21 懸念はあるけど、最悪な状況ではなくなったのかな
浦辺さんに逃げられてしばらく経ったころ、救急車が到着した。
救急隊員の人が女の人の様子を見て、応急処置をした後に病院へと連れていった。
男の人も大きな怪我をしているのに気づいて一緒に搬送されて行った。
残りの一人は同乗してついていった。
そうして、この場に残ったのが僕らだけになったところで、皆で壊されたさきちゃんのもとへと移動した。
さきちゃんは身体が胴体の所で完全に分かれてしまっていた。
その様子を見た、下村さんが顔を背ける。
優太がさきちゃんの顔の傍にしゃがみこんだ。
「うさぎ……さん?」
さきちゃんはまだ稼働していた。優太の顔を見ると、小さく呟いた。
その言葉遣いで、浦辺さんに操られる前の状態に戻ってることが分かった。
優太が話しかけた。
「何で、僕を助けたの?」
「何で……だろ」
さきちゃんはたどたどしく、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「危な……って、思っ……たの」
「ちゃんとあの男の命令を聞いてたら、壊れずに済んだのに……何やってるのかな」
さきちゃんの言葉を聞いた優太が首を横に振った。
少し呆れたように語り、それからさきちゃんの目を見て、言った。
「……ありがとう……おかげで助かったよ」
さきちゃんが嬉しそうに笑った。
「ねぇ……おねが……いい?」
「何だい?」
「おにいちゃ……ねえちゃ……さがし……」
さがし……探してってことだろうね。
保護してってことなんだろうけど……。
「――見つけることは約束できない。でも、努力はするよ」
優太がさきちゃんへと告げた。
その言葉に、少し驚いた。昨日までの優太だったら、失礼かもしれないけど嫌な顔をしてたんじゃないかな。
でも今、優太はさきちゃんの言葉を前向きに聞いてる。
昨日から、二人で行動した時間は優太にとって大きかったのかもしれない。
でも、だからこそ……この状況は辛いよね……。
「ありがと……大好き」
さきちゃんの言葉に優太は返事をしなかった。
誰も話さず、静かな時間が訪れる。
「――何をやってる?」
不意に言葉をかけられてドキッとした。
勢いよく声がした方へと振り返る。
「……それはロボットか? 人型の……試作機か。手間が省けそうだな」
そこに居たのはヴィクターさんだった。
「な、何でここに?」
急に話しかけられてびっくりしたよ。
「任務だ。そこのロボットや、うちの兵器を私的に利用してた男が居てな。その回収にきただけだ」
回収、という言葉に優太が反応した。
「この子を持っていくの?」
「あぁ、そうしたい。……何かあるのか?」
僕らの様子を見て、ヴィクターさんが尋ねてきた。
僕らは順に状況を説明した。
「――なるほど、そういった事情か」
「ねぇ……この子、治せないかな?」
下村さんの質問には答えず、ヴィクターさんがさきちゃんの元へと近づいた。
状態を確かめるように、あちこち触るのを僕らは黙って見守った。
「――これを直すのは無理だな。一から作り直した方が早いし、安い」
やがて呟かれたヴィクターさんの言葉に、ショックを受ける。
やっぱり、直せないか……。
場の空気も一段重くなったのだけど――。
「だが……記憶素子は無事だ。回路が幾つか過負荷で焼き切れているが、まぁ問題は無いだろう」
「っ!? それって――」
続く言葉に、俯きかけてた顔を上げる。
僕らへと振り向いて、ヴィクターさんが言葉を続けた。
「身体の方はどうしようもないが、頭脳は無事だということだ。記憶素子だけ取り出して別の装置に組み込めば、会話ぐらいならできるようになる」
――話せるようになるんだ!
身体は無くなってしまうとしても、さきちゃん自身と喋れるようになるなら、全く問題無いよね。
「お願いしても良い?」
「そうだな……こちらも報告のためにデータは回収したい。ついでに、対応しよう」
「……ありがとうっ、よろしく頼むよ」
優太が、ヴィクターさんにお礼を言った。
続けて僕達も口々にお礼を伝えた。
さきちゃんの方は何とかなりそうで良かった。
残る問題は……。
「ヴィクターさん、ごめん。組織に僕達のことバレちゃったかも」
「どういうことだ?」
尋ねてきたヴィクターさんに、説明する。
「統制局の浦辺って人が、僕達の持ってる力について知っちゃってたみたいで……」
「浦辺だと?」
「この子を操ってた人だよ」
優太がさきちゃんを示しながら説明すると、ヴィクターさんは合点がいったように頷いた。
「い……浦辺自体は大丈夫だ。迅が対処してくれるはずだ」
神前さんが……対処?
「対処ってどういうこと?」
「組織内の話だ。奴は掟を破った。それ以上は聞かない方が良い」
言いながら、ヴィクターさんが小さく下村さんと藤堂さんに目配せした。
……あぁ、そういうことか。
「とにかく、大丈夫って思っておけば良いんだね?」
「そうだ」
僕はそう言って無理やり話を区切った。そのおかげか、皆も何となく納得したような感じになった。
仕方ない。内容的には、たぶん下村さんと藤堂さんにとって刺激が強いものだと思うから。
自分としても思うところがないわけではないけど、まだ吞み込める。というより対処の内容を気にした結果、浦辺さんが野放しになって、皆が危険な目に遭う方が看過できない。
とにかく、浦辺さんが問題無さそうってのは分かったけど……。
「問題は浦辺が統制局に伝えているかどうかだが……それは調べてみないと分からないな」
やっぱり、分からないよね。
ヴィクターさんはこれから、浦辺さんの家を調べて、僕らに関する情報があるかどうかを確認してから、さきちゃんを直す作業に取り掛かってくれることになった。
もちろん、ヴィクターさん自身の仕事もこなしながらになるから、少し時間がかかるかもとは言われたけど、それは仕方ない。
皆も仕方ないことは理解しているので、特に不満は出なかった。
とりあえず完璧とは言えないけど、色々と何とかなりそうで良かったよ。
ほっとしながら、ヴィクターさんが作業しているのを見ていると、藤堂さんに話しかけられた。
「葉月、あなたショーの方は大丈夫なの?」
――あっ、そういえば忘れてた!
「今って何時?」
「そろそろお昼ね」
自分の出番は夕方だ。
急いで戻らないと!
◇
浦辺慎二は車に乗って、逃走していた。
田舎道を、制限速度を超えて走らせる。
頭には昨日も追いかけられた、足の速い男の姿があった。
実際にはその男は腹部に怪我を負い病院に向かっていたため、浦辺を追うことは無いのだが、それを知る由もない浦辺は、あの男が追いかけてくるもという恐怖から、ひたすら逃げ続けていた。
そうして走ること十数分。バックミラー越しに誰も追ってきていないことを確認し、浦辺はようやく安堵した。
ここまできたら追いつかれることはないだろう。
そう考えて、気持ちを落ち着けるべく、路肩に車を停め休憩する。
静かな車内で、浦辺は先程の戦いの様子を振り返った。
――状況は悪くはなかった。
だからこそ失敗するとは思わなかった。
何がいけなかったのであろうか。
さきが反抗したこと?
適応研の遺産が邪魔してきたこと?
確かに、それらは浦辺にとって想定外だった。
でも、それ以上に想定外だったのは、あの少女達の力だ。
浦辺が少女の力を見たのは、今日が初めてではない。
最初に見たのは暴走した雪だるま型ロボット――ス・ノーメンが起こした事件の時だ。
ロボットの暴走は、浦辺がAIの動作実験を兼ねて起こしたものであった。
そのため、ス・ノーメンの暴走の様子も観察していたのだが……そこに現れたのが下村朝陽であった。
アイドルのような衣装に身を包み、不思議な道具で空中に道を描いた朝陽は、それを伝ってス・ノーメンに迫ると、即座に破壊して見せた。
技研が作るような兵器とは異なるその力に、浦辺は興味を持ったのだ。
何とかして、あの力を取り込みたい。
見た限りでの能力、動きであれば、さきの能力を持ってすれば勝てると踏んだのだが――他の少女と兎もまた不可思議な力を有しており、彼女達は浦辺の想定を超えてきたのだった。
さきを破壊したのは浦辺自身であったが、それが無くてもさきは敗北していたであろう。
想定外の強力な力。だからこそ、あの力がますます欲しい。
あの力と、葉月という少女を餌に使えば、技研を黙らせて……本家を支配することもできるかもしれない。
統制局が指導者となれる可能性がある。
どうやって手に入れる?
次の作戦を考えなければいけない。
ひとまずはAIに今回の情報を――。
そこまで浦辺が考えたところで、唐突に運転席の窓がノックされた。
ハッとして横を見ると、見知らぬ男が助手席の外に立っているのが見えた。
浦辺はその男を知らなかったが、男が手に掲げていたペンダントによって、男の素性を正確に把握することができた。
男の正体が分かり、安心してドアのロックを外そうとしたところで、浦辺は手を止めた。
……この男は何故、こんな場所にいて、私に話しかけてきた?
僅かな逡巡の後、念の為にドアは開けずに、窓を下ろすことで男の呼びかけに応えた。
「稲葉慎二だな?」
男が話しかけてきた。
「そうだが……お前は誰だ?」
「《技研》の所属で、神前って言うんだ。よろしくな」
「《技研》? 《技研》が何故こんなところに?」
「なぜって……そりゃあんた。うちの試作機借りてるじゃん。様子を見にきただけだよ」
神前と名乗った男の言葉に、浦辺――本名を稲葉といった――は思考する。
確かに自分は技研から試作機を借りている。もっとも、既に破壊されてしまったが。
そして試作機を借り受けていると、技研の実働部隊がデータ収集のために、やってくることは確かにある。稲葉も過去に経験している。
そういう時のこいつらは、何処にいようと、突然やってくる。
神前の言動にも、態度にも、特段不自然なところはない。
自分の考え過ぎであろうか。
そこまで考えた稲葉に、神前が問いかけた。
「それで、試作機の調子はどうだい?」
「あぁ、それなら――」
素直に答えかけて、はたと止まった。
少女達のことは技研には黙っておきたい。
そう考えた稲葉は僅かに考えた後――。
「《適応研》の遺産が現れてな。破壊されてしまったよ」
リベレイターズの三人組に全ての罪を擦り付けようとした。
はたして、神前が驚いた顔を見せる。
「遺産がか!? ……そりゃマズイな」
「そうだ、マズイ状況だ。あんた達は遺産の回収も請け負ってるんだろ? 対処してくれ」
思案顔を見せる神前に、重ねて畳みかける。
このままいけば誤魔化せる。そう確信していた稲葉だったが。
「……いや、マズイって言ったのはそっちじゃないんだわ」
「は? どういうこと……がぁっ!?」
突然左手に激痛が走り、稲葉が呻く。
何事かと見ると、手の甲に短刀が突き刺さっていた。
一瞬パニックになりかけたものの、すぐさま犯人に気づき、稲葉は声をあげた。
「何をっ!?」
「あの試作機は特別製でね。壊されちまうと後が色々と面倒なんだよ。だから、責任取ってもらいたいなと思ってね……っていう俺個人の都合もある」
何を言ってるか理解できず稲葉が神前を見る。
神前は、笑っていた。
「……お前、うちの兵器をわざと暴走させただろう?」
「そんなことは……」
「バレてんだよ」
「あぐぁ!」
言うと同時に神前が短刀についたチェーンを引っ張り、引き抜いた。
痛みに呻く稲葉をよそに、神前は窓の中に腕を突っ込むと、器用にドアのロックを外した。
「うちの兵器を借りて、暴走させた。そして、それによって組織のことを世間にばらしかけた。越権に加えて、背任行為も追加だな」
「ま、待て! 殺さないでくれたら……そ、そうだ。見逃してくれたら、良い情報をやる!」
ドアを開けられ、二人の間を隔てるものがなくなった状態で、見逃してもらうために頭を必死に回転させた稲葉は、一つの案にたどり着いた。
隠しておきたいと考えたばかりであった秘密。しかしその情報と引き換えであれば、交換条件が成立するかもしれない。
情報のアドバンテージを失うのは痛いが、命には変えられない。
「不思議な力を持った少女がいるのだ。アイドルみたいなふざけた格好をしているが、力は本物だ。そ、それに、一緒にいる少女。あれは……あの力は当主様が求めているものと一致するはずだ」
「へー、そいつぁいいな」
必死に語る稲葉。
神前が反応したのを見て、更に言葉を重ねる。
「そうだろう。それに兎のぬいぐるみの見た目をした喋る動物もいる。あれの持つ不思議な力は《技研》でも再現できないかもしれない。実験体として有用だろう!?」
「なるほど、確かにそれは有用かもな」
「そ、そうだろう!」
神前の反応に手応えを感じた稲葉。
助かった?
そう思った稲葉に、絶望の言葉が降ってきた。
「……悪いが、尚更生かしておけねーわ」
「なに――!?」
神前が短刀を振るった。
悲鳴は聞こえず、音も立たず。
白昼に行われた凶行。
稲葉慎二の最期が、ニュースにのることはなかった。




