12 うさぎと少女
優太は憂鬱な気持ちで林の中を進んでいた。
「――うさぎさんは、何で話せるの?」
「何でだろーね。人とお話したかったからかな」
彼の関心事は、自身の姉――葉月の安否にあった。
謎の男に追われた際、囮役を買って出た葉月。
優太は葉月が囮になることを拒否したのだが、葉月は受け入れてはくれなかった。
普段は優太が我儘を言うと、仕方ないなという顔をしながらも、何だかんだでその我儘を聞いてくれていた葉月だ。
それを受け入れないということは、葉月に譲るつもりが無いということである。
結局、優太は葉月の提案通りに動くことしかできなかった。
彼女が男を引き付けて逃げたことで、今の優太達は誰にも追われることなく目的地を目指せている。
しかし、そのせいで彼女とはぐれてしまった。
彼女は無事であろうか。
それが気掛かりでならなかった。
「――うさぎさんは何でお空を飛べるの?」
「何でだろーね。鳥さんが羨ましかったからかな」
優太が本来の力である、影を操る魔法で対抗できてたら、こんな事態にはならなかった。
でもできなかった。
力を使って目立つ訳にはいかない。
目立てば組織に見つかる可能性があり、そうなるとヴィクター達でもフォローすることはできなくなる。
闇に紛れられる夜ならまだしも、日も明るい中で戦うと誰かに見られる可能性が高くなる。
そのリスクを考えると、派手に戦う訳にはいかない。何より、葉月から禁止されている。
「――うさぎさんは何でお父さんと同じかっこうをしてたの?」
「何でだろーね。人さんが羨ましかったからかな」
葉月のことを考えてる状況で、良い加減さきとの問答が煩わしくなり、優太はため息を吐いた。
立ち止まり、興味津々に自分を見てくるさきへと目を向ける。
優太はさきに対して、あまり興味がなかった。
葉月達は彼女のことを気にかけて、助けようとしている。
けど、優太にとっては違った。
彼女は家族では無いし、友好的な関係を築いてる下村朝陽や藤堂渚とも違う。
優太にとってさきは、そこまで手をかけるほどの存在では無かったのだ。
ではなぜ今、彼女のために動いているのか。
それはひとえに葉月が望んだからだ、
自分の姉からの頼みを叶えるため、優太はさきを伴って林を進んでいた。
見た目が子供なだけの葉月と違い、本当に幼い少女のお守りをしながら、彼女の家を目指す。
せめてもの救いは彼女が愚図らないこと。
十歳ぐらいの小さな子供だ。謎の男と遭遇してから歩きっぱなしになっていることを考えると、疲れて動けなくなってもおかしくない。
「うさぎさんはうらやましいものばっかりなの?」
「……っ」
更に重ねられたさきの質問に、優太は一瞬詰まった。
「……そーだね。自分には無いものって、羨ましく見えちゃうんもんなんだよ」
先程までと同じように何とか言葉を返したものの、少女からの問いかけが煩わしい。
無理やりにでも話題を変えるべく、優太は少女へと話しかけた。
「君は元気だね」
「……んー、わかんない」
少し考える仕草を見せた少女が首を横に振る。
てっきり、『元気だよ』とでも返ってくると思った優太であったが、その予想外な返事に言葉を詰まらせた。
それ以上話は続かず、変えようとした話題は一瞬で終了してしまう。
結果、何も変わらないままに移動を再開することになった。
しかし、そこからさきが優太へと話しかけることはなかった。
暫く経って、何故か話しかけてこないなと不思議に感じた時、さきが口を開いた。
「……歩くの疲れた」
一言そう告げると、さきがしゃがみ込んでしまった。
先程は分からないと言いつつ、実際は疲れていたのだろうか。自身が問いかけることで、疲れを自覚したのかもしれない。
そう考えた優太はため息を吐くと、影を操って少し大きめの石ぐらいのサイズの塊を作った。
「ここに座るといいよ」
そう言って、さきに休むよう促す。
そうしてさきをそこに座らせ、暫しの休憩となった。
さきを休ませる間、手持ち無沙汰になった優太は彼女のことへと思考を巡らせた。
彼女は何故狙われているのか。
見た目は十歳ぐらいの、普通の子供だ。
小学校に通って、毎日友達と遊んでるような、そんな年頃の子。
それが三人の大人から追われている。尋常なことではない。
もしかして、彼女の生活で何かあったのだろうか。
例えば、親が借金まみれで借金取りに追われているとか。
であれば家に連れて行ったところで、また襲われるかもしれない。
……それはまずい。襲われて、さきが傷つけば葉月が悲しむ。
葉月のためにも、さきのことは守らねばならならない。とはいえ、先ほどの考えはあくまで推測の一つであり、真実かどうかは分からない。
情報が圧倒的に不足しているのだ。
そこまで考えた優太は、新たな情報を得るためにさきへと質問することにした。
「……君にお母さんはいるのかい?」
「いないよ」
さきが首を横に振る。
「兄弟姉妹は?」
「お兄ちゃん、お姉ちゃんがいたよ」
お兄ちゃん、お姉ちゃんがいた。
その言い方が気になり、優太は重ねてさきへと尋ねた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんはおうちに居るのかい?」
すると、さきは首を横に振った。
「いなくなっちゃった」
その言葉に、ますます訳が分からなくなる優太。
母は居ないと言った。
兄、姉は居たけど居なくなったと言った。
「……お母さんも居なくなったの?」
「ううん、いないの」
『居ない』と『居なくなった』。
さきはその言葉を明確に使いわけている。
であればさきの母は、彼女が物心ついた時には既に居なかったということになる。
兄や姉が居なくなったという原因とは別と考えるべきであろうか。
……いや、それも断定はできない。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんはどうして居なくなったの?」
「……わかんない。気づいたらいなくなってたの」
気づいたら居なくなっていた。
事件に巻き込まれたか。幼いさきには理解できないと説明されてないだけか。
いずれにせよ情報が不足し過ぎている。
朝陽や渚ならおそらくは、もう少しまともにコミニュケーションが取れていただろう。
幼女を相手にすると、これほど意思疎通が困難になるのか。
優太は内心で嘆息しつつも、粘り強く質問を重ねた。
そうやって少しづつ情報を得るものの――。
「……分かんないな」
疑問を解決するには至らず、優太は頭を抱えた。
父親は元気だという。
自分が何故追われてるのかは分からない。
兄や姉は、同じく追われていたのかも分からない。
結局、兄や姉が居たが、今は居なくなったということぐらいしか分からなかった。
「また会いたいな――」
兄姉のことを思い出したのか、さきがぽつりと呟いた。
その言葉に、優太はふと思い出した。
遥か昔、二百年以上も前。実験施設でのこと。
兄弟達と一緒に閉じ込められた狭い部屋。
自分を拘束するためのベッドが置かれた部屋。
それが優太にとって、世界の全てだった時。
痛いこともあったし、苦しいこともあった。それでも生きていけたのは兄弟達が居たからだった。
むしろその後の、孤独に過ごした二百年の方が、よっぽど辛かったかもしれない。
だからこそ、お姉ちゃんだけは――。
「うさぎさん?」
「……何でもないよ」
黙り込んでいたところを気にしたのか、さきが優太へと尋ねてきた。
優太は首を横に振ると、思考を引き戻した。
「元気になった?」
「うん」
「よし、それじゃあ行こうか」
優太はさきを伴って再び歩き出した。
さきを家に送り届けて、姉と合流する。
姉の無事を確認するためにも、急がなければならない。
徐々に沈み出した太陽に焦りを持ちつつも、優太はさきとともに家路を目指した。
8/11~8/16までのお盆期間ですが、毎日投稿する予定です。
お手すきであれば、読んでいただけると嬉しいです。




