幕間5 大事なことはしっかり考えないとね
市立長山第二中学校。
下村朝陽のクラスは浮ついた雰囲気になっていた。
時期は三月末。終業式を終え、間もなく春休みとなる。
テストも終え、学年をまたぐということで各教科で出された宿題の数も少ない。
クラス内には、休みを満喫するぞという空気が満ちていた。
「お前ら、本当変わらんなー」
それを敏感に感じとった担任の本田先生が、苦笑する。
とはいえ、生徒達の気持ちも理解できるため、それを否定するようなことは無かった。
「せんせー早く終わろー」
生徒の一人が本田先生へと訴えた。
それを抑えるように本田先生は声を張り上げた。
「まぁ待て。春休みを楽しみにしとるお前らに、俺からのプレゼントがある」
教師から渡されるプレゼントにろくなものはない。
それを理解してる生徒達から悲鳴が上がった。
それを無視して、本田先生はプリントを配っていく。
前の人から受け取ったプリントを後ろに流しながら、内容を確認する朝陽。
プリントには進路希望調査と書かれていた――。
◇
「――でさー、進路をどうするか考えなきゃいけないのー」
「それは大変そうだね」
下村さんがちゃぶ台に突っ伏しながら愚痴ってる。
僕は台所から、相槌を打った。
今日は学校で終業式があり、そこで春休みの宿題が出たらしい。
ぶっちゃけ、どれだけ大変なものなのか、ピンとこない。僕が進路に悩んだのなんて、前世の時だからね。
何か、めっちゃ揉めたような気もするけど、あまり思い出せない。
けどまぁ大変そうだったから、下村さんにはそう言葉を返した。
「行儀悪いわよ、朝陽」
その横で藤堂さんが注意する。
二人とも、特に示し合わせたとかではなく、たまたま僕らの家に来たらしい。
息がぴったりだね。
僕は台所からお盆を持って居間へと移った。
「はい、どうぞ」
「わぁ、ありがとー」
「ごめんね。お金払うから言って」
二人とも終業式が終わって、すぐ僕の家に来たからお昼ご飯がまだだった。
さすがにご飯無しは可哀想なので、ありものの野菜を使ってチャーハンを作ったのだ。
「お金は良いよ。大したものじゃないし」
「いっただきまーす。……うーん、美味しい!」
「いただきます。……本当、美味しいわ」
「美味しいなら良かったよ」
別に僕は料理が得意な訳ではないから、口に合ったなら良かったね。
ところで優太、何で君がドヤ顔なのかな?
ご飯を食べてる間、話題は違うことへと変わっていった。
春休みに何をするか。
下村さん達が三年になった時に何組になるか。
修学旅行が楽しみだ。
そういった取り留めもない話から再び話題が進路のことへと戻ってきたのは、ご飯を食べ終えて一息ついた時だった。
「――渚は進路決まってるの?」
下村さんが藤堂さんへと尋ねた。
「私? 私は決まってるわよ」
「え? ウソ! どこ?」
藤堂さんの答えに身を乗り出す下村さん。
藤堂さんは少し身を引きながらも、高校の名前を挙げた。
残念ながら、高校についてはあまり詳しくないので分からない。
でも、テストの点も良かったし、藤堂さんのことだから賢いところなんだろうな。
「うわぁ、すごっ」
下村さんが凄いって反応した。
やっぱり賢いところみたいだ。
「そっかぁ。渚は決まってるかぁ」
下村さんが、またちゃぶ台に突っ伏した。
進路選びにだいぶ困ってるみたいだ。
僕が最近まで考えてたのは、進路じゃなくて自分の進退だからなぁ。
進路となると……。
僕は前世の方の記憶を頼りに、下村さんへと話しかけた。
「とりあえず高校に行くつもりはあるの?」
「うん、まぁそれはそうだね」
ふーん。てことは、どの高校を選ぶかで迷ってるって感じか。
「行きたい高校の候補はあるの?」
「ううん、それが無いの」
なるほどね。
「ひとまず楽しそうなところ、興味あるところを幾つか選んでみたら良いんじゃないかな?」
僕がそう言うと、体を起こした下村さんが意外そうな顔をした。
「そんなんで良いの?」
「他に何か、指標にしたいのがあるの?」
「いや、将来のことまで考えて高校選んだ方が良いのかなって。渚みたいに」
「将来やりたいことでもあるの?」
「ううん、ない」
どういうことだろう。
その後少しやり取りして、どうやら今まで色んな話を聞いてきて、そういう風に思ったらしい。
なるほどねぇ。やりたいことが決まってない状態で、そう思ったら、迷ってしまうよね。
「考えれるなら考えた方が良いけど、今決めなくても良いと思うよ」
「そんなものなの? でも、学校ではしっかり考えろって言ってたよ」
まぁ、学校としてはそう言うよね。
お茶を飲んで一服してる藤堂さんへと顔を向ける。
「ちなみに藤堂さんは、将来やりたいことは決まってるの?」
「決まってないわ。候補はあるけど」
藤堂さんの中では候補があるんだね。
いやぁ、凄いね。
「ほら、渚もしっかり考えてる。だからさ、私も考えてかなきゃいけないんじゃないかなって」
「うーん。でもさ、将来のことなんてさ、どうなるか分からないよ」
今はこうなりたいって思ってても、高校で過ごすうちに変わることも全然ある。
「……逆に今何も決まってなくても、そのうち見つかるかもしれないし。とりあえず高校行って考える……ってのでも良いんじゃないかな」
まだ悩んでる様子の下村さん。
まぁ、こういうのは自分が納得できるかどうかが大事だから、しっかり悩むのが良いんじゃないかな。
「……ちなみに、その場合。高校は何を基準に選べば良いのかな?」
下村さんは少しの間考えた後、不意にそんな質問をしてきた。
基準か……。
「そうだね……とりあえず自分の狙える所から、良さそうとこを選べば良いんじゃない?」
「良さそうなとこって?」
「えーと……」
前世での記憶を頼りに、思いつくままに挙げていく。
学食が美味しい学校。
エアコンがちゃんとついてる学校。
制服、ジャージが可愛い学校。
指折りながら言うと、藤堂さんに呆れた顔をされてしまった。
「それだけで選ぶのはやめときなさい」
「藤堂さんからは何かある?」
「進学実績が良いとか、学習環境が良いとかあるでしょ」
なるほどね。
僕らのやり取りを黙って聞いてた下村さん。考え込んだ姿勢から首を傾げた。
「実績や制服はともかく、他のは分からなくない?」
分からないってのは、学食が実際に美味しいのか、とかってことだろうね。
「そのために、オープンハイスクールだっけ? ……そういうのがあるんじゃない?」
「あぁ、そんなのあるって言ってた……」
思い出したような顔をする下村さん。
たぶん、学校で先生とかから話を聞いたんだろうね。
オープンハイスクールとかなら、実際に学校の授業の様子とか校舎内の様子とかを見れるから、自分が通ってるところもイメージしやすいと思う。
藤堂さんみたいに目標が決まってるなら、その学校だけで良いと思うけど、下村さんみたいに迷ってるなら、色々と見て回るのが良いんじゃないかな。
そう伝えると、下村さんは少し考えた後に頷いた。
「うん……そっか。そうだね。とりあえずはそれで考えてみるよ!」
幾らか指標にはなったみたいで良かった。
「ありがとう葉月ちゃん。何か……何とかなりそうな気がする!」
下村さんがお礼を言ってきたけど、その言い方に苦笑した。
下村さんらしいと言えば、下村さんらしいのかな?
「お役に立てたなら良かったよ。頑張ってね」
「うんっ……それじゃあさ、難しい話はおしまいにして、春休みのこと話そ!」
下村さんのテンションが急に上がった。
さっきまでと違って、目がキラキラしてる。
「春休みどっか遊びに行こーよ」
進路に悩んで相談に来たのかと思ったけど……もしかして、今日はその話がしたかったのかな?
いや、さっきまでは真剣に悩んでる風だったし、両方が目的だったのかもしれない。
「あんたねぇ」
藤堂さんが呆れた声を出した。
「何? 渚は遊ぶの嫌なの?」
「……そんなことは言ってないでしょ」
「じゃあ、決まりだね!」
そう言って、笑顔で話を進めていく下村さん。
まぁ、進路についてはじっくり考えればいいからね。
苦笑しながら、僕も話し合いに混じった。
ここまでで幕間は終了となります。
次話より四章に入っていきます。
引き続き、読んでいただけると嬉しいです。




