2 展望と振り返り
午後の授業が終わり、ホームルームを残すのみとなった時間。
市立長山第二中学校の下村朝陽が在籍するクラスでは、早く部活に行きたい者。早く家路に着きたい者。そういった生徒達の空気に当てられて、そわそわした雰囲気が漂っていた。
そんな空気を一切読むことなく、担任の本田先生が伝達事項を話していく。
それも終わり、ようやくホームルーム終了かと言うタイミングで、本田先生がおもむろに口を開いた。
「お前らももうすぐ三年なんやから、進路のこと考えとけよ」
唐突な言葉に、生徒の一人が反応する。
「高校に行くじゃ駄目なんすか?」
「それでも構わん。ただ高校行くにしても、どこの高校に行くかは考えろって話や」
「どーいうとこがいいんすか?」
「教師として勧めるんは、自分が狙える中で偏差値高いとこやな。理由は、将来を考えた時に選択肢が広がるから。それか将来目指したいものがあるなら、そこに繋がるようなとこを選んでもいい」
本田先生が話を続ける。
「でも決める理由なんて、ほんとは何でもええんよ。面白そう、家が近い、強い部活があるから……大事なんは周りに流されてじゃなく、自分で考えて選ぶってことや」
「そんなんでいいんすか?」
「ほんとはあかん。やから、俺がそう言ったってことは他の先生には言うなよ」
あけすけな言葉に、笑いが起こった。
「一人では悩むなよ。友達でも親でも誰でも良いから、相談しろ」
「先生は相談相手に入らないの?」
「アホか。二十四時間受付けとるわ。ただ、俺の相談所はいつもガラガラなんや」
再び、クラスに笑いが起こる。
そうしてホームルームが終わり、皆が席を立つ。
先程までの本田先生の話からの温度差大きく、賑やかに教室を出ていく生徒達。
そんな中、朝陽は席に座ったまま何事かを考えていた。
「あさひー、何やってんの?」
「帰ろー」
いつもの仲良しメンバーが朝陽へと声をかける。
その言葉に我に返った朝陽が、慌てて帰る準備を始めた。
「あ、ごめん。ちょっと待って」
三十秒程でざっと準備を終えた朝陽は席を立つと、皆と一緒に帰路に着いた。
「ね、ね。皆はもう進路のこと考えてるの?」
友達の一人が先程の担任の話を持ち出すと、皆がそれぞれのことを語り始めた。
自分の成績でいける高校を選ぶという友人。
制服が可愛いとこが良いという友人。
それらを聞きながら、朝陽は考える。
朝陽としては、特に行きたい高校がある訳ではない。今のままだと友人の一人と同様、自分の成績で狙えるとこを目指すことになるだろう。
でも、果たしてそれで良いのだろうか。
高校はそれで選んだとして、その先は?
何となく自分が行けそうな大学を選んで、自分が入れそうな会社を選ぶのか?
少し前にあった職場インタビューはパン屋だった。
そして、凛さんからも話は聞いた。実際に凛さんのライブも手伝った。
あの人達はたぶん、自分がやりたいことを考えて、選んでる。
自分たちのやりたいことを真剣に取り組むあの人達を、朝陽は格好良いと思った。
だからこそ、進路は何となくで選ばない方が良いんじゃないかとも思った。
じゃあ、自分は何がしたいんだろうか?
「あさひは?」
「……んー、分かんない」
すぐに結論が出るものでもなく、友人から問われた朝陽は首を横に振るしかできなかった。
しかし、その回答を友人達も受け入れる。
「まぁ、正直分からんよね」
「うちらも三年になったら意見変わってるかもだしね」
そう言って笑い合う。
意見は変わる。友人の言う通りだ。今仮に決めても、また変わるかもしれない。無理に答えを出すのでなく、じっくり考えよう。
そう決めた朝陽は、思考を中断して友人達との会話に混ざるのだった。
◇
朝陽が友人達と帰宅していたのと同時刻。放課後で人が居なくなった教室で風紀委員会が開催されていた。
「……そういうわけで、二月は校内巡視の量を増やして――」
委員長が議題を進めていく。
一月の活動の振り返り。二月の重点テーマ。
いつもと同じ構成で話は進み、そうして一時間程度で委員会は終わった。
解散となり、参加していた委員が席を立ち、クラスを出ていく。
同じように席を立とうとした藤堂渚は、自分の隣に座っていた後輩の後藤久美の様子がおかしいことに気づいた。
普段、明るい雰囲気を絶やさない久美が肩を落としていたのだ。
その落ち込んだ様子が、気になった渚は久美へと声をかけた。
「久美ちゃん、どうしたの?」
「あ、先輩……」
久美が反応して、顔を渚へと向ける。
「いや、大したことじゃないんですけど……やっぱり寂しいなって」
続く久美の言葉で、彼女の元気がない理由を渚は理解した。
先程まで委員会が行われていたクラスを見渡す。
既に大半の委員が席を立ち、疎らとなった室内。しかし、委員会の時点からその数は少なかった。
理由は単純だ。昨年末で三年生が委員会活動を終了したのだ。
久美は現在一年なので、風紀委員に入った時から三学年が揃ったところしか知らない。
その数が三分の一も減れば寂しく感じるのも当然と言えた。
「先輩達が卒業しちゃうと寂しいよね。……でもすぐに新入生が来るわよ。また賑やかになるから」
「新入生ですか……」
「そうよ。久美ちゃんが先輩になって、後輩が入ってくる」
その子達のためにも落ち込んでばかりはいられない。という言葉は言わずに呑み込んだ。
事実そうなのだが、寂寥感を感じてる久美に対してそれを言うのは酷だと判断したのだ。
ただ口には出さずとも渚の言葉に、何かしらの想いを感じたのだろう。
「……そっか」
そう呟くと久美は頭を軽く振った。
続けて、いつものように元気よく渚へと話しかけた。
「そうですね。私も先輩みたいな先輩になれるよう頑張ります!」
「何よそれ」
久美の言葉に、渚は苦笑した。
「別に私みたいなのは目指さなくても良いわよ」
「そんなこと言わないでください。私は先輩のこと、尊敬してるんですから!」
その瞬間、渚はハッとした表情を見せた。
唐突な雰囲気の変化に不思議な顔をする久美。
「先輩、どうしました?」
「……ううん、何でもない」
久美の問いかけに、渚はゆっくりと首を横に振った。
久美としては何気なく、発した言葉なのであろう。
しかしそれは、少し前に自分の生き方に悩んでいた渚にとっては大きな意味を持つ言葉であった。
改めて以前の自分の浅慮さを不甲斐なく感じる渚であったが、それでくよくよとはしなかった。
迷いのない目で、久美を見る。
「久美ちゃん、ありがとうね」
「え? 何がですか?」
きょとんとした顔の久美。それを見て渚が薄く笑った。
「何でもないわ」
それ以外、渚は何も話さなかった。
渚の態度が理解できない久美は戸惑うのだった。
「――でも良かったです」
連れ立って教室を出ながら、久美が言葉を発する。
「先輩も元気が出たみたいで」
「……そうね。心配かけてごめんね」
久美が、以前迷っていた時の自分のことを言っていると理解した渚は、久美へと素直に頭を下げた。
「いえいえ! 私が勝手に気にしてただけなので」
「気にしてくれて、ありがとうね」
今度は並々以上の感謝の気持ちを込めて、お礼を言う。
普段見せない渚の態度に、慌てる久美だった。
「何かお礼しなきゃね」
ようやく落ち着いたところで、何気なく言葉を発した渚。
その言葉に久美が食いついた。
「え? ほんとですか! じゃあ……勉強教えてください!」
「……勉強?」
思わず問い返したところ、久美は頭を掻きながら舌を出した。
「実はテストがヤバくて」
あまり、そんな印象は持ってなかったのだが、意外と成績は良くないらしい。
その雰囲気に、既視感を覚える渚。
「駄目……ですか?」
「……いいわ、面倒見てあげる」
「ありがとうございます!」
元気良くお礼を言ってくる久美に、苦笑する渚であった。




