11 荒療治も時には必要だよね
さきちゃんを家へと送り届けるため、電車に乗ること小一時間。
僕達は目的の駅へと到着した。
そこは無人駅で、電車を降りたのも僕達だけだ。
車掌さんに切符を渡して駅舎を出た。この辺りはだいぶ田舎のようで、駅の周りにかろうじて建物があるだけで、少し離れると畑が拡がっている。
スマホの地図で調べた限り、さきちゃんの家は駅からは結構離れてるみたいだ。
田舎ということもあり、タクシーもいない。
バスもさきちゃんの家近くまで行くようなのが無いし、そもそも朝と夕方しか走ってない。
距離があって大変だけど、仕方ないのでさきちゃんの家までは徒歩で行くことにした。
「さきちゃん、頑張れる?」
「うん……頑張る」
やるぞって感じに頷くさきちゃん。うん、元気は十分だね。
駅前に一軒だけあったコンビニで、お昼御飯用のおにぎりと飲み物を買う。レジ袋は優太が持ってくれたので、僕はさきちゃんと手を繋いで、移動を開始した。
さきちゃんへの負担を考えて、休憩を挟みながらゆっくりと進んだ。
何回目かの休憩のタイミングで、下村さんから連絡がきた。
もうすぐ着きそうだという内容だったので、自分達ももう少しだと返事をする。
「もうすぐ会えるよ」
「……うん」
さきちゃんにそのことを伝えると、どことなく嬉しそうな顔をした……あれ? 案外、反応が薄いな。
違和感を覚えつつも、それが何でかハッキリせずもやもやする。
少しでも違和感の正体を探りたくて、僕はさきちゃんへと尋ねた。
「ねぇ、さきちゃんのお父さんってどんな感じの人なの?
「えと……いつも何かを考えてて……変な感じに笑ってるの」
それは……何か、ちょっと……変わってるね。
「お父さんは優しいのかい?」
優太が更に尋ねると、さきちゃんは首を傾げた。
「うーん。わかんない」
分からない、か。写真を見た感じは優しそうだったけど、家族の間ではそんなことないのかな?
「そうなんだ。朝陽も優しそうって言ってたけど、そんなことないんだね」
優太も意外だと思ったみたいで、そんな感想を言った。
さきちゃんは首を傾げた体勢のまま、少し考える仕草を見せると首を横に振った。
「んー。やっぱ、優しいかも」
さっきとは違う言葉に思わず苦笑する。
まぁ、子供だと意見がハッキリしないことはあるよね。
結局、違和感の正体は分からないまま休憩を終えて、再び家を目指して歩き出す。
そうして、田んぼと林に挟まれた田舎道を歩いていた時だった。
前方から大人の、男の人が歩いてくるのが見えた。コンビニを出てから人と遭遇するのは初めてかもしれない。
距離が近付いてきたところで、男の人が手を挙げて声をかけてきた。
「こんにちは。良い天気だね」
「あ、こんにちは」
向こうは足を止めている。この辺の人だとしたら、さきちゃんとはご近所さんの可能性があることを考えると無下にはできず、仕方なく僕達も立ち止まった。
サイドを刈り上げた短髪で、少しいかつい感じの人だ。歳は……神前さんよりは上かもしれない。
「お子さん、可愛いですね」
にこやかな表情を浮かべながら、男の人が優太に話しかけた。
優太は今、認識阻害の魔法を使って大人の人に扮してる。僕達のお父さんと認識して話しかけてきたんだろう。
「ありがとうございます」
「姉妹で顔、似てないんですね」
優太が男の人に言葉を返すと、間髪入れずに質問を重ねてきた。
僕は笑い顔を作りながら、優太の代わりに答えた。
「お友達なんです。ね?」
「うん」
「なるほど、お友達でしたか……」
僕の言葉に納得した男の人がにこやかな顔を崩さずに、さきちゃんを見る。
観察するようにじっと見てるけど……何だろう。嫌な感じがする。
と、男の人が何かに気づいたように目を見開いた。
「おやぁ、この子……私が探している子と似てますね」
……探してる?
「どういうことですか?」
「いや、知り合いからね。迷子になっていた子を保護しようとしたけど、おかしな集団に邪魔されたって聞きましてね」
「人違いじゃないですか? これからこの子の家に行くとこなんで、そもそも迷子じゃないですよ」
うん、怪しいねこの人。
ご近所さんが迷子のさきちゃんを、さきちゃんのお父さんと一緒に探してるのかとも思ったけど、雰囲気的に違ってそうだ。
「いやいや、知り合いから聞いた特徴とそっくりなんですよ。見覚えがありませんか? 茶髪で気が強そうな女と、天パで気が弱そうな男を」
やっぱり! この人は、あの二人組の仲間だ。
僕は、男のあげた特徴を頑張って思い出そうとする振りをした。
「うーん、そんな人と会ったかなぁ……あ、そう言えば――」
何かを思い出したとばかりに、ポケットを探る。
男の人の視線が僕のポケットに注目したことを確認する。
「――これが関係してるかもしれないよ」
そう言って取り出したのは一枚のコイン。
ただし僕のお手製で、鏡面に磨き上げたピカピカのコインだ。
それを見せる振りをして掲げる。太陽の光を反射させて男の人の目にぶつけた。
「うお、何だぁ?」
「さきちゃん、こっちだ!」
視界を奪ったところで、さきちゃんの手を引っ張って道路の脇の林へと走る。
背後でうめき声が聞こえて首だけ振り返ると、男の人が転んでいるのが見えた。
優太が影を操って転ばしたのかな? ナイスだよ。
視線を前方に戻して、僕達はそのまま林の中へと逃げ込んだ。
林の中をしばらく走り、木が密集して死角になってるとこを見つけると、いったんそこに身を潜めた。
「うさぎさん!?」
さきちゃんが驚いた声を上げた。見ると、さきちゃんが優太の方を見て目を丸くさせている。
隠れる時に優太が、さきちゃんに接触しちゃったみたいだ。
急に優太の本当の姿を見たら驚くのも無理はないけど、今は隠れるためにも静かにしてもらわないといけない。
「そうだね、優太は実はうさぎさんなんだ。僕たちは今、あのおじさんと隠れんぼしてるんだけど、さきちゃんは静かにできるかな?」
「えと……できる」
頷くさきちゃんの姿に、心が少し和む。
良い子だね。
パッと見は普通の子供に見えるけど……ここまでしつこく狙われるなんて有り得ない。やっぱり、この子には何かあるよね。
とはいえ、それを考えるより先に、今はこの状況を何とかしないといけない。
さきちゃんの頭を撫でてから、優太を見る。
「どうしよう?」
「どうって言っても……やるしかないんじゃないかな。相手は一人だし。目撃者も居なさそうだし」
前もそうだったけど、相変わらず好戦的な意見だね。
でも、戦うのはまだ早いんじゃないかな。
「ダメだよ。優太の力は目立ち過ぎる」
ヴィクターさんにも力を極力使うなって言われてた。
さっき転ばした時は僕が視界を邪魔してて見えてなかっただろうし大丈夫だと思うけど、面と向かって力を見せるのはマズイと思う。
「戦うのは、どうしようもなくなった時の最終手段だよ」
「でも……じゃあ、どうするの?」
優太から問い返されて、考える。
力を使わずに、あの人から逃げる方法。
ふと思い至ったのは、駅での下村さんの行為だった。
「……僕が彼らを引きつけるよ。優太はその隙に、さきちゃんを家まで連れて行って」
「え?」
優太の目が揺れた。表情はあまり変わらないけど、感情ははっきり伝わるね。凄く嫌そうだ。
「……嫌だ。それだと、お姉ちゃんが危ないじゃんっ」
「僕は最悪捕まっても、人違いで済むから」
「でも……人違いだと分かった時に、何されるか分からないよ」
「大丈夫だよ。痛いことは耐えれるし、僕は殺されたって死なない」
僕の言葉に、優太が肩を震わせた。
「……だったら、僕があいつらを引きつける!」
確かに、優太でも認識阻害の魔法で引きつけられるだろうね。
けど……。
「優太が囮になると、その後に残されるのは僕とさきちゃんになっちゃうよ。そうなるとあいつらに、他にも仲間が居た時、今度こそ逃げられなくなるよ?」
他に仲間が居たらと言ったけど、あの二人組がやってくる可能性もある。あの男の人の口振りからして、二人とは連絡を取ってるっぽいし。
優太ならまだしも、僕らだけであの人達から逃げ切るのは難しい。
「いやだっ! お姉ちゃんから離れたくない」
優太が僕のお腹に抱き着いてきた。
優太は本当に甘えただね。これも僕が、これまでに身を犠牲にしてた反動なのかな?
普段はそれでも良いよ。これまでの孤独を考えたら、まだまだ甘え足りないだろうしね。
……でもごめんね、優太。これからの優太のためにも、それだけじゃ駄目だと思う。
こういう時には僕を優先するんじゃなくて、本当に大事なことを考えて欲しい。だから……ここは譲れない。
「……嫌って言っちゃ駄目だよ、優太」
優太の頭を撫でながら、幼い子を諭すように語る。
「優太はもう、立派なお兄ちゃんなんだから。……だから、優太がしっかりさきちゃんを支えなきゃ」
そう伝えて、優太を優しく引き離す。
それでも愚図る優太を置いて、僕はさきちゃんとコートを交換した。少しキツイけど、動く分には問題ない。
「それじゃあ、優太。さきちゃんをお願いね」
念の為にスマホを弄ってから、僕はフードを被って林を駆けだした――。
「――おい」
走り出して少し、男の人には直ぐに見つかった。
ていうかいつの間にか目の前に居たんだけど、速すぎない?
「さっきの二人はどうしたんだ?」
さっきの二人……僕をさきちゃんと勘違いしてるなら、僕と優太のことだよね?
喋ると僕だってバレちゃうので、何も言わずに振り返る。
そのまま逃げようとしたところ、右肩を掴まれた。
すぐさま左手を振る。すると袖口からトランプが一枚、また一枚と現れる。
とめどなく溢れてくるトランプ。
男の注意が逸れたのを見て、右肩に置かれた腕を払いながら一回転。
右手で懐から布を取り出し、僕と男の人の間にカーテンを引くように掲げて視線を切る。更に左手に持ったトランプを頭上に弾く。
男の人の視点からは、布の上から何かが飛び出したように見えるはず。たぶん視線が上にいったであろう状況を利用して、布をその場に残してしゃがみながら素早く移動。
布がゆっくり落ち、相手からは僕が瞬間的に消えたように見えてるはずだ。
「は?」
男の声が聞こえる。本来ならこのまま近場に隠れてやり過ごすんだけど、今は囮になって引き付けないといけない。
わざと見つかるために、走って音を立てながら逃げる。
「待てよ」
数秒も経たないうちに再び回り込まれた。
いや、この人速すぎない?
何で今の状況で回り込めるのさ。おかしいよ。
とはいえ、考えてる余裕も無いので、再びマジックで煙に巻いて逃げることを繰り返す。
ただ、どれだけ逃げようと簡単に回り込まれてしまう。
追い立てられるように逃げた結果、林の外に出てしまった。
さっきまで歩いていた場所とは違うようで、拡がっているのはしっかりと舗装された幅の広い二車線の道路。道路を挟んで反対側は田んぼで見晴らしが良い。流石にここで逃げ回るのは厳しい。
林の中から男が出てくる。今度は回り込んでは来ずに、林を背にしている状態だ。
これでは、再び林の中へ逃げることもできない。
どうしよう……。
悩んでると車が走ってくる音が聞こえた。
ダメもとで助けを求めてみようかな?
「――葉月ちゃん!」
――え?
その言葉に思わず振り返って車を見る。
こんな田舎に不釣り合いのスポーツカー。屋根がなく、オープンとなった車体から、身を乗り出して手を伸ばしているのは――下村さん!?
車とすれ違いざま、咄嗟に差し出された腕を掴んだ。
「葉月ちゃん……離さないでね」
助手席から身を乗り出して僕を掴む下村さん。
支えてもらってる間に、何とか頑張ってドアをよじ登り、下村さんの膝上にダイブした。
「ルーフを閉めるよ。気をつけて」
そんな言葉が聞こえてきて目を向けると、ペンダントに写ってた男の人が運転席に座っていた。
この人が、さきちゃんのお父さん……?
「葉月ちゃん、大丈夫?」
「あ、うん。ありがとう、下村さん」
下村さんに言葉を返している間に、駆動音と共に屋根が伸びてきて、車に天井ができた。
凄いね、屋根が開閉するようになってるんだ。
「何だよ、あれ」
車の動作に関心してると、さきちゃんのお父さんがそんな言葉を口にした。
後ろを振り返ると、さっきの男の人がこの車を走って追いかけてきているのが見える。
……いや、この車結構なスピードで走ってるんだけど。それに、ついてこれるって速すぎるでしょ。
そりゃ、僕なんかじゃ逃げられない訳だ……。
「……分かりません。ただあの人、さきさんを狙ってるようでした」
「何だって!? それは何でなんだい?」
「すみません、僕にも分からないです」
何せよ、とにかく男の人を振り切らないといけない。
それはさきちゃんのお父さんも理解しているようで、車のスピードが上がったのを感じた。
「しっかり、掴まっててくれよ!」
さきちゃんのお父さんが操る車と、男の人。――車と人のチェイスが始まった。




