24 事実は小説より奇なりってこういうことかな
オクタに貫かれた傷が治った後、僕は下村さん達を連れて廃病院下の施設へとやってきた。
そうして宝玉を置いてた部屋へと駆けつけると、オクタは既にそこにいた。
何か手元が光ってる。宝玉が全部揃ってしまったみたいだ。
「オクタ!」
一緒に部屋へと飛び込んだ下村さんが叫んだ。
その呼びかけにオクタが振り返る。
「早かったね。もう少し時間がかかると思ったよ」
そう言葉を返すオクタは、付き合いの短い僕でも分かるぐらい、これまでにはなかった圧を放っていた。
そのためか、下村さんが怯んだ様子を見せた。
藤堂さんも歯を食いしばった様子を見せてる。
「オクタ。何で葉月を襲ったの?」
「時間が欲しかったんだよ。実際彼女は無事だったし、問題ないだろう?」
そう言って僕の方へと視線を向けるオクタ。
あぁ、治ることは想定してたんだ。
「そんなことまでして宝玉を集めようとして……平和のための活動って嘘だったの?」
「騙しててごめんね」
謝ってるけど、オクタの様子は全然悪びれてない。
あまりにも呆気なく嘘を認めたことで、二人はショックを受けた感じだった。
「あ、謝るなら今からでも願いを変えなさいよっ」
「それはできないね」
一歩踏み出そうとした藤堂さんの前に無数の影が伸びる。
それは格子状に形取って、彼女の行動を遮った。
オクタが僕らに背を向け、宝玉へと向き直る。
「宝玉よ。願いを叶えたまへ」
オクタの声に呼応するかのように、宝玉の輝きが増す。
見ていることしかできない僕らの前で、オクタが静かに呟いた。
「――我は願う。『いくましゅうじ』の復活を」
……え?
「復活?」
「誰かを蘇らせたいってこと?」
下村さん達が疑問の声をあげてる。
てことは、やっぱり僕の聞き間違いじゃないか……。
宝玉はオクタが願った時から更に輝きが増している。
けど――いつまで経っても何かが起こる気配を見せなかった。
「――何でだ!? 何で何も起こらない?」
焦りを見せたオクタが、何度も願いを叫ぶ。
必死な様子とは裏腹に、宝玉は全く変化を見せない。
何も起きない状況に、下村さん達も不思議そうな表情を見せた。
「もしかして、人を蘇らせることはできないのかな?」
「願いにも限界があるってこと?」
「ふざけるな! それじゃあ僕は何のためにこれまで――」
二人の考察を受け入れられないオクタが宝玉に対して訴える。
「兄さんを……お兄ちゃんを返してよ!」
悲痛な叫びが部屋にこだまする。
それでも宝玉は何も反応しなかった。
「オクタ……」
下村さん達もどうしていいか分からない様子だ。
皆が見ることしかできない状況で、俯いて肩を震わせていたオクタが顔を上げた。
「もういい! お兄ちゃんが居ない世界なんていらない!」
そんな不穏な一言と共に宝玉へと再び手をかざす。
「我は願う。この世界の崩壊を!」
「え?」
「ちょっ!?」
突如、宝玉を中心に真っ黒な闇が溢れてきた。
傍にいたオクタを呑み込んだかと思うと、僕達の前に展開されていた格子状の影が霧散する。
闇は泉が湧くように、床から数十センチの空間を満たすように宝玉から周囲へと拡がっていく。
「オクタ! やめて!」
「なにやってんのよ!」
叫びながらもオクタが居るであろう場所へと近づこうとする下村さん達。
けど、溢れてきていた闇に触れた瞬間、二人ともその場に崩れ落ちた。
「何これ……力が入らない」
「くっ……オクタ……」
あー、闇に触れると何かまずいっぽいね。
とっさに部屋の隅にあるキャビネットの上に避難しながら、僕は部屋の状態を観察した。
この闇が何かは分からないけど、あれに捕まると立ってられないみたいだ。
空気よりも重いのか、闇自体は床を這うように拡がっていってる。心なしか、部屋の空気が震えてるように感じるのは、この闇が原因なのかな?
既に部屋の床は闇に満たされてて、外まで流れてってるみたいだから、ここから逃げるのは無理だろうね。
オクタは世界の崩壊を願ったから、この闇が崩壊に繋がる何かなのは間違いない。
うーん、どうしようかなぁ。
まず思いついたのは、世界の崩壊に巻き込まれたなら、さすがに僕も死ねるんじゃないかってこと。
いや駄目だ。
……世界が崩壊したとて、僕も死ねるなんて保障はない。その後も死ねなかったら悲惨だ。
一か八かにかける気にはならないかなぁ。
それに、オクタをあのままにして死のうとするのも後味が悪い。
だって、さっきの言葉を聞いたら、ねぇ。オクタのことは放っておけないよ。
……仕方ない。ちょっと頑張るか。
そこまで大きくない部屋を見渡す。
オクタが張り巡らせた格子状の影はとっくに消えている。
オクタとの間には、足元の闇以外に障害はない。まあ、その闇が問題なんだけど。
歩いてオクタに近づくのは無理。なら……。
目標を定めて、持ってた手品用のワイヤーを飛ばす。
扱いやすいように先っぽに小さな錘がついたワイヤーは、勢い良く飛んでいくと天井に吊るされた電灯に引っ掛かった。
軽く引っ張ってみる。……うん、しっかりしてるし僕ぐらいなら支えられそうかな。
「葉月ちゃん、何を――!?」
僕の行動に気づいた下村さん達が尋ねてきたので、僕は彼女達に手を振った。
「ちょっと行ってくるね」
「え、ちょっ――」
「待ちなさ――」
何か言いかけてる二人を無視してジャンプ。
ワイヤーを軸にして、振り子の要領でオクタのいる方へと飛ぶ。
飛んだ瞬間ワイヤーを手繰って、振り子の半径を短くする。
ギリギリ躱せるかと思ったけど、振り子の最下点に達した所で足が闇を掠めた。
身体全体に力が入らなくなって、ワイヤーから手を離しそうになる。
――危なっ!
何とか耐えて、ワイヤーを絡ませた電灯を軸に体が上昇を始めたタイミングで、ワイヤーから手を離した。
慣性に従って、体が宙を舞う。
そして、そのままオクタがいるだろう付近の闇に飛び込んだ。
――闇の中は真っ暗だった。這いずってでも動けたらいいけど、力が全く入らない。
オクタはどこだろう……近くに居るとは思うけど。
「オクタ、いる?」
「……何だい?」
あ、いた。良かった、近いね。
「君の目的って、『いくましゅうじ』を生き返らせることだったの?」
「そうだよ」
「ってことは君って元々人間?」
「……何でそんなことを聞くの?」
「いいじゃん、どうせ最後なんでしょ?」
少し間が空く。
考えてるっぽいけど、表情が見えないから分からない。
いや、見えてても元々何考えてるか分からない顔してるか。
「……そうだね。私は……僕は、人間だよ」
あぁ、やっぱりね。
「人体実験でそんな姿にされちゃったんだね」
「……何で分かったの?」
そりゃ分かるさ。
「一人の少年の話をしようか」
オクタからの返事はなかった。
とりあえずオーケーってことでいいかな?
「彼の生立ちは一般的には不幸な方だったと思う。物心ついた時にはとある施設で暮らしていてさ――」
オクタは黙ったままなので、淡々と喋っていく。
「外に出たことは一度も無いし、毎日変な薬を飲まされたり、変な実験を受けさせられたりしていた――」
今となっては気軽に話せるけど、当時は笑えなかったね。ほんと。
「でも彼は元気だった。彼には境遇を同じくする兄弟が居たから。彼は何でか、言葉や世間の常識。外の世界について詳しくて。兄弟達にも色々なことを教えていた――」
懐かしいな。結局、施設から解放された後、あの子達に会うことはできなかったや。
あの子達も無事に、その後の人生を送れたのかな?
「そんな兄弟達の中に、特に気にかけてた弟がいたんだ。甘えん坊で、すぐ泣く子で。でも泣いてたら施設の人に怒られるから、彼があやしてた。……良くやってたのは手品だね。彼らには遊び道具が無かったから、行儀は悪いけど食事の時に出てくるスプーンを使ったりした」
「……何で君がそんなことを知ってるんだ?」
オクタがようやく口を開いて尋ねてきたけど、構わずに話し続ける。
「彼の名前は生熊柊治。名前が無かった兄弟達に名前を付けていき、その弟には優太って名付けた。泣き虫だけど優しい心を持ってて、意外と頑固なその子に相応しい名前だったと思う」
「君は……そんな、まさか……」
オクタも何か察したかな?
まぁいいや。続けよう。
「そんな生熊柊治君だけど、ある日転機が訪れた。とある実験の事故に巻き込まれてしまったんだ。実験施設が崩壊するぐらいの事故だ。彼も、他の兄弟達も、無事かどうか分からなくなった」
でも彼は生きてた。というよりも死ねない身体になっていた。
何かの薬か実験の効果で不老不死になって、ついでに見た目も女の子になっちゃってた。
「うそだ……」
「――嘘じゃないよ」
そこで、ようやくオクタに言葉を返す。
姿は見えないけど、すぐ近くに居るだろう弟へと優しく話しかけた。
「久しぶりだね……優太」
オクタ――いや、優太は生熊柊治の復活を望んだけど失敗した。
当然だ。復活なんてするはずがない。なんせ死んでないんだから。
「おに……」
詰まり気味なオクタの声は少し震えてた。
「お兄ちゃん!」
「……うん、色々と話したいんだけどさ。顔も見えないし、この闇何とかできない?」
ハッとした雰囲気を感じる。
「ほ、宝玉よ! 我は願う、崩壊はやっぱり無しで!」
オクタの言葉と共に、宝玉が再び光を放った。




