23 今度は覚悟の時間だ
――酷く身体が重たい。
僕、何してたっけ?
目の前には女の子がいる。必死な感じだ。
視界がぼやけてて誰か分からない。
誰? なっちゃん?
僕に向かって何か叫んでる。
「――――――!」
何か大事なことがあった気がするけど、思い出せない。
頭が回らないや。
「――――ん!」
さっきから女の子が何か叫んでるけど聞こえないよ。
何?
「――ちゃん!」
少しずつ声が聞こえるようになってきた。
合わせて、ピントも合ってきた。
……下村さん?
「葉月ちゃん!」
「……なに?」
出した声は掠れてた。
下村さんが驚いた顔をしてる。
「葉月ちゃん!」
「聞こえてるよ」
今度はちゃんと声が出た。
「あさひ、直ぐに治療しないと」
「そ、そうだね」
あ、藤堂さんもいた。
治療? ……あぁ、僕オクタに刺されたんだっけ。
身体を見ると左胸に穴が空いて、血がべっとりついてる。
あー、これは彼女達が焦るのも無理ないか。
不老不死とはいえ、痛みはそのまま感じるし、あまりに酷い怪我を負うと意識失うんだよね。
気絶して倒れてただけだけど、彼女達からしたら僕が死んでたように見えたかもしれない。
とりあえず二人を落ち着かせないと。
「大丈夫だよ」
「大丈夫なわけないでしょ」
「そうだよ!」
「大丈夫、待ってれば治るから」
言ってる間にも身体が軽くなっていく。
二人はどの辺から見てたんだろう。穴が塞がっていくところとか見られちゃったかな?
体が勝手に治っていくところなんか見ちゃったら、トラウマになっちゃうかもしれないなぁ。
いやまぁ、仕方ないか。この状況で不老不死なことを隠すのは無理だ。どうせ嫌われるなら、いっそ一思いにだね。
「葉月ちゃん?」
「僕ね、死ねない身体なの」
体を起こす。腕を上げて穴の空いた部位を見せつける。
その穴はまさに塞がっていこうとしているところで、それを見た二人の目が丸くなった。
「不死ってやつだね。どんなに酷い怪我を負ってもこうやって待ってれば治るから」
「そんなことってあるんだ……」
「……もしかして、それがこれまで無茶しようとした理由?」
「まぁ、そうだね。誰かが怪我するなら、直ぐに治る僕がするのが一番損しないでしょ?」
二人とも黙り込んじゃった。
真剣な顔だ。納得してくれたみたいだね。
それじゃあ、別れを告げようかな。いつまでも話してても仕方ないし
「ご覧の通り。僕は勝手に治るから、もう放っといてくれて大丈夫だよ」
そう言って、身体を倒して地面に寝転がった。
目を瞑って気持ちを落ち着ける。
後は彼女達が離れてくのを待つだけだったのだけど――。
「何言ってんの?」
「いやいや、放っとくわけないじゃん」
――え?
そんな言葉が降ってきて思わず目を開けると、二人は僕の横に座ったまま僕を見下ろしてた。
「何で今ので放っとくって結論になるのよ」
「いや……だって気持ち悪くない? 勝手に治るなんて。化け物みたいでしょ」
「いや、私達既に不思議な体験いっぱいしてるし。そんなこともあるかなって」
「何なら私達も魔法使えるしね」
この子達は何を言ってるんだ?
「……ちなみに僕、ただの不死じゃないんだ」
「そうなの?」
「うん、不老不死なの。本当は二百歳越えてる」
「え!?」
「嘘!?」
また目を丸くさせてる二人がまじまじと僕を見てくる。
その視線は本当に観察しているだけな感じで、気持ち悪いものを見るような目つきではなかった。
「――信じられないんだけど」
「信じられなかったとしても、本当のことだよ。高校とかにも通ってたから微分積分とか分かるし、なんなら社会人としての経験もあるよ」
まぁ、その辺は今の身体で経験したことではなくて、前世の記憶だけど。
「びぶ? 何それ?」
「だからほら。僕は本当は小さい子じゃないんだよ。構う必要は無いから」
下村さんがきょとんとした顔をした。
「いや、二百歳だったとしても葉月ちゃん、怪我してるじゃん。構うよ」
藤堂さんは呆れた顔をしてる。
「何でそれで構わないって結論になるのよ」
……何か二人とも全く動じてないんだけど。
「本当に二百歳なら、おばあちゃんってことでしょ。むしろ労らなきゃいけないんじゃない?」
「確かに!」
何か盛り上がってるし。
……何だよそれ。
寝転がったまま腕で目を覆う。
……そんな風に受け入れられるんならさ。
僕の取り越し苦労だったってことじゃん。
……何だよ、もう。
逃げてた意味……なかったじゃん。
ぐちゃぐちゃになった感情を落ち着けようとしてると、ふと頭を撫でられた。
「葉月ちゃんが不老不死? だったとしても、私達は葉月ちゃんの味方だよ」
「あさひに決めつけられるのは癪だけど、まぁ事実ね」
「……でも、渚は最初葉月ちゃんを疑ってたよねー?」
「あの時は仕方ないでしょ!」
流れるように言い合いを始めた二人。
僕は返事をせずに、そのまま頭を撫でられ続けた。
――暫くして全身から痛みが引いたところで体を起こした。
「もう大丈夫なの?」
「うん、治った」
「凄いわね」
感心したように僕を見てくる藤堂さんに対して、曖昧に笑い返す。
死なないってのは凄いのかもしれないけど、死ねないってのは不便だ。
まあ、それを彼女に伝える必要はないんだけどね。
「……ねぇ、オクタはどうしたの?」
表情を引き締めた藤堂さんが尋ねてくる。
そりゃ気になるよね。
たぶんずっと聞きたかったのを、僕が治るまで我慢してたんだろうな。申し訳ない。
僕はオクタから聞いたことを二人に伝えた。
「そんな……」
絶句する下村さん。
藤堂さんも唇を噛み締めながら俯いてる。
そりゃそうだ。自分達が騙されてたんだって知ったんだからね。
信じてた気持ちが大きい程、ショックも大きいはずだ。
僕はそれが嫌で、人と関わるのを避けてたぐらいだし。
気持ちはよく分かる。
「……ねぇ、二人は平和な世界を作りたいって思ってたんだよね?」
「うん」
「そうよ」
宝玉を集めることで願いを叶えることができるのは本当。
騙されてたのが事実だとして、宝玉については噓じゃない。
二人がやってきたことが全くの無駄だった訳じゃない。
オクタより先に宝玉を使えたら、平和な世界は実現できる。僕が気絶してから、どれぐらい時間が経ったか分からないし、今更間に合わないかもしれない。でも、可能性はゼロじゃない。
そんな感じのことを二人へと伝えた。
二人とも、何かを考えるように俯いている。
……僕にできる励ましはこの程度だ。
ごめんね、助けてもらったのに。
二人がどういう答えを出すのか、じっと待つ。
やがて藤堂さんが顔を上げた。
「ねぇ、最後の宝玉はどこにあるの?」
「……案内するよ」
「そこにオクタも居るんだよね?」
「うん、たぶん」
オクタの口振りからすると、間違いなく廃病院に向かってるはずだ。
下村さんも何か決意した表情。
でも二人とも、どこか苦しそうだ。
「大丈夫?」
「……正直まだ信じられないよ」
「それは私もね」
否定的なことを言いながらも、二人はゆっくりと立ち上がった。
「だから、本人に直接聞きにいかなくちゃ」
「そうね。そして、宝玉は平和な世界の実現に使わせてもらうわ」
しっかりと前を向いてる二人。
良かった、持ち直してくれたみたいだ。
二人とも、心が強いね。
「ごめん、葉月ちゃん。案内お願いしてもいい?」
僕は頷いてから、立ち上った。
◇
廃病院の地下施設。
AIが眠る部屋へと一つの影が訪れた。
デフォルメされた兎のぬいぐるみ。黒い体に金色の目。大きな口から覗くギザギザの歯。
可愛らしくもありつつ、どこか不気味な印象を与える存在――オクタだ。
彼は沢山の機器が鎮座する中を縫って、モニターの前へと移動する。
「――生きてるかい?」
その言葉に呼応するようにモニターが明滅した。
『お嬢ちゃん以外でのお客さんってのも珍しーな。しかもうさぎさんって、ここは不思議の国とはちゃうんやけどね』
相手のことを意に介さないマシンガントーク。
葉月と対面している時と変わらない、飄々とした態度でAIはオクタを迎えた。
「僕を覚えてるかな?」
『――監視カメラに残った映像でいうと、うちの電源が落ちてるときに似たのが訪れとるね。外見一致度は九十八パーセント以上』
つらつらと喋るAI。オクタはそれを黙って聞いている。
『それ以外で言うと……昔の映像は失われとーから姿形での該当は不明。声の特徴で類似するパターンが二件。声質含めると一件が該当しとるかな。サンプリング数が少ないんで確証度的には低いけど、可能性がいっちゃん高いのは――施設が放棄された後に、やってきた人かいね』
「おそらく、それで合ってるよ」
『そーかー、久しぶりやねぇ。ていうか自分、人なん? うさぎって呼んだ方が良い?』
「どっちでもいいよ」
AIからの問いかけをバッサリと切り捨てて、オクタは自分の目的を果たすべく本題を尋ねだした。
「葉月……君の言うお嬢ちゃんかな? が手に入れた宝玉はどこにあるんだい?」
『おっ。自分、やっぱお嬢ちゃんと知り合いなんか』
「……やっぱ?」
『せやね。お嬢ちゃんから、話ちょいちょい聞いてたんよ』
「そうか……そうだね、彼女がちょっとここに来れなくなったから、代わりに受け取りにきたんだよ」
『そうなん?』
「うん。彼女は君に聞いてくれって言ってたんだ。だから、宝玉の場所を教えてほしい」
『ふーん、まぁええか。お嬢ちゃん、確かどっかの部屋に置いとくって言ってたわ』
「どっか?」
尋ねるオクタの前でモニターが明滅する。
スクリーンに映し出されたのはこの施設の地図だった。
『お嬢ちゃんのこれまでの行動範囲はこの辺やね』
AIの言葉と共に地図上に、赤い軌跡が描かれていく。
『やから、この辺りの部屋にあるんちゃうかな』
軌跡上にある幾つかの部屋に印が打たれた。
「確認してみるよ。ありがとう」
『いえいえー、嬢ちゃんによろしくなー』
「うん、伝えておくよ」
AIに言葉を返すとオクタは引き返し、AIから教えてもらった部屋を確認していった。
そうして幾つかの部屋を巡ったところで、室内に放置された机の引き出しから赤い宝玉を発見した。
それを取り出し机上に置いたオクタは、残りの宝玉を取りだして横に並べる。
机上に並べられた七つの宝玉。
全てが揃ったことで、それまでビー玉にしか見えなかったそれに変化が生じる。
お互いが呼応するかのように、宝玉が輝きだした。
それを黙って見つめていたオクタが、宝玉へと手をかざし――。
「「――オクタ!」」
背後から突如かけられた声に、動きを止めた。
振り返った先、部屋の入口に三人の少女の姿があった。




