19 身を挺した動きって、あまり好まれないよね
僕は狼型のロボットに腕を噛みつかれながら、引っ張られていた。
引きずられるようにして皆がいる工場構内から離れていく。
……まずいっ。このままだと、皆の元へ戻れなくなる。
「こんのっ……!」
自由な方の腕で狼の顔面を殴ってみるも、びくともしない。
むしろ手が痛いだけだった。
駄目だ。狼の姿をしてるとはいえ、ロボットだからこんなんじゃ怯んでくれさえしない。
もっと、効果のあるやり方を――。
咄嗟に浮かんだのは、ロングコートの男の言葉だった。
「モード……アドミニストレータっ」
瞬間――腕が解放された。一瞬の浮遊感の後、激しい衝撃がくる。
走ってる乗り物から振り落とされた感じだ。めちゃくちゃ痛い。
体を起こして、自分の状態を確認する。
噛まれた腕は血だらけ。これはすぐ治るから問題ない。骨折とかは……してなさそうだ。
起き上がって周囲を見渡す。ここは……工場からは少し離れた空地だね。
ロボットはその場で静止して、こっちを見てる。
良かった。あの言葉、やっぱりロボットを制御するための言葉だったんだ。
てことはあの人達、優太のことを地下施設で作られたロボットだと疑ってたってことかな?
狼型のロボットも何だかんだ回収してたし、放棄されたロボットの回収が仕事だったのかも。それでロボットと疑ってた優太にも固執した……。
……いや、考えるのは後にしよう。今は皆のもとに戻らないと。
このロボットは……このまま放置でも良いかな?
そう思って、工場跡地へと戻ろうとしたところで、幾つもの影が伸びてロボットを貫いた。
その場にロボットが崩れ落ちる。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「優太!」
続けて、優太が飛びついてきた。
もしかしなくても、僕を助けにきたんだよね。
優太がここに居るってことは、向こうはどうなったの?
「何とかね。助けてくれてありがと。ねぇ。あっちは――」
「マジかよ、瞬間移動? こんなん、聞いたことねーぞ」
向こうの状況を問おうとした所で、別の声が降ってきた。
声の方へ振り向くと、そこにはスーツの男がいた。
「これは……」
「ごめん。色々失敗した」
そう言った優太が手短に説明してくれた。
僕が連れ去られた後、下村さんが優太に僕を追うよう伝えたらしい。優太はせめてロングコートの男を一緒に連れていこうとしたのだけど、優太達が動揺してる間に体勢を整えてたスーツの男が割って入ってきたせいで、ロングコートじゃなくスーツの男を連れてくることになってしまったのだと。
そっか……作戦通りにいかなかったか。
まぁそれでも、彼ら二人を分断はできてるから最悪な状況じゃないはずだ。
向こうの二人は大丈夫かな。
一応、ロングコートの男の兵器であるドローンの情報は二人には伝えてあるけど……。
僕らのやり取りを聞いてたのか、スーツの男が感心したように言葉を発した。
「なるほどね。こうやって俺らを分断することがお前らの狙いだったわけだ。最初にお前が逃げたのも、演技だったってことね」
「そんなことはないよ。買いかぶり過ぎじゃないかな?」
スーツの男が鼻で笑う。
「はっ。ほんと、発言が子供っぽくねぇな。実は歳、誤魔化してんじゃねぇのか?」
「そうかな? 大人っぽく見えるなら大歓迎だけどね」
「冗談に決まってんだろ。お前さんはどう見てもガキだよ」
ため息を吐きがなら、男がチェーンの繋がった短刀を構える。
向こうはやる気になってるみたいだ。
それでも――。
「ねぇ、もう一度話し合えないかな?」
「話し合い?」
「お姉ちゃん?」
スーツの男と、優太の二人から怪訝な顔をされた。
「僕達はあの施設で作られたロボットとは無関係なんだ。もし、その辺で僕らのことを疑ってるなら、誤解を解きたいなって思って」
この人達と戦うつもりではいたけど、戦わずに済むならそれに越したことはない。
この人は元々やる気なさそうだったし、話し合いの余地がないかを尋ねたのだけど……。
「あぁ……悪いけど、そいつは無理じゃねぇかな。うちの大将は、そっちの兎の正体に興味津々だ。誤解だろうと、誤解じゃなかろうと、兎を解剖するまでは満足しないと思うぜ」
スーツの男が、優太を指差しながら言う。
ダメか……解剖するなんてことは流石に受け入れられない。
話してる感じ、この人はそこまで優太に執心してる訳じゃなさそうだけど、たぶんロングコートの外国人の方が立場は上なんだろう。
あとこの人今、優太を指差しながら兎って話してたよね?
優太、認識阻害の魔法は使って無いんだね。……いや、僕の所へ影移動してくる際に、この人に触ったから魔法が解けたのか。
話し合いが決裂したところで、男が突っ込んできた。
優太が応戦するために、影を伸ばして男を狙う。
男は短刀とチェーンを巧みに操って、影を弾いた。
「固っ!?」
優太が驚いた声を上げる。
そのまま迫ってきた男が短刀を振りかぶった。
僕は手元の何もないところから、銅貨を出現させると男へと投げつけた。
男は空いてる方の手で、事もなげに銅貨を弾く。そのまま一拍遅れて、僕に向かって短刀を振り下ろしてくる。
けど、一瞬できた時間の間に、優太が影で僕を引っ張ってくれていた。
優太に引っ張られて僕の身体が水平に移動し、男の短刀が空振る。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん。ありがとうね、優太」
優太と一緒に、男から距離を取り、仕切り直しの体勢になる。
「あのチェーン、異様に固かった。僕の影で斬るとかは無理そう」
「あの人には銅貨は投げつけられるまで見えてなかったはずだけど、簡単に防がれちゃったよ。反射神経が凄く良いのかもしれない」
今のやり取りの中で得た情報を手短に伝え合う。
男は男で、こっちを冷静に見据えていて不気味な感じがする。
「……厄介なのから先に潰すか」
言うや、男が短刀を投げた――はやっ!?
目を見張った瞬間、横から押されて体勢を崩す。
よろめいた僕と優太の間を、飛来した短刀が抜けていく。
優太が影で僕を押してくれたのだと、理解した。
前へ目を向けると、短刀を避けるために左右に別れた形になった僕達目掛けて、男が再び突っ込んできていた。
狙いは――。
「――優太!」
優太も僕のフォローをしていたせいで体勢を崩している。
僕は倒れ込みながらも、ワイヤーを投げた。
ワイヤーを手繰って先についた錘を、僕と優太の間に浮かぶチェーンに絡みつかせる。
地面に倒れこみながら、チェーンを全力で引っ張った。
同じく、チェーンを手繰って短刀を手元に引き寄せようとしていた男が、煩わしそうな顔をした。
男がチェーンを、僕がワイヤーを引っ張り綱引きの状態になる。
力で男に勝てる訳がないけど、僕は倒れ込んでる状態だ。
さすがに、子供一人を即座に手元に引き寄せるだけの力は無いようで、男に一瞬の硬直が生まれた。
その間に、優太が体勢を立て直した。
優太が操る複数の影が、男へと繰り出される。
男はチェーンの部分だけで、優太の影に応戦した。
影とチェーンがぶつかり、鈍い音が鳴る。
何度か打ち合ったところで、男が影をしのぎながら僕の方へと距離を詰めてきた。
――あ、これはヤバいかも。
反射で顔面を庇ったところで、お腹に衝撃がきた。
勢いのままに体が転がる。
うげ……吐きそう。
「お姉ちゃん!」
すぐ傍で優太の声が聞こえる。
「げほっ。だい、じょうぶ」
言いながら体を起こす。
見ると、男は再び短刀を手にした状態でこっちを見ていた。
僕が吹っ飛んだ際にワイヤーは手放してしまってた。男が自由になったチェーンを手繰って、絡まってたワイヤーも取っ払っちゃったみたいだ。
男がため息を吐きながら、呟いた。
「惜しかったんだがなぁ。お互いにフォローが上手いな」
「子供を蹴るなんて、虐待じゃない?」
「加減はしたさ。内臓が破裂してないだけ、ありがたく思えって」
何でもなさそうに男が言う。
……やっぱり、この人も危険だね。短刀を振り下ろしてきた時といい、さっきといい、たとえ相手が見た目子供の僕でも、傷つけるのを躊躇ってない。
必要なら本気で相手を傷つけられる人なんだろう。
……いいよ。あなたが嫌な大人だっていうなら、ちょっと酷いことしても良心が痛まないから。
僕は起き上がると、すぐ隣に居る優太へ小声で話しかけた。
「……優太。僕があの人の隙を作るよ。そしたら僕を壁にして狙ってくれる?」
その短い言葉で、優太は僕がやろうとしてることを理解してくれたみたいで、少し迷った様子を見せてから頷いてくれた。
「……分かった。狙う時には合図するから、うまく避けてね」
「うん、任せて」
僕も優太に向かって頷くと、前に出る。
その動きを見た男が笑った。
「お? 何か見せてくれんの?」
何だか、楽しそうだ。
僕には理解できないけど、戦いを楽しむタイプの人間なんだろうね。
「見せても良いけど、お金取るよ」
「内容によっちゃ、払ってやるよ」
「ほんと? 約束だよ」
軽口を言い合いながら、男に向かって歩く。
歩きながら布を取り出す。男の注意が僕と布に向かってることを確認しながら距離を詰める。
布を掲げて、取っ払う。
何も無かったところから、ステッキを出現させる手品。
取り出したステッキは、手品で使う折り畳み式の小道具だ。こんな、戦いで使えるものじゃない。
とはいえ男からしたら、ただの小道具をこの状況で取り出すなんて思わないはずだ。
いかにもな感じにステッキを素振りしてやれば、男は何かあると勘違いしてくれたのか、警戒した様子を見せた。
踏み込むだけで相手に届く距離まできた。
警戒はしてるものの、僕をたいした脅威には思っていないのだろう。こんな距離まで近づいても、男は優太への警戒も怠っていないことが分かる。
優太への警戒を逸らすために、注意を僕に向けさせないといけない。
僕は、男の顔面に向けて、おもむろにステッキを突出した。
男が短刀を振るうと、ステッキはその途中で簡単に斬られた。ステッキはまた買い直しだね……仕方ない。
ステッキの斬れたところから白い粉が巻き上がる。内部に仕込まれてた、手品用の白粉。
本来は別の方法で取出すその粉が、ステッキを斬られたことで一気に宙に撒かれる。
空中に撒かれた粉塵を、警戒した男が体を引いて避けた。
逆に僕は一歩踏み込んで、粉塵をくぐる。
僕が粉塵に紛れて何かを仕掛ける。
そう思わせるために、先程も使った布を構える。
――今だ。
「お姉ちゃん!」
優太が避けるように促してきた。
その言葉に男が身構えたのが分かる。
若干後ろ寄りになったのを確認した僕は、男の視線を隠すように布を掲げる――が、瞬間的に払われる。
そりゃそういう反応するよね。
でも……。
「ぐっ、てめ……」
「ダメだよ、よそ見しちゃ」
男に突き刺ささる幾つもの影。
それは僕の背後から優太が放ち、僕の身体を貫いて男へと刺さっていた。
「お姉ちゃん!」
「放しちゃダメだよ優太。まずはこの人を無力化して、それからだよ」
首だけ捻って優太へと告げる。
少しの間の後、僕の左右から新たな影が伸びてきて、男の両腕を刺しながら絡めとった。
とっても痛そうだ……まぁ、今の僕の状況も痛そうに見えるだろうけどね。
男が短刀を落とした。腕を刺されて、絡めとられて。手に持ってる余裕が無くなったんだろうね。
続いて僕ごと貫いてた影が引き抜かれた。
身体を影がぬるりと動く感触。気持ち悪いけど、我慢だ。
全部引き抜かれて身体が自由になる。
痛みもあって、思わず膝を着いた。
「お姉ちゃん!」
「大丈夫だよ。ごめんね、避けなくて」
近寄ってきた優太に謝る。
この人は反射神経が凄く良い。工場では僕らの不意打ちにすぐ気づいたし、先ほどまでの攻防でもそれは良くわかった。
そんな人の前で僕が避けたら、この人にも反応されちゃうと思ったんだよね。
だから、僕自身が目くらましになった。
けど、優太にとってはショックだったのかも。
表情は読めないけど、ちょっと泣きそうかな?
ごめんね。後でいっぱい甘えさせてあげるから。
「相打ちかよ。まさか味方を犠牲にできるとはな。読み違えたわ」
男が呻くように言った。
「相打ちじゃないんだけどね」
「……どういう意味だ?」
「さぁ、どういう意味だろうね」
僕が不老不死なことを、この人に言う必要は無い。
それより早くこの人との契約を済ませてもらって、下村さん達のところへ行かないと。
「優太……やれる?」
「……うん」
声を震わせながらも、優太が頷いた。
そうして、男の方へと進み出る。
「……君には選択肢がある。一つはこのまま僕に殺されること。……そして、もう一つは僕と契約することだ」
「契約だと?」
「そう、契約だよ。君は僕達との約束を守る。その代わりに君は僕の力を得る。……まぁ、力を得ても君には使うことはできなさそうだけど」
優太の言葉に察した。
この人は僕と同じで願いや想いの力が強くは無いんだね。
「約束を守らねーとどうなるんだ?」
「死ぬよ」
「お前が殺すのか?」
「いいや、これは契約による縛りだよ。僕が殺すんじゃなく、契約の力が君を殺す」
「それがお前の力ってわけか……ちなみに約束ってのは?」
この人、かなり聞き分けが良いね。
契約のことは信じてもらえなかったらどうしようと思ってたんだけど、意外にも信じてくれそうだ。
そんな感想を抱く中、優太が約束事を語っていく。
今後、僕らに敵対しないこと。
仲間へ情報を漏らさないこと。
僕らが君達の仲間や、それに類する者に狙われた場合、僕達を助けること。
一通り話し終えたところで、男が疑問を口にした。
「……要するにお前らの仲間になれってことか?」
「別に普段は君の組織に戻ってもらっててもいいよ。ただ、何かあった時に協力してくれればいい」
優太の言葉を受けて、男が考える仕草を見せた。
やがて、ため息を吐くと僕らに向かって頷いた。
「……分かったよ。条件を呑もう」
「ほんとに?」
「何だよ、疑ってんのか?」
そりゃ、そんなにあっさり頷かれたらね。
「別に組織に忠誠を誓ってる訳じゃねーしな。内容に大きなデメリットもねーし、まぁいいんじゃね?」
軽いね。
そんなんで良いのかな。こういうのって、組織を裏切ったら死の制裁が待ってる、とか言って結局こちらの提案を受け入れない。みたいな展開があるかと思ったんだけど……映画の見過ぎかな?
「オーケー、じゃあ契約だ」
優太がそう言うと、手を男の額に当てた。
すると優太と男の接触してるところから光が生まれた。
それはものの数秒で収まり、その後優太が手を離した。
「これで、契約は成った。以降、約束を違えれば死ぬから、気をつけてね」
「あいよ。俺は神前迅だ。よろしくな」
やっぱり、軽いねこの人――神崎さんは。
まあでも契約を結んだことで、襲われる心配はもう無くなった。少し安心だね。
優太が影をしまって、男の拘束を外した。
「神崎さん、救急車は呼べる?」
「ん? あぁ、大丈夫だ」
「オッケー、そしたら病院には自分で連絡して行ってね。……優太、早く二人のもとへ行こう」
「ちょっ、待てよ」
神崎さんが慌てたように、僕に話しかけてきた。
「どうしたの?」
「どうしたのって……お前も怪我してたろ。病院に行くなら一緒にだ」
「あぁ、そういうこと」
確かに、神崎さんからしたら僕も串刺しにされた仲間だもんね。
でも残念、僕の怪我はもう治ってるんだよね。
僕は立ち上がると、元気な様子を彼に見せた。
僕を見た神崎さんが目を丸くさせた。
「何もんだよお前……」
「ただの手品師だよ」
言い残すと、僕は優太と一緒に影移動で二人の元へと向かった。




