとグリッスルの骨という骨を砕いていく。
形成逆転。
「危なかったです、お兄様」
「たしかにな……」
色々と普通の食べ物を口にしながら微量の回復を続けてたどり着いた魂塊。
元々はミコに隠して料理に入れていたものだ。
ここはミコが育った場所。必ずあると踏んでこっそり探していた。
が、ただの賭けだった。
どこにあるかもわからない。間に合うかもわからない。
それでも賭けるしか打破出来る道がなかっただけ。
アレックスがあの手この手で時間稼ぎをしてくれたおかげだ。
「一気に追い込むかー」
とヒコが勢い込んだ。
ミコの母親も同調し強力な一発を放っ……たところで、全身から血を吹き出し倒れた。
グリッスルが全身をグロテスクな鱗のようなもので覆いながら槍のようになった腕を軽く揺らした。
至る所から赤紫の血を流しながら。
その槍のような腕が母親を貫いていた。
しかし、グリッスルも追い込まれている。
形態を変化させエネルギーを最大限使うしかない状況。
血が止まらないのは、回復にエネルギーを回せていないからだ。
「お母さん!」
ミコが叫ぶ。
母親はそんなミコを見て微笑んだ。
「大丈夫よ……。グランルード人は不死身……心配しないで逃げなさい」
「ウザったいなー……。不死身? 確かにね。 でもエネルギーがゼロになったらそれも無理だ。ゼロにしてあげるよ」
ゆらゆらと、ドロドロと、液体を撒き散らしながら天井に着くまで膨れ上がるグリッスル。
それに合わせるようにヒコの顔色もまた悪くなる。
「お兄様?」
「……。やっぱグランルードとしてのチカラを使うのは厳しいな……。
身体がついてこねえ……。 ミコ連れて逃げろ……。こうなったらグリッスルは止められない」
ヒコはグランルード人とこの世界のニンゲンのハーフだ。
いくらグランルードの身体能力を最大限に使えてもニンゲンの血が入った身体がついて来ない。
燃え盛るエネルギーの塊のような炎をダンボールの箱に入れてもやがて箱ごと燃え尽きるようなもの。
器が弱い。
逆を言えばそれだけグランルードのチカラが大きいとも言える。
これがヒコがあえて魂塊を摂取してエネルギー源にしない理由でもある。
いま、自ら最終手段としていた手を使った。
その揺り返しが思いのほかすぐ来てしまった。
追い込まれてるのはお互い様の状況。
「もう役目はおわったんだ。その愛する? 偽りの娘の前で消滅できるんだ。本望でしょ」
赤黒くドロドロした塊に磨きがかかったグリッスルはどこで喋ってるのかも半別できない。
言い終わると丸太のような物体が振り下ろされる。
「お母さん!」
ミコの母親がその物体に打ち付けられ血を吹き出して藻掻く。
いくら不死身の肉体でも痛みはあるわけでソレは想像を絶するものだ。
なまじ不死身の肉体故に痛みからすぐには解放されない。
「逃げ……な……」
か細い言葉。
偽りの母親の本物の愛情と庇護。
それが終わりを告げようとしている。
ミコはグリッスルのグロテスクな塊を睨みつけた。
涙でボヤけてはいるがそれでもハッキリと見据える。
「憎い……こいつ……」
ミコが震える声でそう言うと、
「ふ、おっ!?」
ヒコが素っ頓狂な声を出して膝を崩した。
エネルギーを吸い取られている。
魂塊で超回復したエネルギーをみるみる、みるみる。
「ま、待て……ミコ、ちょっ」
身体から生気が抜けるようにフワフワとした感覚がヒコを包むが、
お構いなしにミコはただグリッスルを睨みつけ、
「憎い、憎い、私の大事なものを…… よくも……憎い……憎い、お父さんを…… お母さんを……よくもよくもよくも! 憎い、憎い、憎い」
我を失っているかのように繰り返す。
そしてミコの身体が紫色の光に満ちていく。
「おぉーーミコちん綺麗だなぁ……これは抱きしめたーい」
「ミコ、待てって!」
「憎い憎い憎い憎い憎い憎いにくにくにくにくにく」
光が弾けた。一瞬ミコの頭上に小さな光の玉ができたかと思ったら刹那にバースト。
火柱のような紫と赤が混ざり合い反発し合う巨大な光が天井を、屋根を貫き空へと突き抜けていく。
夜空が明るく照らされる。
それはファンタジー世界のように幻想的で何重にも重なったオーロラのようで、見るものの心を奪う。
いや、心だけじゃない。全てを奪い尽くす地獄の業火。
最終兵器、ミコの誕生。
瓦礫の山にコンクリートの欠片が落ちた。
ガラガラと崩れた光景。
黒い煙が辺りを飲み込んでいる。でも火は出ていない。
ただ跡形もなく、ミコが18年暮らした家は消し飛んでいた。ポッカリと穴が空いたように。
だが、これだけのバーストをしても消し飛んだのはその家だけだった。
隣接する家や建物は無傷。
まだ空は微かに怪しく紫の光を放っている。
「……あ、あぶねぇ…」
ヒコが汗を拭いながら真顔で言う。真顔。
本気で危機的だったんだろう。
いつもの楽しむ余裕さえなかった。
消し飛んだ家を飛び出した道路から眺めて傍らに倒れるミコに視線を落とした。
「な、なんだよおい! さすがに聞いてねえぞ今の!」
頭から血を流してアレックスががなった。
どうやら飛んできた木の柱の欠片で怪我したみたいだ。
カノンは座り込み息を整えている。
「そりゃだって、言ってないもん」
真顔のまま答えるヒコ。
グリッスルの姿はなかった。あの嫌味で神経を逆撫でする口調の喋りが今にも聞こえてきそうだが、気配もない。
「……これでまだ初歩段階……か」
呟いたヒコは身震い。
「これが……ミコ様の能力……ですか?」
「……ミコの能力……、まあそうだな」
「一体これは……」
「……ミコのチカラは……王族……いや、グランルードにとってあってはならないチカラだ」
ヒコはミコを抱えお姫様抱っこ状態になりながら少し悲しそうに答えた。
「あっては、ならない……チカラ……ですか」
「ああ……地獄の門を開く者、魔界を繋ぐ者だの散々言われてる奴だからね、ミコは」
「……魔界を繋ぐ……」
「とりあえず行こうか。ここにいてもあぶねえしミコも安定してる。なんとか残りの魂塊で俺もまた回復できたし」
アレックスが俺に抱っこさせろとか、ワーワー言ってるがそこは無視してなんとか逃げ延びた彼らはホームを目指す。
あまりにも凄惨な1日だった。




