23 状況が良いとは言えないけど、悪いことだらけってわけじゃないね
いつもの街に戻ってきて数日。
今日は皆で廃病院の地下施設へとやってきた。
埃っぽい通路を抜けて最奥の部屋へと向かう。
『お? お嬢ちゃん、久しぶりやん』
部屋に入ったところで、中心に置かれたモニターが明滅して、話しかけてきた。
この施設のAIだ。一時期、口調が変わってたけど、元に戻ったみたいだ。
『今日はお友達も沢山いるんやね』
「こんにちはー」
AIの言葉に合わせて、下村さんが挨拶を返した。
『おぉ、こんちは。ここのナビゲーションAIやらせてもらってます。よろしゅーね』
「……何なのよ、これ」
相変わらず気が抜けるような話し方をしてくるAI。
その言葉遣いが気になったのか、藤堂さんが呆れ声を出した。
うん……気持ちは分かるよ。
「気にしないでいいよ。調子に乗せるとずっと喋りっぱなしになるから、気をつけて」
『ちょいちょい、お嬢ちゃん言い過ぎやで。相変わらず酷いなー』
「あはは、ちょっと面白いね」
あぁ……そういうこと言うとAIが調子に乗っちゃうよ、下村さん。
「……騒がしいな」
AIが無駄なお喋りをしないよう注意しようとした時、部屋の中にそんな言葉が響いた。
声のした方を見ると、部屋の隅に置かれたテーブルの前にヴィクターさんが立っていた。
以前は置いてなかったテーブルだ。
どこかから持ってきたんだと思う。テーブルの上には良く分からない機械が載っている。
「ヴィクターさん、こんにちは」
機械が何かは気になるけど、ひとまず挨拶をした。
皆も僕の後に続いて、ヴィクターさんへと挨拶する。
「ヴィクター、さきはどうなった?」
ヴィクターさんの挨拶――まぁ、ヴィクターさんが挨拶を返してくれるとは思わないけど――を待たずに、優太が尋ねた。
「あぁ、これだ」
短い言葉と共に、ヴィクターさんがテーブルの上の機械を示す。
その機械が何なのかを見るために、僕達はテーブルへと近づいた。
無線機みたいな筐体に、何かいっぱいコードがついてる。筐体の前には小型のマイクが転がってて、機械とコードで繋がっていた。
僕達がテーブルの周りに集まったところで、ヴィクターさんがマイクを掴んで喋った。
「聞こえるか?」
その言葉に反応して、筐体についてるランプみたいなのが幾つか点滅する。
『――聞こえるよ』
筐体に組み付いてたスピーカーから、言葉が聞こえた。
「さきちゃん!?」
いち早く反応したのは下村さんだった。
その驚いた声をマイクが拾ったのか、筐体が再び反応した。
『……その声、朝陽お姉ちゃん?』
「っ!? うん!」
機械からの反応に下村さんが頷く。
少し、涙ぐんでる。
一連の様子を見て、優太が口を開いた。
「声は聞こえて話せるけど……視覚はないのか」
『――うさぎさんっ!』
優太の声が聞こえたんだろう。
さきちゃんの音が跳ねた。
さっきまでとは明らかにテンションが違う。
「オクタ。あんた懐かれてるのね」
「……たまたまだよ」
藤堂さんの指摘にそっぽを向く優太。
照れてる優太って、なんか新鮮だね。
「ひとまず、会話はできるようにした。そいつの言う通り、周りを見ることはできない」
「ありがとう、ヴィクターさん」
さきちゃんの状態を説明してくれたヴィクターさんにお礼を伝える。
ヴィクターさんは手を軽く振った。
「礼はいい。僕もこいつからデータを吸い出す必要があったからな。ついでに会話をできるようにしただけだ」
ついででも、僕達としてはありがたい。
さきちゃんはあの時壊れてしまったと思ったから……また、こうして話せるようになったのは嬉しいね。
「あの……周りを見れるようにはできないんですか?」
下村さんが遠慮がちに手を上げて、ヴィクターさんへと尋ねた。
「何かのロボットに組み込めば、視覚を与えることもできるが……」
人型の――それも子供サイズのロボットは構造が複雑で、技研の中でも台数が限られてるらしい。当然、この廃施設にも存在はしていない。
前みたいに子供の姿を与えるのは難しいとのことだ。
ここに放棄されてたやつで、技研に持って帰ってないのなら乗せれるのだそうだけど、それだと動物や昆虫がモチーフになってしまう。
いくら視覚が持てるとはいえ、それは可哀そうだ。後は、昔僕らが破壊した巨人みたいなロボットもあるけど、それもさきちゃんを乗せるには合わない。
まぁ、どうするかはゆっくり考えよう。
今はさきちゃんと、もう一度会話ができるようになったことを喜ぶべきだ。
「――回収したデータは技研に回させてもらうぞ」
ヴィクターさんの言葉に頷く。
ヴィクターさんは元々、さきちゃんを回収するためにやってきたと言っていた。
さきちゃんが壊れされちゃったから、代わりに記憶素子に記録されてる戦闘データとかを持ち帰りたいらしい。
それ自体は構わないんだけど……。
「僕らに関する情報は……」
「僕からは出さないようにはする。ただ、どれだけ効果があるかは分からん」
今頃、浦辺――稲葉さんのアジトが技研の技術者によって調査されてるらしい。
ヴィクターさんが事前に僕らの痕跡は消してくれたみたいだけど、技研も優秀な人が多いからどれだけ誤魔化せるか分からないとのことだった。
そして、一番の問題は稲葉さんが僕らの情報を統制局に共有していたみたいだってことだ。
アジトに残ってた稲葉さんのパソコンからは、僕らに関しての情報を統制局内でやり取りしていた履歴が残ってたと言ってた。
そこから、今回の事件の全容も分かった。
稲葉さんはAIでロボットの機能制限を無視して暴走させる研究をしていた。
以前に下村さんが遭遇した雪だるま型のロボットの暴走がそれだ。
その雪だるま事件の時に、下村さんの力が稲葉さんに見られた。
その情報は統制局内に共有され……何故か他の組織――技研とかには伝えられなかったようだ。
「おそらく、他の組織には内緒で、何かをしようとしていたんだろう」
稲葉さんのパソコンにそこまでの情報は無かったけど、僕らを取り込んで何かをしようとしたんじゃないかとヴィクターさんは言った。
そのために稲葉さんは、さきちゃんを使って僕達を自分の領域に引き込もうとした。
ところがそのタイミングで、パルチザンのメンバーが絡んでくる。
パルチザンはおそらく、適応研で人体実験を受けた被害者達の集まりだ。
ヴィクターさんに聞いたところ、パルチザンという名前は知らなかったけど、たぶんその人達が適応研を壊滅させたのだろうと言っていた。
彼らは適応研を壊滅させた後、他の人体実験の被害者を救出するために技研や統制局も狙ってるのだそうだ。
技研とか他の組織の人達は、逃げ出した被害者を適応研の遺産と称して、捕まえようとしているからね。
そういった被害者を救出するためにパルチザンのメンバーは組織の痕跡を追っていて――その過程でさきちゃんを見つけた。
さきちゃんを適応研の被害者だと勘違いしたパルチザンメンバーは彼女を保護しようとしたけど、さきちゃんはロボットなので、当然逃げる。
その時に、さきちゃんは僕らと遭遇した。
さきちゃんはその場の状況を利用して僕らの懐に潜り込み、稲葉さんの元へと連れて行こうとした。
途中でロボットが襲ってきたのは稲葉さんの差し金じゃないかとヴィクターさんは言った。
この廃施設から脱走したロボットはまだ複数いる。雪だるま型のロボットを見つけたのと同様、他のロボットも回収して手駒にしてたのだろうと。
ロボットをけしかけた理由は、下村さん以外のメンバー……僕や優太の力を調べるため。
その結果はおそらく彼にとって満足のいくものだった。だから、僕ら全員をそのまま捕らえようとした。……まぁ、途中で優太の命は奪おうとしてたけどね。
そうしてさきちゃんは壊されて、稲葉さんは逃げてしまった。その後はおそらく、神前さんが何かをしたはずだ。
一方でパルチザンのメンバーはと言えば、さきちゃんの攻撃と稲葉さんの兵器で大怪我を負った。
救急車で運ばれていったけど、どうなったかは分からない。優太が応急処置をしていたので、たぶん大丈夫だとは思うけど……。
これが、おそらくは事件の全て。
ヴィクターさんの見立ても入ってるから、概ね合ってるはず。
そんなわけで、僕達の存在は統制局に知られてしまっている。
幸い、稲葉さんが僕達を見たのは雪だるまの事件の時と、今回の件だけだ。僕達がどこに住んでるかまでは分かってないはずだ。
他の組織にも僕達のことは伝えてないみたいだし、まだ僕らの日常が脅かされているわけじゃない。
そういった見解を踏まえて、僕達は皆で話し合った。
結果、今は大人しくして、統制局が僕達を見逃すのを待つことにした。
「平和維持活動は?」
「それも駄目」
僕が否定すると、藤堂さんが不満そうな顔を見せた。
それを見てか、ヴィクターさんが僕に同意してくれた。
「そいつの言う通りだ」
「……分かってるわよ。無茶はしないわ」
拗ねたように藤堂さんが言う。理解はしてるけど、気持ちが表情に出ちゃってる感じかな?
その子供っぽい態度に思わず苦笑してしまう。
『――うさぎさん、また遊びに来てね!』
必要なことは話し終えて、時間も遅くなったので帰ろうとしたところで、さきちゃんが優太へと話しかけた。
優太は仕方ないといった様子で、さきちゃんへと言葉を返した。
「……はぁ、分かったよ」
『約束ねっ!』
優太はあれ以来、少し変わった気がする。
これまでは優太の興味の対象は僕か……あっても下村さんや藤堂さんだけだった。
それがさきちゃんにも興味を持つようになった。これは間違いなく、良い方向の変化だ。
対象はまださきちゃんだけかもしれない。でもこれをきっかけに、もう少し外に興味を持てるようになってくれたら嬉しいな。
今回も色々と大変だったし、状況も良いとは言えない。でも大切な弟の成長が見えて、本当に良かったと思う。




