22 さぁ、楽しい時間がやってきたよ
温泉で有名な観光地にあるパーミヤンホテル。
三連休の最終日。そのホテルの会場には多くの人が集まっていた。
彼らの目的はホテルで開催されるマジックショー。
昼過ぎから始まったショーは、滞りなく進んでいた。
ショーに出演する大善寺は、控室代わりに貸し出されている部屋でそわそわとしていた。
昨日の練習には葉月は来なかった。
昼前にはホテルに向かうとの連絡が入ったので、今日のショーまですっぽかされることは無いはずだ。
それでも不安になる気持ちは抑えきれず、数分おきに時計を見ては、まだかと気を揉んでいた。
「――おやおや、大善寺くん。緊張してるのかい?」
同じ部屋で待機していたミスターホリックが、大善寺に絡んできた。
「安心したまえ。君のマジックを楽しみにしてるお客さんなんて、極わずかだよ」
大善寺の肩へ腕を回しながら、悠々と語るミスターホリック。
「まぁ、確かに。他の演者のマジックは凄いからね。緊張するのも分かるさ。……その点、僕は気楽だよ。何せ、僕の出番は君の後だからね」
はっはっはっ、と笑いながら、ミスターホリックが大善寺の肩を叩いた。
「それじゃあ。僕は他の共演者のマジックを見て勉強してくるよ。……君も少しは他人のマジックを見て、勉強した方が良いんじゃないかい?」
そう言って、ミスターホリックは控室を出ていった。
その後ろ姿を眺めながら、大善寺は小さく呟くのだった。
「ぬぅ。葉月くん……まだか」
◇
日が沈みだしてきた頃、僕達はホテルへと戻ってきた。
何とか大善寺さんの時間には間に合った。良かったよ。
着いたと連絡すると、大善寺さんがすっ飛んできて連行された。
そのまま女性用の控室にぶちこまれたので、置いてあったハンガーラックからショー用の衣装を探す。事前にホテルの人に渡してたものを、ちゃんと控室に置いてくれてたみたいだ。サイズが他の人と違うこともあって、衣装はすぐに見つかった。
デザインが凝ったワンピースだ。とある事情で少しごわごわしてるけど、動く分には問題ない。
同じく、控え室で出番待ちをしていた女性のマジシャンが不思議そうな顔で僕を見てる。まぁ、子供っぽい子が衣装に着替えてショーに出る準備をしてたら気になるよね。
僕も、この人がどういうマジックをするのかは気になるけどね。
これまた置いてあった姿見で、身だしなみをチェックしてから外へ出る。
大善寺さんは扉の前で待ち構えていた。いや、女性控え室の前で待つのは危ないよ。
「練習できてないけど、大丈夫なんだろうな?」
大善寺さんが、心配そうに尋ねてきた。正直、それどころじゃなかったのは事実だ。
でも、僕もマジシャンの端くれだ。マジックを披露するのなら、言い訳はできない。
いつだって全力で取り組んで、最高の結果を出すべきだ。
「やれます」
そんな思いもあって、僕は力強く頷いた。
僕の言葉に、大善寺さんの表情が和らいだ。少しは安心したみたいだね。
昨日は練習に参加できなかったので、廊下を一緒に歩きながら気をつけるべきことを聞く。
細かい動きを確認しながら、ステージの袖へ移動した。
今やってるパフォーマンスが終わったら、次は僕達らしい。本当にギリギリだったね。間に合って良かったよ。
今ステージに立ってるマジシャンはマジックもトークも上手いみたいだ。盛り上がってる声や拍手が聞こえる。
いいね。会場が温まってるなら、僕達もやりやすい。
……あ、パフォーマンスが終わったみたいだ。
いよいよだね。
隣で息を整えている大善寺さんに、僕は声をかけた。
「ファイトです!」
「う、うむ」
まだ少し緊張してるかな?
昨日僕も練習に参加できてたら、もう少しマシだったかもしれないと考えると大善寺さんには申し訳ない。
その分、全力で頑張るよ。
『――それでは、続いては大善寺さんによるマジックです』
司会の人の言葉を受けて、大善寺さんがステージへと出ていった。
お辞儀をして、観客に挨拶をしてる。
少し間を置いてから、僕も小道具である小さめのテーブルを押してステージに上がる。
笑顔を振りまきながら会場を見る。
下村さん達は……ちょっと何処にいるか分からない。
まぁ、仕方ない。気にせずいこう。
ステージの後ろに控えて、僕は大善寺さんのマジックを見守った。
まずは大善寺さんがステッキを手に持って振る。
するとステッキが鳥の羽根へと変わった。
「羽根のままじゃあ、何もできませんね――」
おどけて観客へと語りかけながら、今度は羽根を振る。
羽根が燃えて、その中から鳩が出現した。
その鳩を両手で持って片手を離すと、一羽の鳩が二羽へと分裂しそれぞれの手に握られる。
「おや、増えすぎてしまいました」
大善寺さんの言葉に、観客から小さな笑いが起きた。反応は悪くない。
……よし、そろそろ僕も出番だ。
大善寺さんがテーブルの上に置かれた大きなカゴに、二羽の鳩を入れる。
鳩から拝借した羽根を燃やし、更に鳩を出現させる。
そこから流れるようにマジックを重ねていく。
鳩が卵に変わり、卵から先程よりも小さな体躯の鳩に。今度は別で取り出した紙を燃やして、小さな鳥籠を出現させると、そこに小さな鳩を入れる。
そのまま鳥籠をテーブル上の大きな籠に入れて、布を被せた。
この時点で僕も移動を完了させていた。
大善寺さんが観客への語りかけと共に布を取り払うと、鳩が居るはずのそこから僕が現れる。
観客が沸いた。
大善寺さんの指示に従って、僕は隣のテーブルに寝っころがる。脚にキャスターがついたテーブルだ。
大善寺さんが僕の身体を押さえながら、テーブルを動かした。
僕の身体は寝っ転がった位置に留まりながら、テーブルだけが動いていく。
僕の身体の下から完全にテーブルが取り除かれ、僕は寝たままの体勢で空中に浮かんでいた。
空中浮遊のマジックだ。
空中で身体を起こす。
大善寺さんに手を引かれて地面へと軽やかに降りる。
その滑らかな動きで、本当に空中に浮いてたんじゃないかと観客に錯覚させる。
地面に降り立った所で、大善寺さんが観客にアピールしながら腕を振った。
何も握ってないはずの手から、大量の紙吹雪が飛び出して舞う。
それをまともに被った僕。
一瞬、紙吹雪に紛れた瞬間、僕の衣装がシックなデザインのワンピースへと変わる。
瞬間的な変化に歓声が上がった。
お客さんの心も掴めてそうだ。
良い状態で、最後のパフォーマンスをやれそうだね。
僕は観客にお辞儀すると、いったんステージの袖に引っ込んで準備を始めた。
その間、大善寺さんが観客に対して話しかけて場を繋いでくれている。
舞台照明用のライトと透明なアクリル板二枚。それらを順にステージへと運び、セットしていく。
ステージ中央に一枚のアクリル板を置き、その板の観客席側、斜め方向から板を照らせるようにライトを設置する。
残る一枚のアクリル板は、ライトと反対の方向に置く。こちらは観客に対しては置き場所が無くて、適当に置いたように見せかける。
「――さて、この板は何の変哲もない透明な板ですが……」
大善寺さんの言葉に合わせて僕がアクリル板の前後を行き来する。
板は透明なので、奥に行っても当然僕の姿が透けて見える。
変に屈折してることもなく、ただの板であることをお客さんに示した。
「少々シャイでしてね。皆から注目されると照れてものを隠してしまうんですよ……」
大善寺さんの言葉が続く中、僕は板の後ろに立った。もちろん、観客からは板越しに僕が丸見えだ。
「さぁ、皆さんで注目してみましょう!」
大善寺さんの言葉と共に、スポットライトが点灯した。瞬間、観客からどよめき。
それもそのはず。今、僕の姿は観客席からは消えたように見えてるはずだ。
「やっぱり照れてしまいましたね。女の子が隠されてしまいました」
大善寺さんが話してる間に僕はこっそりと移動する。
「でもね。女の子は優秀なので、ちゃんと自分で出てこれるんです。……おーい!
「……はーい!」
大善寺さんの呼びかけに応じて、僕は姿を現した。
――観客席のど真ん中に。
周りの観客が驚いてるのが分かる。
――あ、優太みっけ。
パフォーマンス中なので、優太のことはいったんスルーして、今度は手振りでステージを示す。
大善寺さんの声も合わさって、皆がステージに目を戻す。
大善寺さんが色々と言いながらスポットライトを消灯させた。
すると、さっきまで誰も居なかったはずの板の後ろ側に、また僕が現れた。
――僕らが仕掛けた最後のパフォーマンスに対して、観客席の反応は最高だった。
沢山の歓声と拍手を浴びる。
大善寺さんがそれに応えてる間に、僕は急いで片付けに入った。
パフォーマンスで使った道具をステージの袖に引っ込めながら横目で大善寺さんの方を窺う。大善寺さんが沢山の拍手をもらいながら、嬉しそうに挨拶をしているのが見えた。
その様子にほっこりしながら全部の道具を引っ込め終わった時、ステージの袖にミスターホリックさんが居ることに気がついた。
そう言えば、大善寺さんの次なんだっけ。
ホリックさんは口を大きく開けて、驚いた表情をしている。
どうやら、大善寺さんのマジックはお気に召したみたいだね。
「……な、なっ」
僕は小さく戦慄いてるホリックさんに近づいた。
「ホリックさん」
「……え? き、君は」
「次、頑張って下さいね」
大善寺さんが予想以上に良いパフォーマンスを見せたから、ホリックさんもきっと発奮して素晴らしいパフォーマンスを見せてくれるに違いない。
楽しみだね!
◇
「はー」
僕は何度目かになる、大きなため息を吐いた。
それに気づいた下村さんが呆れた顔をした。
「もー、まだ残念がってるの?」
下村さんが口を開くと、藤堂さんも気づいて話しかけてきた。
「良い加減、機嫌直しなさいな」
「……うん」
二人から言われて、小さく頷く。
うん、ごめん。分かってるんだけどさ。
だけど、やるせない気持ちになるのは仕方ないよ。
ホテルで最高のパフォーマンスを演じた大善寺さんと僕。
さぁ。後は残りのマジシャンを見学だ、といきたかったのだけど、残念ながらそうはいかなかった。
帰るのが遅くなってしまうということで、僕らはショーの途中で抜け出して、帰途に着いたのだ。
大善寺さんのすぐ後にやったミスターホリックさんのマジックだけ見れたけど、結局他の人のマジックは見れなかった。
今は帰りの電車の中だ。優太は疲れたのか、僕の膝の上で眠っている。
スケジュールの関係でこうなることは事前に分かってたんだけど、でもいざこの状況になると、ねぇ。
あー、他の人のも見たかったなぁ。
――ちなに、ミスターホリックさんのマジックは可もなく不可もなくといった感じだった。
スクリーンと影を使った、変わったマジックをしていて興味深かったのだけど、緊張してるみたいで動きがぎこちなかったんだよね。
もしかしたら、あぁいうステージでの経験が少ないのかもしれない。
今日みたいな大舞台にもっと慣れていったら、もしかしたら凄いマジシャンになるかもしれない。
そんなことを思いながら、僕は窓の外を眺めて、またため息を吐いたのだった。




