幕間2 新たな興味と少しの憂鬱
市内のとある総合病院。とある個室の病室。
その部屋のベッドの上で、ヴィクターは目を閉じた状態で仰向けになっていた。
下村朝陽、藤堂渚との戦いで、渚からの一撃により大怪我を負ったヴィクター。
その治療のために、入院してる状態。
渚によって斬られた傷は大きく、その首元――患者衣の下には包帯がのぞいている。
ゆったりとした時間が流れる室内。その静かな環境は来訪者とともに破られた。
「うーす。調子はどうだい?」
扉が開くと同時に入室してきたのはヴィクターの相棒である神前迅であった。
ヴィクターが目を開き視線を迅へと向ける。
「……騒がしいぞ。病室では静かにしろと教わらなかったか?」
「暗い雰囲気より、多少明るい方が良いとは教わったかな」
返ってきた相変わらずの軽口に、ヴィクターが鼻を鳴らす。
言ったところで反省することはないと知っているので、これ以上の問答は時間の無駄だと判断する。
「怪我の方は……まあ、大丈夫そうだな」
「これが大丈夫に見えるのか?」
「元気があるなら大丈夫だろ。やばい時は会話もできないからな」
実感のこもった声で迅が告げる。
その点に関しては迅の方が経験値が多い。彼の言葉にヴィクターは納得した。
「しっかし、まさかあんたも負けるとはね」
ヴィクターの様子を見ながら、迅が言う。
負けるとは微塵も考えてなかった。
その言葉からは、そんな想いが透けて見える。
「あんたも契約ってやつ、結んだの?」
「ここに今僕が居るのが答えだ。それぐらい理解できないのか?」
続けて問われた言葉に、言外に答えるヴィクター。
セットで付いてきた痛烈な嫌味に、迅は肩を竦めた。
「意外だなって思ってな。うちのボス以外に従うの、あんたは嫌がるだろ」
「勘違いするな。僕はただ、自分より馬鹿なやつには従わないだけだ」
「へぇ。じゃあ、あいつらってあんたよりも賢いの?」
「いや、それはない」
直前の発言と矛盾する言葉。
それに迅がツッコミを入れる前に、ヴィクターが発言を続けた。
「ただ……それ以上に、あいつの力が気になるだけだ」
「あいつの力? あんたを倒したガキの力か?」
「そうだ」
言葉を返しながら、ヴィクターは渚との戦いを思い出した。
渚が天秤を持った女性を召喚した直後、全てのドローンの動きが止められた。
ヴィクターの操作を受付なかった訳ではない。もし受け付けなかったのなら、ドローンは最初に与えた指令を愚直に守ろうとするはずだ。
しかしドローンはそうするのでなく、動きを止めた。文字通り、空中に固定されて。
であればそれは、操作を受け付けないというよりは、物理的に行動を止められたということになる。
更には、ヴィクターの罪に対する断罪の剣。
刃の届かない位置から振られたそれは、しかしヴィクターを斬り裂いた。
空間を超越する一撃。それが渚の力なのであれば、ドローンの動きを止めたのも、空間を固定するという手段によるものか。
それらを総合すると、渚は場の空間に干渉する力を有していたということになる。
効果範囲を有した空間掌握能力――それがヴィクターが考えた渚の力であった。
そのような力は組織の技術力をもってしても再現できない。
その力の異常性を正しく理解してるからこそ、ヴィクターはハッキリと言った。
「あれは……人知を超えている」
「そこまでのもんなのか?」
「あぁ、あれは世界を変えうる力だ。あの力が量産できるなら、世界を支配することもできるだろうな」
「マジかよ……」
迅は渚の力を見ていない。ゆえに、それがどれほどのものなのかは理解できていないはずである。
しかし、迅の反応からは疑っている様子が見られなかった。
それはヴィクターが普段、こういう話で嘘をつかないからか。それとも技術的な知見に関するヴィクターの見立てが外れることは、それほど無いからか。
いずれにせよ、渚の力の脅威さは迅へと正しく伝わっているようであった。
ヴィクターが続ける。
「僕は、あの力のことをもっと知りたい」
「そのためには、自分より馬鹿でも従うってか?」
「そんなもの、あの力の前では些事だよ」
一人の科学者として、渚の力を解明する。そのためには自分の矜持など関係ない。
そう告げるヴィクターは、どことなく楽しそうな顔をしていた。
その様子を見て、迅はそのまま指摘した。
「楽しそうじゃん」
「楽しいか……そうかもしれんな。暫くは退屈しなさそうだ」
「なるほどね」
「迅、お前も他人事じゃないぞ?」
ヴィクターの思わぬ言葉に、迅が目を丸くさせた。
「俺がか?」
「そうだ。……あの力は、本家と統制局が間違いなく欲しがるぞ」
「あー、そういうことかよ。それを隠すのに協力しないとってか」
合点がいった様子を見せる迅。
何せ、それが契約なのだ。
彼が言う通り、協力しなければ死ぬだけだ。
「まぁ、でもそれも仕方ねぇな」
自分はオクタと葉月に敗北した。敗者は勝者に従うべき。殺されなかっただけ儲けものだ。
そう語ると、迅は再び肩を竦めた。
「本当、退屈はしなさそうだな」
そしてヴィクターへと同意の言葉を投げかける。
――と、その時。病室の扉がノックされた。
「失礼しまーす」
続けて、幼い声と共に扉が開く。
入口から顔を覗かせたのは、十歳ぐらいの少女だった。
葉月と名乗る不思議な子供だ。入室してきた彼女に続き、後から入ってきた少年はオクタと言ったか。
兎のぬいぐるみのような姿をしているが、今は何らかの力を用いて人の姿に扮している。
ヴィクターと迅は最初オクタのことをロボットかと予想したのだが、どうもそれは違うようであり、二人は姉弟と言っていた。
遠慮なく入室してきた葉月達に、ヴィクターが声をかけた。
「何か用か?」
「怪我の具合は大丈夫?」
「あぁ、問題ない」
ヴィクターの言葉に、葉月がほっとした様子を見せた。
人殺しをしたくはないということなのだろう。どうしようもなく甘い。
こんなのに負けるとはと思いつつも、あれほどの力を持ってるのがこいつらで良かったとも思う。
もし先の戦いで見せた力を、ろくでもないような奴が有していたなら、今頃街中は混乱の渦に呑まれていたであろう。
そうなれば組織の目につくのは間違いないく、ヴィクターが単独で観察する機会は無くなっていた。
じっくりと観察し、考察する時間を期せずして得られたヴィクターは、その巡り合わせに内心で感謝した。
「どうせ見舞いに来てくれるなら美人な姉ちゃんが良かったんだがな」
そんな中、迅が不満を漏らした。
明け透けな願いに葉月がきょとんとした顔をし、オクタは不機嫌な様子を見せる。
「美人なお姉さんの知り合いでもいるの?」
「いねぇよ。いや、いねぇことはねーけど……そういう意味じゃなくて、子供に見舞いにこられてもテンションが上がらないってだけだ」
迅が自身の吐いた言葉の意味を説明するが、小さい子供には理解しかねるだろう。
そう思い、口を挟もうとしたヴィクターであったが、それよりも早く、葉月がオクタに何かを耳打ちした。
露骨に嫌そうな顔をするオクタ。
葉月が何を話したのか興味が湧いたヴィクターは、見守る方向へと切り替えた。
「……こいつらに、そんなことしてやる義理はないでしょ」
「まぁ、そうなんだけどね。でも、こういう所で恩を売っといたら、後々協力してもらいやすくなるかもしれないからさ」
本人の前でそれを言うかと思いつつも、黙って二人のやり取りを見る。
「ね、優太」
「……分かったよ」
渋々頷くオクタの頭を撫でると、葉月がどこからか布を取り出した。
「この布には種も仕掛けもございませんが――」
言いながら布を広げる。
ヴィクターと迅の視界から、葉月の姿が隠れるように布を掲げた。
「実は時間を歪める力を持ってます。なので、こうすると……」
言いながら布を取り払うと、そこには顔立ちの整った二十代の女性が立っていた。
葉月の姿はどこにも見えない。
葉月の代わりに現れた女性はどこか葉月の面影を残しており、まるで葉月が時間を操り成長したかのうように見える。
突然出現した女性を見て、迅が口笛を吹いた。
「魅力的なお嬢さんじゃん。どう? 俺の病室までエスコートさせてくれねーか?」
言いながら葉月に素早く近づくと、肩を抱こうとする。
「見境ないですね」
迅が女性の肩に手を当てた瞬間――女性の姿が掻き消え、その場には先程までと同じ葉月の姿が残った。
いつぞやの地下施設で見た時と同じ、幻影だ。
「あー、くそ。マジか」
天井を仰ぐ迅。
そこにオクタが低い声で告げる。
「お姉ちゃんに手を出したら許さないからな」
「安心しろって。ガキは守備範囲外だ」
「ガキって何だ――」
言い合いを続ける二人を無視して、ヴィクターは葉月へと話しかけた。
「今のはどうやったんだ?」
「もう少し貴方たちの様子を見せてもらって、信用できそうなら話します」
「信用できてない相手に見せて良かったのか?」
「僕らが見た目を変えれることは、もう知ってるでしょう? なら、今後の関係性構築に利用するぐらい構わないかなと」
なるほど、とヴィクターは納得した。
自分たちを危険な人物だと理解して契約で縛ってはいるが、できる限り自分たちが前向きに協力をするように歩み寄る。
人の行動が感情に左右されることを良く知っている。悪人に対しての潔癖さもない。
敵対してたことを引きずるような、感情的な面も見られない。
彼女は子供の割に頭は悪くない。いや、むしろ良すぎる。不自然な程に。
「お前は何者なんだ?」
「僕はただの手品師だよ」
そう言って笑う葉月。これも信用がないがゆえの逃げ文句なのだろうと推測する。
ならば、自身の判断で答えを探せばいい。
観察すべき対象は渚の力だけではないということだ。
契約に縛られるとはいえ、今の状況は悪くないとヴィクターは感じた。
「しゃーねぇ、看護士さんに癒してもらってくるわ」
言い合いが終わったの、そう言った迅が部屋を出ようとした。
ヴィクターがその背中へと語りかける。
「看護士に手を出す前に、言い訳を考えておけよ」
「言い訳? 向こうもその気なら、何も気にしなくていーだろ?」
「そっちじゃない。組織に戻った時の言い訳だ」
「……うわ、やっべ。そりゃそうだわ」
迅を脅してみたものの、考えなければいけないのはヴィクターも同様である。
それだけが、ヴィクターにとっても少し憂鬱だった。




