16 葉月を想う二人
「――うさぎさん」
葉月のことを考えていた優太は、声をかけられて顔を上げた。
そこに居たのは、屈託のない笑みを浮かべたさきであった。
リベレイターズの三人組から借りた毛布にくるまり、もこもことした彼女が優太の隣に腰を下ろす。
いまだに、さきとの距離感を測りかねている優太は、当然のように横に座った彼女に困惑した。
今は話をしたい気分でも無いこともあり、気を使うフリをして誤魔化しながら、さきを遠ざけようと口を開いた。
「もう寝た方が良いよ」
「うさぎさんも、一緒に寝よ」
間髪入れずに帰ってくる言葉。にこにことしながら、距離を詰めてくるさき。
譲る気がない雰囲気に、優太はため息を吐いた。
――明日までの我慢だ。明日になれば、家に帰して別れる。それで終わりだ。
自分に言い聞かせると、それ以上は話しかけることなく目を閉じた。
少し遅れて、左腕にもたれかかってくる重さを感じる。
座りながら、仲間内で寄り添って睡眠を取る。
その体勢に、施設で過ごした時のことを思い出す。
「……ねぇ、うさぎさんは葉月お姉ちゃんの家族なの?」
さきが話しかけてきた。
眠ってるフリをして無視しようかという思いが、一瞬頭をよぎる。
「……そうだよ、大切な家族だ」
しかし昔の記憶を思い出し、少しセンチな気分になっていた優太は、何となく言葉を返した。
口に出して、改めて意識する。
――そう、大切な家族だ。何にも替えがたい。
「さきのお兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒だ」
その言葉に、優太は考える。
さきの兄姉。気づいたら居なくなっていたと言った。
もしも先程のロボットの狙いがさきだった場合、兄姉もまたロボットに狙われていた可能性は無いだろうか。
そうして、連れさられた。
そこまで考えて、自身の予想を否定する。
その場合ロボットは、この家族の子供を何らかの目的をもって集中して狙ってるということになる。
そんな集中的に狙わねばならない要素が、この子供にあるとは思えなかった。
居なくなったのはおそらく別の要因だろう。
そこまで思考したところで、再びさきが話しかけてきた。
「うさぎさんやお姉ちゃん達も、さきのお姉ちゃん、お兄ちゃんと同じだよ」
「……どういう意味だい?」
言葉の意味が分からずに尋ねると、さきはえへへと笑った。
「んーとね。葉月お姉ちゃんも朝陽お姉ちゃんも、うさぎさんも。みーんな、大好き」
続けて出てきた言葉に、優太は息を吞んだ。
「……どうして?」
「だってさきに優しくしてくれるもん」
優しい? 自分が? あれだけ邪険に扱ったのに。
優太の胸中に、困惑が渦巻く。
「うさぎさんは、さきをおいてかなかったよ」
さきが語ったのはロボットから逃げていた時のことだった。
だが置いていかなかったのは、姉との約束があったからだ。
優太は訂正すべきか暫し迷い、やがて小さくため息を吐いた。
「……疲れてるだろう。もう寝なさい」
「うん!」
勢いよく返事をすると、さきは毛布の中へと顔を埋めた。
少しして寝息が聞こえてきたところで、優太は目を開けてさきを見た。
大好きな兄や姉と一緒か……。
彼女はどことなく自分と似ているのかもしれない。
彼女に対して共感を抱きつつも、直ぐに首を横に振る。
そうして思い浮かべた。葉月のことを。葉月以外のかつての兄弟を。
彼らは、皆葉月程には賢くなく、葉月程には周りが見えていなかった。
無理もない。全員子供だったのだから。それをまとめていたのが葉月だった。葉月が皆の中心にいた。
自分も葉月に甘えるだけだった。今のさきのように。
そう、葉月だけが特別だったのだ。
自分の苦悩も、何もかもを理解してるのは姉だけだ。
だからこそ、姉は何者にも代え難いし、もう二度と失う訳にはいかない。
この子はこの後、家族に戻って幸せに暮らす。そうして自分達のことはいつしか忘れる。
これ以上、関わることもなくお別れだ。自分はただ、姉と共にあり続ければ良い。
それで良いのだ。
そう自分に言い聞かせて、自分も寝ようとした時だった。
「……待てよ?」
さきとの先程のやり取りに、些細な疑問が生じる。
――さきの口から父についての情報が何も出てこなかった。
どういうことだろうか。
自分に優しくしてくれるから、優太や葉月のことが好きと言っていた。
兄姉と一緒だと言った。
では、父親は?
……いや。話の流れ的に、たまたまであろう。そもそも家に帰るのも、父に会うためなのだから。
自分にそう言い聞かせて、優太は今度こそ眠りについた。
何となく感じる不安な気持ちを振り払うように、眠りの中へと落ちていった。
◇
少し遡って、温泉街にて。
大善寺は焦っていた。
葉月から急遽、今日は戻れなくなったと連絡があったのだ。
そのため、ショーの前日に当たる本日の練習は、大善寺一人で行わなければならなくなった。
実際の舞台にて、事前に練習を行うことは重要である。
予定していたイリュージョンを、ステージのどこに立って、どうやって魅せるか。その際に周りはどう動くか。
そういった細かいけども疎かにはできない事項を、調整することができる唯一の時間なのだ。
そこに葉月が参加しないということは、明日のショーを入念な事前打合せ無しに、ぶっつけ本番でこなさなければいけないということになる。
大善寺が不安になるのも仕方ないというものであった。
しかし、大善寺とてプロである。
葉月が居ないからと不貞腐れることなく一人で、どう魅せるべきかを黙々と検討していくのだった。
手と頭を動かしていないと不安になるというのも一つの理由ではあったが。
――明日は帰ってくるんだよな?
そもそも、迷子を送り届けるだけで、何故帰ってこれないのか。
保護者もついている。寄り道して遊んでしまったことで、戻れなくなったわけではないと思うが……。
そんなことを考えながらも、葉月の保護者のことを思い出す。
優太と名乗った青年。葉月ぐらいの年齢の子供がいるにしては、かなり若く見えた。
色々と苦労しているのかもしれない。
優太は少し、いやかなり葉月への執着が強かった。
まだ幼いがゆえに過保護になってると言えば、それまでだが。
何というか、湿度が高いのだ。
昨日も観光の時には常に葉月の傍から離れなかったし、夜温泉に入る時も寝る時も、葉月のことをやたらと気にしていた。
さすがにもう一人、年頃の女の子がいる所に突撃することはなかったが……あれではまるで……。
頭に浮かんだ考えを、首を振って否定する。
彼はただ過保護なだけだろう。
結婚していない自分では決して持つことのない、子供への愛情があるのであろう。
そういえば、母親の話は聞いてない。
普段、マジックカフェにも葉月は一人で来ていた。
あれぐらいの年齢であれば、普通は付き添いとかが、あるのではないだろうか。
そこまで考えて、大善寺は察した。
――そうか、彼もまだ若いのに大変な苦労を……。
優太という青年の、葉月に対する執着を理解した気になった大善寺は、密かに彼への同情の念を抱いた。
彼のことはあまり気にするべきではないと、改めて認識する。
それよりも今、大善寺にとって問題なのは――。
「どうしたんだい、大善寺くん。今にも死にそうな顔をしてるじゃないかい」
「……そんなことは無いさ」
大善寺は話しかけてきたミスターホリックへと、顔を向けた。
大善寺の後に練習時間を割り当てられているミスターホリック。何故か自分の練習時間ではないのに、早めに姿を現して大善寺の練習を覗き始めたのだ。
葉月が居ない今、幾つかのイリュージョンは練習では行わない。
そのため、別に見られところで構うことはないのだが――。
「――大善寺君は古典マジックしかしない訳だし、ステージの中央しかスペースは要らないんじゃないかな?」
「――事前にマジックをやっておかなくても良いのかな? あぁ、古典マジックしかしないし、今やってもやらなくても変わらないか」
「――大善寺く~ん」
ミスターホリックはことある事に絡んできて、鬱陶しいことこの上なかった。
「どうしたんだい? 気に障ったなら謝るけども」
ミスターホリックが話しかけてくるのを無視する大善寺。
言い返しても、さらに言い返されるだけであると理解していた。
そもそも同じマジシャン同士。言葉で語り合っても仕方がない。
言いたいことはマジックで伝えるべきだろう。
そう決意した大善寺は、明日のショーで葉月と一緒に完璧なイリュージョンを行うため、入念にステージ上での動きを確認していく。
その胸中に一抹の不安を抱えながら。
もし、葉月が帰ってこなければ?
そんな心配が頭の中に飛来するたび、大善寺は考えを振り払うように首を降った。
葉月のマジックに対する熱意は本物である。
あの歳で、あれだけの実力を身につけたのはマジック馬鹿があるからだ。
彼女は帰ってくる。
おそらく……きっと……たぶん。
――葉月君よ。早く帰ってきてくれ
翌日には晴れ舞台となるステージの上。
大の大人が、見た目子供の葉月の帰還を待ちわびるという、情けない姿がそこにはあった。




