2 直近のこと。将来のこと
長山第二中学校の三年一組。
コの字型校舎の二階。渡り廊下に最も近いその教室に、下村朝陽と藤堂渚は居た。
三年に進級し、二人は同じクラスとなっていた。
今は学級活動の時間であり、班ごとに机を固めている。
「――今の班が修学旅行で動く班だからね。仲良くね」
担任の先生が生徒達へと告げる。
幾つかの諸注意の後、班ごとに話し合いが始まった。
内容は修学旅行での班行動時の行き先について。
長山第二中学生の修学旅行の行き先は関西の二府――京都と大阪である。
その中でも初日に訪れる京都で、観光する場所を班になって決めるのだ。
渚は同じ班となった、友人である小柄でショートヘアの少女――佐山しおりと一緒に京都の地図を眺めていた。
地図といっても、ただ記号が載っているだけの地図ではなく観光用の地図である。そこには、生徒達が行きたい場所を選びやすいように、観光名所の簡単な絵が一緒に記載されていた。
「――皆はどこ行きたい?」
坊主頭の男子が、全員に尋ねるように言葉を発した。
「貴船神社……は遠いよね?」
それに応えるようにしおりが呟く。
渚が地図とは別に配られたプリントの一文を示しながら答えた。
「京都駅から1時間ぐらいかかるみたい」
そのプリントには、主要な観光地に対して駅からどの程度の移動時間がかかるのかが記載されていた。
生徒達はその情報と、観光用地図を参考に行き先を考えることになってた。
「そこに行きたいの?」
班でもう一人の男子が尋ねるも、しおりが首を横に振る。
「遠いなら、いいよ」
その様子を見た渚は思案すると、地図の中の二か所を示した。
「八坂神社とか、下鴨神社とかはどう? そういうおみくじとか、お守りとか、あるらしいよ」
「ほんと? なら興味あるかも」
しおりが頷き、男子達からも特に不満は出なかったので行き先の一つが決まる。
「なぎちゃん、ありがとう」
「他にもあるかもだけど……あまり詳しくなくて、ごめんね」
「ううん、凄く助かる」
しおりが渚にお礼を言う。
学校の授業で習った範囲であれば、ある程度の知識を渚は有している。
地図に描かれた観光名所に対して、歴史上の人物との縁を語ることはできた。
その知識も手伝って、班員たちの興味がありそうな名所を選定することができ、渚達の班は和やかに行き先を決めていくことができた。
一方、朝陽の所属する班では――。
「ね、ね。朝陽はどこ行きたい?」
目の前に観光地図を広げながら、里中まどかが朝陽へと問いかけた。
彼女は朝陽の仲良しグループの中で、唯一三年でのクラスが朝陽と一緒になった少女だ。
肩ぐらいまで伸びた髪を後ろで一つに結び、赤いフレームの眼鏡をかけている。
修学旅行での班も朝陽と同じになり、今は机を横に並べて一緒に観光地図を見ていた。
朝陽はその地図に描かれている、名所の一つを指差した。
「うーん。やっぱり、清水寺とかかな?」
朝陽は京都の観光名所に詳しいわけではない。
だが、そんな朝陽でも清水寺の名前は聞いたことがあり、それゆえに真っ先に候補へと上げた。
良く分からんけど、たぶん凄いところなのだろう。
ここであれば選択して失敗した、なんてことにはならないと思う。
その程度の考えからの発言であった。
「あー、確かに。何か凄いみたいだもんね」
対するまどかも曖昧な返事。
彼女もまた、清水寺がどのような場所かはあまり把握していない。
結果として彼女達の、その適当な言葉は他の班員に聞きとがめられることとなる。
「何か凄いって何だよ」
呆れたように同じ班の男子が言う。
背が高い、爽やかな印象の男子だ。
「えー、でもじゃあ他に凄いところ知ってるの?」
「うっ、えーと……それは、あれだよ」
まどかが問いかけると、その男子は言葉を詰まらせる。
結局のところ、彼も良くは分かっていないのだ。
それを見ていた最後の班員である、真面目そうな眼鏡の男子が笑う。
「まぁ、良いんじゃないかな。僕は清水寺でも大丈夫だよ」
「じゃあ、一個はそこだね。それならさ、清水寺付近で美味しそうなスイーツ出してるとこ探そうよ!」
まどかが提案する。
「スイーツだ? いや、観光するとこ決めなきゃいけないだろ」
「京都ならではのスイーツを楽しむのも観光の一つでしょ」
朝陽は、スマホを取り出して清水寺付近のお店を検索した。
「……清水寺周りにもカフェとかあるっぽいよ?」
「いいね! そこから選ぼうよ!」
早くも乗り気な朝陽とまどか。観光よりも食い気を見せる二人に、爽やかな雰囲気の男子が、どうしたものかと眼鏡の男子を見る。
が、彼も肩を竦めるだけだった。
「仕方ないんじゃない? どっちみち何処かでお昼は食べなきゃだし。この付近でお昼食べることにしようよ」
「あー、まぁそうか。しゃーねーな」
男子たちも受け入れたことで方向性は決まり、ますます話は脱線していく。
朝陽達が観光で回る場所を決めるのには、そこそこの時間を要するのであった。
◇
「それじゃあ、続きはまた明日ね」
学級活動が終わり、先生が締める。
結局、渚の班は行き先を決め終えて、朝陽の班は半分しか決まっていなかった。
まだの班は引き続き、翌日の学級活動の時間で行き先を決めることとなる。
どことなく浮かれ気分なクラスを見て、先生が告げる。
「楽しみなところ悪いけど、修学旅行の後のことも少しは考えといてよ」
「後のことって何すか?」
尋ねる生徒に向かって、口を開く。
「あんたらは三年でしょ。進路のことに決まってるでしょうが」
「えー、修学旅行の後でもいいじゃん」
「後でもいいけど、頭の隅には置いときなさい」
不満の声が出るクラス内。しかし、それに構わず先生は言葉を続ける。
その発言に、朝陽も思考を現実へと引き戻されていた。
春休みの宿題で出ていた進路希望調査では、とりあえず自分が狙えそうな高校の名前を書いた朝陽。
しかし春休みの間に考えた結果、果たしてそれだけで良いのかと疑わしくなっていた。
――皆はゆっくり考えれば良いって言うけど、本当にそれで良いのかな?
渚とかは色々と考えてるみたいだし、凛さんも……高校を卒業すると同時に家を出たのなら、進路をどうするか決めたのはもっと前のはずだ。
やっぱり、高校を出た後に何になりたいのかまで考えてかなきゃいけないと思う。
……けど、自分は何がしたいのだろう。
これまでに会った大人の人は皆、自分の仕事に誇りと責任を持って取り組んでいた。格好良かった。
そして、おそらくだけど見えないところで相当な苦労もしてる。
相当な苦労を背負ってまでやりたいことが、自分にも見つかるのだろうか。
そこまで考えてため息を吐いた。
何か……大人になるって大変なのかな……。
先の見えない状況に、修学旅行が間近に控えつつも萎えた気持ちになる朝陽であった。




