9 父親との遭遇
「――本当にすみませんでした」
下村朝陽が頭を下げて謝る。
場所は駅務室の中。謝罪相手は駅員、そしてさきを追っていた二人組の男女。
謝罪内容は駅構内で騒ぎ、周りへ迷惑をかけたことについてだ。
「いやいや。勘違いさせるような行動を取ってた、こっちも悪いっすから」
今時の若者然としたパーマの男が、朝陽に向かって手を振る。
朝陽は葉月達三人を逃がすため、二人組の足止めをすることを選んだ。
とはいえ、昼間の駅構内。しかも相手は完全に悪者と決まった訳ではない、ただの一般人だ。
変身して戦うわけにもいかない朝陽が取った手段は、騒ぐという行為だった。
走って追ってきてるのを、自分を追いかけているのではと勘違いしたていで騒ぐ。
それによって、周囲の注目を集めて二人組がその場を逃げにくくしたのだ。
目論見通り目的は果たしたものの、騒いだことで周囲に迷惑をかけたこと自体は間違いない。
朝陽は自身の勘違いで騒いだことを、駅員と二人組に対して素直に謝罪したのだった。
「……はぁ、もう。仕方ないわね。次からは落ち着いて判断してね」
「はい、すみません」
二人組の女の方も、もう済んだことだから仕方ないとして、朝陽の謝罪を受け入れていた。
その表情には不満が残っていたものの、朝陽をそれ以上糾弾することはなかった。
それもそうであろう。
実際には二人組はさきを追いかけていたのであり、朝陽を追いかけていた訳ではない。しかし、まさか別の女児を追うのを邪魔したと怒るわけにもいかない。
そんなことをすれば、駅員に警察を呼ばれるだけである。
ここで朝陽を糾弾することで、万が一にも自分達の目的に話が及べば、困るのは二人組の方になる。であれば、ここは騒ぎをさっさと収束させて、すぐにでもさきを追いかけたいというのが本音であろう。
表面上お互いに和解ができたことで、駅員としても何も言うことはなく、朝陽への注意のみで騒ぎは収束したのだった。
話し合いを終えて解散となったことで、駅務室を出た朝陽はホームへと向かいながら考える。
二人組の邪魔をすることには成功した。葉月達は今頃、電車の中だろう。
自分としてはこのまま、次の電車で葉月達の後を追いたい……のだが――。
ホームの端で立ち止まった朝陽は不自然にならない程度で、後ろの様子を見る。
先程の二人組が、朝陽から少し離れた位置に立っているのが見えた。
朝陽が邪魔をしたことでさきの向かう先が分からなくなったため、明らかにさきと接点がある朝陽の後をつけようという魂胆なのは見え透いていた。
朝陽がこのまま葉月達を追いかけると、二人組にさきの居場所をばらすことになる。
それでもさきが家に辿り着いて家族に保護されてしまえば問題ないのかもしれないが、娘を狙う人物が自宅の位置を知っているというのも、さきの両親としては望むところではないだろう。
自分はどうするべきか。
二人組をかく乱するために、このまま電車に乗って目的とは別の駅で降りるか。
そんなことを思ってると――。
「……すみません」
朝陽は唐突に声をかけられた。
少し低めの、柔らかい声だ。何事かと顔をあげると、二人組とはまた別の男性が傍に立ち、朝陽を見下ろしていた。
眼鏡をかけた大人の男性だ。
体の線は細く、若干猫背気味なところが頼りなさそうな雰囲気を醸してる。
そんな人に突然声をかけられるような謂われもない。
しかし、朝陽はその人の顔に見覚えがあった。それも最近、見た気がした。
男の顔に引っ掛かりはするものの、直ぐには思い出すことができず。
朝陽は、ひとまず男へと言葉を返した。
「何ですか?」
「あ、いや……」
ちょっと、迷った素振りを見せる男性。
僅かな躊躇の後、おずおずと用件を切り出した。
「……もしかして、困ってるのかと思いまして」
視線だけで、二人組を見る。
そこで朝陽は思案する。
この男性はおそらく、さっき自分が二人組と揉め事を起こしてたのを見ていたのだろう。
揉め事については表向き、朝陽の勘違いだったいうことで二人組と和解したのだが、それは駅務室で行われた会話だ。
当然この男性には知る由もなく、その後も二人組が朝陽のことを気にした様子を見せていたことで、朝陽が二人組につけ狙われてるのではないかと想像したのかもしれない。
もし朝陽の想像通りであればこの男性は、困ってる朝陽を助けようとした善意の人間ということになる。
しかし……。
「すみませんけど、私たち初対面ですよね? 何で、そんなことを聞くんですか?」
たとえ善意であろうと、困ってるかどうかすら定かでは無い、見ず知らずの他人に声をかけようとするだろうか。
昨今のご時世、善意を装った不審者だと言われた方がまだ納得できる。
朝陽から尋ねられた男性は困ったように頭を搔いた。
「あぁ、すみません。そりゃ気になりますよね……」
自嘲するように笑いながらも続ける。
「僕にも娘がいまして……子供が困ってるとこを見ると、ほっとけないんですよ」
娘がいる。その言葉で朝陽は思い出した。
どこでこの男性を見たのかを。
「あなた、さきちゃんの……」
昨晩、さきから見せてもらったペンダントの写真。そこでさきと一緒に写っていた男性が、目の前の男と一致していた。
思わず零した朝陽の言葉に、男が目を丸くさせる。
そして豹変したように、朝陽の肩を掴んだ。
「さきを知ってるんですか! あの子は今どこに!?」
「きゃっ!」
突然の行動に、思わず悲鳴を上げる朝陽。
その反応に、慌てて手を離す男。
「あ、すいません。つい……」
「あ、いや……大丈夫です」
息を整えて落ち着きを取り戻した男性が、改めて朝陽と向かい合う。
「仰る通り、私はさきの父です。浦辺慎二と言います」
「えぇと、下村朝陽です」
最初に男――浦辺慎二が名乗り、それに応えるように朝陽が名乗り返した。
「下村さんですね。……それで、さきのことを知ってるんですか?」
真剣な表情で浦辺が朝陽へと尋ねてる。
その剣幕に少し驚きつつも、朝陽は頷いた。
「はい……あの、さきちゃんは無事です。今、私の友達と浦辺さんのご自宅に向かってます」
「そうなんですね!」
嬉しそうな声をあげる浦辺。
その安心したという表情に、さきのことを本気で心配していたのだろうと朝陽は感じた。
「良かった。ここに遊びに来たところで、あの子が行方不明になって……探してたんです」
若干涙ぐみながらもそう告げる。
そして、そのまま歩き出そうとした。
「あの子が家に帰ってるなら、僕も帰らないと……」
「あ、待って――」
勢いのまま行動しようとする浦辺を朝陽が呼び止めた。
そして小声で、先程の二人組がさきを追ってることを伝える。
「なるほど……誘拐犯かもしれないんですね」
「警察を呼びますか?」
「……いや。今さきが捕まってないなら、警察を呼んだ所で証拠不十分で捕まることもないでしょう」
浦辺の言葉に、確かにと納得する朝陽。
同時に、浦辺の言葉にどこか違和感を覚える。しかし、それが何か分からず、朝陽はひとまず話を続けることにした。
「でもじゃあ……あの二人のこと、どうするんですか?」
「大丈夫ですよ」
朝陽の問いかけに浦辺が微笑む。
ついてきてと朝陽に伝えると、そのまま歩き出した。
その行動に戸惑った朝陽であったが、少しの逡巡の後、浦辺の後を追いかけた。
そうしてついて行くと、浦辺は改札を抜けて駅の外へと出た。
当然、二人組もついてくる。
それに気づかない振りをしたまま歩き続け、辿り着いたのは駅隣の駐車場だった。
「――私の車です」
「……これが、ですか?」
浦辺が指差した先を見て、朝陽が思わず疑問の言葉が口に出す。
浦辺が示したのは真っ赤なスポーツカーだった。家族で乗るような車には見えないが、さきとの会話でも、さきが持っていた写真でも母親に関する情報は無かった。尋ねることは憚れるが、仮に母親が居ないのだとしたら、さきと二人で乗る分には問題無いのであろうか。
そんな朝陽の疑問をよそに、浦辺は運転席のドアへと手をかけた。
「さ、乗ってください」
そう言って車に乗り込む浦辺。
朝陽はどうしようかと悩んだ。
さきの父親とはいえ、良く知らない人である。その人の車に、二人きりで乗るのには抵抗があった。
少し躊躇した朝陽だったが、何かあれば最悪変身してしまおうと考えると、覚悟を決めて助手席へと乗り込んだ。
走り出す車の中でスマホを取りだし、葉月へと連絡を入れる。
『さきちゃんのお父さんと合流した。私達は車で、さきちゃんの家に向かうね』
少しの間の後、葉月からどういうことかと返信が入る。
その疑問ももっともである。
手短に補足説明を送ると、数分もしないうちに再び返信がくる。
葉月は、とりあえずは納得したようであった。メッセージには、さきちゃんの家で合流しようと書かれていた。
「浦辺さん、さきちゃんはこのまま家に向かうそうです」
「分かりました。それじゃあ私達も家に向かいましょう」
そう言って、浦辺は車を走らせていく。
――その光景を、駐車場前の歩道から件の二人組は見送っていた。
「――どーすんすか、これ」
「どうもこうも、あいつに連絡するしかないでしょ」
「マジかー……姉さん連絡お願いして良いすか?」
「何で?」
「俺が連絡すると、煽られるんすよ」
「……ったく。仕方ないわね」
そんな短いやり取りの後、二人組は再び駅の方へと向かうのであった。




