14 抑えられない感情
周囲に人の姿が見られない河川敷。
スーツの男に尾行がバレた藤堂渚は、魔法少女の姿に変身して男と相対していた。
両手でハンマーを構えた渚が突撃する。
普通の女子中学生では有り得ない速度で男に肉薄すると、ハンマーを振りかぶった。
「ん?」
何かに気づいた様子を見せながら、男は後ろに跳んで振り下ろされたハンマーを躱す。
渚から距離を取ったところで、訝しげな表情をした。
「お前……前会った時とは顔が違うな。どっちかっつーと、映像のやつに近いが……どういうことだ?」
前回遭遇した時はオクタが認識阻害の魔法を使っていた。そのため渚と下村朝陽は、別人の顔として二人組の男には認識されていた。
しかしここにはオクタが居ない。渚の本来の顔が見られてしまっている。
「知らないわよっ。夢でも見てたんでしょ!」
映像という言葉が気にはなったものの、男の言葉の真意を確認する余裕がない渚は、会話を拒否して再度男へと突っ込む。
普通の人なら躱しきれない速度で繰り出されるハンマー。それを男は、ギリギリのところで躱す。
「そうだな。まぁ、捕まえてから詳しく聞きゃ良いか」
そう呟くと、男は上着の内側に手を入れた。取り出したのは手よりも少し大きめの棒。その棒を軽く振ると、先端から刃先が飛び出し、以前も見た短刀へと変貌する。
続けて腰につけたポーチに手を伸ばすと、そこからチェーンを取り出して短刀の柄先へと取り付けた。
その様子を見ていた渚が警戒する。折り畳み式の武器を携帯し、手慣れた様子で展開する。それはつまり、男が人を傷つける武器を扱い慣れているということに他ならない。前回の戦いでは、短刀で攻撃されることが少なかったものの、注意しなければいけないのは間違いない。
そして、あのチェーン。葉月の話によると、あれが曲者らしい。
戦う準備を終えた男が、今度は渚に向かって突っ込んできた。
迎え撃つべく、ハンマーを構える渚。
迫る男に向かって横薙ぎにハンマーを振るう。
その場にしゃがんで躱す男。しゃがんだ体勢から身体を起こすと同時に、右手に持った短刀で斬り上げた。
「くっ!」
ハンマーを振って崩れた体勢の渚は、身体能力でもって無理矢理ハンマーを引き寄せ、柄の部分で短刀の一撃を受け止めた。
無理な姿勢から強引な動きで防御を間に合わせたことに目を見張った男だったが、間髪入れずに左腕を突き出し、渚の腹に掌底を叩き込んだ。
「うぁっ」
痛みによろめきながらも渚がハンマーを横に振る。
躱す程のスペースがなかったことから、今度は後ろに跳んでハンマーを躱す男。
距離が空いた隙に渚も体勢を立て直し、再び二人が睨み合う構図となる。
「……すげぇな。棒切れを扱うみたいにハンマー操るじゃん。そのハンマーが見掛け倒し……ってわけじゃねぇもんな。そのほっそい身体の、どこにそんな力があんの?」
男が気安く問いかける。
対する渚は余裕の無い表情で、男を見る。
――殴られた腹には鈍い痛みが残っているものの、動きに支障をきたす程ではない。
問題は男の戦闘能力。前回の戦いからも分かってはいたが、かなり戦い慣れている。
渚の目には、自身の身体能力自体が男に負けているようには見えなかった。
オクタと契約した力は身体能力も向上させる。
それによって一般人よりも高い能力を、今の渚は有している。
相対する男も一般人よりは優れているのだろうが、走る速度や避ける動作を見る限り、劣勢になるような差は無いように見えたのだ。
しかし、それでも渚の攻撃は当たらず、男の反撃をもらってしまう。
その理由が男の戦闘に対する慣れにあると、渚は考えた。
おそらく自分の取る動作から、次の動きを予測している。
自身がハンマーを振るタイミング。その後にできる隙。それらを予測して行動しているのだろう。
――大振りでハンマーを振っても当たらない。
そう判断した渚は、ハンマーを短く持ち直した。
そのまま再度、男へと突撃する。
ハンマーの頭を突き出し、男の躱した方向へと小さく振って追従する。
ハンマーを短く持つことで小回りを利かせ、連続で攻撃を加えることで男の反撃を封じようとする。
「頭も悪くねぇな。優秀じゃん」
しかし、男には依然として余裕が感じられた。
渚の攻撃を避けつつも、平気で渚へと話しかける。
その態度に苛立ちを覚えながらも渚はハンマーを振り続けた。
「まぁ、それでも……」
男が呟くと、渚の攻撃の一瞬の切れ間に、短刀を操ってチェーンをハンマーに絡めようとする。
反射的にチェーンから逃れようとした渚がハンマーを引く。重心が前のめりから後ろに寄った瞬間を逃さず、男は腰を下げ足払いをかけた。
「うっ」
足をかけられた渚が地面に仰向けに倒れる。
急いで起き上がろうとするが、それよりも男の動きの方が早かった。
目の前に短刀を突きつけられ、渚の動きが止まった。
「俺を倒すにゃ十年はえーね」
勝ち誇るでもなく。興奮した様子も見せず。淡々と語る男。
終始変わらないその表情が、ただ事実を述べているだけであることを、無常にも渚へと突き付けていた。
圧倒的な強者を前に、歯噛みする渚。
そんな渚に男が話しかける。
「さて、大人しくしろよ。俺としても子供を無理に傷つける趣味は無いんでね。幾つか尋問させてもらうが、それで白だったら――」
「――お巡りさん、こっちです! あそこで女の子が襲われてます!!」
男の言葉を遮るように響き渡る声。
それは、河川敷の外側の堤防の方から聞こえてきた。
「あー、見つかっちまったか。お前、運が良いな」
そう言うと、男は短刀を引っ込めた。
そのまま踵を返し、逃げようとする。
「ま、待ちなさい!」
思わず言葉をかける渚に、男が顔だけ振り向いた。
「無鉄砲は子供の特権なのかもしれないけど、火遊びはそこそこにしといた方が良いぜ。じゃないと次は本当に痛い目みるかもよ」
そう告げると、男は走ってその場を去るのだった。
渚はそれ以上は言葉に出せず、ただ男の背中を見送ることしかできなかった。
「――渚! 大丈夫!?」
男の姿が見えなくなった後、倒れたままの渚のもとへと駆けつけたのは制服姿の下村朝陽だった。
膝をついて渚の身体の様子を確認する。
「あさひ……さっきのって」
「私だよ」
先程の警察を呼ぶ声。それは朝陽の演技によるものだった。
堤防上から渚の状況を確認した朝陽は、助けに入って戦うよりもスーツの男を確実に追い払う手段を選んだのだ。
「……何でここが?」
「葉月ちゃんから連絡がきてね。渚が襲われてるかもしれないって。だから、街中を探し回ったんだよ」
間に合って良かった、と笑う朝陽。
その言葉に渚は自分のスマホを取り出した。見ると、葉月からの連絡が入っていた。
何故、葉月がこちらの状況を分かったのか。
分からないが、そのおかげで朝陽が駆け付け、自分は助かった。
「……ありがと」
「どーいたしまして」
朝陽がお礼に答えながら、渚を助け起こす。
「それにしても何で、あんな状況になってたの?」
渚が無事だったことは良かったが、それはそれとして、抱いていた疑問を口にする朝陽。
そんな朝陽を見返した渚は少し躊躇った後、ぽつぽつと語った。
帰り道にあの男を見つけたこと。
警察に突き出すために、隙を見て捕えようと尾行したこと。
そして、尾行がバレたこと。
「それで、返り討ちにあっちゃったってこと?」
「……そうよ」
やらかしたなーという表情の朝陽。
「せめて、誰かに連絡するとかさ」
「あんた達に連絡したら、絶対止めてたでしょ」
しばらくは隠れていようというのが皆で決めたこと。
それを破ったのは渚だ。渚もそのことは理解していた。
だからこそ単独行動に走り――そして失敗した。
「そうだけどさ。止める理由は危ないからなんだよ? 実際、危なかったでしょ」
「……でも私は悪いやつを放置してたくなかった」
俯きながら渚が言う。
頑なな態度に、朝陽がため息を吐く。
「もっと柔軟にいこーよ」
何気なく朝陽から放たれた言葉。
瞬間、再び渚の脳内に姉の言葉が蘇る。
『――あんた、もう少し柔軟に考えた方が良いよ』
「……わね」
「渚?」
小さく呟かれた言葉。聞き逃した朝陽が問い返す。
俯いてた顔を上げて、渚が叫んだ。
「悪かったわね! 柔軟じゃなくて!」
呆然とする朝陽を残して、渚が走って逃げだした。
「渚! ちょっ、今一人になるのは危ないって!」
訳が分からないながらも、渚の後を追いかける朝陽。
しかし魔法少女の姿に変身していない状態では、身体能力は普通の女子中学生と変わらない。
制服姿の朝陽では、魔法少女に変身した渚には追いつくことができずにあっという間に離された。
「やっば、どうしよう。私も変身する? いや、それだとめっちゃ目立つよね……」
魔法少女姿は目立つ。そんな格好をした人が二人も街中を走ってれば、どこで誰に目撃されるか分からない。
とはいえ、このままでは良くないことも理解してる。
「……あぁ、もう!」
悩んだ末に、ひとまず朝陽は葉月達にメッセージを送った。
『渚は無事。でも、あの人達に顔がバレた。今、一人で街中を走ってる』
数秒後、朝陽のスマホに葉月からの着信が入った。
電話に出ると、朝陽は手短に状況を伝える。
「――分かった。朝陽さんは変身しないでね」
「でも――」
「今一番マズイのは、全員の顔が割れることだと思う。だから、朝陽さんは絶対にバレたくない」
「……うん。分かった」
短いやり取りの後、電話を切る。
暫し悩んだ朝陽はため息を吐くと、そのままの姿で走り出した。




