4 修学旅行での一幕
下鴨神社。正式名称を賀茂御祖神社という。
京都駅の北方に位置しており、京都を拓いた神様として信仰され平安京遷都以降は国家鎮護の神社として、皇室や朝廷からも篤い崇敬を受けていた。
現在は世界文化遺産に指定されている――。
「――だそうよ」
ネットを見ながら、書かれている説明文を藤堂渚が読み上げる。
「ご利益ありそうだね」
渚の友人である佐山しおりはそう言うと、目の前の鳥居を見上げる。
時は五月。長山第二中学校の三年生は修学旅行を迎えていた。
初日の班行動。渚達の班は、事前に話をしていた下鴨神社を訪れていた。
鳥居を潜り木々の中を歩き、辿りついた楼門。
鮮やかな朱色の柱に檜皮葺の屋根が調和した優雅な構え。周囲に満ちる草木の匂いも相まって、非日常適な雰囲気を醸している。
「あっ、しーちゃん! あれじゃない!?」
付近を見渡していた渚がしおりに声をかけた。
渚が示した先。そこには社があり、木の板に『えんむすびお守り授与所』と書かれていた。
「ん、そうみたい。なぎちゃん、ありがとう」
お礼を言ったしおりが社へと向かい、渚も彼女についていく。
そこでしおりは縁結びおみくじを引いた。十二単をイメージした可愛らしい色使いのおみくじだ。
「良い香りするよ」
「そうなの? ……本当だ」
しおり達は目と鼻で楽しみ、それから中身を確認した。
そこには源氏物語の若紫にある詩が描かれていて、加えて運勢が書かれていた。
「……どんな感じだった?」
黙っておみくじを読んでいたしおりに、渚が問いかける。
しおりは顔を上げると、おみくじを渚へと見せながらはにかんだ。
「……あせらず、時間をかけて絆を深めましょうって」
「じっくり行きましょうってことね。良さそうな感じね」
「ん、頑張る」
やる気に満ちた表情を見せるしおり。
渚はその可愛らしさに、微笑ましくなり笑みをこぼした。
「……なぁ、あれって……そういうことだよな?」
「相手がお前って可能性もワンチャンあるんじゃね?」
「いや、流石に無いだろ……」
続けてお守りを購入するしおりの様子を見て、渚の班の男子の一人は静かにショックを受けるのだった。
――渚達が恋愛事に盛り上がっている一方で、下村朝陽は清水寺の舞台上に来ていた。
班員達と一緒に、清水寺の舞台から見える景色を一望する。
そこには新緑に包まれた鮮やかな緑の木々と、その奥に京都の市内が見えた。
「凄いねー」
「ねー」
友人の里中まどかと共に、感嘆の声をあげる朝陽。
そこへ、隣に立っていた班員の眼鏡の男子が話を始めた。
「……清水寺は元々、北法相宗の本山らしいよ」
「本山?」
「本山ってのは……」
誰ともなしに出た疑問に、眼鏡の男子はすらすらと答えていく。
「へー、そうなんだ」
説明を聞いた朝陽は相槌を打った。
内容は難しかったが、せっかく教えてくれてるのだからと自身の中で精一杯嚙み砕いていく。
眼鏡の男子は続けて近くに滝があるらしいと語ると、皆を滝へと誘った。
そうして滝へと向かう間も、清水寺にまつわる話を語っていく。
それを聞いていた、もう一人の班員である爽やかな雰囲気の男子が思わず言葉を漏らした。
「めっちゃ詳しいな。それ全部、元から知ってたの?」
「それは無いよ。調べたんだよ」
「マジで? すげぇな」
感心した言葉を漏らすと、眼鏡の男子は小さく笑った。
「せっかく観光する訳だし、色々知ってから体験した方がもっと楽しめるでしょ」
「いや、そうは思っても普通はできねーって」
滝を見ながら風情に浸る爽やかな男子。
そして眼鏡の男子へと話しかけた。
「まぁでも、ありがとな。おかげで、めっちゃ楽しいわ」
「うん、どういたしまして」
二人が観光を満喫していると、そこへまどかと朝陽が割って入った。
「ね、ね。スイーツ食べにいこ! ここ来る途中に美味しそうなの色々あったじゃん!」
「やっぱ京都ならではのが良いよね。和菓子系のとかさ!」
「抹茶のソフトクリームとかも食べてみたいね!」
そう言うや、男子達の反応も待たずに歩き出す二人。
先程まで景色に感動していた様子はどこへやら。彼女達の気分は既にスイーツへと移っている。
その勢いに圧倒されていた爽やかな雰囲気の男子は、少しの間の後にため息を吐いた。
「……うちの女子は子供だな」
「まぁ、元気いっぱいで良いんじゃない?」
「……お前は大人だわ」
諦めた二人の男子も朝陽達の後を追って歩き出すのだった。
◇
京都の観光を楽しんだ朝陽達は、その晩市外のホテルに宿泊した。
広めの会場に集まって皆でご飯を食べ、時間で区切ってお風呂に入る。
男子と女子で泊まる部屋のフロアは別けられており、その女子が泊まるフロアの自販機が設置された自販機コーナー。
そのスペースで就寝時刻までの自由時間の間、朝陽はいつもの仲良しグループで集まってわいわいと話していた。
今日は何処に行った。どういう体験をした。
明日の何々が楽しみだ。
そういう取り留めもない会話を朝陽達は楽しんでいた。
そこへしおりと一緒に歩いてきた渚が通りかかった。
「あ、渚じゃん。やっほ」
渚に気づいた朝陽が声をかけた。
渚は仲良しグループを一瞥すると、朝陽に向けて短く注意した。
「あなた達、ここは他の人も使うから静かにね」
「はーい」
返事をしながら壁際に寄る朝陽。
できたスペースを通って、渚としおりは自販機の前へと進む。
「ね。渚は今日、どこ行ったの?」
朝陽が問いかけると、自販機の商品を確認していた渚が動きを止め、朝陽へと振り返った。
「私たちは銀閣寺、金閣寺……下鴨神社に龍安寺、あと二条城ね」
「へー、全然被ってないね」
渚の回答に、朝陽がそう溢す。
それを受けて、渚が尋ね返した。
「あさひは何処に行ったの?」
問われた朝陽は思い出すように、宙へと視線を巡らせる。
「清水寺と……稲荷大社と……あと、どこだっけ?」
最後は首を横に向けて、まどかに向かって尋ねた。
「本願寺だよ」
「あーそうだ。抹茶の和菓子が美味しかったとこだね」
「うん。そこそこ」
思い出したと言わんばかりに頷く朝陽。
その友人とのやり取りに、渚が不思議そうな顔をした。
「それだけ? 全然回ってないのね……何かあったの?」
「ううん。別に何かあったわけじゃないよ」
朝陽の言葉に更に不思議な顔をする渚。
「ちょっと、寄り道してたんだよね」
「寄り道?」
「そ。抹茶アイスとか、くず餅のプリンとか、くだものが串に刺さった和菓子とか」
言いながらスマホを操った後、画面を渚へと見せる。
そこには先ほど朝陽が告げた、様々なスイーツの写真が映し出されていた。
合点がいった渚が呆れた顔をする。
「それで観光をあまりしなかったの?」
「うん」
渚は何かを言いかけ、少しの間の後に小さくため息を吐いた。
「……まぁ、あさひの班がそれで納得してるなら良いんじゃない?」
「納得してるよね」
「ね」
まどかと一緒に頷き合う。
その様子を見た渚は、仕方ないとばかりに頷くと再び自販機へと目を戻した。
少し迷った後に、ペットボトルのお茶を買うとしおりと共に歩き出す。
「それじゃあね。ちゃんと、就寝時間は守りなさいよ」
「はーい」
去っていく渚に、朝陽が返事をする。
その後ろ姿を目で追っていた朝陽の友人達は、姿が見えなくなったところで朝陽へと話しかけた。
「ね、ね。あさひって、藤堂さんと仲良いよね?」
「ん? まぁ、そうだね」
「昔からだっけ?」
問われた朝陽は、少し視線を泳がせた。
「あーいや、ちょっと色々あってね」
魔法少女としての活動は、友人に対しても秘密だ。
その話に言及せずに渚との関係を話すことが難しく、朝陽は言葉を濁すに留めた。
「ね。何か藤堂さんって雰囲気変わったくない?」
「あ、うちも思った。前はもっと怖そうな感じだったよね!」
「うんうん。今は喋りやすそうな雰囲気になってる」
朝陽の反応に疑問を持つことなく、友人達の興味は渚へと移っていく。
彼女達が話す渚の雰囲気については、朝陽にも心当たりがあったため頷いた。
「そうかもね」
確かに渚の雰囲気は変わった。
いや、成長したというべきであろうか?
そこまで考えて、朝陽はふと思う。
自分は特に変わっていない。
興味あることには積極的だし、勉強とかの苦手なことには極力関わりたくない。
自分が何をやりたいかもよく分かっていない。
昔の……魔法少女になる前と一緒だ。
そう考えた時、少しの焦りが朝陽の心の中に湧くのだった。




