7 責任は取らないといけないからね
優太の身柄を要求してきた謎の二人組。
実力行使に出ようとする彼らに対抗しようと、下村さんと藤堂さんが武器を構えていた。
――先に動いたのは下村さんだった。右前方へと走りだす。
続けて藤堂さんも動いた。真っ直ぐスーツの男へと距離を詰める。
藤堂さんが正面から、下村さんが右側から男へと迫る。別々の方向から殴りかかる体勢だ。
それを見ていた男が薄く笑うと、自身も前に出た。前に詰めて、藤堂さんに肉薄する。
――動きが早い!
反応が遅れた藤堂さんが慌ててハンマーを振ろうとする。けど、振り切るより早く、男がハンマーの柄を蹴り上げた。
「くっ!」
ハンマーは手放さなかったものの、バランスを崩す藤堂さん。
更に距離を詰めようとする男だけど、それより早く、下村さんが横から迫る。
ローラーを振るも、男はステップを踏んで避けた。
空振ったローラーだったけど、その軌跡上にカラフルな帯が出現する。
下村さんがローラーを持ってない方の掌底で、その帯を叩いた。帯が翻り、男へと絡みつこうとした。
「うぉ、なんだぁ!?」
面食らった男が咄嗟に短刀を振る。
帯が半ばで切られ、勢いを失う。
その隙に男は、後方へと大きく跳んで距離を取った。
「渚、大丈夫?」
「問題ないわ!」
体勢を立て直した藤堂さんと下村さんが並び、仕切り直しの体勢になった。
息付く暇もない攻防に束の間の小休止が訪れ、僕は大きく息を吐いた。
どうしよう。いざとなった時に飛び込む隙……ないかも。
「おいおい、変わってるのは見た目だけじゃねぇのかよ」
スーツの男が驚いたような声をあげた。
「面白いなそれ。そういう武器なのか?」
「さぁ、なんでしょうね。大人しく引き下がるなら教えてあげても良いですよ」
「冗談じゃねぇ。ようやく面白くなってきたとこだろ」
下村さんのローラーは、男にとっては得体の知れないものなはずなのに。
男は警戒するどころか笑っていた。
むしろさっきまでより、やる気が出てるように見える。
「――迅、邪魔するぞ」
「なんだよ。やる気出てきたとこなのに止めるのかよ」
「いや、止めるつもりはない。……僕も加わるだけだ」
ロングコートの男がスーツの男の隣に歩み出てきた。
こっちの男も戦える感じなのかな……。
いよいよもってマズイかも。
スーツの男が驚く気配を見せた。
「マジかよ。せっかく楽しくなってきたとこだったんだけどな……あんたがやる気になるなんて珍しいじゃん」
「勘違いするな。やる気になったわけじゃない」
ロングコートの男はそこで言葉を切ると、僕らを観察するように見てきた。
「――こいつらが普通の子供じゃないことは分かった。お前に任せて失敗するとは思えんが、時間がかかりそうだからな。なら僕も加わって、さっさと終わらせた方が良い」
言うや、男が両腕を上げる。
一拍遅れて、ロングコートの幅広になっている袖口から、何かが飛び出してきた。
……虫?
それは大量の小さな虫に見えた。それらが群を成してロングコートの男の周囲に浮かんでいる。
羽音に似た音も聞こえてくる。いや、でもこれは羽音というよりは……。
考える間もなく男が腕を振った。
その動きに呼応するように、虫の群体が塊になって一斉に僕らの方へと飛んできた。
いち早く反応した藤堂さんが前に出て、ハンマーを振りかぶる。
虫の群体へとハンマーを叩きつけた瞬間――虫とハンマーの間で火花が散る。
「えっ!」
藤堂さんが驚いた声をあげる。
……僕も自分の目が信じられなかった。
ロボットさえも簡単に破壊する藤堂さんのハンマー。
それを……小さな虫の群体が受け止めていた。
いや、正確にはハンマーを受け止めてるのは、群体の周囲に発生してる光の壁だ。
何あれ? 電気?
分からないけど、虫達を繋ぐように光が走って壁のようなものができてる。漫画に出てくるような、光でできた盾みたいな感じだ。
それがハンマーを受け止めていた。
予想外な光景に僕らの行動は完全に止まっていた。
「――よそ見しちゃいけねぇぞ」
「うあっ」
いつの間にか近寄ってきてたスーツの男が、容赦なく藤堂さんに蹴りを入れた。
喰らった藤堂さんが吹っ飛ぶ。
「藤堂さん!」
「渚! くっ」
藤堂さんを庇うように下村さんが前に出る。
その間に僕と優太は、倒れた藤堂さんへと駆け寄った。
「大丈夫?」
「問題……ないわ」
身を起こした藤堂さんが顔を歪めながら言う。
どう見ても問題ありそうな表情だった。
中学生女子の身体が吹っ飛ぶほどの威力で蹴られたんだ。
問題ないはずがない。早く身体の状態を確認しないといけない。
「――きゃ!」
聞こえてきた悲鳴に顔を上げる。
下村さんが倒れる所が見えた。
さっき光の壁を作ってた虫の群体。その壁の形が変わって、今度は槍の形になっていた。
……もしかして、あれで攻撃された?
「そんなものか?」
「……まだ」
ロングコートの男の言葉に、立ち上がろうとする下村さん。
いや、無茶だ。
このまま戦っても駄目だ。
二人組に聞こえないよう、僕は小声で優太に声をかけた。
「優太……前に僕をさらった時みたいに、皆を連れて逃げれる?」
「……ごめん、影を利用した移動は一人までしか連れてけない」
そんな制限があるのか……仕方ない。
「分かった。そしたら僕が合図したらさ――で、そしたら僕が――から、二人を連れて全力で逃げて」
「お姉ちゃんはどうするの?」
「その後は僕も全力で逃げるよ。家で落ち合おう」
「でも……」
優太が心配げな様子を見せた。兎の姿の優太には表情らしい表情なんてないけど、その気持ちは伝わってくる。
僕のことを気遣ってくれるのは嬉しいね。でも、今は時間が惜しい。
「優太、僕は大丈夫だよ。ちゃんと戻るって約束する」
「お姉ちゃん……分かったよ」
少しの迷いを見せた後、優太が頷いた。
僕も優太に向かって頷き、立ち上がる。
下村さんと相対している二人組へと近づいていく。
何度も舞台に立って、お客さんの反応を見ながら手品をしてきたから分かる。
二人組の視線は下村さんに向いてるものの、意識はちゃんと僕にも向いてる。
こんな、何もできなさそうな見た目の僕にも注意を向けるなんて、本当厄介だ。
――でも、その厄介さが今は助かるよ。
おもむろに手を上げて、優太へと決行を促す。
瞬間、壁際に積まれたまま放置されてた鋼板が崩れる。
二人の視線がそちらに向いて、僕らへの注意が逸れた。
今――!
優太へ合図を送る。
それに呼応して、優太が影を操った。下村さんを引っ張り、二人組から引きはがす。
その勢いのままに、背後の――優太達の気配が動く。振り返れないから分からないけど、急いでこの場を離れてくれてるはずだ。影移動じゃなく、普通の移動で。
虚をついたおかげか、目の前の二人組は動いてない。
よし、ここまでは良いね。後は僕が時間を稼げれいい。
「おおぅ、ビビったぜ。お前がやったの?」
「他の三人は逃げたのか……何故お前だけがこの場に残った?」
この場に残ったのが、四人の中で一番幼く見える僕ということもあって、二人組からは余裕な感じが見て取れる。
「だって、僕ら全員で逃げても、追いかけてくるでしょ?」
話しながら横に歩く。
注意は二人組へと向けながらも、さっき優太が倒してくれた鋼板の方へと近づく。
ロングコートの男が鼻を鳴らした。
「ふん、犠牲になろうとしてるのか……それとも、お前一人で僕たちを何とかできると?」
「まさか。僕に戦う力は無いからね。君達に襲われたら、一瞬で捕まっちゃうよ」
僕は優太とは契約してないから、魔法も使えないしね。……契約してても僕には魔法は使えないみたいだけど。
もし魔法が使えてたら、もう少し余裕を持てたのかな? ……まぁ仕方ないね。
今は時間を稼ぐことに集中しないと。
崩れた鋼板を触りながら、二人を見る。
「……迅、お前は三人を追え」
「あいつを捕まえるの、手伝わなくても大丈夫かい?」
「馬鹿にしてるのか?」
二人が話し合ってる。まぁ、そうなるようね。でも三人を追わせる訳にはいかない。
藤堂さんと下村さんを危険な目に合わせたのは僕のミスだ。
相手の出方を窺って、結果後手に回ってしまった。
こんなことなら、この人達が現れた時点でさっさと逃げるべきだった。
責任を取って、彼女達が逃げる時間は絶対に稼ぐ。だから何としてでも、この二人には僕に集中してもらわないといけない。
――そのためには、僕が一筋縄ではいかないって勘違いさせないと。
「それは困るなぁ。二人とも、少し僕に付き合ってよ」
言うや、僕の身体が宙に浮かんだ。
「――おっと、こいつはマジか」
「なるほど、お前も何かの力を持ってるのか」
スーツの男が楽しそうに、ロングコートの男は冷静に感想を漏らす。
そんな二人を見下ろしながら、何気なく話しかける。
「そんな大層なものじゃないよ。タネも仕掛けもないしね」
手品師仕込みのポーカーフェイスで、得体の知れなさを演出する。
「迅……作戦変更だ。まずはこいつを確実に捕らえる」
「さっき、馬鹿にするなって言ってなかった?」
「力の詳細が分かってない状態で舐めた態度を取るべきじゃない。存外大したことがなかったなら、それからあいつらを追うのでも十分間に合うはずだ」
――よし! かかった。
方針転換してくれたみたいだ。
さっきロングコートの男はスーツの男に戦いを任せようとしたのに、すぐに自分も加わってた。
確実性を取るタイプかと思ったんだけど、予想が当たって良かった。
たぶん下村さんがさっきの戦いで見せてた、魔法の力の影響もあるんだろう。僕の手品を、不思議な力と勘違いしてくれてるっぽいね。
後は僕が、この二人に捕まらないように全力で逃げるだけだ。
深夜に差し迫った構内で、僕は困難な作戦を開始した。




