18 手に汗握る本番だ
下村朝陽は、藤堂渚とオクタの二人と共に、静かに待機していた。
待っているのは葉月からの、作戦開始を告げる連絡だ。
二人組の男達との戦闘が迫る中、最初こそ緊張していた朝陽であった。
しかし、ただ待っているだけというのは退屈であり、何も起こらない中で緊張感を保つことは難しく、次第に思考は目の前の作戦から逸れていく。
そうなると、彼女の興味は自分の隣で待機する少女へと移った。
「ね、渚。何があったの?」
朝陽は興味津々に渚へと話しかけた。
当の渚は、朝陽を一瞥すると直ぐに視線を逸らす。
「何がよ」
「んー、いやさ。ちょっと前まで調子悪そうだったじゃん」
その言葉で、朝陽が何について問うてるかを理解した渚。
少し決まり悪げに、朝陽の問いに答えた。
「別に……たいしたことじゃ無いわよ」
そんなはずは無いだろうと、朝陽は内心で突っ込んだ。
姉である凛と会ってから調子が悪くなり、その頂点に達したのが、先日のスーツの男とやり合った時。
あの日、渚はヒステリック気味になっており、どうすれば良いのか分からなかった朝陽は途方に暮れたのだ。
それなのにだ。翌日に葉月の家に集まった時には、渚は落ち着きを見せていた。
一晩経って、落ち着いたというのであろうか?
それは考えにくかった。
睡眠を取るだけで落ち着けるなら、あそこまで渚が不調となるはずがない。
渚が調子を取り戻すきっかけとなる、何かがあったのだ。
おそらくその何かは、葉月が合流した時にあったのだと推測した朝陽であったが、何があったかまでは分からない。
しかし気になっていたことから、こうして本人に直接問う形になったのであった。
「別に……色々とあったのよ」
「色々と、ねぇ」
濁すように語る渚。
その様子を見て、朝陽は考えた。
葉月と話をして、気分転換になった。とかであれば、色々と、とは言わない気がする。
渚の性格からして、他人に相談事をするようにも見えない。
であれば、葉月と会っていたこと以外にも、何かがあったのではないか。
実際には渚は、葉月に胸の内を吐露していたのだが、そこに考えが及ばなかった朝陽は、明後日の方向に思考を走らせていた。
結果、何気なく呟いた一言で地雷を踏むことになる。
「もしかして、凛さんと会ったとか?」
「……は? あんた、お姉ちゃんから何か聞いたの?」
剣吞な目で朝陽を睨む渚。
その目を見た瞬間、朝陽は自分が失言したことに気づいた。
「あ、いや。そういう訳じゃ」
「じゃあ、どういう訳なのよ」
渚に詰め寄られて、たじたじとなる朝陽。
その時、ずっと横に待機してたオクタが二人へと声をかけた。
「二人とも、今は喧嘩してる場合じゃないよ。お姉ちゃんからの合図で、すぐ動けるようにね」
窘めるように告げられたその言葉に、二人は現在の状況を思い出した。
「……ごめんなさい」
「ごめん、オクタ」
オクタへ謝ると、二人とも再び静かになった。
静寂の中、待つこと暫し。次に言葉を発したのは渚だった。
「……朝陽」
「何?」
「何を聞いたか、後で話してもらうから」
「……はい」
観念した朝陽は、そう答えるのでやっとだった。
作戦の開始が刻一刻と迫る中、その先のことを思い憂鬱になる朝陽であった。
◇
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
マジックカフェでパフォーマンスを行った後、僕はカウンターでいつものようにご飯を食べていた。
「今日はありがとうね。久しぶりに会えて良かったよ」
「すみません。ちょっと最近、色々と忙しくて」
マスターの言葉に、しばらく来れてなかったことを謝る。
忙しかったのは事実だし、カフェに来ている場合ではない事情があったのだけど、それはマスターにとっては関係ないことだからね。
「いいのよ。来る、来ないは葉月ちゃんの自由だから気にしないでね。……あぁ、でも来てくれたら、私もお客さんも嬉しいってことは覚えておいて欲しいかな」
「……ありがとうございます」
マスターの言葉が心に沁みる。
以前までなら、そういうのは重荷に感じてたはずだったんだけどね。僕も少し変わったのかな。
「――そうそう、大善寺さんって覚えてる?」
感慨にふけっていると、マスターからそんなことを聞かれた。
大善寺さんって……前に共演させてもらったプロのマジシャンだよね?
「はい、覚えてます。古典マジックが得意な……」
「そう、その人。その人がね、葉月ちゃんに用があるらしいの」
用って何だろう……。
また共演のお誘いとかかな? だったら、僕としては歓迎だ。
まあそうじゃなくても、今抱えてる問題さえ解決したら、会うのは別に問題無いんだけどね。
「分かりました。今ちょっと忙しいんですけど、それが解決したら時間ができるはずなので……そしたら大善寺さんのお話も聞けると思います」
「葉月ちゃん、相変わらず大人っぽい言い方するね……」
構わないと伝えると、マスターに苦笑された。
実際僕は大人なんだけどね。……見た目は幼いから、まあ仕方ないか。
「全部解決したら、また定期的にカフェにお邪魔するので、その時にお会いできたらです」
「分かったよ、ありがとう。大善寺さんにはそう伝えておくね」
その後、ご飯を食べ終えて店を出る時に、マスターが頑張って、と励ましてくれた。
……うん、頑張ろう。
決意も新たに、お店を出てから歩き出す。
夕日が射す中、住宅街の通りを歩いていると、前方に人影が立ち塞がった。
人影の顔を見て、身体を強張らせたかのように立ち止まる。
その人影は――ロングコートの外国人だった。
後ろを振り返ると、スーツの男がいつの間にか立っていた。逃げ道を塞がれた形だ。
正面へと向き直ると、僕は緊張した声で、ロングコートの外国人に向かって話しかけた。
「――どうやって僕を見つけたの?」
「教えると思うか?」
「うーん。教えては……くれなさそうだね」
すげない返事にため息を吐く。
「僕、今から家に帰るところだったんだけど」
「家か。そこに他の仲間もいるなら、ついて行っても構わんが……」
ロングコートの外国人が、相変わらず観察するように僕を見る。
「ひとまずお前は拘束させてもらう」
まあ、そうなるよね。とはいえ、素直に捕まるわけにはいかない。
僕はワイヤーを取り出すと、先端に取り付けてある鉤状の錘を横の塀の上に向かって投げた。
鉤が塀の頂点に引っ掛かけると同時に、それを手繰りながら壁をよじ登る。
いつの間にか迫ってきてたスーツの男の手が、僕の足を掠めたのを感じた――危なっ!
そのまま塀の上を走って、僕はその場から逃げ出した。
途中で後ろの様子を窺い、スーツの男やドローンがついてきてるのを確認してから、スマホで連絡を送る。
すると、ものの数秒で合図の返信が来た。
――よし、準備は万端だ。
彼らに顔バレしてるのに、わざわざカフェでマジックをしてたのは、もちろんわざとだ。
僕が囮になって、彼らを釣り出す。
そこから逃げて、追ってくるだろう彼らを目的地まで連れていく。そこで待機してる皆が、不意打ちをしてくれる手筈だ。
そうやって隙を突いたら、オクタがロングコートの外国人を影移動で別の場所に連れて行って、スーツの男から引き離す。
オクタが外国人の相手をしてる間に僕ら三人でスーツの男を捕まえて、直ぐにオクタの助けに向かう。
これが僕らの立てた作戦だ。
これを成功させるためにも、僕が彼らを上手く引き付けないといけない。
そのために逃げる準備はバッチリしてきた。
タネも仕掛けも万端な状態だからね。それなりにやれるはずだ。
ワイヤーを使って空中軌道を描いたり。瞬間移動に見えるような動作をしたり。様々な手段を全力で駆使して、僕は逃走した。
途中、何度かロングコートの外国人に先回りされてヒヤリとしたけど、何とか付かず離れずの距離を保って、作戦のポイントまでやってきた。
そこは放棄された工場。最初に二人組と遭遇した場所だ。
今はまだ日が出ているので、構内は前回よりも明るかった。
壁際で、追い詰められた感じを出しながら、二人組へと振り返る。
「……しつこいなぁ。しつこい男は嫌われるよ?」
「そいつは違ぇな。頭に『興味を持たれてない』ってのを付けとけよ」
……それは確かにそうかも。
好意を持ってる相手だったら、しつこくされるのは逆に嬉しいって人もいるかもね。
でも――。
「僕は君達に興味なんか持ってないけどね」
「あー、それもそうだな。悪ぃ、俺が間違ってたわ」
楽しそうにスーツの男が返す。
この人、案外僕との会話を楽しんでない?
胡乱げな目で男を見てると、外国人の方が口を開いた。
「……ここの仕掛けは回収したし、今回は前みたいな目眩しは使えない。観念しろ」
言われて周囲を見る。
そういえば、ここにワイヤーとか置きっぱなしにしてたっけ。
彼らに出くわす可能性もあったし、回収には来れなかったんだよね。
彼らが後から回収してたのなら、やっぱり来なくて正解だったね。
彼らは、僕にもう逃げ場が無いって思ってくれてるみたいだし、このまま演技続行だね。
僕は頭を横に振った。
「……僕、痛いのは嫌なんだけど」
「それは保証できん」
ロングコートの外国人の言葉に嫌な顔をする。
スーツの男が腰に下げたポーチからチェーンを引き出した。
それで僕のことを拘束するつもりみたいだ。チェーンを手に持ったまま、近づいてくる。
外国人とスーツの男との間に距離が空いた――今!
「――上だ!」
瞬間、スーツの男が叫び、それに反応した外国人が横に跳んだ。
一瞬遅れて、外国人が元いた位置に、藤堂さんのハンマーが叩きつけられる。
「外れた!?」
藤堂さんが動揺した声を出す。
そこへ更に影が降る。
一拍遅れて飛び込んだ下村さんが、スーツの男へとローラーを振り下ろす。
が、これも寸前で気付かれ避けられた。
「くそっ」
作戦が失敗したとばかりに顔を顰める下村さん。
……二人とも、演技がうまいね。
二人の攻撃は避けられたものの、外国人とスーツの男の距離が更に離れる。
その隙を突いて、優太が上空から外国人へと迫る。
外国人は藤堂さんの攻撃を避けたばっかで体勢を崩してるし、スーツの男は下村さんが邪魔していて直ぐには駆けつけられない。
成功を確信した矢先、視界の端に影が動くのが見えた。
何――。
「うあっ!?」
何かにぶつかられ、衝撃を受ける。
続けて腕に痛みが走り、同時に体ごと引っ張られた。
訳も分からないまま体が宙に浮き、その場から凄い速さで離れていく。
引っ張ってくるものに目を向けて、正体に気づいた。
――狼型のロボットだ。
狼型のロボットが僕の腕を噛んで引っ張っていた。
「葉月!」
「お姉ちゃん!?」
背後で声が聞こえる。
いけない。僕に気を取られてチャンスを逃したらダメだ。
「大丈夫、それより彼らを――」
声を振り絞ったつもりだったけど、届いたか分からない。
そのまま僕はロボットに引っ張られて、その場から連れ去られた。




