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029/夢みた我が家

ヒコとミコ、そしてカノン、アレックスの4人は囚われていた多元界《たげんかい》の狭間から抜け出していた。


黒にさらに漆黒を塗り固めたような暗黒から光射す場所へ。

紫色の煙にも似た気体を撒き散らしてソコに降り立つ。


「ここは……?」

見るからにニッポン中流家庭のリビングルームといった趣きの部屋に出ていた。

ソファがありローテーブルがありテレビがあり、フローリングの床にちょっと毛の長めな絨毯。 壁にはシンプルな時計。6時50分を指していた。


「にゃ? 誰んち?」

アレックスが腰を伸ばすような運動をしながら言った。


が、誰もわからなかった。


いや、1人だけ、

「家だ……」

ヒコとの魂の契約によって一命を取り留めたどころか、驚異の回復を見せて意識が戻ったミコが部屋を見渡し呟いた。


その目には薄らと涙。


「ミコ様の家……。この間まで住んでいた偽りの家族の家ですか」

「後半言わなくていいでしょ」

警戒心露にしたカノンの言葉に脱力気味で返すミコ。


「つまり……ミコ様が無意識下で行きたいと願った場所が……ここ」

家に帰りたい。そう願うのはまったく特別なことじゃない。

18年も過ごした場所だ。 楽しいこと、嬉しいこと、嫌なことも含めてたくさんの思い出がある場所。


いくら偽りの場所と言われてもその思い出が消えるわけじゃない。 だから、ここだった。


「なんだか……すごく懐かしい感じが」

一週間程度しか経っていないが、もう帰れないところだと思っていた。


テーブルに置かれた新聞。父がよく読んでいた。 朝、ソファに座って脚を組んで。

その後ろ姿がぼんやりと浮かぶ。

で、涙が流れた。

会いたい。 本当の両親じゃなくてもあの笑顔をもう一度。

抱きしめてもらったことだって何度もある。 小さい頃はよく頭を撫でてもらった。

あの温もりを。

感傷、なのかもう戻らない生活への想いなのか、ミコの涙はまだ止まらない。


「お兄様!」

ミコが思い出に浸っているとカノンが叫んだ。

ヒコは壁にもたれ大量の汗をかきながら顔はもう血色を失い青白い。呼吸も浅い。

すぐに駆け寄ったカノンがヒコの手を握る。


「……ああ……大丈夫。かなりミコにエネルギー持っていかれたからな……。おかげで妹の元気な姿が見れてにいちゃん嬉しい~」

意識が朦朧としているのか妙なテンションになっているヒコ。


「ひ、ヒコ……ごめんなさい。私のために……」

「まあ心配すんな、決めたのは俺だ。 お前がチカラを発動させるたびに俺は大量のエネルギーを持っていかれるが、決めたのは俺だ。

普段でも少しずつ俺からエネルギーを摂取していくが、決めたのは俺だ。

お前がチカラ使いすぎたら俺のエネルギー使い切ってさすがに消滅するけど決めたのは俺だ」

「いや、素直にありがとって言い難いわ!」


ヒコとミコの関係は魂の契約によってグランルード人としてのエネルギーの供給をし合う間柄になった。

この関係、契約はどちらかが消滅するまでは終わらない。

相互に供給し合えるが……、ミコのチカラの方が圧倒的に大きい。


片や正統な王族の血が流れる純グランルード人。 片や王の血を引くとは言え、普通のニッポン人とのハーフ。

チカラと血の濃さの差は歴然だった。


これで、ヒコとミコの契約関係は、ほぼヒコがミコのエネルギー源になるという一方的なものになっている。


「まあ冗談だよ、いや言ったことは全部ほんとだけどな。だから今はチカラ使うなよ、マジで。さすがに俺ぶっ飛ぶ」

力なく笑うヒコ。


「チカラ……と言われてもどうやったら使えるかわかんないし」

ミコに記憶も能力も戻ってはいなかった。 いま起こったことはただ無意識下でチカラが発動しただけだ。

残念そうにミコを見るカノン。


「にゃは。とりあえずじゃあそこのソファでもいいから続きするぅ? ミコちゃん」

アレックスが100%アレックスとして気分を上げている。

ミコはなんのことかわからず首を傾げているだけ。


「……ミコ……?」

消え入りそうな声が聞こえた。

だけど逃さない。 ミコにとっては聞きなれた声。


とっさに振り返る。

キッチンの方からゆっくり近づく女性。


「お母さん!」

ミコの母親だ。正確には母親役のグランルード人だ。

ミコと母、2人が抱き合う。 お互いに泣いている。

これは偽りの涙じゃないんだろう。

血の繋がりのない、偽りの家族と揶揄されるような関係だが、どうやらそこには偽りでない感情があったようだ。


2人は涙を流して抱き合いながらお互い膝から崩れ、それでもハグをやめない。

感動の再会だ。


「ふむぅ……親子丼もありだな……」

と、アレックスが呟きカノンがそれを睨む。

冷めたカノンにもこの光景が正真正銘親子の再会だとわかる。

偽り、偽りと率先して言っていたカノンだがこの時ばかりはそんな自分を少しばかり恥じた。いい光景だ。


そんな感動を打ち破る者、参上。

「いやーいいね。感動だ。素晴らしいよ」

拍手とともに現れる男、グリッスル。


この状況で最悪とも言える邂逅。 これもまた再会だ。感動は伴わないが。

軽く舌打ちヒコ。カノンは無表情だが少しばかりヒコを庇うように立ち位置を変える。

泣きじゃくっていたミコと母親も言葉を失ったように固まった。

さらに驚きはグリッスルが傷を負っていたことだ。

致命的とは言い難いが左腕から血を流している。

そしてその腕の先、無造作に引っ掴んで引きずっているのは、男の身体。

こちらの方が血まみれ。


「お、お父さん!」

ミコがそれを見て悲痛な叫び。

グリッスルが引きずってきた者、それがミコの父親だった。あっ役だけど。


「……逃げ……ろ……ミコ……」

微かに、父親は声を絞り出す。逃げろと。


「ふふっ。まあせっせと帰ってきたんだしゆっくりしていきなよ。家族団欒だよ。

あっ家族じゃない者もいるか。

いや、そうか……。全員他人だったね、家族と言えば僕とミコこそが本当の家族だ」

気味悪く微笑むグリッスル。


居合わせた全員が寒気。

「な、なんで……お父さんを!」

涙ながらにグリッスルを睨むミコ。


「ん? 彼は僕と君の兄妹愛を邪魔する悪者だからだよ。さらに王族に反抗する不届き者だ。これは重罪だね」

「ごめんね……ミコ。私達、貴方を守ろうと、貴方がここに帰ってくるとか言って……あのグリッスル……様が現れて、思わず……」

詰まりながらも母がミコに言う。


グリッスルはこの家にミコが戻ってくると踏んでいた。さらにミコのチカラの発動を感じ取り確信しここに来た。

だが、偽りの両親と言われた父も母もそれに抵抗したのだ。

18年の親子を演じた中で芽生えた本当の感情だった。

それを知りのミコはさらに泣き出す。

自由と命を脅かすグリッスルへの憎しみを増幅させる。


「ミコ……逃げなさい。この王子は貴方をただの道具として利用するだけよ……。なにをされるかわからないわ」

「人聞き悪いなー。僕の妹だよ? 赤の他人は黙ってて欲しいよ、ね、ミコ」

そこで放り投げるように父親を離す。

壁に激突しまるでゴム人形のように落ちて転がる。


「ま、待て……待ってくれ、王子」

父が床を眩う。


「なぜ?」

「ミコは……私達の子供だ」

「それは僕ら王族が与えた仕事だよ」

「最初はそうだった……だが……赤ん坊の時から一緒に……いるんだ、わかるか王子」

「いや、わからない。なにが言いたい?」

「血の繋がりだとか……役割だとか……そんなんじゃないんだ! ミコは私達の」


そこで血が噴く。

父親からだ。首筋から赤紫に染まる。

グリッスルが伸ばした腕によって貫かれていた。

そのままうつ伏せで動かなくなった。


ミコの叫び声が響く。

「意味のわからないことを……。さあ、ミコ、行こうか」


ミコは震えている。それを母親が抱きしめる。


「にゅぅ~、相変わらず胸糞わりー奴だなぁ」

アレックスが眉間にシワを寄せて吐き捨てた。


不穏な空気を放ちながら近づくアレックスをまじまじと見るグリッスル。

大きくため息をつきたくなる気分をグッと堪えてグリッスルは微笑む。


――このニンゲンはいつも平然とした顔をして立ちはだかる。

この街でのヒコとの争いの中で何度も邪魔をしてくる存在。一言で言って鬱陶しい。


何度打ちのめしても向かってくる虫だとグリッスルは思っている。

そろそろそんな繰り返しに終止符を打ちたい。

それなら今この時が最高の場だ。

と、グリッスルは一歩出る。


暴力への歓喜が渦巻く。

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