20 藤堂渚の想い
時は葉月が、狼型のロボットに連れ去られたころまで遡る。
工場構内にて、ロングコートの外国人とスーツの男へ不意打ちを仕掛けた下村朝陽と藤堂渚。
不意を突いた一撃自体は当たらなかったものの二人を引き離すことには成功し、続けてオクタがロングコートの男を影移動させようと迫った。しかし、突然の乱入者によって葉月が連れ去られてしまった。
「葉月!」
「お姉ちゃん!?」
動揺したオクタと渚が動きを止め、葉月が連れていかれた方を見る。
数拍の間を置いて、朝陽が叫んだ。
「オクタ、行って!」
敵は葉月を連れて凄い速さでこの場を離れていく。渚や朝陽では追いつけるか分からないし、そもそも二人組が追いかけさせてくれるか分からない。
けど、オクタなら影移動で邪魔されずに追いかけることができる。葉月を追うなら、オクタ以外あり得ないという朝陽の判断であった。
そんな朝陽の言葉に、迷いを見せるオクタ。
そこへ、渚も言葉を放つ。
「こっちは私達で何とかするから!」
その言葉に背中を押されるように、オクタが動き出した。
その狙いはロングコートの男であった。影移動で葉月を追うにせよ、せめて二人組を分断する作戦までは遂行しようという動きだ。
元々はオクタがロングコートの男を、朝陽、渚、葉月の三人がスーツの男を相手にする予定であった。
それがオクタと葉月の二人でロングコートの男を、朝陽と渚の二人でスーツの男を相手にするという状況に変わるだけ。それならば、作戦の大筋は変わらない。
そんな思いでロングコートの男へと距離を詰める。――が、葉月が連れ去られた際に、動きを止めてしまったのが大きかった。
体勢を整え直していたスーツの男が、オクタとロングコートの男の間に割って入った。
「くっ――」
こうなっては、ロングコートの男を連れていくことはできない。
そう判断したオクタは、スーツの男の方を連れて影移動したのだった。
「――消えた? いや移動したのか。空間跳躍、あるいは……」
目の前で起きた現象に目を見張り、ロングコートの男がぶつぶつと何かを唱える。
一人となった男から距離を置いて、朝陽と渚が並び立った。
「……役割、変わっちゃったわね」
「だね。……まあ、二人を相手にするよりはいいっしょ」
肩を竦める朝陽に、それもそうかと頷く渚。
「あいつの……ドローンだっけ? 何とかできると思う?」
「……こうなったら、何とかしなきゃしょうがないでしょ」
「まあそうだよね。ふぅ……いっちょ頑張りますか」
そう言うと、朝陽と渚はそれぞれにローラーとハンマーを構える。
対するロングコートの男も、二人を見据える。
「動きからして、元から僕達を分断する予定だったみたいだな。引き離せば勝てるという算段か……良いだろう、お前らの力を見せてみろ」
言うや、ロングコートの男が両腕を水平に上げた。
以前の邂逅時と同じように、幅広の袖口から大量のドローンが展開される。
それを見た朝陽と渚が同時に飛び出す。
左右に別れて、弧を描くように男へと迫る。
朝陽がローラーを、渚がハンマーを振りかざした。
それに呼応するように男の周囲に待機していたドローンが発光、ドローン同士が光で繋がり、男を覆うようにドーム型の壁が形成される。
朝陽がローラーを振り、魔法の雫を飛ばす。
散弾のように男へと殺到するが、大した効果もなく壁に阻まれた。
続けて反対側から渚がハンマーを振り、光の壁へと打ち込む。
火花が散るも、びくともしない壁。渚は構わずに、ハンマーを繰り返し打ち込んでいく。
――と、三撃目の打ち込みで光の壁に歪みが生じた。
「――っ!」
手応えを感じた渚が更に追撃を入れようとしたところで、ドローンが動いた。
男の周囲に広がるように展開していた一部のそれがドームの形を崩し、ハンマーで狙ってる位置へと集中する。多くのドローンが集まったことで、部分的により強固な光の壁を形成される。
加えてハンマーがぶつかった瞬間、ドローンの群体がハンマーを押しのけるように、渚の方へと動いた。
その二つの動きによって、渚のハンマーが大きく弾かれた。
渚が体勢を崩したところへ、ドローンが更に動く。
光の壁を形作ったまま、渚に向かって前進。壁で押し出すように渚の身体を突き飛ばした。
「うっ」
小さく呻く渚を尻目に、男は続けてドローンを背後へと移動させる。
渚に集中しているのを利用して反対側から距離を詰めていた朝陽は、ドローン群体が自分に反応したのを見て足を止めた。
そのまま自分に向かって光の壁が迫ってくると、慌てて後方へと跳躍。距離を取ると、男を中心として弧を描くように移動し、渚のもとへと駆けつけた。
「大丈夫?」
「……何とかね」
朝陽の問いかけに答えながら、起き上がる渚。
男の周囲を漂うドローンを睨みつけながら、朝陽へと話しかけた。
「あんたの攻撃、何とかできそう?」
「ううん、あまり効果なさそう。渚は?」
「……力押しなら何とかなるかも」
「ほんと!?」
驚きの声をあげる朝陽に頷く渚。
渚が連続で殴りつけることで、光の壁に歪みが生じていた。
あの壁は絶対的な障壁ではない。力で上回れば破壊することができる。
どうしようもない訳ではないことが分かり、朝陽のテンションが上がる。
「じゃあ私がフォローに回るから、任せるね」
「……分かった」
作戦が決まり、再び前へと踏み出そうとした時。二人の機先を制するように、ドローンが動き出した。
薄く広がるように散開し、二人の周囲を囲うように浮かぶ。
それらが光で繋がり、巨大な光のドームが形成される。
ドームの内側に閉じ込められた二人が身構える中、ドローン全体が二人に向かって距離を縮めてきた。
ドローンの動きに合わせて、二人を中心にドームが小さくなっていき、圧縮するように壁が二人へと迫る。
「くっそ!?」
朝陽がローラーを回転させて、二人の周りにカラフルな帯を展開した。
迫りくる光の壁が帯によって、せき止められる。
一瞬の硬直を利用して、渚がハンマーを振った。
カラフルな帯ごと光の壁へと叩きつける。
ドローンが薄く展開してたことで、先程よりも密度が薄くなっていた壁が崩壊した。
その隙間を抜けて、二人はドローンの包囲網から何とか脱出する。
――しかし、それは男に読まれてた。
いつの間にか陣形を変えていたドローンが、数体で一組の群体を作る。そのそれぞれが円錐を横に倒したような陣形で発光し、光の槍を形成した。
空中に作られた複数の光の槍が、一斉に二人に向かって突撃した。
「くっ!」
朝陽がローラーを振りカラフルな帯の壁を形成する。が、咄嗟のことであり渚まで庇うに至らず、自身に飛来したもののみを防ぐ形となる。
渚もハンマーで応戦するが、小回りの利かないハンマーでは全てのドローン群に対処しきれず被弾してしまった。
「あぅっ」
弾かれて倒れたところへ、更にドローン群が追撃をかけた。
「危ない!!」
その言葉と共に朝陽が、渚とドローンの間に割って入った。
ローラーによる防御も間に合わず、光の槍の直撃を受けた朝陽が渚の横に倒れ込む。
「なっ、あんた! ……何やってんのよ!」
思わず声を荒げる渚に、顔を顰めた朝陽が言葉を返した。
「っ……勢い、だよ」
「ふざけないで!」
「ふざけて、ない!」
お互いに倒れた状態で言い合いを始める。
「助けただけで、そんな言うことなくない!?」
「あんたが勝手するからじゃない!」
「勝手って……助けるも助けないも私の自由じゃん!」
朝陽の言葉に、歯噛みする渚。
ゆっくりと起き上がり、いつの間にか二人を囲うように展開していたドローンへと顔を向ける。
いまだ起き上がることができない朝陽の前に立ち、ハンマーを構えた。
「やっぱりあんたは気に食わない……」
思わず漏れ出た呟きは朝陽への感情。
姉に似てる彼女。
好き勝手に生きてて。規則も破って。でもそれも人を助けるためで。
そうやって、気づいたら周りからも認められてて。
――何よそれ。そんなの真面目に生きる私が馬鹿みたいじゃない。
自身が抱く感情のままに、ドローンに向かってハンマーを振る。
しかし、広く展開するドローンに対して、一人で戦うのは無謀であった。
正面に向かってハンマーを振れば、背後からドローンに攻められ。背後へと振り返れば、今度は正面に居たドローンが攻めてくる。
全方位から攻めることができるドローンに対し、ハンマー一本しか持たない渚はどこまでも無力であった。
「つっ……」
ドローンの攻撃を喰らい、よろめきながらも渚は葉月の言葉を思い出す。
相手のことを理解しようとする。
その姿勢でもって朝陽のことを考えてみると理解できる。自分は彼女に、姉のように自由に生きる朝陽に嫉妬している。
「渚! 私のことはいいから、いったん逃げて!」
「……うっさいわね! 黙ってなさいよ!」
起き上がろうと体を起こしながらも訴えかけてきた朝陽に、怒鳴り返す。
――私はあんたみたいには生きられない。
どれだけ考えても、やっぱり両親の生き方が間違えてるとは思えない。正しいと思ってる自分の生き方は変えられない。
でも……。
葉月の言葉を思い出す。
私にだって尊敬されるものがある。
規則を遵守する気持ち。正しいと思えることを、真っ直ぐに実行すること。
それは……二百年生きた女の子に認められるぐらいのもの。
それは……人生経験豊富な彼女にさえ、できないこと。
自由に生きられる人は羨ましい。
でも、それは自分が歩むべき生き方じゃない。
尊敬する親から教わったまっすぐな生き方。
それが……私の道だ!
渚が心の中で宣言した瞬間――その想いが渚に変化をもたらした。
渚の身体を中心として光が生まれる。
それまで渚を苦しめていたドローンが、渚を包む光に弾かれた。
「何だ?」
見たこともない事象に、ロングコートの男が攻撃を中断して観察する。
――彼は当然知らない。
それは、かつて水の宝玉を手にした時に起こった光と同じもの。渚が強く意志を持ったことで発現した、想いの力の塊。
今の渚は、かつての時よりもなお一層、凛々しく、眩く、光っていた。
やがて光が収まり、中から渚が姿を現す。
「……渚?」
その姿を見た朝陽が呆然と呟く。
そこに居たのはいつもの青いアイドル衣装の渚ではなかった。
身に纏っていたのは白を基調としながらも、裾や袖に黒のラインが走り法服を彷彿ともさせるようなガウン。凛とした清廉さを表現するように、シックな飾り付けが施された衣装。
迷いを断ち切り、想いの強さを軸に覚醒した渚の姿がそこにはあった。




