幕間5 守るべき輝き(中編)
『――クリスマスにライブするんだけどさ。その準備、手伝ってくれない? あ、もちろん彼氏と過ごす予定とかあったら断ってくれても良いから』
職業インタビューの相談をした夜。
朝陽は職業のことを知りたいなら経験してみるのが一番だという理由で、凛からそうお願いされた。
クリスマスに予定があった訳でもなく、自分で役に立つならと二つ返事で受け入れた朝陽だった。
雇用するのではなく、あくまでお手伝いという形だ。
そのため、特別な仕事を振られるわけではない。
せいぜいが物を運んだり、伝言を伝えたりという程度の小間使いに等しい内容。
しかし、それでも準備は慌ただしかった。
「――朝陽ちゃん! それ終わったら、次これお願い」
「分かりました!」
「――時間空いてたら皆にお茶配ってって欲しい」
「すぐ行きます!」
言われるがままに駆け回る。
目が回るような忙しさ持ち前の元気でなんとかこなしていく。
そうして、忙しさがひと段落したところで、休憩をもらった朝陽はスタッフルームの壁際に置かれたパイプ椅子に座って休んでいた。
「――お疲れ、朝陽ちゃん。大丈夫?」
「あ、凛さん。はい、大丈夫です!」
そこへ凛が労いにきた。
凛はパイプ椅子を持ってきて、朝陽の横に並べて座る。
「ごめんね。いっぱい働かせちゃって」
「いえいえ、私体力には自信があるから大丈夫です」
申し訳なさそうに謝る凛。
それに朝陽は力こぶを作って答えた。
「ありがとう。そう言ってもらえると助かる」
お礼を伝えた後、凛が持っていたペットボトルのお茶を一口含んだ。
「それにしても、ライブの前ってこんな忙しいんですね」
「いやいや、本当は違うのよ」
「え?」
不思議そうな顔をする朝陽に、凛が説明する。
本当はもっと余裕があるはずだった。
今日はリハーサルだけをこなして、後はライブ開始を待つだけ。そうなる予定だったのだが……。
「――うわぁ、それは悲惨ですね……」
「そうなのよね」
ため息を吐く凛。彼女が語ったのは準備期間で起こった悲劇だった。
始まりは一週間前。スタッフの一人がインフルエンザにかかった。
そこから連鎖的に発症者が増え、今やスタッフは半分しか居なくなってしまった。
無事だったのはマスクをつけていたスタッフと、体調管理に殊更気を使っていた凛だけとなっていた。
当然、それだけ不在になると準備の進行は遅れる。
最初にインフルエンザにかかったスタッフは復帰したものの、それだけで遅れを取り戻せる訳もなく。
準備がライブ当日までもつれ込んでしまったのだ。
とはいえ、残ったスタッフの頑張りによって、何とかライブは中止せずに済みそうな状況であった。
「人手が足りなくて準備がギリギリになっちゃってね。ごめんね、大変な思いさせて」
「そんなことないです! その分お役に立てたなら良かったですよ!」
凛としても当初はお手伝いと言いつつお客様対応で朝陽を扱い、リハーサルの様子であったり、ライブへ取り組むスタッフの様子であったりを朝陽に見せるつもりであった。
しかし猫の手も借りたい現状、まだ子供である朝陽にも手伝いを強いることになったのだ。
改めて謝罪とお礼を朝陽へと伝えた凛。
たまに忙しなく行き交うスタッフを見やりながら、朝陽へと話しかけた。
「皆、真剣に準備してたでしょ」
「凄い迫力でした」
「それは原因が違うわね」
苦笑する凛。
「一つのライブを成功させるのでも、こうして何人もの人が一丸となって取り組んでるの……表舞台に立つのは私だけ。でも、その裏では支えてくれる沢山の人達がいる」
凛が話す言葉を、朝陽は静かに聞いていた。
「朝陽ちゃん、職業のこと色々調べてたでしょ?」
「はい」
「身近じゃないものってイメージがつきにくいよね……でも、いやだからこそ知って欲しかったの。世の中は多くの人が支え合って回ってるって。どんな仕事でも、誰かのためになってるって」
それを見てもらおうって思って誘ったんだけどね。そう続けながら凛が自嘲した。
「……なんてね。ごめんね、偉そうに」
「いえいえ、凄いです! ……なんかこう、感動しました!」
苦笑する凛に対し、朝陽が力強く告げる。
語彙力が少ないがゆえシンプルとなった感想は、その真剣さと相まってしっかりと凛に伝える役割を果たした。
「……あれ? でも、そういう話なら、渚も誘った方が良かったですか?」
凛の言葉を自分の中で噛みしめていると、ふと渚のことに思い至り朝陽が尋ねた。
「いや、あの子は誘っても来ないでしょ」
「はぁ」
笑って答える凛に、そういうものかと思う朝陽。
それからまもなく休憩を終え、二人でステージへと移動した時だった。
「――雪だ!」
そんな言葉が聞こえてきた。
「「……雪?」」
思わず朝陽は凛と顔を見合わせる。
「今日の天気って快晴だよね?」
「天気予報でも雲一つ無いって言ってました」
「まぁ、ライブを盛り上げてくれるなら良いんだけど」
そんな話をしてる間にもスタッフ達が騒ぐ声が聞こえるてくる。
その騒ぎ方が普通でないことが気になった二人は、スタッフ達の集まる会場入口へと向かった。
「――うっそ」
「え……」
スタッフ達と並んで外を見た朝陽達は絶句した。
確かに外は雪が降っていた。しかし雪は雪でも吹雪だったのだ。
少し前まで晴れていたのは間違いない。つまり雪は降り始めたばかりだというのに、既に積り始めていた。
どう考えても異常事態だった。
「どうしよう」
「つっても、これじゃお客さんに来てもらうのは無理じゃねぇか?」
「マジで? 中止にするの?」
「こんな吹雪いて、積もりもしてたら交通機関が止まるだろ。それに無理に開催して、お客さんが事故りでもしたらどーすんだ」
隣で話すスタッフ達の言葉に耳を疑う朝陽。
――このままじゃ、ライブが中止になってしまう。
何とかできないかと考えてはみるものの、当然良い案が浮かぶことはない。
自然現象が相手なのだ。普段相手にするようなロボットとは訳が違う。
「……ロボット?」
朝陽の脳裏に、何とかできるかもしれない人物が浮かんだ。
しかし朝陽にとって、その人物の印象は良くなかった。
以前に酷い目に遭わされて以降、彼とは会ってない。
今は仲間に引き込んだとはいえ、正直あまり会話したいとも思えない。
そもそもできるかもしれないだけど、本当に何とかできるかは分からない。
しかし――。
朝陽は凛やスタッフの方をもう一度見た。
どうしようもない状況に、皆が困った顔をしている。
それを見て朝陽は首を横に振った。
自身の気持ちはいったん置いておくべきだろう。
ダメ元で確認してみよう。
そう考えた朝陽はその場から少し離れて一人になると、スマホを取り出して葉月に電話をかけた。
「――もしもし?」
「あ、葉月ちゃん。ごめん、今大丈夫?」
「うん、どうしたの?」
「あのさ。あの外国人の人ってさ、凄い兵器を使ってたよね。あれ以外にも何か持ってたりするのかな?」
「分かんないけど……どうしたの?」
尋ねてくる葉月へと、朝陽は手短に事情を話した。
朝陽の意図を理解した葉月が告げる。
「聞きに行ってみるよ。少し待ってて」
そうして、いったん電話が切れた。
数分後、折り返しが入る。
朝陽はすぐに出た。
「もしもし葉月ちゃん?」
「朝陽さん、ヴィクターさんに代わるね」
「……もしもし」
少しの間の後、葉月のものとは違う低い声が聞こえてきた。
こんな僅かな間に、ヴィクターの元へと移動したのかと驚く朝陽。
それとも、最初から近くに居たのだろうか――。
「事情がまだ良く分かってない。詳しく話せ」
「あ、ごめんなさい。実は……」
ヴィクターの言葉で我に返った朝陽は、先程葉月にも伝えた内容を語った。
最初はヴィクターに対し忌避感を持っていた朝陽であったが、切羽詰まった状況であったことも相まって、話をするうちにヴィクターへの負の感情が気にならなくなっていく。
「なるほどな……状況は理解した」
「あなたって変わった兵器を持ってましたよね? 今の状況を何とかできるものって持ってないですか?」
ヴィクターへと尋ねる朝陽。
彼女がヴィクターを頼った理由は、彼が使用していた兵器にあった。ロボットも作り、変わった兵器も作れる組織の一員であるヴィクターであれば、この吹雪をどうにかできるような兵器を持ってないかと考えたのだ。
しかしヴィクターから帰ってきた言葉は朝陽の期待を否定するものだった。
「悪いが、そんな都合の良い兵器は持ってない」
「そんな……」
「兵器はないが……吹雪自体は何とかなるかもしれん」
「え……どういうことですか!?」
絶望感に見舞われた朝陽であったが、続くヴィクターの言葉に反応する。
「今ニュースを見ているが、そちらの吹雪はお前の居る地域一帯にだけ降っている異常なもののようだ。僕はその異常気象を起こせるロボットに心当たりがある」
「ロボット!?」
ヴィクターの思わぬ言葉に、驚きの声をあげる朝陽。
そんな朝陽へと、ヴィクターが説明した。
廃病院の地下施設にて作られたロボットにス・ノーメンという名の二体の雪だるまがある。
双子型のロボットで、雪を降らせることができるとのことだった。
確かに、それなら急に降りだしたのにも納得だ。
「そのロボットが雪を降らせてるのなら、止めれないんですか?」
「ス・ノーメンに本来、吹雪を起こせる程の出力はだせない。過暴走……にしてもありえない出力だが、いずれにせよ長くは続かない。止めるまでもなく、放っておけばじきに自壊するはずだ」
「ほっとけばって……どれぐらい?」
「さぁな。今すぐかもしれんし、あと数時間かもしれんし。……まあ、明日までには確実に壊れるだろう」
ヴィクターの言葉に朝陽は頭を振った。
明日までになると、ライブは中止になってしまう。
「そんなの……待てません」
「それは、今すぐ止めたいということか?」
「はい、できるなら協力して欲しいです」
決意を込めて告げると、僅かな沈黙の後にため息が聞こえた。
「……外へ出ろ。そもそもス・ノーメンの仕業かどうかも確定していない。まずは状況を確認して教えろ」
「っ……はい!」
返事と共に朝陽は駆け出した。
スタッフ何人かと真剣な様子で話してる凛へと声をかける。
「凛さん! 私、ちょっと外に出てきます!」
「え? ちょっ、朝陽ちゃ――」
凛の返事を待たずに、朝陽は外へと走るのだった。
想定より長くなってしまったので、もう一話続きます。




