幕間4 将来のために考えること
藤堂渚の活動は朝から始まる。
特別朝が強い訳では無いが、目覚ましが鳴ると、本人の意志の強さで無理やり起床する。
顔を洗って、朝食を食べる頃にようやく覚醒すると、テキパキと支度をこなし学校に向かう。
学校に辿り着くのは一般生徒がやってきだすよりも十分程度早い時間だ。
教室に鞄を置くと、踵を返して正門前に向かう。
そうして風紀委員の腕章を身につけると、朝の挨拶運動を行うために待機するのだ。
「おはようございまーす」
暫くしていると、同じ風紀委員の仲間が続々と集まってくる。
その仲間達に混ざって、後藤久美もやってきた。
「おはようございます、先輩!」
「久美ちゃん、おはよう」
挨拶を返しつつも、渚は意外な表情で久美を見た。
渚の表情が気になった久美は、自分の顔に何か付いてるのかと顔を撫でながら、渚へと尋ねた。
「どうしました?」
「いや、いつもより早いなって思って」
渚が驚いたのは久美がやってきた時間についてだった。
久美は朝が弱く、いつも集合時間ぎりぎりにやってきて、風紀委員の中でも最後を争うのが常だった。
それが、いつもより僅かに早くやってきたのだ。
それは、久美が風紀委員に入って挨拶運動を始めてからの一年間で、初めてのことだった。
渚が驚いた理由を理解した久美は、元気よく告げた。
「理由があって、頑張って早く来ました!」
「理由?」
「はい! 実はですね、先輩に見せたいものがありまして……」
そう言って、ポケットをまさぐる久美。
頑張って、数分早くなるだけなのかと気にはなった渚であったが、そういう空気でもないため、ツッコむことはせずに久美を待った。
「……昨日、テストの結果が返ってきたんですけど……見てください!」
じゃんっ! という効果音が聞こえてきそうな態度で、久美が手に持った紙を広げて見せてくる。
ポケットに入れるために細かく折り畳まれたことで、幾つもの折り目がついた紙。
それはテスト結果が整理された紙だった。
「中学入ってから一番の成績だったんです!」
嬉しそうに語る久美。
その姿に既視感を覚えつつも、渚はテストの点に目を通した。
並んでいる数値は、渚の感覚からするとお世辞にも良い成績には見えなかった。
「数学なんか二十点も上がったんですよ!」
「二十……それは、凄いわね」
「はいっ、先輩が勉強教えてくれたからです! ありがとうございます」
眩しい笑顔でお礼を伝えてくる久美。
それにもまた既視感を覚える。
渚は前回の定期テストでの同級生の姿を思い浮かべた。
「……そう。成績が上がったのなら良かったわ。頑張ったね」
少しの間の後に絞り出した言葉は、朝陽の時とは違い、久美の頑張りを労うものだった。
「えへへ、ありがとうございます」
褒められて嬉しそうにしている後輩を見た渚は、まぁいいかと諦めた。
「――おはようございまーす」
その時、別の風紀委員が挨拶するのが聞こえてきた。
一般生徒達が登校してきたのだろう。
「あ、時間ですね!」
「そうね」
久美が成績表を再びポケットにしまい、渚の横に並ぶ。
そうして二人ともに挨拶運動へと加わるのだった。
「――やっぱり、目に見えて分かりますね」
生徒の登校ピークが過ぎて、疎らになった校門前。
挨拶をする合間に久美が呟いた。
「ん? どうしたの?」
言葉の意味が分からず、渚が問いかけた。
「いや、生徒の数が少ないなって」
「あぁ」
そこまで言われて、久美の言わんとすることを理解する。
長山第二中学校では先日、卒業式が執り行われた。
すなわち三年生は卒業しており、学校に来るのは一年と二年だけである。
登校してくる生徒の数も当然、三分の一減っている。
それは登校時間のピークでも同様であり、久美はそのことを言ったのだ。
いつかの委員会活動でのことを思い出す。
また、久美は寂しい気持ちになっているのだろうか。
気になった渚が、久美を様子を窺った。
「……? 先輩、どうしました?」
しかし久美は、いつもと変わらない雰囲気で立っていた。
渚は、その雰囲気を意外に思った。
「寂しいとかは……大丈夫そうね」
そうして、素直に自分が感じたことを久美へと伝えた。
「はい、いつまでも寂しがってはいられないですから!」
元気に応える久美。
三年生が居なくなったことへの寂しさを引きずってる様子は見られなかった。
「……そう、良かったわ」
安心した渚は、しみじみと言葉を漏らした。
「あ、でも先輩が卒業しちゃうのは寂しくなっちゃいます」
「いや、まだ一年も先じゃない」
「あはは、そうですね」
お互いに笑い合う。
そう、まだ一年も先の話だ。
「先輩はもう進路、どうするか決めてるんですか?」
「私? うん、私は決めてるわよ」
「へぇ、どうするんですか?」
問われた渚は、近隣で最も近い進学校を受験するつもりだと答えた。
頭が良くないと行けない学校だ。
それを理解している久美は、目を輝かせた。
「そうなんですね! 凄いですね」
「受かるかは分からないけどね」
「先輩なら絶対受かりますよ!」
謙遜する渚に、久美が力強く言う。
根拠のない言葉ではあったが、自分のことを信じてるがゆえの発言なのだろうと、渚は好意的に受け止めた。
「ありがとう、頑張るわね」
「応援してます!」
自分を見てくる真っ直ぐな視線。
その気持ちに応えたい。そう思った渚は、内心でモチベーションを上げた。
「でも、そんな凄いところ目指すなんて……その先の目標も決まってたりするんですか?」
久美が重ねて尋ねてきた。
目標。おそらくは高校以降の進路のことを言っているのだろう。
渚はそう判断して考える。
高校の更に先。将来やりたいこと、なりたいことの候補は幾つかある。
元々は母親と同じ教師になることを考えていた。
しかし、この一年間で起きた、様々な出来事によって、渚の心境には変化が生じていた。
葉月に教えられたこと。凛を受け入れたこと。
それによって迷いが生じたのだ。
今はもう少し考える時間が欲しい。他でもない自分の人生を……しっかりと自分の意志で決めるために。
将来のことを決めるのは今で無くても良いのだから。
とはいえ、やりたいことが決まった時に困りたくない。
そういった想いからも進学校を目指すのは間違いでは無い。
現在の渚はそういう思考の元に、将来のことを考えていた。
「目標は……まだ決まってないかな」
「そうなんですね」
「とりあえずは勉強を頑張るつもり。久美ちゃんも頑張ってね」
「う……この前頑張ったばかりだから、少し甘えたいなーって」
「駄目よ、継続が大事なんだから。分からないところは教えてあげるから、普段からこつこつとやるの」
「うー、分かりました……」
がっくしと肩を落とす久美。
その姿にもまた既視感を覚えた渚は思わず笑みを零した。
手のかかる後輩である。でも、もっと手のかかる同級生よりかは、遥かに素直だ。
彼女も、少しは久美のことを見習って欲しいものだ。
そう考える渚だった。




