15 広く浅く生きてると、こういう時に困るよね
藤堂さんを探していると、下村さんから連絡があった。
藤堂さんがスーツの男と出くわしたみたいだけど、何とか無事だったみたいだ。
ほっとしながら下村さんとの電話を終えた僕は、優太に手短に状況を説明した。
「何でそんなことに?」
優太が驚きの声をあげた。その気持ちは分かる。
前の話し合いでは、あいつらにバレないよう隠れてやり過ごそうって決めていた。
けど藤堂さんは、彼らに接触してしまったみたいだ。
この前から思ってたけど、やっぱり最近の藤堂さんは何かおかしい。
以前からも正義感は強かった。けど無茶をするような感じではなかったはずだ。
前はもっと、冷静に状況を考えて行動していたと思う。
それなのに、何故か今回は突っ走ってしまった。
この前の話し合いの時点で余裕が無さそうだったけど、あの時にもっと気にかけとくべきだったのかもしれない。
……いや、反省するのは後だ。今はとにかく藤堂さんを探さないと。
「分からない。でも、とにかく探しにいかないと」
優太へもそう伝えたけれども……でも、どうやって探せばいい?
このまま闇雲に探しても、簡単には見つからない。何か方法を考えないと――。
「……渚は今、魔法を使える状態で街中を走ってるって言ったよね?」
「ん? うん、そうみたいだよ」
「おっけー」
言うや、優太が空高く上昇した。
僕の頭上、遥か上空へと上がった優太が周囲を見渡す。
……そういや優太もあの二人も、視力が凄く良いんだっけ。
何かの宝玉を取ろうとした時に、びっくりしたことを思い出した。
これも魔法の力なのかな。 いや、何でもあり過ぎない? ……まあ、今はそれが助かるんだけどさ。
僕にはどうしようもないので大人しく待ってると、しばらくしてから優太が降りてきた。
「見つけたよ。移動するから捕まって」
「分かった、ありがとう。……ねぇ、さっき上に飛んだ時って目立ってないよね?」
「うん、たぶん周りからは鳥に見えてるから大丈夫だよ」
本当に何でもありだね!
優太の腕を掴むと、一瞬視界が暗転した。
目眩に似た症状を感じたかと思うと、次の瞬間には僕らの居る場所が変わった。
少しくらくらする頭を振って、周りを見る。
そこはどこかの路地裏だった。
こんなところに藤堂さんがいるの?
その疑問を優太に問いかける前に、優太が再び上空へと上がった。
そうか……きっと藤堂さんは今も走って動いてるんだ。だから、こうやって探しながら近づこうとしてるんだね。
僕の予想通り優太は、影移動をしては上空に飛んで藤堂さんを探すということを繰り返した。
そうして何度目かの移動でたどり着いたのは自然公園だった。
水の宝玉探しの時に訪れた公園だ。
藤堂さんは……居た!
遊歩道上に置かれたベンチの上に体育座りしてる。
顔を膝に埋めていて、表情は見えない。
周囲にスーツの男やロングコートの外国人の姿は見えないから、ひとまずは安心しても大丈夫かな。
下村さんにも連絡を入れとかなきゃ。
優太と一緒に近づきながら考える。
藤堂さんが無事だったのは良かったけど、それで解決にはならない。
藤堂さんは今落ち込んでるし、そもそも最近の不調の原因を解消しないといけない。
でも、どうしよう……。
どうすれば良いのか分からないまま藤堂さんの傍まで辿り着いた。
仕方ないので、とりあえず声をかけた。
「隣、お邪魔するね」
藤堂さんの肩が揺れた。けど、反応はそれだけだった。
大丈夫ってことでいいかな?
拒否されなかったので大丈夫だと判断して、藤堂さんの横に座る。
優太が続けて、僕の膝に乗ってきた。
……いや優太。ここは流石に空気読もうよ。
黙って、優太を僕の隣――藤堂さんとは反対側に降ろす。
不満そうな雰囲気を感じたものの、優太はそれ以上僕の膝に乗ってこようとはしなかった。
……さて、どうしよう。
気の利いた言葉をかけれたら良いんだけど。
無駄に歳は取ってるんだけどね。対人関係の経験を積んでないせいで、こういう時どうすれば良いか分からない。
マジックカフェのマスターなら、何か良い感じのこと言えるのかな?
そういや、最近カフェに行けてないや。また行きたいなー。
「……叱らないの?」
藤堂さんがぽつりと溢した言葉で我に返る。
やば、思考が逸れてた。
叱るって……話し合いで決めてたことを破って、あの人達に接触したことについてだよね。
「うーん、どうだろう。僕は理由を知らないしね」
「……やっぱり、私は間違ってるのかな?」
どういうこと?
たぶん、僕の返事に対しての言葉じゃない。
であれば、彼女の悩みに関することかもしれない。
「何か迷ってることがあるなら、話して欲しいかな。藤堂さんとしても、口に出すことで新しい発見とかあるかもしれないし」
そう伝えてみる。
少しの間待ってると、藤堂さんが顔を上げてぽつぽつと語り始めた。
それは、藤堂さんの家庭についてのことだった。
藤堂さんは両親と姉の四人家族。ご両親は警察官と学校の先生らしく、凄く真面目で自分にも他人にも厳しい人達らしい。
藤堂さんはそんなご両親を尊敬してる。だから、自分も同じようになろうと頑張ってた。
正義感の強さとか、真面目な所って、そういう所からきてたんだね。
ただ、藤堂さんのお姉さんは違ったらしい。
真面目に生きるというのが性にあわなかったのか、ことある事にご両親と反発していた。
そして二年前、高校卒業と同時に家を出て行ったらしい。
そんなお姉さんは藤堂さんによく言ってたらしい。
『あの人達は頑固で、規則に縛られすぎている。もっと自由に考えていいのにね』
それを言われた藤堂さんは怒った。
尊敬する父が、母が、間違ってるはずがない。
そう言い返すと、藤堂さんはお姉さんに笑われた。
『あんたはあの二人とは違う。もっと柔軟に考えられるようになりなさい』
その言葉を、藤堂さんは受け入れることができなかったのだと言った。
……真面目な家族の中で、藤堂さんのお姉さんは少し変わってたんだね。
ご両親は立派な人なんだろうけど、たぶんそれが窮屈だったんだと思う。
「――私は正しくありたいって思って生きてきた。……だから、朝陽にも注意してきた」
そこから藤堂さんの話は、下村さんのことへと移った。
一週間前、下村さんが遅刻しかけたらしい。遅刻はいけないことだからと藤堂さんは注意したけど、でも実は下村さんは登校中に困ってた後輩を助けてた。遅刻しかけた原因は、そのせいだった。
自分を顧みず誰かを助ける行為は、正しいことだと藤堂さんは思ったそうだ。
「私は正しいことをしてたつもりだった。でも……あいつも結局間違ってなかった」
一週間前ってことは……二人が寝不足気味だった時か。
「そんなあいつが……お姉ちゃんと同じことを言ってた」
あの二人組は悪いやつ。悪いやつは捕まって、法律に則って罰を受けないといけない。
でもそう思って動いた結果、失敗した。あいつに迷惑かけて、同じことを言われた。
私が間違ってる? 正しくないの? でも、それじゃあ――。
藤堂さんの言葉がどんどんと弱くなる。
そしてまた、顔を膝に埋めてしまった。
なるほど……自分が正しいと思ってやってきたことが、間違ってたんじゃないかと自信を無くしてるのか。
話しぶりからして、たぶんお姉さんの言ってることが必ずしも間違ってないって理解してるんだろうね。
でもそれを認めると、自分の生き方を否定することになるんじゃないかと思っていた。
ずっと心の中で抱えてた疑問が、下村さんのこととか、あの二人組のこととかがきっかけになって溢れちゃったのかもしれない。
……困ったな。僕、人生相談とかのったことないんだけどな。
少し迷った末に、僕はゆっくりと話し始めた。
「規則……ルールって何のためにあると思う?」
「……ルール?」
僕の問いかけの意味が良く分からなかったのか、藤堂さんが顔を上げた。
僕を見て、僕が真剣に尋ねてることを分かってくれたのか、考えながらも藤堂さんは答えてくれた。
「それは……集団の秩序を守るため……かな。そのために正しいことと、悪いことを定める」
さすが藤堂さん。難しい言葉を知ってるね。
「そうだね。秩序を守るためっていうのは僕もそう思う。でも、正しいこと、悪いことって言うのはちょっと意見が違うかな。どっちかっていうと、公平性を確保するためのことを定めてるんだと、僕は思う」
どういうことか分からないって顔をしてる藤堂さんに、少し考えてから例え話を持ち出した。
「例えば……」
川の水を使って暮らしてた村があったとする。
上流の人は『自分たちが先に水を使うのは当然だ。嫌なら自分たちよりも上流に住めば良い』という意見を持ってて。
下流の人は『暮らすのに適した場所がある。ここが最適なんだ。だから上流のお前たちが全部使ったら、こっちは生きていけない』という意見を持ってたとしたら。
「どっちも言ってることは正しい。でも、お互いの意見は寄り合うことがないから、このままだと絶対に争いになるよね」
争いになったら、どうなるのか。お互いに言ってることは正しい。正しいもの同士がぶつかってるんだから、そこに正義なんてない。
むしろ戦って勝ったものが正義だ。そして、負けた方は悪として弾圧される。
そんなのは良くない。良くないから、どちらもを救うためにルールを定める必要がある。
どれだけの水を使って良いかということを。
上流の人は水を使い過ぎないように。下流の人も残った水で暮らせるように。
正しいことと悪いことを区別するんじゃなくて、皆が公平に生きられるように規則を定める。
「今のは村同士の話だけど、これは個人でも一緒だし、国同士になっても一緒なんだと思う」
公平性を保つために。皆が平等であるために。誰かが理不尽を強いられないために。
ここまで話して藤堂さんを見ると難しい顔をしてた。
ごめんね。分かりにくくて。
「ルールは皆が平等であるために定めてある。これを破ると誰かしらに不公平になる。だから藤堂さんが朝陽さんを注意したことは正しいんだ」
ここは間違いないことだ。だから、藤堂さんは間違ってないんだとハッキリ伝えなくちゃいけない。
下村さんが困ってる生徒を助けてたからって、遅刻することを許したら。そんな特別扱いしたら、ルールが崩壊しちゃう。
じゃあ、下村さんが絶対的に間違ってるのかと言えば必ずしもそうとは言えない。学校の規則に従えば間違いだけど、道徳心に従えば彼女は良いことをしてる。
「やっぱり私は間違ってるってこと?」
「間違ってないよ。それはハッキリと言える。藤堂さんがルールを守らせようとしたのは正しいんだ。ただ、下村さんも別の側面で見たら間違ってなかっただけだよ」
何せルールは正しいこと、悪いことを定めてるわけじゃないから。
ルールとは関係ないところで、下村さんは正しいことをしてた。
どちらも間違ってないと言われた藤堂さんが悩んだ仕草を見せた。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「うーん。難しいところだけど……結局は話し合うしかないんじゃないかな」
何で規則を破ったのか。
その理由に正当性があるなら、何か別のルールで救済ができるか考えられるかもしれないし。
「話し合った上で救うことができなかったら?」
「それは仕方ないよ。でも何も言わずに罰を課すよりかは、話し合った上で救う術がないから仕方なく罰を課す方が、相手も納得しやすいと思うけどね」
考え込む藤堂さんに優しく笑いかける。
「藤堂さんの考え方はしっかりしてるよ。私情を挟まずに判断できるのは長所だと思う。それは僕にはできないことだから。本当に尊敬してる」
後はもう一歩、相手のことを理解しようとする姿勢があれば完璧なんじゃないかな?
そう伝えると、藤堂さんはまた顔を俯かせた。
「私にはそんなこと……」
「できるよ。藤堂さんは相手のことをしっかりと考えられる人だから」
本心から、その想いを伝える。
藤堂さんは間違いなく、他人を思いやれる人だ。でなけりゃ、自分のことを騙してた優太を許せるはずがない。
暫く考えこんでた藤堂さんが、僕を見た。
「なんか、葉月って……偉い人みたいね」
いや、言い方酷くない?
あんまりな言い方だけど、気にせずに肩を竦めた。
「こう見えても年寄りだからね」
「そういえばそうだったわね」
「だから、もっと労わってもらわないといけないね」
冗談めかして茶化すと、藤堂さんはまた黙り込んでしまった。
けど、さっきまでと違って何かを考えてるような雰囲気だ。
どうだろう……少しでも藤堂さんの迷いを断ち切る助けになってたら良いけど……。
藤堂さんが考えを整理するまで、僕らは隣に座ったまま待ち続けた。
どれだけその場で、じっとしてただろうか。
日が沈みかけて周囲が薄暗くなってきた頃になって、藤堂さんが顔を上げた。
「……帰らなくちゃ。お母さんが心配しちゃう」
そう言ってベンチから降りると、変身を解いて制服姿に戻る。
僕らも一緒にベンチから降りた。
「送ってくよ」
「大丈夫、一人で帰れるわ」
「ダメです。危ないので送ります」
ちょっと強めに言う。
藤堂さんはそれ以上は拒否しなかったので、一緒に歩き出す。
藤堂さんの家の近くに着くまで、会話という会話は無かった。
「……もう、そこだから」
「ん、分かった。それじゃあ、またね」
家の門が見えた所で、別れを告げる。
僕と優太は道端に立ったまま、藤堂さんが家の中に入っていくのを見守った。
門を開けたところで、藤堂さんが僕らの方へ振り向いた。
「……ありがと」
呟かれた声は小さかったけど、そう言ってた気がする。
「藤堂さん、立ち直れるかな……」
「元々、意志が強い子だからね。きっと、大丈夫だよ」
「……うん、そうだね」
優太の言葉に頷く。
そうだね、きっと大丈夫だ。
藤堂さんのことを信じて、僕らも帰路についた。




