030/踊るように戦え
「ああ、同感だよ。胸糞悪いよね。この……誰だっけ? まあ……この男は」
グリッスルはやれやれと言った口調でミコの父親を指さす。
「お前に決まってんだろ~」
アレックスは顎でグリッスルを指し首を回して睨んだ。
「ああ、また君か……。久しぶりだね。しかし、面倒だなー。一瞬でここ吹き飛ばして我が妹だけ連れていくか」
言ってる内容に反してにこやかで優雅な立ち振る舞いをするグリッスル。
それを見て吐き気しかない。
アレックスが一歩前に出る。
「まったく、ヒコちんの兄弟は厄介な奴ばっかだなー」
「はははっ。やめておくれよ、あんなのと兄弟な」
言い終わる前にアレックスはスライディングをかます。
見事にグリッスルの膝をとらえたが、その膝で弾かれた。が、それを反動にして片手立ちし蹴りを出す。
そのつま先がグリッスルの頬を掠めた。
また反動で後ろに回り込み蹴り。
これを軽やかに避けるグリッスル。
しかし攻撃の手を緩めないアレックス。
蹴り、蹴り、パンチに裏拳、飛び蹴りと矢継ぎ早に繰り出す。
グリッスルはそれを見てもいない。
視線はヒコにあった。
すべて紙一重で躱している。
「ヒコ。君のお友達だろ? 少々オイタが過ぎないかい? できれば君の方から止めてくれないか?」
アレックスのパンチ2発。
反り返り躱しながら、
「いくらやっても下等な世界の下劣な種には何もできないって言ってあげてよ。
僕が言うのは簡単だけど、ほら、友達の言葉だと響くでしょ」
アレックスの攻撃は続くが、まるで1人でダンスをしているかのようだ。
さすがに息があがってくる。
それを見ていたカノンからすればただただ、 凄い攻撃で感嘆する程ではあるが、相手が悪すぎた。
体力を削ることすらできていない。
「が」
突然、余裕のグリッスルが苦悶の声を上げた。
見ると棒状のものに腹を貫かれている。
それは、ミコの母親の手から伸びていた。
というか、手そのものだった。
3メートルは伸びている。
まるで光線のように飛び出た腕。それがグリッスルを貫いたもの。
「なっ」
にこやかな顔から少しだけ奥歯を噛み締めたグリッスルが母親に視線の向きを変え、自分を貫いた腕を引っこ抜き、
「んてことを。君は自分がなにをやってるか理解しているのかい? 我が妹を育て上げ18歳になれば王族へと献上するという任務さえまともにできない上に、王の身体に傷をつけるとは」
「王じゃねえだろ……」
ヒコが弱々しく訂正する。
冷蔵庫からソーセージを引っ掴んで食べてる最中。牛乳にも手を伸ばす。
とりあえず腹が減ったわけで。
「……ああ、失礼。次期王だね。まあどちらにしろ王族への反抗は万死に値するけど」
「……貴方は、貴方は! いえ、王族はミコをただ道具として利用するだけ!」
母親は立ち上がりミコを庇いながらも戦う姿勢を崩さない。
とっくに覚悟を決めている目でグリッスルを睨む。
王族と一般のグランルード人という違いはあるが、同じグランルードの者。
アレックスのように絶望的な差ではない。
いま、グリッスルに対抗できるのはこの母親だけ。
もう1人の望みだった父親はすでに倒れたまま動かない。
厳しい状況に変わりはなかった。
「……なるほど。そうゆうことできるのかぁ。
いいね~。だったら先に言ってくれよ。あとミコちゃんのママも……イケる」
ここに来てアレックス節復活。
「ま、とりあえず、本気出しますかー」
軽くステップを踏んで右へ左へ、そして回し蹴り。明らかに大振り。難なく躱すグリッスル。少々呆れ顔。
その顔目掛けて手刀の嵐。怒涛の攻撃だが欠伸が出そうなグリッスル。
「なるほど……」
そう呟いて攻撃に加わったカノン。華麗に飛び蹴り。
ヒラリと避けるグリッスル。
そこにアレックスのパンチ。完全な死角からの突撃。
グリッスルの首筋を削るように掠め、傷をつける。
さらに、2人の波状攻撃は続く。挟み込み、時に同時に、時に隙を狙って。
ひたすら息が上がりながらも続く時間。
アレックスがグリッスルを翻弄するように縦横無尽に動き、カノンがその隙を付くように攻撃。
と、同時にそこに生じたさらなる隙を狙ってアレックスは死角から攻撃を加えていた。
連携、ではあるがアレックスの読みにくい動きと死角からの攻撃、それらを瞬時に行うことでじょじょにグリッスルを削っている。
カノンがアレックスを最強だと言う理由。
ただ単にこの街でケンカが強いというのもあるが、 この異常な生命体・グリッスルにさえ今まで一度も屈したことがないこと、しかも攻撃さえ加えることができるそのチカラ故だ。
それでも
「……もういいかな?」
そう言って余裕ぶって両手を広げ、2人に同時に突きを浴びせていくグリッスル、だが、そこに抉り込むようにまた母親の一閃。
は、グリッスルの右足で弾かれる。
「同じ手は2度はないよ」
隙をついた母親の伸びる手の一矢は儚く終わる。
が、アレックスはグリッスルの背後をとり背中に乗る。
おんぶ状態。首を締める体勢に入った。
そのまま力を加えれば窒息させるのも首を折るのも自由。
さすがだ、と無言で感嘆するカノン。
どこをどう攻めるか、まずそれを決めてそこから逆算してそのゴールへとたどり着く方法を驚異的な速さと身体能力、あとは要領の良さで決定して動く。
アレックスがなせる技。カノンは惚れ惚れしている。
だが、
「飽きたよ……君達。だいたい……僕の首を締めてどうする気だい? 僕はそんなところで呼吸はしていないよ。そもそもそれは首に見えて首じゃあない」
グリッスルがそう言ってアレックスを投げ飛ばし、母親の腕を掴んで握りつぶしにかかる。
グリッスルの形状は人型だが、その機能が人と同様だと見るのは間違いだってこと。いくらでも形状を変えられるグリッスルだ。
原型すらわからない。
アレックスの攻撃は相手がグリッスルじゃなければ決まり手だったが、結局相手が悪かったということ。
グリッスルがカノンをチラりと見て、さらに空いた手で捕まえようと動いた時、
「お待たせー」
グリッスルの下から声がした。
直後強烈なトルネード的アッパーパンチがグリッスルの顎を捉える。
完璧にキマる。
ゴキッという鈍い音が部屋中に響いてグリッスルは仰け反りそのまま後ろに吹き飛んだ。
ヒコだ。左手を掲げたまま直立。
見事にその手がグリッスルにキマった。
「にゃはは。まったく、待たせすぎだよ。長いから投げ飛ばされたじゃねえかよー」
アレックスの嬉しそうな言葉にグリッスルは顔を強ばらせた。
そこでカノンは気づく。
――そうか、ここまでがアレックスの描いた絵だったんだ。
ヒコの復活からの逆襲までが一連の流れのゴール。
そしてヒコはまだ腕を掲げたまま仁王立ち。
まるでヒーロー参上。
いいとこ持っていく奴だ。




