13 藤堂渚の迷い
時刻は葉月達が、廃病院の地下施設へ乗り込んだ日の朝へと戻る。
市立長山第二中学校の校舎前で、藤堂渚はいつもの如く朝の挨拶運動を行っていた。
「おはようございます」
「おはよー」
いつも通り、やってくる生徒達へと声をかける渚。
しかし、その表情はどことなく元気がなかった。
声にも覇気が伴わない、普段とは異なる様子。それが気になった後藤久美が、渚へと話しかけた。
「先輩、大丈夫ですか?」
「え? どうしたの?」
問われた渚が少し驚いた様子を見せながら、久美へと顔を向ける。
「いえ、何だか元気が無さそうなので……体の調子でも悪いのかなって……」
心配そうに尋ねる久美。
その表情と言葉で心配をかけていたことに気づいた渚は、努めて平静を装いながら笑みを浮かべた。
「ありがとう、私は大丈夫よ」
なおも心配そうにする久美に大丈夫なことを伝えるべく、登校してくる生徒に元気よく挨拶しようと考えた渚。
勢いよく校門へと身体を向けた結果――。
「きゃっ」
「あ――」
ちょうど、渚の直ぐ傍を歩いていた女子生徒とぶつかりそうになった。
慌てて、渚はその女子生徒に声をかける。
「ごめんなさい」
「……いえ。私こそ、すみません」
女子生徒もまた、渚に向かって頭を下げる。
「余所見しながら歩いてた私が悪いんです」
「ううん、私の注意が疎かだったのがいけないの」
謝りつつも、顔を上げた女子生徒の顔を見て、渚は違和感を覚えた。
知っている人な気がするが、記憶に引っかからない。
目の前にいるのは長い髪を後ろで括り、大人しそうな少女。
ブレザーの襟につけた組章から一年であることを判別――そこで、ようやく思い出した。
「――あなた、前にあさひと一緒に遅刻しそうになってた」
「あ、はい。そうです」
少女から同意の言葉を得て、合点がいった。
以前は眼鏡をかけていたけど、今日はかけていない。それで最初は気付かなかったのだ。
久美が横から口を挟む。
「今日は時間に余裕持って登校してるんだね」
「あ、普段はこの時間に来てるから」
つまり、以前遅刻しそうになった時は、何かしらの理由があったのだという答え。
同じことを考えていた久美が顔を顰めて尋ねた。
「もしかして、あの先輩のせいで遅刻しそうになったの?」
「いやいやいや、違うよっ! 下村先輩にはむしろ助けてもらったんだから」
首を横にぶんぶんと振って、否定する少女。
その言葉に話をしていた久美だけでなく、渚も疑問符を浮かべた。
「助けて貰ったの?」
「あ、はい。私、今はコンタクトをしてるんですけど――」
そこから少女が語った。
少女は元々眼鏡をかけていたが、最近になって思い切ってハードのコンタクトレンズに切り替えた。
その日、学校に向かう際に余所見をしていた少女は、通行人にぶつかってしまいコンタクトが取れてしまったのだ。
視界がぼやける中必死になって探してる時に、探すのを手伝ってくれた人の一人が朝陽であったとのことだった。
「――だから、遅刻しそうになったのは私が原因だし。なんなら、下村先輩を危うく遅刻に巻き込むところだったんです」
「……そう。コンタクトは……ちゃんと見つかったのよね。良かったわね」
少女の様子を見ながら渚が話す。
今は眼鏡をかけてないので、コンタクトは見つかったのだと判断し良かったと告げる。
「ありがとうございます」
少女はそのままお辞儀して、校舎に入っていった。
「ふーん。あの人も、以外としっかりしてるんですね」
久美が言うあの人とは、朝陽のことだ。
不真面目な印象しか持ってない朝陽が、人助けをしていたということに驚きを持ったことからの感想であった。
それを先輩である渚に対して、共有しただけだったのだが……。
「……先輩?」
「あぁ、ごめん。なんでもないわ」
反応がなく、不思議に思って渚を見た久美。
その目に映ったのは先程にも増して元気が無さそうな渚の姿だった。
気にはなったものの、尋ねたところでさっきと同じようにはぐらかされるだけ。
そう考えた久美は心配しつつも、その場は引き下がるのだった。
――そうして、時は過ぎ。その日の放課後。渚は一人、悶々としながら帰宅していた。
頭の中にあるのは今朝のこと。
以前に朝陽が遅刻しそうになった、その原因についてだ。
あの日、渚は朝陽を遅刻しないように気をつけなさいと注意した。
それはひとえに、朝陽が遅刻ギリギリで登校してきたからだ。
遅刻をすることは悪いことだ。
であれば、遅刻しないように注意することは正しいことである。
その考えの元に、渚は朝陽に注意した。
だが、実際はどうだ。
朝陽はコンタクトを落とした少女を助けており、それが原因となって遅刻しそうになっていた。
遅刻をすることは悪いことだ。
では少女を助けたことは?
渚の感覚からすると、それは正しい行いである。
朝陽のしかけた悪いことの裏には、正しい行いが隠れていたのだ。
それを気づかずに注意をした自分。
自分は間違っていたのか?
『――あんた、もう少し柔軟に考えた方が良いよ』
脳内に浮かぶ、過去の記憶。自身の姉から言われた言葉。
渚は頭を振って、その言葉を脳裏から振り払った。
「私は間違ってないはず……。だって、あさひがそんなことしてたなん知らなかったし」
こんなことを思い出すのも、最近になって姉の姿を見てしまったからだ。
「私はあの人とは違う。正しいことをするんだ……」
そう呟きながら、顔を上げる。
「――え?」
そこで渚は思わず足を止めた。
その視線の先にいたのは、以前放棄された工場で戦ったスーツの男。人に暴行を加えることに抵抗がない、悪い人間だ。
その男がコンビニの前に設置された喫煙スペースで煙草を吸っていた。
「どうしよう……」
思い悩む渚。
葉月達との話し合いで、自分達はいったん隠れて様子を見ると決めていた。
であれば、この場は気付かった振りをしてこのまま通り過ぎるべきだ。
しかし、これはチャンスではないか。
見たところ、得体の知れない武器を使っていたロングコートの外国人は居ない。
隙を見て、拘束して、不審者として警察に突き出す。
それが無理でも、せめて彼らの居場所ぐらいなら見つけられるのではないか。
仲間との約束を破って行動すべきか、どうか。
煙草を吸い終えたスーツの男が移動を開始する。
決断するなら、今しないといけない。
『――別にいいじゃない。ちょっとくらい正しくなくてもさ』
渚の脳内に再度姉の言葉が浮かぶ。
――僅かな逡巡の後、渚は首を振った。
「私は……正しいことをするんだ……」
結果として渚が選んだ道は、仲間との約束を破り、男を追いかけることであった。
バレないように、慎重に、スーツの男の後を追いかけ始めた渚。
そうして、尾行を始めて暫く経った後。
ロングコートの外国人と合流する気配は見られず、スーツの男は徐々に人けが少ない通りへと動いていた。
尾行する側としては人が少ないと見つかった時に誤魔化しにくいため、僅かに逡巡した渚ではあったが、スーツの男が渚の尾行に気付いてる様子は見られない。
まだバレてないという思考が、渚に尾行を続行させる。
やがてスーツの男は、市内を分断するように流れる川の河川敷へと降りた。
周りに人はおらず、開けた場所である。
隠れる場所が無い。ここで振り返られると確実にバレる。
これ以上は厳しいか。
そんなことを思う渚の前で、スーツの男がスマホを弄り出した。
チャンスだろうか?
スマホに集中してる間に詰め寄って、隙を突いて拘束する。
そう思い、距離を詰めようとした渚だったが――その行動よりも早く、男が渚へと振り向いた。
「――ナンパって訳じゃないよな? 何のようだ?」
――バレてた。いつから? 誘われた? 先程スマホを触ってたのは仲間を呼ぶため?
様々な迷いが胸中を巡る。その全てを振り払うべく、渚は首を横に振った。
得体の知れないロングコートの男はこの場には居ない。
なら、この男に勝てば良い。
渚が素早く変身した。制服が青い魔法少女の衣装へと変わる。
続けて、衣装に取り付けられていたハンマーのキーホルダーを取り外し、手に持つ。
瞬間、ハンマーが人間大のサイズへと大きくなる。
「ナンパなはずないでしょ。あんたを捕まえにきただけよ」
ハンマーを構えながら、男を見据えた。
男が口笛を鳴らす。
「すげぇ早着替えだな。見えなかったわ。まぁ、ガキのなんざ興味ないけど」
男の発言の意味を理解した渚の頭に血が上る。
「最低、地獄に落ちなさい!」
叫ぶや、スーツの男へと突撃した。




