6 温泉街って、風情ある景色もまた魅力の一つだよね
「――あ、葉月ちゃん、ほらっ。あれ足湯じゃない!?」
下村さんが僕の肩を叩きながら、声をあげる。
凄くはしゃいでるのが可愛らしい。
「そうだね。ここは川沿いに足湯ができるところが並んでたと思う。入ってみる?」
「うん、入ろ!」
言いながらも既に駆けだしてる下村さんに苦笑しながらも僕はその後を追い、その更に後ろから優太がついてくる。
――ここは温泉で有名な観光地だ。
僕らが普段暮らしてる街から、電車を幾つか乗り継いでやってきた。
今は二月。祝日があって、三連休となった週末。その初日だ。
この街に来た目的は観光……ではなくて、大善寺さんの付き添いだ。
少し前に僕は、大善寺さんから相談を受けた。
この街で結構な規模のマジックショーが開催されるのだけど、そのショーに大善寺さんも参加することになった。
そして僕は、そこで行うパフォーマンスを手伝うことになったのだ。
神前さんやヴィクターさんから気になる話を聞いたばっかりだけど、そこはそれ。色々調べてもらってる間は僕達がやれることはないし、何より大善寺さんとは既に約束してたことだからね。
気持ちを切り替える上でも、ちょうど良いと思う。
そんな訳でプチ旅行をすることになったんだよね。
そのことを下村さんと藤堂さんに話したら、二人とも凄い興味を持った。
それで大善寺さんに相談したら、関係者枠でチケットを融通して貰えることになったんだ。
結果として下村さんと藤堂さん、優太もショーを見に来ることになった。
ショーは三連休の最終日にやるんだけど、僕と大善寺さんは事前準備のために前乗りすることを伝えたら、下村さんも一緒に来て観光したいと言った。
僕らは全然構わなかったので家族が許してくれるなら良いよと伝えたら、翌日にはオーケーをもらってきた。
早すぎて、家族に何て説明したのかが気になるよね。
ちなみに藤堂さんはご両親が認めてくれなかったそうで、当日だけの参加だ。
中学生なら、普通はそうだよね。下村さんのお家が少し変わってると思う。自由でおおらかな感じなのかもね。
そんな訳で、大善寺さん、下村さん、優太と僕の四人で観光地に訪れたのだ。
大善寺さんがいるとはいえ、さすがに僕ら側が子供だけってのは良くないので、今回は優太が僕の保護者として振舞っている。
認識阻害の魔法で僕の父親に扮してるのだ。
下村さんも藤堂さんもショーの翌日には学校があるから、ショーが終わったら二人とも直ぐに帰らなくちゃいけない。
その辺の時間はしっかり見とかないといけないね。
「――でも、何で川の傍に足湯があるんだろーね。あっちは冷たいのに、こっちはあったかいって不思議だよ」
足湯に浸かりながら、下村さんが言う。
興味津々な様子で川と、足元のお湯を見比べている。
その無邪気な様子に少し安心する。
神前さんとヴィクターさんから聞いた、組織の当主の情報については、あの後下村さんと藤堂さんに共有した。
ヴィクターさんには結局僕が不老不死だってバレちゃったし、秘密にしておかないといけないような内容でもなかったしね。
現時点では組織との関わりに巻き込む、ということは無さそうだから情報は伝えてしまって問題無いと思ったんだ。
情報を伝えた時には二人とも驚いていたけど、今の下村さんを見る限り、それを引きずったりはして無さそうだ。
それなら今は、気分転換も兼ねて観光を楽しまないとね。
「何だったかな……川があるせいで、地下の温泉がせき止められて地表に出てきやすい……みたいな理由があった気がするよ」
僕は、先ほどの下村さんの疑問に対する答えを告げた。
それを聞いた下村さんが目を丸くさせた。
「そうなの!?」
「へー、じゃあ温泉って川の傍に湧きやすいってこと?」
僕を挟んで、反対側に座っていた優太も驚きの声をあげる。
僕は優太に向かって頷いた。
「うん、温泉街って川の傍にあることが多いと思う」
「そーなんだ。ちゃんと理由があるんだね。葉月ちゃん、すっごく詳しいね!」
下村さんが手放しで褒めてくれた。
何かむずがゆいね。
だいぶ昔、一人で色んなところを観光して回ってたころに、聞いたことがあるんだよね。
一生、役に立つことはない知識だと思ってたけど、そんなこと無かったね。
「――おーい、そろそろホテルへ行くぞ」
そうやって他愛もないことを話しながらのんびりしてると、大善寺さんに呼ばれた。
大善寺さんだけ足湯に入らずに、周辺を見て回ってたんだよね。
時間も頃合いということで呼びにきてくれたわけだ。
それからは皆でホテルへと移動した。
今いる場所からは少し距離があるので、四人でタクシーに乗る。
助手席に大善寺さん。後部座席の真ん中に僕が座って、両隣に下村さんと優太が座る。
大善寺さんが、運転手さんにパーミヤンホテルへと伝えた。
「大善寺さん。マジックショーが行われるのって、そのパーミヤンホテルなんですよね?」
「うむ。そうだ」
目的のホテルは、そこそこ大きくてパーティができるような会場があるらしく、そこでマジックショーが開催されるとのことだ。
「とりあえず先に、宿に荷物を置きに行く。それから舞台を見に行くからな」
「分かりました」
下見というやつだね。どんなステージなのかと考えると、ワクワクしてくるや。
そんなこんなで辿り着いたのは、お洒落な作りの玄関をした十階以上はあるホテルだった。
入口にはパーミヤンホテルと書かれているので、ここで間違いないね。
「凄い、こんな所でやるんですね!」
良いね良いね! こんなとこでマジックした経験なんて、ほんと数えるしかないよ。
今回はお手伝いでしかないけど、これはテンション上がるね!
そのまま意気揚々とホテルのロビーへと向かおうとしたのだけど――。
「おいおい、どこ行くんだ?」
何故か大善寺さんに呼び止められた。
「え、荷物を置きに行くんですよね?」
「そう、だからこっちな」
大善寺さんが指差したのは、ホテルから道路を挟んで向かいにある、こじんまりした民宿だった。
「あれ? ここは?」
「あんなところに泊まれる程の金がある訳ないだろう」
あ、そういうこと。
宿代は自分たちで出す予定だったけど、予約は大善寺さんにお任せしてたから、知らなかったや。
まあ、確かにホテルの方は一泊するだけでも高そうだもんね。
納得して、皆で民宿へと向かう。
こちらはこちらで趣があるね。
昔ながらの和風の建物。敷地は広く、門から玄関までの間には砂利がまかれた庭に、時代劇で見るような木や茂みが植えてある。今は冬なのに葉っぱがついてるから、常緑樹なんだろうね。
民宿の中も、木製の床に木製の壁といった風情ある内装をしていた。
受付を済ませて、荷物を置くために部屋へと向かう。大善寺さんが部屋を二つ取ってくれてたので、大善寺さんと優太、そして僕と下村さんで別れた。
優太は僕と離れるのが嫌だったのか少し不満そうだったけど、さすがにこれは仕方ない。我慢してね。
「わっ。葉月ちゃん、畳だよ!」
部屋の中は畳敷になっていた。下村さんがはしゃぎながら部屋を確認していく。
こういう時に、テンション上がって確認しちゃうの分かるよ。
無邪気な様子を微笑ましく見守った後、荷物を置いて外へ出る。
民宿の外で大善寺さん、優太と合流すると、皆で連れ立ってホテルへと向かった。
ホテルの方は外も大きかったけど、中もロビーはそこそこ広かった。
受付の横にはお洒落なカフェがある。
たぶん、ここで朝食とか食べるんだろうね。
受付で何事か話してた大善寺さんが戻ってきて、一緒にショーが行われる会場がある階へと移動した。
「うわぁ、広いねぇ」
会場は数十人が一度に入っても問題無さそうな広さをしていた。
いいねぇ。ここでパフォーマンスできるなんて最高じゃない。
スタッフの案内のもと、大善寺さんと一緒に舞台に登ってサイズ感を確認する。
舞台と観客との間に、結構高低差がありそうだね。マジックカフェでの感覚でマジックをすると、お客さん全体には見にくくなるかもしれない。マジックの見せ方は少し考えないといけないね。
そんなことを考えながら、僕は舞台上のどこに立ったら観客からどう見えるのかを確認していった。
「練習はしないの?」
様子を見てた下村さんが興味津々に尋ねてきた。
「練習は明日、時間を区切ってさせてもらえるみたい」
「そーなんだね!」
そうこうしていると、会場に一人の男が入ってきた。
私服だし、ホテルのスタッフとは明らかに違う。
ホテルの宿泊客かな? おじさんだね。どことなく猿っぽい顔してる。
その人は迷うことなく、舞台近くまでやってくると僕達に向かって話しかけてきた。
「やー、大善寺くん、久しぶりじゃないか」
あ、大善寺さんの知り合いっぽいね。
てことは共演するマジシャンの人かもしれない。
そう思って大善寺さんの方を見ると、大善寺さんは渋い表情をしていた。
「む、お前か」
「相変わらず冴えない顔をしてるねぇ」
嫌味っぽい言葉を大善寺さんへと投げかけると、続けて猿顔のおじさんが僕らへと顔を向けた。
「これはこれは初めましてお嬢さん方と……保護者の方かな。私はミスターホリックといいます」
ミスターホリック? ……あぁ、この人が大善寺さんを馬鹿にしたっていう人か。
「君たちは大善寺くんのマジックしか見たことないんだろうねぇ。可哀想に」
ホリックさんが目元を拭う仕草を見せた。
わざとらしい演技だね。
「明後日は私が本物のマジックを見せてあげるので、楽しみにしててください」
「はい! 楽しみにしてますね!」
「ちょ、ちょっと葉月君」
ホリックさんの言葉に笑顔で答えると、大善寺さんが慌てた様子を見せた。
ごめんね、大善寺さん。でもこの人が、どんなパフォーマンスをするかは純粋に気になるから。
ここまで自信満々に言うからには相当なんだろうし、大善寺さんには申し訳ないけど楽しみだよ。
僕の態度に気を良くしたのか、ホリックさんは上機嫌に去っていった。
「何か……感じ悪かったね」
その後ろ姿を眺めながら、下村さんが顰めっ面で言う。
「まぁまぁ、ああいうのは気にするだけ損だよ」
下村さんを宥めながらも、僕はホリックさんが見せてくれるであろうパフォーマンスに心を躍らせた。
うん、気合い入れていこう!




