幕間4 守るべき輝き(前編)
それは、二学期の半ばを過ぎたころ。学校での学活の時間。
下村朝陽が在籍するクラスでは班ごとに机をかためて、班員が話し合う体勢になっていた。
「――将来に繋がるかもしれんからな。真剣に考えろよ」
教壇に立つ先生が生徒達へと話しかける。
その言葉を耳に入れながら、朝陽は目の前のプリントを睨んでいた。
そこには将来のことを考えるための授業の一環である、職業インタビューについて書かれていた。
学校が予め用意したリストをもとに、班ごとに職業を選ぶ。
実際にその職場を訪れ、応対してくれる人に対してインタビューを行うというものだ。
朝陽は、どの職業の人に話を聞きたいかを悩んでいた。
「――ね、ね。あさひはどこが良いの?」
そんな朝陽へと話しかける少女。
肩ぐらいまで伸びた髪を後ろで一つに結び、赤いフレームの眼鏡をかけた少女。朝陽の仲良しグループで唯一、朝陽と同じ班となっている少女である里中まどかである。
「うーん、よく分からないんだよね」
まどかへと答えると、朝陽はプリントに書いてある職業リストにもう一度目を通した。
建設会社。司法書士事務所。病院。パン屋――。リストには様々な職業が並んでいる。
パン屋や病院は何となく朝陽にも分かる。日常で訪れる機会があるし、仕事ぶりも目にしている。
でも、他の職業に関してはイメージがつかない。そもそも司法書士とは何なのか?
そんな疑問から、朝陽は依然として悩んでいた。
「よく分からないから、インタビューするんだろ?」
まどかとの会話を聞いていたのか、班員の男子が指摘する。
その言葉になるほど、と思う。
であれば、知らない職業の話を聞くべきか?
しかし、何も知らない状態で話を聞くのも失礼ではないか?
やはり、自分が良く知っている職業の方が良いのか?
結局結論は出ないまま、朝陽は自分の友人へと顔を向けた。
「まーかはどこが良いとかある?」
「うーん、この中だとパン屋かなー」
「へー、パン屋なんだ。何で?」
まどかの答えに、また別の班員が理由を尋ねる。
「だって、お土産でパン貰えるかもしれないじゃん」
「それが目的かよ」
更に別の班員からの突っ込みが入り、笑いが起きる。
その後も色々話し合った結果、朝陽達の班としてはまどかの案であったパン屋へインタビューすることが決まった。
職業が決まると、次は何を質問するのか考える作業へと移っていく。
学校を代表して行くことになるので、おかしな質問は失礼に当たる。
班員で考え整理したものを、担任の先生が確認し添削を行った上で質問リストを準備していく。
数回の授業に分けて、職業インタビューへの準備は進んでいった。
そんなある日の放課後。
いつものメンバーで帰宅中の朝陽は、職業インタビューのことについて話し合っていた。
「ね、ね。こういうのってさ、芸能界の仕事とか知りたくない?」
まどかが皆へと問いかける。
「あー、確かに。テレビの仕事とかって気になるかも」
「俳優の人とかも話聞いてみたいねー」
「普段どんな感じなんだろーね」
思い思いの言葉を返す一同、そのどれもが肯定する内容だった。
煌びやかイメージがある芸能界は、やはり皆気になるのであろう。
しかし未知の世界のことを想像するにも限界があり、そこから話は俳優の私生活がどーの、歌手のボイトレがこーのと、次第に逸れていく。
そうして帰宅した朝陽。
自身の部屋へと向かいながら何事かを思案すると、私服へと着替えた後にスマホを取り出したのだった。
――その夜。
スマホに着信が入り、相手を確認した朝陽は直ぐに出た。
「……もしもし、凛さんですか?」
「あ、朝陽ちゃん? 久しぶり。今大丈夫?」
電話の相手は藤堂凛。
藤堂渚の姉であり、シンガーソングライターとして生計を立てている現役の歌手だ。
朝陽は夕方に彼女へと連絡を送り、夜になってメッセージを確認した凛が朝陽へと電話をしたのであった。
「元気してる?」
「はい、元気です!」
「そりゃ、良かった。今年もインフルエンザが流行りだしてるみたいだから気をつけなよー」
他愛もない世間話を暫し続けた後。
「それで――相談があるって言ってたけど」
「あ、はい。あの――」
凛から話題を振って本題へと入ると、朝陽が順を追って話を始めた。
学校で職業インタビューがあること。
色んな職業の人に話を聞くこと。
朝陽達の班はパン屋へにインタビューすること。
「あー、あったね。私もやったわ」
電話先で、凛がしみじみと語る。
その声だけで、懐かしんでるのが分かった。
「凛さんはどの職業の人にインタビューしたんですか?」
「私はね。消防士の人に話を聞いたよ」
「へー、消防士の人ですか。どんな感じだったんですか?」
「あの人達って有事――何かあった時に備えて、普段から仕事中でも体を鍛えてるんだって」
「そうなんですね」
凛が体験した内容を、朝陽が興味から尋ねたことで話題が逸れる。
ひとしきり話して区切りがついたところで、朝陽がまた本題へと戻した。
「――それでですね。えーと、職業のリストを見てたんですけど、芸能関係の仕事って無いんだなーって思って」
「あぁ、まあそうよね。あぁいうのって、学校側が先に話つけとくものだし。芸能関係はコネが無いと難しいでしょうね」
「凛さんって、うちの卒業生だからコネになると思うんですけど、そういう話は来ないんですか?」
「うーん、話はもらったことないね。あんまり出身のことを話したこともないし、学校側が知らないんじゃないかな?」
別に私はインタビュー受けるの構わないんだけどね と笑う凛。
その言葉に朝陽が食いついた。
「本当ですか! あの、実はご相談があって……」
「何々? 私の話を聞いてみたいって?」
目的をズバリと言い当てられて、電話をしながらも朝陽は頭を掻いた。
「あー、分かっちゃいますか?」
「そりゃ、今の流れならね。朝陽ちゃん、言いにくそうにもしてたし」
「実はそうで……いきなりで申し訳ないですけど、お話聞かせてもらえないかなーって」
迷惑にならないかという思いから、控え目に尋ねる朝陽。
すると、凛からは明るい声で言葉が返ってきた。
「いいよいいよ。友達と一緒に来てもらって構わないから」
「友達も一緒にいいんですか!?」
「もちろんよ。というか、それが一番の目的なんじゃない?」
「うっ、よく分かりますね」
「うふふ。なんとなく、ね」
事実、朝陽の目的は友人に凛と話す機会を作ってあげたいというものであった。
朝陽の友人の一人は、シンガーソングライターである『りん』のファンであると普段から公言していた。
その凛と朝陽は思わぬ形で知り合いとなった。
知り合いであることを言いふらすのは凛に対して迷惑である。とはいえ友人に何も言わないことで、それが原因となって後々問題に繋がるのは避けたいところであった。
もちろん朝陽とて、自分が凛と知り合いであることを隠していることについて、不満を抱くような友人ではないと信じてはいる。しかし、朝陽個人の感情として、友人に不義理ではないかという思いを常に抱えていた。
だから、インタビューをきっかけに話をする場を作れたらと考え、凛への相談におよんだのだ。
仮にここで凛に断られていたなら、それはそれで面目は立つ。
それは朝陽の個人的な問題なのだが、それでも気持ちに整理ができるという点で朝陽にとっては意味のあることであった。
言いづらかったところを察してくれて、しかも快く引き受けてくれたことに感謝し、電話の先でお辞儀をする朝陽。
「――送った中から、皆の都合が良い日を選んでもらったらいいから」
「はい、分かりました! ……すいません。急にこんなこと頼んじゃって」
予定の合わせ方を確認したところで、再度謝りを入れる朝陽。
その恐縮の仕方に、電話越しの凛は笑いながら答える。
「別にいいのよ……いや、でもそうね……」
構わないと言いながら、しかし途中で何か思うところがあったのか、凛が小声で何事かを呟いた。
「凛さん?」
「ね、朝陽ちゃん。インタビュー受ける代わりといったらなんだけどさ。お願い一個聞いてくれる?」
「あ、はい! 私にできることなら何でもやりますよ!」
「それは嬉しいわね」
そう前置くと、凛が頼み事を朝陽へと告げた。
その内容に、朝陽は仰天するのだった。
――後日、凛と朝陽達友人グループは面会した。
凛のことを常日頃から好きだと公言していた里中まどかは大層感激した。
落ち着いたカフェでお茶を飲みながら、予め用意してた質問をぶつけていく。
そのどれもに、雑談を混じえつつも丁寧に答える凛。
凛がしっかりとした受け答えをしたことで、朝陽の友人達は大満足な時間を過ごした。
「今日はありがとうございました!」
「凄く楽しかったです!」
「いえいえ、お役に立てたなら良かったわ」
「朝陽もありがとね!」
「ううん。凛さんが引き受けてくれたおかげだから、お礼は凛さんにね」
面会も終わり、その別れ際。皆でお礼を凛へと伝える。
凛としても、朝陽の友人達が大層喜んでくれたことに上機嫌であった。
「皆、気をつけて帰ってね。朝陽ちゃんはよろしくね」
「は、はい! 頑張ります!」
含みのある言い方に、勢い良く返事をする朝陽。その様子を友人達は不思議そうに見ていた。
そうして時は少しばかり流れて、朝陽が冬休みを迎えた時――。
「――朝陽ちゃん! それ終わったら、次これお願い」
「分かりました!」
「――時間空いてたら皆にお茶配ってって欲しい」
「すぐ行きます!」
「――朝陽ちゃん……」
言われるがままに元気よく駆け回る朝陽。
時はクリスマス。場所は隣町の屋内ライブ会場。
忙しく駆け回る、マスクをつけた朝陽の姿がそこにはあった。
今週から暫くの間、都合により火、木、日にて更新します。




