17 嫌なことを思い出した時には気分転換するのも大事だね
感覚がふわふわとしている。
お風呂に身体を浮かべているような浮遊感。
お風呂に入ってたんだっけ?
そんなことを考えた途端、足の裏に固い感触があった。
……違うな。ここは外だ。
何気なく周りを見る。左右には田んぼが広がっていた。
田んぼの間に作られた畦道。その上に僕はいた。
何だか懐かしい光景だ。
『――ちゃん』
名前を呼ばれた気がして振り返ると、笑顔で手を振ってる女の子が目に入った。顔がよく見えないけど、なんとなく誰か理解できた。
その子の元へと駆け寄る。隣に並んだところで、その子と一緒に歩き出す。
笑顔で楽しそうに話す女の子。こっちまで楽しくなってくる。
『雨、降りそうだね』
言われて空を見ると、どんよりとした雲が空いっぱいに広がっていた。
さっきまで晴れてたのに、言われた通り雨が降りそうだ。
女の子へと声をかけようと視線を下ろすと、辺りの様子が変わっていた。
僕は川の傍にいた。いつの間にか雨が降っているようだ。川の流れが凄まじい。
川べりに人が横たわっている。男の人?
さっきの女の子が男の人に抱きつきながら泣き叫んでいた。
必死さ具合に声をかけられず黙ってると、女の子が顔を上げてこっちへ振り向いた。
『――あっちへ行ってよ! 化け物!!』
◇
目を開けると、見慣れたホテルの部屋の天井が目に飛び込んできた。
体を起こして時計を見ると深夜二時を少し過ぎたところだった。
……夢か。
懐かしい夢を見た。何十年も前の記憶だ。細かい部分は実際の記憶とは違うけど、それは夢だからだろう。
僕が人を信じなくなった時の記憶。それ以前にも色々あったけど、あれがきっかけになったのは間違いない。
最悪な目覚めだ。
寝汗を沢山かいてて気持ち悪いので、シャワーを浴びてからまたベッドに潜り込む。
その後もなんだかんだ寝れずにゴロゴロして、朝になっても憂鬱な気分は晴れなかった。
宝玉探しは週末なので本当ならこのまま今日は一日何もしたくなかったけど、そういう訳にもいかない。
お金は稼がないといけない。
不老不死なので、別に飲まず食わずでも生きていけるし、寝泊まりする所も正直要らない。けど生きるのとは関係なしに美味しいものは食べたいし、お風呂にも入りたいしベッドでも寝たい。
そのためにはお金がいる。
今僕は死ぬために宝玉を探してるけど、だからと言ってお金が要らない訳じゃない。お金も無く惨めに死んでいくのと、お金はあって普通に終活しながら死んでいくのとでは全然違うと思う。
なので、お金を稼ぎに行かないといけない。
せめてもの抵抗で午前中は部屋でゴロゴロし、昼を過ぎてから活動を始めた。
ダルい身体を無理やり起こして、出かける準備をする。身だしなみに特に注意してから、少し離れた商店街へと向かう。
辿りついたのは一軒のカフェ。
夜はマジックバーとして、ドリンクとかを注文することでプロのマジシャンのマジックが堪能できるという店だ。
昼間の時間はただのカフェとして運営されているのだけど、カフェ内に設けられた舞台を借りてアマチュアのマジシャンがパフォーマンスできるようになっている。
この時間にパフォーマンスするのはあくまでアマのマジシャンなので、ドリンクとかにはパフォーマンス代は含まれてない。普通の喫茶店やカフェと同じような値段設定になっている。マジシャンに対しても基本は無給だ。
それでもアマの人が練習できる場としては非常に重要だと思う。こういう所で練習して慣れて、プロの世界に踏み出せるといいよね。
何でも店長がアマの人を応援したい、という目的で貸し出してるらしい。無給とはいえ、お客さんからおひねりをもらうことは禁止されてないし、パフォーマンスが好評だった時には店長からも寸志を貰える。
僕は、この街に来てからの金策手段の一つとして、このカフェで定期的にパフォーマンスさせてもらってる。
プロでこそ無いけど前世含めて、この道二百数十年のベテランだ。
ハッキリ言って、そんじょそこらのプロにも負けないパフォーマンスができると自負してる。
小学生~中学生ぐらいの可愛らしい女の子がプロ顔負けのマジックを披露したら、反応はどうなるか?
――答えは簡単。めちゃくちゃ受けるのだ。
特にお年寄りなんかは孫にお小遣いをあげるぐらいの感覚で皆、おひねりをくれる。
お年寄りからお金をせしめる構図はちょっとあれだけど、一人一人から貰える額は本当に小学生のお小遣いレベルだし、それで皆喜んでくれるのだからウィンウィンだと思う。
まあ本当は僕の方がずっと年上で、玄孫よりも歳の開いた人達が、僕のことを可愛い可愛いって言ってる状態なんだけどね。
今日はカードを使ったマジックを披露した。
お客さんも巻き込むようなのが、より受けるんだよね。
カフェに来るまでは憂鬱だったけど、お客さんに魅せる時にはやる気の無い顔なんてできない。
ポーカーフェイスで気持ちを隠して、いつものようにパフォーマンスを行うと、お客さんもいつものように盛り上がってくれた。
何よりマジックをしてると気が紛れてきて、パフォーマンスが終わる頃には気持ちもだいぶ持ち直せた。
皆の席を回って、挨拶をしたらパフォーマンスは終了だ。
挨拶周りの時にもらったおひねりを肩掛けカバンに閉まって、カウンターへと向かう。
その奥に控えてるカフェのマスターへと挨拶をした。
「ありがとうございました」
「お疲れ様、今日も良かったよ」
笑顔で出迎えてくれるマスター。長髪を後ろでまとめたエプロン姿。女性の割に長身で、それでいてスラッとした体形をしていてモデルみたいな人だ。
マスターには僕のマジシャンとしての腕前を見せてからは、凄く良くしてもらっていた。
「お腹は空いてる? 何か作ろうか」
「ありがとうございます……それじゃあサンドイッチお願いします。量少なめってできますか?」
「食べ過ぎると夜ご飯が食べれなくなるもんね。オッケー、任せて」
そう言って、僕に背中を向けて準備を始めたので、カウンター席に座って作ってくれるのを待つ。
しばらくすると小皿にお洒落に盛られたサンドイッチが出てきた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうだよ。葉月ちゃんが来てくれる日はカフェが繁盛するからね」
「そうなんですか?」
ぐるっと店内を見渡す。自分が来る時はいつもこんなもん……いや、最初にパフォーマンスさせてもらった時はもっと少なかったかな?
自分が来るときは繁盛してるってことなら、最初の時ぐらいが普段のお客さんの入りなのかもしれない。
「お客さんもね。葉月ちゃんは次いつ来るんだー、て。よく詰められるだよ」
「あはは、光栄ですね」
笑いながら、サンドイッチを頬張る。
リップサービスも多少入ってるだろうけど、そこまで褒められるとやっぱり嬉しい。
「皆葉月ちゃんはプロになれるって。それまでは死ねないって言ってる人もいるよ」
「それは……逆に責任が重いですね」
僕は成長しないし、死ぬつもりだからプロになるつもりもないんだけどな。
プロにならなかったら、その人いつまでも死ねないことになるけど大丈夫かな?
いや、その人のご家族にとっては死なない方が良かったりする?
「責任を感じる必要はないよ。気負わずにやるのが一番だからね。……でもそんなに期待されてるって凄いことなんだよ」
「そうなんですね」
そうだろうね。実際、前世ではどれだけ頑張っても期待はされなかったし。
それを思うと、見た目が変わっただけでここまでチヤホヤされるんだから、ちょっと虚しくなるよね。
「ね、葉月ちゃん。大人になったら正式にうちで働かない?」
マスターが声量を落としながら、そんなことを言ってきた。
そう言ってくれるのは素直に嬉しい。でも僕の身体は歳を取らないし、大人の身体になんてなれない。
いつまでも成長しないってのもおかしな話になるので、このカフェにも長くは通うことはできない。
宝玉集めのために五十年待つにしても、頃合いを見てマスターには別れを告げないといけない。
僕は首を横に振った。
「ごめんなさい」
「そっか、まあ働くなんてまだまだ先だしね。いつでも待ってるからね」
「ありがとうございます」
もともとあまり期待してなかったのか、マスターはそこまで残念がってはいない様子だった。
そうこう話しているうちにサンドイッチも食べ終わったので、席を立った。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。いくらですか?」
「お代はいいよ。あとこれ、少ないけどもらって」
「あ、えーと……すみません。ありがとうございます」
寸志を頂けるだけでなく、ご飯も驕りにしてもらえちゃった。さっきの誘いといい、僕のことを気にかけてくれてるんだろうか。
断って強引に払うのも失礼な気がするので、ご厚意に甘えて素直に頭を下げた。
何度かお礼を言って店を出る。
このお店にはお金を稼ぐために来たわけだけど、無心でマジックができて気晴らしになった。
来てよかったね、うん。
外の通りを歩きながら少し冷静になった頭で色々と考えてみる。
僕のことを孫みたいな感覚で優しくしてくれるお店のお客さん。
色々と気にかけてくれるマスター。
得体の知れない子供相手に、凄い心配してくれる下村さん達。
この街の人達は基本的に皆優しい。
でも、それでも……。
頭の中に、夢に出てきたあの子が思い浮かぶ。
……うん、やっぱり人と関わりすぎてるね。
もう少し抑えないといけない。
交流を続けて期待値が大きくなればなるほど、その後の失望も大きくなってしまうから。
なら、初めから期待値は低い方が良い。
僕は改めて、下村さん達ともう少し距離を置くことを決意した。




