幕間1 やっぱり長生きしてるからには落ち着きが欲しいよね
「ただいまー」
平日の昼過ぎ。マジックカフェでパフォーマンスをさせてもらった後、家に帰ってきた。
扉を開けて家に入ると、僕を迎えたのは静寂だった。部屋には誰も居ないみたいだ。普段なら優太が飛びついてくる……というか優太が居たら、カフェまでついて来てるか。
「優太は……あそこかな?」
呟きながら、もう一度扉を開けて外に出る。
家に居ても、今日は特にやることがない。
優太がちゃんと上手くやれてるかも気になるし、出かけることにした。
そうやって、やってきたのは廃病院の地下施設だ。
そこの一番奥の部屋へと向かう。
部屋に入った所で、聞き慣れた話し声が聞こえてきた。
――あぁ、居た。優太だ。
部屋の隅に置かれたテーブル。その上に載せられた機械の箱にさきちゃんの記憶素子が繋がれている。
同じく機械の箱に繋がっているマイクとスピーカーで、さきちゃんと会話することができるようになっている。
これらはヴィクターさんが用意してくれたものだ。
その机の前に、置かれた椅子。そこに優太が座っていた。
「あ、お姉ちゃん!」
優太が気づいた。
その言葉にさきちゃんが反応したんだと思う。
『葉月おねえちゃん。こんにちはー』
スピーカーからさきちゃんの声がした。
「こんにちは」
僕も挨拶を返しながら部屋の中央にある、モニターの前に置かれた椅子を持って優太達のところにやってきた。
そのまま優太の隣に座る。
僕が座るのを待って、優太がわざわざ僕の膝の上に移ってきた。
相変わらず甘えただなぁ。
『うさぎさん、さっきの話だけど』
「あぁ、うん」
さきちゃんが話しかけて、優太が答える。
会話の内容から察するに……カエルの指は何本あるのかという話かな?
いや、どういう会話してるの君達は……。
呆れながらも、優太がさきちゃんと会話するのを見る。
それにしても優太は変わったと思う。いや、甘えたな部分は変わってないんだけどね。
そこじゃなくて、なんと言うか……僕への依存心? みたいなのが減ったように感じる。
以前なら、僕を中心とした行動が多かった。
僕がマジックカフェに行けば、一緒についてきて観客として見学してたし。
僕がお昼寝してたら、一緒に横になって昼寝していた。
幼い弟が、お姉ちゃんの後を追いかけて回るのと同じように、僕の後をついてきていた。
もちろん、優太だけで行動することもあったけど、そういう時は仕方なくっていうのが態度に出てた。
それが今は、自分からさきちゃんの元に通ってる。
さきちゃんが誘って、優太がそれに応えただけなのかもしれないけど、その結果として行動してるのは間違いない。
これまでは家族やごく一部の人間しか見ない、内向きな思考だった。それが他にも興味を持って、自分から話しかけにいってる。
今も、僕との会話を挟まずに、さきちゃんと二人で会話を続けてるしね。
まぁ……それはまだ、さきちゃんに対してだけなんだろうけどね。
元から社交的な下村さんとかと比較すると、僅かな変化でしかないかもしれない。
でも、優太にとっては間違いなく良い変化だ。
ほっこりしながら、優太達の会話を見守ってるとスマホが鳴った。
……あれ? 下村さんだ。今どこに居るのかって聞かれてる。
理由はよく分からないけど、とりあえず地下施設でさきちゃんと話してると伝えた。
そしたら、すぐに自分達も向かうと返事がきた。
自分達ってことは、藤堂さんも居るのかな?
僕達に何か用があるのかなぁ。
暫くしてから下村さんと藤堂さんがやってきた。
やっぱり、藤堂さんが一緒だったんだね。
『朝陽お姉ちゃんに渚お姉ちゃん、こんにちは!』
「さきちゃん、こんにちは!」
「こんにちは」
暗い雰囲気だった室内が一気に華やかになった。
二人に話を聞くと、何でも学校終わりに僕達の家に向かったらしい。
で、僕らが留守にしてたから、連絡してきたと。
家に来た理由は……何となく?
特に予定がなかったから?
いや。だから何で、暇になると僕らの家に集まろうとするのかな?
……まぁ、良いか。
下村さん達がさきちゃんとお喋りしている。
僕達と違ってリアクションも声も大きいから、賑やかな感じになった。
この部屋が騒がしいなんて不思議な感じ……はしないな。
あれ、何でだろう?
この姦しい感じに覚えがある気が……。
『――おーい、こっちも構ってーなー』
何かを思い出そうとしていたその時、会話を遮るように声が響いた。
スピーカーから流れる機械音。この声……あ、そっか。忘れてた。
この施設のナビゲーションAIだ。僕や優太に宝玉のことを教えてくれた存在だね。
「何か用なの?」
『うわぁ、お姉さん。辛辣やなぁ。そんなん言われたらうち泣いてまうわぁ』
「へぇ、涙なんて出せるんだ。どこから出るの?」
『いやいや、ものの例えですやん。寂しいって気持ちを表現しようとしただけですわ』
藤堂さん、下村さんが口々に話して、AIが突っ込んでる。
うん、AIは相変わらず騒々しいね。部屋が騒がしいことに違和感を覚えなかったのは、間違いなくこいつが原因だ。
藤堂さんも下村さんも、真面目に取り合わなくていいんだけどね。
『AIさんはずっとここにいるの?』
さきちゃんがAIとの会話に加わってきた。
そういえば、AIとさきちゃんって普段は一緒の部屋に居るわけだけど、会話とかしてるのかな?
『そうや、そこやっ!』
うるさっ。
何か、AIが急にテンション上げてきたんだけど。
『うちはずっとここにおるねん。何年も……何十年も、この施設を見守ってきたんよ』
皆がびっくりしてるところに、AIの主張が始まった。
『それなのに、それなのにや! 皆はぽっと出ただけの、そこの小娘に夢中で、うちを無視しよる! こんなことが、あってええんか!』
……えぇ、何それ。
ナビゲーションAIなのに、さきちゃんに嫉妬してるってこと?
いや、ナビゲーションが目的だからこそ、頼りにされないのが悲しいのかな?
……うん、どうでもいいか。
「悲痛な叫びね」
「うん、確かに。泣いてそうな感じは伝わるね」
AIのテンションに対して、藤堂さんと下村さんは冷静だ。
たぶん、一人テンションが高い人が居たら、周りは逆に冷静になるやつだ。
『AIさんはずっと皆を見守ってたんだね』
『せやで! うちはずっと頑張ってきたんや。やからなぁ、うちのことをもっと敬え!』
AIのさきちゃんへの当たりが強い。
「偉そうだな」
優太も辛辣だね。
『うん、分かった! AIさんは凄い人なんだね!』
『……お、おう。分かったらええんや』
いや、何でちょっと怯んでるの。
さきちゃんが素直に返事してきたのが想定外だったのかな?
きつく当たろうとしたのに、さきちゃんが良い子だったから戸惑いが出たのかもしれない。
『ねぇ、AIさんのことは何て呼べばいいの?』
今度はさきちゃんがAIに尋ねた。
『うちか? せやなー……ちなみにさきは何歳なん?』
『私? 一歳ぐらい?』
さきちゃんは最新の試作型だったってヴィクターさんが言ってたもんね。
身体が作られて一年ぐらいってことなんだろうね。
『ほー、若造やな』
「だから、偉そうだな」
優太がやっぱり辛辣だ。
『決めたで! うちのことは大先輩って呼ぶんや』
『大先輩は何歳なの?』
『聞いて驚くんやないで。百歳は超えてるね!』
続けてさきちゃんが尋ねた質問へのAIの答えに、少し驚いた。
意外と歳取ってるんだ。その割には全然落ち着きがないね。
「何だ、おばあちゃんじゃん」
下村さんがボソッと呟いた。
その言葉は僕にも効くなぁ。
あ、ハッとした顔をした。
「ごめん、葉月ちゃん!」
「いや、大丈夫だよ」
謝ってきたけど、本当に気にしてないので、本心から伝えた。
まぁ、むしろこういうのは、気遣われるより弄られた方が良いんだけどね。
自称大先輩は何だかんだ、さきちゃんと楽しそうに話してる。
この様子なら仲良くできそうだね。
僕らが来ない時でも、さきちゃんが寂しくはならなそうで良かったとみるべきかな。
……それにしても、やっぱりAIは騒がしいなぁ。




