1 日常は戻ってきても、問題はなくならないね
日が沈み、辺りがすっかり暗くなった時刻。
人の気配がほとんど無い住宅地を、僕は歩いていた。
一月も終わりを迎える時期とあって、非常に寒い。
厚手のコートを着てはいるけど、それでカバーできない顔に冷気が沁みる。
早く家に帰ってぬくぬくしたいな……。
さっさと出てこないかな。
そんな想いが通じたのか、何も無いはずの住宅地に異変が起きた。
静かな世界に小さく響く、何かの駆動音。それは道の先から聞こえてくるようだった。
駆動音は徐々に大きくなり、近づいてきてるのが分かる。
やがて身構えた僕の前に、それは現れた。
街灯に照らされて見える丸いシルエット。丸みをもったつま先に、丸みを帯びた背中。丸顔に丸みのある耳と、横向きにピンと伸びた髭が数本。四足歩行で立つその姿は、良く見知った動物と同じ見た目をしていた。
「……猫?」
そう、猫だ。
ただし、ただの猫じゃない。
めちゃくちゃ大きい。それこそ虎やライオンなんかよりも、ずっと。普通自動車ぐらいのサイズはあるんじゃないかな。
猫自体は可愛いらしいだけど、これだけでかいと流石に迫力があるね。
それがこちらを威圧してるともなれば、なおさらに。
……うん。夜道で突然こんなのが出てきたら、全然可愛くないや。普通に怖い。
猫は僕を獲物だと思ってるんだろう。僕を見ながら、何かのタイミングを測ってる。
油断したら一足飛びに襲いかかってきそうだ。
呑気に考えながら、いったん距離を取ろうかと僅かに体を捻る。
瞬間――猫が飛びかかってきた。
うわっ、今のに反応するんだ。
想定はしてなかったけど、準備はしてたので咄嗟に体は動いてくれた。
懐から布を取り出して広げる。布で体のラインを隠しつつ、猫の動きに合わせて体を回転。
猫の突進を横に避けつつ、布を手放す。
前足の爪に布を絡めとられたけど、その時には既に僕は離れた場所に退避していた。
猫からしたら急に出てきた布が邪魔だから前足で取っ払ったら、僕の姿が消えてたって感じに映ったと思う。
まぁ消えたといっても、そこまで距離を取れてる訳じゃないし、隠れてるわけでもないから直ぐに見つかるんだけどね。
猫がこちらを見る。もう一度飛びかかる姿勢を取った。
どうしよう。布は使っちゃったから、次来られたら捕まっちゃうや。
そんな僕の前に一つの影が降り立った。
「――葉月ちゃん、ありがと」
赤いアイドル衣装の女の子――下村さんだ。
「後は任せなさい」
続く声は猫を挟んで道の奥から聞こえてきた。
闇の中から姿を現したのは青いアイドル衣装の女の子、そして兎のぬいぐるみ。
藤堂さんと優太だ。
突然現れた三人に、猫のロボットが警戒する。
「皆、気を付けてね」
「うん、ありがと」
「はーい」
「心配いらないわ」
大丈夫だとは思ってるけど、念のために声をかけると三者三様の言葉が返ってきた。
一部、緩いところがあって心配になる。けど、それは杞憂に終わった。
下村さんが最初に突っ込んで、ロボットに隙を作ったところで、優太が影を操って拘束。
そして、とどめは藤堂さんのハンマーだ。
逃げられない猫型ロボットはなすすべもなく破壊された。
◇
「最近、あまり見ないわね」
ロボットの残骸を片付けてると、藤堂さんがそうこぼした。
何のことを言ってるかはすぐに理解できた。
少し前、廃病院の地下施設に関わりのある二人組の男が街にやってきた。
そのせいで、ロボット退治の作業を中断していたのだけど、二人組との問題が解決したから再開したのが年明け頃。
そこから今まで一ヶ月弱。結構な頻度で夜回りをしてるのだけど、ロボットに遭遇する回数が明らかに減っているんだよね。
それまでは数回に一度はロボットを見つけて退治してたけど、再開してから退治できたのは今日含めて数える程だ。
その理由に心当たりがあった僕が、口を開く。
「んー。それは、あの二人のせい……おかげ? かもしれない」
「あの二人って、ヴィクターさんとかのこと?」
下村さんも興味を惹かれたのか尋ねてくる。
「うん。あの二人、街中に逃げ出してたロボットを回収して回ってたみたいなんだ」
「へー、それって直接二人から聞いたの?」
「うん」
下村さんに向かって、頷く。
「大丈夫なの? あの二人に何か変なことされてない?」
藤堂さんが聞いてきた。
心配そうな顔をしてる。灯りが街灯しかないせいか、その表情は暗く見えた。
「うん、二人とも僕達に友好的だよ。優太の契約がしっかり脅しになってるんだと思う」
地下組織の二人と最初に遭遇した時、彼らは優太を捕らえようとしてきた。
そして、下村さんや藤堂さんが不思議な力を使えると分かると、僕ら全員を捕らえる対象にしてきた。
目的や規模すら分からない組織から狙われたら、安全に暮らすことはできない。だから、僕達は二人と戦って――勝利した。
勝った僕らは、彼らに優太と契約するように迫った。
優太の契約は、優太との約束を守る代わりに、優太の力を貸し与えるというもの。
約束を破ると、全身から血が吹き出す以上の酷いことが起こるので、それで彼らを口止めしようとしたんだ。
結果、二人は無事に契約をしてくれて、ひとまず僕らの安全は確保された。
ほんと、素直に契約してくれて良かったよ。
契約しなかったら死んでもらうと脅して選択を迫ったんだけど、実際人殺しはしたくなかったからね。
そんな訳で、ひとまず味方に引き込めた二人だけど、彼らは僕らとの戦いで結構な怪我をした。
一人は優太の、そしてもう一人は藤堂さんの攻撃で。
その怪我が原因で死なれたら困るということで、病院に連れていき、今はまだ二人とも入院中だ。
藤堂さんを人殺しにさせる訳にもいかないし、組織の話も聞きたい。これから色々と協力してもらいたいから、僕と優太で二人の様子は度々確認しに行った。
そこでの彼らの態度で、とりあえずは大丈夫かなと、僕も優太も判断した。
でも下村さんと藤堂さんは、まだちゃんと二人と会話をしたことはないから、警戒するのも無理はない。
特に藤堂さんからしたら、あの二人は警察に捕まるべき悪い組織の一員だからね。
簡単には信用できないのも納得できる。
「それなら良いけど……」
なおも心配そうな藤堂さん。
藤堂さんはあれから少し変わった。
前の状態なら、あの二人を倒した時に、直ぐにでも警察に引き渡そうとしたんじゃないかと思う。
でも今は、味方に引き込んだ方が良いってことを理解して、受け入れてくれてる。
良い意味で、柔軟に思考できてる感じがする。
そう言えば、藤堂さんが吹っ切れた? タイミングで、彼女の魔法が変化したんだよね。
藤堂さん自身が白い衣装に変わって、天秤をもった女性が現れた。
そしていつものハンマーは消えて、代わりに現れた剣でヴィクターさんを斬った。
物凄い強そうな感じだったけど、あれ以降藤堂さんがあの状態になったことはない。
何度かロボット退治のために魔法少女へと変身してるけど、全部今まで通りの青い衣装だ。
優太は、魔法は想いや願いを力に変えるものだから、藤堂さんの想いや願いが特別強まった時にあの姿になるんじゃないかと分析してた。
それが本当なら特別な時にしか使えない必殺技みたいな感じで、何だか恰好良いよね。
「あの二人って、もうすぐ退院するんだよね?」
「あ、うん。そうだよ」
余計なことを考えてると、今度は下村さんが尋ねてきた。
二人はまだ入院しているとはいえ、怪我はほとんど快癒してる。
というかスーツの男――神前さんの方は既にリハビリもいらないぐらい元気だ。
身体のあちこちに穴が空いてたはずなんだけどね。
残るはロングコートの外国人――ヴィクターさんだけど、こちらも順調だ。
リハビリも問題無いみたいなので、じきに退院すると思う。
……と、そうそう。
これは二人に伝えとかなきゃね。
「彼らが退院したら、皆で僕らの家に集まりたいんだけど良いかな? あの二人から、組織のことについて話して貰うつもりだから」
彼らの組織は、裏の世界の存在だ。
そんな組織の話を病院で聞くわけにもいかなかった。
彼らが居たのは個室だけど、誰かに聞かれないとも限らないしね。
だから、彼らの組織のことについてはまだ僕も優太も聞けてない。
彼らが退院したら、真っ先に聞くべきことだと思ってる。
「うん、私は大丈夫」
下村さんが元気よく頷いた。
藤堂さんはと見ると――。
「私も……大丈夫」
躊躇いながらではあるけど、頷いてくれた。
何か思うところはありそうだけど、とりあえずは大丈夫みたいだ。
うん、喧嘩にならないようにだけ気をつけよう。
そんなこんなで片付けも終わり、今日の作業は終了となった。
下村さん、藤堂さんを家まで送り届けて、僕らも優太と二人で家路につく。
「お姉ちゃん、疲れたー」
「あー、はいはい。もう少しだから頑張ろーね」
二人きりになったところで優太が抱きついてきた。
受け止めながら、返事は適当に返す。
最近、優太の甘えたが強くなった気がする。
思い当たる原因は……うん、あるね。
神前さんと戦ってた時のことだ。
あの人は戦い慣れてて、凄い手強かった。
あの時、別の場所では下村さんと藤堂さんが、ヴィクターさんと戦っていた。だから早く二人の助けに行きたかったのに、神前さんはそうさせてくれなかった。
そんな状況を打破するために、僕が囮になって神前さんの隙を作ったんだけど、その際に優太の影で僕も串刺しになったんだよね。
僕は不老不死だから全く気にしてないんだけど、優太にとってはそれが結構ショックだったみたいだ。
そこから、優太の甘えた癖が強くなった気がする。
僕としては甘えられても構わないんだけど、優太にとって良くないよね。
優太がちゃんと自立するためにも、このままじゃいけないと思うんだけど……。
でも僕が悪いからなぁ。
僕のお腹に頭を擦り付けてくる優太の頭を撫でながら夜道を歩く。
うーん、どうしたら良いんだろう。




