19 食べられたのが本物じゃなくて良かったよ
うーん、どうしよう。
蛇もどきに飲み込まれた僕は、その薄暗い体内で悩んでいた。
暗い中で周りを窺う。蛇もどきの体内は、空洞になっていた。
かなり狭くてキツいけど、這って動けるぐらいには自由が利く。
蛇に似てるとはいえ、木の根っこで形作られただけの偽物だから、消化される気配も当然ない。ただ、木の中に取り込まれたって感じだ。
そういえば本物の動物に捕食されたら、僕の体ってどうなるんだろう?
体が消化され尽くしたら、死ねるのかな?
でも死ねずに、胃の中で再生し続ける可能性もありえるか。そう考えたら試す気にはなれないや。
とりあえず、そう言った心配が要らないのは良かった。
下村さん達はどうしてるかなぁ。
僕に構わず、魔法を撃ってくれて構わないんだけど。
下村さんは躊躇いそうだよなぁ。藤堂さんなら割り切ってくれそうだけど……でも、あの子もなんだかんだ根は優しそうだしなぁ。
もし二人とも攻撃してくれなかったら……ここから出られるのに暫くかかりそうだよね。
仕方ない、僕も動こう。待ってるだけだと身体もキツいし。
問題はどっちを目指すかだよね。
外に出るか。それともこのまま奥に進んで宝玉を探すか。外に出たら、下村さんも安心して攻撃できるよね。
けど、宝玉に今一番近い位置にいるのはたぶん僕だ。このまま奥に進んで宝玉が見つかれば、それで終わる。
どうしようかな……。
悩んだ時に思い浮かんだのは下村さんだった。
全くの他人である僕のことを心配して、真剣に怒ってたこと。
山を登る時に手を握るか離すかで争って、楽しそうに笑ってたこと。
その顔が――夢の中で見た少女と重なった気がした。
……うん、奥に進もう。
やっぱり僕は下村さんに近づき過ぎてるや。
彼女達にはあまり頼らずに動こう。
周りは薄暗いけど、飲み込まれた時の感じから奥の方向は予想がつく。
僕は這いながら奥を目指した。
――どれだけ進んだろうか。
「あちゃー、行き止まりかぁ」
辿り着いたのは、行く手が木の根に覆われた行き止まりだった。
僕の力では、どう頑張ってもこれ以上先には進めない。
どうしようかなと思いながら、ふと奥を見て気づいた。
「――ん? あれは……」
木の根に覆われた先。根の隙間から小さな丸っこい玉が、薄っすら光ってるのが見える。
……うん、たぶんあれ宝玉だ。
でもどうやったら取れるだろう。宝玉の周りを守るように根っこが絡まってる。僕の手は小さい方だけど、それでもこの隙間は通らないや。
せっかく見つけたのに、取るのは無理かぁ。
どうしよう。今から戻るのも面倒くさいんだよね。
でもこのまま、ここに居てもどうしようもないしなぁ。
その場で悩んでると、足元の圧迫感が急になくなった。
「葉月ちゃん!」
続けて僕を呼ぶ声が聞こえてくる。
狭い空間の中でもがいて何とか足元の方を見ると、下村さんが周りを押し広げながら這いずってくるのが見えた。僕を見てホッとした顔をしてる。
え? まさか、ここまで潜ってきたの?
僕を助けるために??
「今助けるからね!」
「っ……待って、この先に宝玉があるんだ」
危ない。動揺して思考が飛んでた。
下村さんの声で我に返った僕は、宝玉がこの先にあることと、手が届かないことを伝える。
何とかするって返してきた下村さんが、僕のところまで這ってくると、どこからか取り出した魔法のローラーを振った。
魔法の絵の具が根っこを破壊して、宝玉が露出する。
瞬間、急に周りの締め付けが強くなった。
周りを支えてくれてた下村さんが、耐えきれなくなって倒れ込み、僕と密着した。
ちょうど、僕のお腹の位置に下村さんの頭がくる。
宝玉はと言えば、既に根っこが再生して宝玉を覆っていた。根っこを破壊したら、すぐにでも回収しないといけないみたいだ。
「ごめん」
「大丈夫だよ……ねぇ、朝陽さん。もう一回さっきのできる?」
「え?」
下村さんが目を丸くした。
そんなに驚くこと言ったかな?
「魔法を撃った後、十秒……いや五秒でいいよ。周りを支えてくれたら、その間に僕が取るよ」
「でも――」
何かを言いかけて、やめる下村さん。
首を軽く振った後、決意のこもった目を僕に向けてきた。
「分かった。十秒と言わず、二十秒でも三十秒でも支えてあげる」
……あれ? いいんだ。
言ってはみたものの、危ないことはしちゃ駄目って止められるかと思ったよ。
前回から何か心境の変化でもあったのかな?
まぁ、何でもいいか。
「ほんとに? じゃあ一分ぐらいお願いしてもいい?」
「え? いや、それは……」
あまりにも真剣な表情をしてたから少しからかったら、思いのほか戸惑った表情になった。
そのギャップが面白くて思わず吹き出してしまった。
からかわれたのだと気づいた下村さんがむくれた顔になる。
「もう、葉月ちゃん」
「ごめんごめん、それじゃお願いね」
「うん。任せて」
そう言うと下村さんが気合いを入れて、腕を立てる。
背中で回りを押し広げて膝立ちになり、そこから器用にローラーを操って周囲にカラフルな帯を描いた。
凄いや。
「いくよ!」
「うん!」
帯が周りの締め付けを受け止めてるんだろう。
ある程度自由になった下村さんが再びローラーを振って魔法の絵の具を飛ばした。
絵の具が根っこに直撃した瞬間、身体を前方へと動かして腕を伸ばす。
宝玉までもう少しというところで、再生してきた根っこの一部が腕に突き刺さった。
「っつ!」
縫い止められた状態になり、腕が止まる。
痛みは我慢できる。
背後の状況は分からないけど、たぶん締め付けが強くなったんだろう。
根性で周りを支えてくれてるんだろう下村さんの踏ん張り声が聞こえる。
彼女がそこまで頑張ってくれてるんだ。
元男で、歳上の僕が頑張らないわけにはいかない。
腕を無理やり突き出す。
自分の肉体が裂かれる嫌な感触を感じながら、伸ばした先で硬質的な質感の物質に触れる。
――宝玉に届いた。
そう判断した僕は、それを迷わず握りしめた。
途端、周囲の根っこが弾けた。
急な開放感と共に浮遊感が生まれる。
落下してる?
「ぷぎゃっ」
数舜後、地面へと落ちて悲鳴があがる。
……今のは僕の悲鳴じゃないよ?
振り返ると、同じく落下してた下村さんが尻餅をついていた。
「――二人とも大丈夫?」
お尻を擦りながら痛がる下村さんへと、オクタと藤堂さんが近づく。
彼女の様子を確認した藤堂さんが僕へと顔を向けて――驚いた表情をした。
「あなた、凄い怪我してるじゃない!」
ハッとして右手を見ると、肉がズタズタになっていた。
枝が突き刺さって縫い留められてたのに、無理やり動かしたからだ。
それ自体は問題じゃない。
問題は――既に治癒が始まりかけてることだ。
――マズイ!
「僕は大丈夫だから! 宝玉、ここに置いておくね! それじゃあ!」
僕は腰を上げると握ってた宝玉をその場に置いて、回れ右する。
その勢いのままダッシュして、その場を逃げ出した。
「ちょっ、待ちなさいよ!」
背中にそんな声が聞こえるけど、待つわけにはいかない。
構わず走り続けていると、足元に揺れを感じた。
「な!」
「何でこんなとこに!?」
二人の驚きの声に首だけ振り返る。彼女達の傍に、さっきまでは無かった、何か大きな塊が鎮座していた。
あれは……ロボット?
何でこんなところに?
――まあいいや。チャンスだ。
いつもの感じなら、二人が負けることは無いはず。
ロボットが何で現れたのかは分からないけど、足止めしてくれてる間にできるだけ逃げよう。
僕は迷わず生い茂る木々の中へと飛び込み、そのまま駆け続けた。
周りの木の枝に当たっても気にしない。木の幹に引っ掛けて、こけないようにだけ気を付けて斜面を駆け下りる。
そうした下っていると、不意に視界が開けた。
坂道が途中で途切れてる。崖だ。
勢いを落とさずに――というより、勢いがつき過ぎて止まることもできないので、僕はそのまま崖から飛び降りた。
浮遊感、のち数秒後に衝撃。
下に生えてた木の枝を折りながら、地面に叩きつけられるように着地した。
痛みを我慢して起き上がろうとして、違和感を感じる。
足に目を向けると、右足が変な方向に曲がっていた。
すぐには歩けなさそうなので、仕方なく這って茂みの陰に移動する。
上から見えないだろう位置に身を潜めて、身体が治るのをじっと待つ。
時折上を見てみても、茂みの陰に隠れてるのでこちらからも様子は窺えない。
そうこうしてるうちに動けるくらいまでは治ってきたので、静かに移動を開始する。
彼女達が追ってくる気配は感じなかった。
後はこのまま山間に隠れてやり過ごして、昼間になったら山を降りれば良さそうだ。
いやー、危なかった。もう少しで治るのを見られるところだったよ。
あまり関わらないようにって思ってたのに、つい張り切り過ぎちゃった。
だって、仕方ないじゃん。わざわざ僕なんかを助けるために、蛇もどきの体内に潜り込んできたんだよ?
あんなことされたらアドレナリン出ちゃうよ。
でも、どうしようかな。
無理やり逃げちゃつたし、この先下村さん達とは接しづらい。怪我のことを問われても答えに困るし。
……いいか。元々、今回で関わるのは最後にするつもりだったんだ。後は彼女達が残りの宝玉を集め終わったら、僕の持ってる宝玉を渡してバイバイしよう。
それなら、バケモノだって思われることもないしね。
さっきの出来事は彼女達と距離を置くのに、ちょうど良いきっかけだったかもだね。
そんなことを考えながら、隠れるのに良さそうな場所を求めて移動してると――。
「――今夜は月が綺麗だね」
唐突にそんな言葉が降ってきた。
動きを止めて、顔を上げた先。そこに広がる、生い茂った木々。
その間に二つの赤い丸で浮かんでいた。
闇に紛れて視認しにくいけど、声で分かる。
「……何でここに?」
問いかける声が乾いているのが自分でも分かる。
「何で? そんなの当然、君を心配してるからだよ」
撒いたはずのオクタが、そこに居た。
次話は明日の朝に投稿します。




