20 怪しいなんてものじゃないでしょ
「いや、ごめんね。できるだけ自然を装って声を掛けたかったんだけど、さっきの挨拶は良くなかったね」
そんな言葉を吐きながら、二つの赤い目が降りてくる。
何気ない口調で話しかけてくるオクタに対し、僕の心はとてもざわついていた。
確かに撒いたはずだ。崖下に落下して隠れてた時、僕は警戒していた。幾ら彼の姿が闇に溶けると言っても、近くに居たら気づいてたはずだ。
そもそも、今オクタは僕の進行方向に居る。
僕を見つけて追いついた訳じゃない。待ち伏せされたんだ。
どうやって?
これも彼の魔法?
いや、落ち着け――。
「ふーん。怪我は治ってるみたいだね。それに崖を落ちた時の影響も無さそうだ」
「……乙女の体を無遠慮にじろじろ見ないでくれるかな。セクハラだよ」
手品師仕込みのポーカーフェイスを顔に貼り付けて答える。
大丈夫。動揺は顔に出てない。
「あぁ、ごめんごめん。心配してたんだよ。許して欲しい」
僕の言葉もまるで気にしてない様子のオクタ。
表情も見えないし、本当に何を考えてるか分からない。
「それで、わざわざ待ち伏せして僕をどうするつもりなの?」
「怪我したまま逃げられたら誰だって心配するだろう?」
「なるほどね。じゃあ、これで君の心配も無くなったわけだ。良かったよ」
「そうだね、安心したよ」
話してる内容は普通。額面通りに受け取るなら、心配だから追ってきたってことになる。
でも本当かなぁ。何か怪しいんだよね。
これが下村さんだったら、本当に心配してくれたんだろうなって思えるんだけど。
やっぱり見た目の問題かな。あとは雰囲気もあるかも。
「君はこれからどうするつもりなんだい?」
考えてると、今度はオクタが尋ねてきた。
「どうするってのは、どういう意味?」
「あの状態で逃げ出したから。次、顔を合わせづらいんじゃないかなって思ってね」
あぁ、なるほど。下村さん達との関係を気にしてくれてるわけか。
それとも僕が逃げると宝玉が手に入らなくなることを気にしてる?
うーん、どうしても穿った見方をしちゃうなぁ。
「次、顔を合わせる必要はないんじゃないかな?」
「……どういう意味かな?」
「元々、僕らはお試しで一緒に行動することにしただけだし。今回が最後ってことだよ」
オクタがじっとこちらを見てる。
「あぁ、宝玉については心配しないで。連絡くれたら、ちゃんと渡しに行くから」
こちらの要求だけ伝えて、オクタの言葉を待つ。
ややあってオクタが口を開いた。
「それはできれば避けたいかな」
「何で?」
「朝陽と渚が悲しむから」
おや、彼女達の心情を気にするんだ。
やっぱりいい人なのかな。
……ん?
「……下村さんは分かるけど、藤堂さんも?」
「そんな冷たいことを言わないで欲しいね。表面では取り繕ってても、内心で気にする子だ」
へぇ。藤堂さんって、そういう子なんだね。
そして、君は彼女達のこと、ちゃんと見てるんだね。
「怪我のことを気にしてるなら、僕が治したことにするよ」
……ふーん。
「どうしたんだい?」
「あぁ、ごめん。何でもないよ」
オクタの問いに首を横に振る。
さて、どうしよう。
オクタの言い分は理解した。
でもなぁ。今回はそれで済んだとして、次はうまくいくか分からないしなぁ。
そもそもが彼女たちに踏込み過ぎてるって判断したばかりだし。
「――いや、やっぱり止めとくよ」
「次が最後の宝玉だ。どちらにせよ次で終わる。だから、もう一度だけ一緒に行動しないかい?」
あぁ、確かに次が最後ではあるね。
それでも次また一緒に行動するのはリスクが高い。
僕は首を横に振った。
「ごめんね。もう決めたから」
「……そうか、残念だよ」
ようやく諦めてくれたみたいだ。
「二人には僕から伝えておくよ」
「お願いするよ」
「それじゃあ、君の宝玉が必要になったらまた連絡するね」
そう言うと、オクタはまた空へと浮かんでいった。
赤い目が去っていくのを見る。
暫く待って、どうやら本当に去ったらしいと思えてから、ようやく息を吐いた。
いやぁ、緊張したね。
追ってくるのは警戒してたけど、まさか待ち伏せされるなんてびっくりだよ。
登場の仕方からしてめちゃくちゃ警戒したけど、とりあえずは何事もなくやり過ごせて良かった。
――それにしても、だ。
何でそこまで僕にこだわるんだろう。
二人が悲しむから、だけにしてはしつこかったと思う。そこまでして僕を引き込むことに意味があるのかな。
良く分からないね。
まあ、考えるのは街に戻ってからにしようか。流石に今日はもう疲れた。
頭を振って気持ちを切り替えると、僕は移動を再開した。
そうして山間を暫く彷徨ったところで、手頃な場所を見つけたので、そこで朝まで休むことにした。
翌日、日が昇ってから山を下りてバス停まで何とか移動し。
数時間待ってバスに乗り、街まで戻った。
ホテルに戻って、シャワーを浴びてからベッドに飛び込む。
そのまま、僕は眠りについた。
◇
『ほな次が最後かー。もうすぐ、全部揃うんやね』
「そうだね」
AIと会話しながらポテチを食べる。
宝玉集めから戻って数日後、僕はまた廃病院の施設に来ていた。
あの日ホテルに戻って、寝て起きたら丸一日経ってて驚いた。
それから何日かダラダラして、もうすぐ下村さん達から連絡が来るかなーって思い、僕が持ってた宝玉を取りに来たのだ。
『でも寂しいわー。宝玉が揃って願い叶えたら、お嬢ちゃんがここに来る理由も無くなっちゃうやん』
あれ、言ってなかったっけ?
「僕、まだ願い叶えないよ」
『ん? どういうことなん?』
「今回願いを叶えるのはあの子達。で、五十年待って、次が僕の番」
下村さん達と決めたことをAIに伝える。
『ふーん、五十年も待たなあかんのに譲るんや。お嬢ちゃん、優しいなぁ』
「待つのは慣れてるからね」
『お嬢ちゃん、いくつよ? 今生きてる年齢の数倍の時間が要るんよ。たぶん、想像以上やと思うで』
残念、数倍じゃなく数分の一なんだな。だから想像の範疇さ。
まあ、そんなこと言うつもりはないけど。
『それにしても、そのオクタって妖精。不思議なやつやな』
「そうだね」
AIの言葉に頷く。
オクタには謎が多い。
魔法に関しては妖精だから、ということで理由付けが済むにしても、それ以外で不可解なことが多い。
『平和な世界ってどう作るつもりなんやろね』
「何か、ここで作られてたロボットを排除するって言ってたかな」
『そんな地域限定でいいんかい』
それも謎の一つだね。
言ってることは大きいけど、スケールは非常に小さい。
平和な世界を作りたいなら、世界中の紛争をなくさないといけないんじゃないかな。
今のところ、彼らは一つの街規模でしか活動していない。
……いや、待てよ。
「他にもロボットを作ってる施設ってないの?」
『それは分からんなー。放棄されたタイミングで、施設間のネットワークから切り離されてもーたみたいでね』
今は分からないけど、少なくとも昔はあったのか。
実は日本のあちこちでロボットが作られてて、オクタはその全部を相手にするつもりだった。ってこともあり得るのかな。
だとしたら、話の規模はもっと大きくなるね。
まあ他の施設もここみたいに放棄されてたら、意味がないけど。
うーん、他の施設がどうなってるかって分かればいいんだけど。
「そもそも、ここって何で放棄されたの?」
『三十年前やからねー。記録が死んどるわ』
「そっか」
てことはオクタは三十年前に放棄された施設のロボットを根絶しようとしてるってこと?
やっぱり何かおかしい。
『悩んどるねぇ』
「うん、オクタに裏がありそうだから」
『もうちょい、そいつの情報貰えたら何か思いつくかもしれんで』
「ほんとに?」
『何せ、うちはスーパーAIやからね』
その発言が嘘くさい。けどAIなのは事実なんだよね。僕よりも賢いのは間違いない。
オクタのことを話して僕の不老不死がバレる訳でもないし、話してみても良いか。
そう思って僕は、オクタとのこれまでのやり取りを振り返って、AIへと伝えた。
『なるほどなぁ』
「何か思いついた?」
『うーん。まぁ幾つか仮説は立てたで』
AIの言葉と共にスクリーンに文章が浮かぶ。
えーと何々?
一個目の説は……ただの友好的な妖精説、ね。
僕や下村さん達を気遣った発言をしてる所から出た推測みたいだ。
他にも色んな説を並べてくれてる。
新種の動物説、AIも知らないロボット説。
地球外生命体説……って宇宙人ってことだよね?
なるほど、魔法に見えるのは超科学技術なんじゃないかってことね。
『どない? これはって思うものはあった?』
ある程度の時間が経ってからAIが尋ねてきた。
「うーん、どれもしっくりこないかなぁ」
一通り読んだのだけど、これはあり得そうだっていうのは無かった。
でも、実際はこの中のどれかだったりするのかなぁ。
『そうかぁ。そうなるとなぁ』
「どうしたの?」
『いや、実はもう一個可能性があるんやけどね』
何か歯切れが悪いね。
ていうか、思いついときながら隠してたんだ。
『ちなみになんやけど、オクタの容姿ってどないな感じなん?』
「容姿? 容姿はね……」
オクタについて尋ねられたので、ぬいぐるみのような体や不気味な顔について伝える。
『そっかぁ。やっぱそうやな……気を悪くせんといてな』
そう言って新しく浮かんだ仮説。読むと結構酷いことが書かれていた。
なるほど、AIの歯切れが悪くなるはずだ。
オクタのことがだいぶ悪者寄りに書かれている。彼との親密さによっては、腹を立ててもおかしくない。まあ、僕は別に彼と仲良しなわけじゃないから気にしないけど。
仮説と合わせて、AIから提示された根拠を見て、僕はため息を吐いた。
次話は明日の朝に投稿します。




