22 ひとまずの平穏は戻ってきたかな?
走行する電車の中、扉の前に立つ藤堂渚は緊張していた。
視線は外に向けているものの、景色は少しも頭に入ってこない。
――落ち着きなさい、久しぶりに会うだけなのだから。
そう自分に言い聞かせて、気を落ち着かせようとする。
まず何と声をかけるべきだろうか。
会ったときのことをシミュレートをしてると、あっという間に目的の駅へと着いてしまう。
そこは市と同じ名前を冠する駅前。
休日ということもあり、周辺の商業施設での買い物を目的として下車する人は多い。
その波に押されるように渚が改札を抜けると、視線の先、改札の向かいの壁際に目的の女性を見つけた。
デニムパンツにチェスターコートを組合せ、帽子とサングラスで顔を隠した長髪の女性。
藤堂渚の姉である、藤堂凛だ。
凛のもとへと近づいていくと、凛もまた渚に気づき小さく手を振った。
「おはよう。約束の五分前……さすがね」
「……あんたの方が来るの早いじゃない。張り切ってるの? ていうかおはようって何? 今もうお昼なんだけど」
気安げに声をかけてくる凛。
対する渚も同じように平然と返事したかったが、僅かな逡巡の後に出てきた言葉は素直なものではなかった。
憎まれ口のような言葉をもらった凛であったが、しかし彼女は薄く微笑んだ。
「ふふ。久しぶりの妹との面会だからね。そりゃ、張り切るに決まってるじゃん」
その余裕を見せつけるような表情に、一瞬動きを止めた渚は凛からぷいと顔を背けた。
「それじゃあ、どこか落ち着いて話せるとこ行こっか」
妹の仕草に笑いながら凛が移動を促す。
歩き出そうとする凛に、渚が絞り出すように呟いた。
「……久しぶりね」
「うん、久しぶりだね」
――そうして暫く歩いた二人は、一件のカフェへと入った。
案内された席で店員へと注文する姉を、渚が黙って見守る。
「――それで、話って何?」
店員が下がり、ようやく落ち着いたというところで凛が渚へと話しかける。
今日の話し合いは渚が希望したものであったため、その用件を問うたものであった。
「……仕事はうまくいってるの?」
少しの迷いの後、渚の口から出た言葉。それは世間話程度の近況報告。
本来話したいことではないのは明らかだが、凛は構わず言葉を返した。
「そうね。少し大変だけど、楽しくやってるわ」
「何してるの?」
「シンガーソングライター。こう見えて、そこそこ売れてんのよ」
「そう……」
少し俯き気味に相槌を打つ渚。
その様子を見ながら、凛は渚へと言葉を重ねた。
「渚の方はどうなの? えーと、今十四歳よね。中学二年? 三年?」
「二年よ。別に大したことはないわ」
「ふーん。何か部活とか入ってるの?」
「部活は入ってない……風紀委員をやってるの」
「そーなんだ。渚らしいね」
凛が笑いながら、やってきたカフェオレを飲む。
「お母さんとお父さんは元気?」
続けて尋ねたところで、渚が不思議そうな顔をした。
気になった凛は、その表情の意味を問いかけた。
「どうしたの?」
「いや、二人のこと嫌いだと思ってたから。気にするんだって思って……」
渚の物言いに、思わず苦笑する凛。
「別に嫌いじゃないわよ」
「でも、二人のこと否定してたじゃない」
そう告げる渚の脳内に浮かぶのは、凛が両親と喧嘩別れした時のこと。
あの時凛は両親に対して、間違っていると責め立てていた。
「否定してたのは二人のことじゃないわ」
凛もまた当時のことを思い出したのか、どこか遠い目をしながらも言葉を発する。
「あの二人がどういう風に生きてたって私は構わないのよ。……でもね。二人の生き方は、あくまで二人の生き方。子供に押し付けるものじゃないわ」
言われて渚は思い出す。
――あんたたちの生き方を私に押し付けるな。
凛は確かに、そう言っていた。
「そういうことで、二人とはただ絶望的に意見が合わなかっただけね」
淡々と話す凛。そこに喧嘩別れしたことを後悔するような気配は無い。
意見が違ったのだから仕方ないと、受け入れている様子であった。
「渚はどう思ってるの?」
「私は……」
問われた渚が考えながら、口にする。
「私はやっぱり……今の生き方が正しいと思う。規則を守るのは大事だし、模範的であること、自分を律することは自分の成長のために大切だと思う」
自由に生きる凛は輝いてるようにも見える。
それは今の生き方をしている自分には到底出せない輝きで、憧れにも近い感情を抱いている。
以前は、その輝きに心を乱されていた。自分の生き方を否定されてるように感じ、かえって意固地に自分の生き方に固執していた。
でも……自分の生き方だって、尊敬してくれる人がいることを知った。
規則を遵守する気持ち。正しい行い。
二百年も生きた女の子に、認められるぐらい凄いことなんだって知った。
だからこそ今は、憧れに対抗する気持ちからではなく、本心から自分の生き方を肯定できる。
ゆっくりとだが確実に、渚は自分の考えを告げていった。
それを静かに聞いてた凛は、薄く笑った。
「ふーん、良いんじゃない? 格好良いじゃん」
「……え?」
凛の言葉を予想してなかったのか、驚いた顔を向ける渚。
「どうしたの?」
「だって、お姉ちゃん……お母さんの言葉に縛られるなって」
口に出したのは、凛から言われたこと。
それは渚の生き方を否定するものだと思っていたのに、今の凛は認める発言をした。
なんだ、と凛は笑った。
「私が言いたかったのは、あの二人の押しつけで生きるのはやめろってことよ。あんたが自分で考えて決めた生き方なら、私は応援するわ」
続けて言われたその言葉に、渚は思わず俯いた。
「……何、それ」
様々な感情が渦巻いて、うまく喋ることができない。
それを凛は微笑ましく見つめるのだった。
「――ね、ちなみにさ。その尊敬してくれてるって子、どんな子なの?」
暫くして渚が落ち着きを取り戻すと、二人は色々なことを話し合った。
「どんな……変わった子かな?」
「何それ、どんな子よ」
笑う凛に釣られて渚も笑う。
そうやって、これまで会話してこなかったことを埋めるように、お互いのことを語っていく二人だった。
◇
「渚、うまくいってるかなー」
僕と優太の家。その居間に置いてあるちゃぶ台に突っ伏しながら、下村さんが言う。
この子は何で僕らの家に居るんだろう?
……まぁ、いいか。
下村さんが口にした言葉の意味を考える。
藤堂さんがうまくいってるかどうか、か。
藤堂さんは今、お姉さんと会ってるらしい。
何か藤堂さんが喧嘩したまま別れたお姉さんに対して、ケジメをつけたかったらしい。
でも藤堂さん自身はお姉さんの連絡先を知らなかったから、連絡先を知ってる下村さんに場のセッティングをお願いしたのだとか。
お姉さんってことは、家を出てった人だよね?
前話を聞いた限りだと色々思うところはあったみたいだよね。でも自分から会いたいって思ったってことは、悪いことにはならないんじゃないかな。
「んー、大丈夫じゃないかな?」
「そう思う?」
うん、だって藤堂さんはしっかりしてるし。
迷ってたことも、吹っ切れたみたいだしね。
「さては葉月ちゃん、何か知ってるな?」
「さぁ、どうだろうね」
さすがに内容が内容だから、藤堂さんの断りなしに言うことはできない。
だから僕は適当に誤魔化そうとしたのだけど――。
「こら、言いなさい」
「あはは、ちょっ、まっ」
下村さんに捕まって、もの凄いくすぐられた。
「あははは」
これはまずい。呼吸できな――。
「――何してるの?」
「あ、オクタ。おかえりー……あっ」
ちょうどその時、外に出ていた優太が帰ってきた。
下村さんが優太に気を取られた隙に何とか脱出した僕は、帰ってきたばかりの優太の傍に逃げた。
そんな僕を見て、下村さんが残念そうな顔をする。
「あーあ、逃げられちゃった」
「ごめんね、何があったかはちょっと言えないや」
「え? 何の話だっけ?」
えー、忘れちゃってるじゃん。
さてはこの子、僕をいじめることに熱中しすぎて、元々何の話してたか忘れたな。
「よく分かんないけど、二人とも落ち着いてね」
優太に促されてちゃぶ台の前に戻る。
何か釈然としないなー。
三人でちゃぶ台を囲む。いつものごとく優太は僕の膝の上だ。
下村さんが優太に話しかけた。
「あの二人の様子はどうだったの?」
「とりあえず、命に別状はないよ。怪我が治るまでは入院だけどね」
二人というのは、組織の二人組のことだ。
神前さんとヴィクターさん。二人とも僕らとの戦いで大怪我を負ったからね。
優太もあの場ではあまり治療してあげてなかったから、大事には至ってないみたいで良かったよ。
特にヴィクターさんの方は死んでたら、藤堂さんが人殺しになっちゃってたからね。
「じゃあ、色々と話聞くのも退院後だね」
「そうだね。まさか誰に聞かれるかも分からない病院で話をする訳にもいかないしね」
彼らは何者なのか。組織の規模や目的は何か。
それはこれから確認していくことになる。
あまり知りたくもないんだけど、そうも言ってられない。
下村さんと藤堂さんの安全を確保するためにも、情報はしっかり集めていかなきゃいけない。
僕は嫌な予感を覚えながらも、今は無事に済んだことを素直に喜んだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
これで二章が完結となります。
次からは幕間の話を数話挟んだ後、三章へと入ります。




