20 試合には勝ったけど、勝負には負けちゃったみたいだ
「――さき!」
優太が叫ぶのが聞こえる。
優太自身は無事みたいだ。
崩れ落ちていくさきちゃん。
でも、それを追う余裕はなかった。
「ちっ、さきのせいでやり損ねたか」
浦辺さんの方を見る。
さっきの攻撃はこの人が放ったものだ。
優太がさきちゃんの相手をしていたことで、自由になった下村さんと藤堂さんが浦辺さんと相対していた。
でも二人の攻撃は、浦辺さんの前に出現した半透明な壁によって阻まれていた。
そんな中、浦辺さんが放った光。いや、速すぎて分からなかったけど、どっちかというと雷のように見えた。
人が雷を撃つ……思い当たるのは技研の兵器。
それが、さきちゃんを貫いた。
「まさか、AIが暴走するとは……まぁいい。あれは所詮試作型。壊れても文句は言わんだろう」
「何で、あんな攻撃を?」
独り言を言ってる浦辺さんに問いかけると、振り返って僕へと顔を向けてきた。
「僕らを捕まえて、話し合いをしようとしてたんじゃなかったの?」
あんなのまともに喰らったら、話し合う前に死んでしまう。
「確かにあの兎も気になるのだがね……私が欲しいのはあくまで、人としての力でね。人外の力は必要ない」
眼鏡の位置を直しながら浦辺さんが言う。
優太を人外の存在だと、勘違いしてる。
人としての力が欲しい……ヴィクターさん達が僕らを狙ってきた時とは、また違う目的を持ってるってことか。
この人の狙いは、あくまで下村さんということだ。
浦辺さんが僕をじっと見る。
「それより、私は君のことも気になるがね。どうやって、さきの分身体を見破ったんだい?」
「僕は目が良いんだよ」
浦辺さんの問いかけに嘯く。
実際、さきちゃんの分身を見破ったのは手品で培った観察力によるところが大きい。
分身体はホログラムか何かで、空中に投影されてるものなんだと思う。本体と違って身体にブレが見えたんだよね。
それをもとに見破ったわけだけど、浦辺さんは考える仕草を見せた。
「ふむ……それが君の力なのかな? ますます興味深いね」
何か勘違いをしているみたいだ。
訂正する必要もないし、僕は構わず語りかけた。
「そんな悠長にしてていいの? あなたを守ってくれる人はいなくなっちゃったよ」
半透明な壁は下村さん達の攻撃を弾いて、さきちゃんを壊すような攻撃もできる。この人も十分に危険だけど、今の状況は多勢に無勢だ。
さっきの浦辺さんの攻撃を見て固まってた二人も、武器を構え直してる。
二人が隙を突けるように、注意を引きたい。僕は更に言葉をかけた。
「降参した方が良いんじゃない?」
「……それは困るな。困るから、こういう手段を取ろうと思うよ」
言いながら、浦辺さんが僕に近づいてきた。
腕を僕に向ける。腕の先の、何も無い空間に煙が発生したかと思うと、半透明な塊が生まれた。
さっきまで下村さん達の攻撃を防いでいたものと同じ、水晶のような塊。
空気が冷たい。……水晶じゃなくて、氷?
それは、おそらく氷でできた塊だった。先が尖ってる。
「葉月ちゃん!」
下村さんと藤堂さんが僕の方へと駆け寄ってこようとした。
けど、浦辺さんがまた半透明の――おそらく氷の壁を作って、邪魔をする。
二人が壁を迂回するより早く、浦辺さんが僕に氷の塊を突き付けた。
「さて、諸君。なかなかに楽しめるショーだったが、ここまでにしよう。この娘の命が惜しければ、その武器を下ろしなさい」
尖った先端を僕に向けたまま、浦辺さんが皆へと話しかけた。
「葉月ちゃん!」
「あなた、何をっ!?」
「……っ、お姉ちゃん!」
皆の動きが鈍ったのが分かる。
いけないっ……。
「僕のことは気にしないでいいよ!」
どうせ僕は死なない。
刺されても平気だから、気にせずに動いて欲しいけど……やっぱり皆、それは嫌がるよね……。
下村さんと藤堂さんが武器を下ろした。
優太の様子はここからじゃ見えないけど、たぶん同じようにしてるんだろう。
皆、優しすぎるよ……。
僕が逃げれたら良いんだけど、足はまだ治ってない。
もうすぐ治ると思うから、そこまで時間を稼げれば……。
「……何で今更人質を取ろうとしたの?」
「何がだね?」
浦辺さんに話しかけると乗ってきた。
自分が優位に立ってると、口も軽くなりやすいよね。
「最初からさきちゃんを使わずに、僕を人質に取っとけばすぐだったじゃん」
「あぁ、そういうことか……何、簡単なことだよ。あれはさきに積んでいたAIの教育も兼ねていたからだ」
「教育? ……じゃあ、それを自分で破壊しちゃったのは失敗だったね」
「そうだな。まさか、あぁなるとは思わなかったよ。付き合う相手が悪いと悪影響を受けるというのは、人間もAIも変わらないようだね」
煽ったつもりだったけど、浦辺さんは平然と言葉を返してきた。
むしろ、さきちゃんを壊してしまったことを全く気にしてないようにも見える。
どういうことかと問いかける前に、浦辺さんが何かに気づく素振りを見せた。
「ん? 君の足――」
「――一番の悪影響を与えているのはあんただろうが」
浦辺さんの言葉を遮るように降ってきた、突然の低い声。
表情をハッとさせた浦辺さんが、真後ろへと腕を振る。
浦辺さんの背後に氷の壁が出現した。
同時に何かが壁にぶつかる。
半透明な壁の先に見えるのは……女の人?
瞬間、僕はお腹を抱えられて、何かに後ろへと引っ張られた。
「――大丈夫かよ?」
さっきと同じ低い声に顔だけ振り返ると、そこには昨日追いかけっこした、いかつい顔の男が居た。
壁の向こうの女が注意を引き付けて、その隙に僕を助けてくれたのだと理解した。
最初にさきちゃんに吹っ飛ばされてたけど、無事だったみたいだ。
僕はひとまず、僕を抱えたままの男へと話しかけた。
「ありがとうございます?」
「何で疑問形なんだ?」
「いや、あなたが味方か分からないし」
このまま、今度はこの男に捕まったりしたら笑えない。
何せ浦辺さんはともかく、この人からは絶対に逃げられない自身がある。
「はっ。ガキの癖に肝が据わってんな」
男は浦辺さんから離れたところで、僕を離してくれた。
「危ないから、下がってろ」
男はそう言うと庇うように、僕の前に立った。
あ、悪い人じゃなさそう。
でも……。
「怪我、してますよね。無理しちゃダメですよ」
血が垂れて地面に落ちるのが見える。
たぶんさきちゃんに殴られたところが出血してるんだと思う。
「組織の人間を前にして、無理しないなんてできるかよ」
組織と敵対してる……さっきも言ってたね。……異常な足の速さで、敵対してる……もしかして、この人……。
「くそっ、しぶとい奴らが!」
三人組の正体に思い至ったところで、浦辺さんの叫ぶ声が聞こえた。
見ると、浦辺さんは防戦一方になってるようだった。女が殴りかかるのを、半透明な壁で防いではいるが、何もやり返せてはいない……いや、よくよく見ると、浦辺さんの周囲がキラキラと輝いてる。
……あれは、電気?
いけない、さっきと同じやつだ!
「危ない!」
「姉さん、避けろ!」
僕が叫ぶと同時に、どこかから声が聞こえた。それに呼応するように、女の人が横に跳ぶ。
同時に浦辺さんが再び雷のような光を放った。
光は浦辺さんが作った壁を内側から貫通すると、さっきまで女が居たところを駆け抜けた。
女が倒れる。
避けたように見えたけど、当たってたみたいだ。
浦辺さんが放ったものが雷のようなものなら、少し掠っただけでも感電してるはず……電流の量によっては命の危険もあるかもしれない。
「姉さん!」
「薫子!」
僕の前に立つ男の人が叫びながら飛び出した。
浦辺さんの横を抜けて、女の傍へしゃがみこむ。
茂みの方からも男が飛び出した、女へと駆け寄ってる。
男の人が必死に女へと呼び掛けてる。
「お前も同じようにしてやる」
浦辺さんの周りがキラキラと輝く。
また雷?
マズイ、あの人が撃たれる。
立ち上がって駆け出そうとした時だった。
「――いい加減にしなさい」
小さな声が響くと同時に、その場の全ての動きが止まった。
……これは、あの時の――。
「な、何だ、これは!?」
「――貴方の言い分を問うための場よ」
驚愕する浦辺さんに話しかけたのは藤堂さんだ。
その言葉に、目だけ動かしてみる。
藤堂さんがモノトーンのブラウスにガウンという服装に変わってる。
やっぱり、ヴィクターさんと戦ってた時と一緒だ。
「葉月を盾にした脅迫。他人への傷害行為。続けての殺人未遂。貴方が犯した罪に対して、貴方の言い分を述べなさい」
「い、言い分だと?」
「そうよ」
状況が分からず、浦辺さんは焦った様子を見せた。
でも藤堂さんの言葉は聞いていたようで、まくし立てるように口を開いた。
「あ、あいつらは私のことを狙っていたんだぞ! 抵抗して何が悪いっ、正当防衛だ!」
絶対嘘だ。
でも藤堂さんは、浦辺さんと三人組の最初のやり取りは見てなかったよね……。
ヴィクターさんと戦ってた時、あの姿になった藤堂さんは中立者だと言っていた。たぶん浦辺さんの言い分も聞いた上で、できるだけ公平に裁定を下すつもりなんだろうけど、浦辺さんの言い訳だけを聞いてたら無罪になってしまうかもしれない。
……浦辺さんの罪をしっかり伝えないと。
「意義ありっ。三人組に最初に攻撃を加えたのは浦辺さんだよ」
僕の言葉が意味を成すのかは分からないけど、口を挟んでみる。
「そ、それにしても最初に三人組が私の敵だと言ったからだ! やらなければ、私がやられていたはずだ!」
この人、結構言い訳が上手い……。
「そこまで言うなら、当然それだけの証拠があるんだろうな」
続く浦辺さんの言葉に、唇を噛んだ。
証拠と言われると厳しい。
僕がそれ以上、強く言えずにいると、藤堂さんがため息を吐いた。
「それが本当なら情状酌量の余地はあるわね。……とはいえ、脅迫や葉月への傷害の罪は消えないわ」
「そ、そうだね。それは悪かった。反省するよ」
浦辺さんが必死に謝罪する。
調子の良い言葉を並べてるけど、もしこの場を乗り切ったら、また暴れるんじゃないかな。
藤堂さんがどういう決断を下すのか分からないけど、もしそうなったら……狙われるのは藤堂さんかもしれない。
心配になる僕をよそに、藤堂さんが口を開いた。
「貴方の武器を取り上げる」
「……は?」
次の瞬間、浦辺さんの傍で何かが爆発した。
「ひぃっ!?」
浦辺さんが悲鳴をあげると同時に尻餅をついた。
浦辺さんが動いてるの見て、体の拘束が解けたことが分かった。
さっきの藤堂さんの言葉が間違いないなら、浦辺さんの持ってる兵器は壊れたはず。
これ以上は襲われる心配はないし、彼のことは藤堂さんに任せても大丈夫かな?
それよりも早く、あの人を助けないと。
「藤堂さん、浦辺さんをお願いっ……優太!」
呼びながら自分も走る。既に足は治っていた。
女の元まで行って様子を見る。
足が火傷を負ってる。やっぱり雷は当たってたみたいだ。
呼吸も荒い。仲間の二人が必死に呼びかけてるけど、反応が鈍い。
「私、救急車呼ぶね」
同じく様子を見に来た下村さんが、スマホを取りだした。
「ありがとう、お願い」
下村さんがスマホで連絡を取ってる間に優太が来た。
少し動きが鈍いのは、さきちゃんのことがあったからかもしれない。
優太は女の様子を見ると、すぐに魔法で応急処置を始めた。
「すまない、助かる」
「ありがとうっす!」
「……お礼は、この人が助かってからでいいよ」
優太はそう返したけど、暫くすると女の呼吸が落ち着いてきた。
これなら、救急車が来るまでは持ちそうだね。
「――きゃっ!」
安心してると悲鳴が聞こえてきて振り向いた。
ロボット……まだ居た!?
トカゲ型のロボットが、どうやら林の方から飛び出してきたようで、藤堂さんが不意打ちを喰らったみたいだ。
けど、藤堂さんはすぐに立て直すと、ハンマーを振りかざしてロボットへと叩き付けた。
あっけなく破壊されるロボット。
その後、しばらく様子を見るも、それ以上のロボットの襲撃は無かった。
良かった。今のが浦辺さんの最後の手駒だったのかもしれない……そう言えば、浦辺さんは!?
疑問に思ったのも束の間に、車が走り出す音が聞こえてきた。
しまった……っ、逃げられた。
「私、追いかけるよ!」
「いや、無理だよ。スポーツカーだし」
走りだそうとする下村さんを引き留める。
足が凄く速かった、いかつい顔の男でも追いつくことはできなかったんだから、僕らで追いつくのは無理だ。
取り逃がすのは正直、マズい。マズいけど、もうどうしようもなかった。
――こうして僕らは、何とか場を収めることができたものの、僕らの正体を知る浦辺さんを取り逃がしてしまったのだった。




