12 青の魔法少女は覚悟を決めた
今回は魔法少女側の話になります。
日が沈み、夜の帳に包まれた住宅街。
街灯に照らされた生活道路を一人の子供が走っていた。
ジャージ姿のその子供は十二歳になったばかりの少年であり、この時間に出歩いているところを見つかれば補導は免れない。
そんな少年が、誰に見つかることもなく何かから逃げるように必死に走っていた。
時折、背後を気にする視線の先。得体の知れない何かが、少年を追いかけていた。
必死の追いかけっこは唐突に終わる。
逃げているのは年端もいかず、まだ体力の少ない少年。いつまでも走り続けることはできず、疲れてきたところで足がもつれて転んだのだ。
その隙を逃さず、少年の背後へと迫る何か。街灯に照らされ顕になったそれは多足型のロボットだった。
小さめの軽自動車と同程度の大きさをした、真ん丸の胴体。そこから生えた六本の足。そのサイズの時点で既に不気味なさまを呈しているが、加えて足がそれぞれに駆動して迫る姿は人の嫌悪感を掻き立てるものがあった。
怯える少年に近づくロボット。
足を伸ばせば少年に届くというところまで迫った、その時。
何かがロボットにぶつかり、ロボットを後方――元来た道の先へと吹っ飛ばした。
数瞬後、少年の前に二つの影が降り立つ。
片や赤のアイドル衣装にペイントローラーを掲げた少女。片や青のアイドル衣装に巨大なハンマ―を担いだ少女。
下村朝陽と藤堂渚だ。
「大丈夫? 怪我はない?」
朝陽が少年へと声をかける。
少年はこくこくと頭を上下させた。
その仕草に頷きながら、少年の身体を一瞥する朝陽。外見からも問題無さそうなことを確認すると、ロボットが吹っ飛んだ方向を注視する渚へと顔を向けた。
「私はこの子を安全な場所まで連れてってくるね」
「オーケー、任せるわ」
「すぐ戻るから」
「その前に倒しちゃうから、ゆっくりでもいいわよ」
渚から返ってくる軽口に薄く笑うと、朝陽は少年を抱え上げてその場から離れた。
朝陽が遠ざかっていく気配を感じながら、渚は油断なく正面を見据える。
その視線の先に、起き上がったロボットを捉える。
ロボットもまた渚を敵と見做したのか、姿勢を低くしていつでも飛びかかれる体勢を取った。
「そう、やる気なの。生意気ね。……まぁ、やる気が無かったとしても逃がさないけど」
渚もまたハンマーを構えて、迎え撃つ体制を取る。
「未成年者誘拐未遂……罪状は重いわよ。容赦はしないから」
◇
――正しいことを成しなさい。
それが藤堂渚が両親より、ことある事に聞かせられた言葉だった。
警察官の父、教師の母、そして姉の四人家族で育った渚。実直に生きることを是とする両親は、子供達にも誠実であれと教育を施してきたのだ。
それに反発した姉は高校卒業と同時に家を出ていった。姉が居なくなったことで、両親からの期待を一身に背負い育った渚は、真面目が服を着て歩くような少女となった。
家では親の言いつけに良く従って、勉学に励み。
学校では校則を守るだけでなく、風紀委員を務めることで校内の秩序を正す。
品行方正な道をひたすら歩いていた。
そんな真面目少女がオクタと出会ったのは塾の帰り道であった。
塾の講師に質問をしていて、いつもより少し帰りが遅くなった渚は、日が沈み暗がりが増した家路を急いでいたのだが、そこで暴れるロボットに遭遇したのだ。
人間大のベーゴマを模したロボット。回転しながら木や柵をなぎ倒していくそれは、街の秩序を乱す正しくない存在であり、渚は見過ごすことができなかった。未知の危険な存在に対する恐怖よりも、義憤による正義感が勝ったのだ。
そうして生身で立ち向かおうとした渚。オクタがやってこなければ酷い怪我を負っていただろう。
だがオクタは現れた。その出会いは渚にとって自身の運命を変えるものとなる。
オクタの力を借りて無事にロボットを倒した渚は、その後オクタから勧誘を受ける。
――悪を成す輩を倒すため、力を貸して欲しい。
オクタのその言葉は、渚にとって望むところであった。悪を許さない、正義の使徒であるオクタに向かって二つ返事で魔法少女になることを受け入れた。
それは、真面目に親の言うこと聞いて生きてきた渚が、初めて自らの意志で一歩進んだ瞬間でもあった。
そうして今日も渚は子供を拐かそうとするロボットと対峙する。
多足型で俊敏な動きを見せるロボット。虫にも似た動きを見せるそれは、人に不快な感情を与える。
渚とてそれは例外ではなかったが、だからといって動きが鈍ることも無く、冷静に対処する。
俊敏ではあるものの、ロボットの動きが直線的であることを見抜くと、ハンマーを振るってロボットの動きを誘導。ロボットが逃げる先を予測し、壁際に追い込むことで逃げ場を無くし、動きが鈍ったところへハンマーを叩き込んだ。
手痛い一撃をもらったことで、動きに不調が生じるロボット。俊敏さを無くしたそれはもはや渚の敵ではなかった。
「――お待たせ。……って、終わっちゃってるね」
子供を避難させた朝陽が戻った時には、戦いは既に終局していた。
「言ったでしょ。倒しちゃうって」
ハンマーをキーホルダーサイズの小物へと変化させ、懐へとしまった渚が平静に答える。
そのまま残骸へと近づいた。
「どうしたの?」
「ゴミを片付けるのよ。このまま放置するつもり?」
「あー、そりゃそっか」
合点がいった朝陽も加わり、そこからは二人で残骸の片づけを行った。
「これ、どこに捨てれば良いのかな?」
「小さいのはまとめて不燃に。大きいのは粗大ね」
「詳しいね」
「常識じゃない? あさひも覚えときなさいよ」
「はーい」
喋りながらも手を動かす二人。
粗方片付いたところへ、オクタがやってきた。
「二人とも、任せちゃってごめんね。無事かい?」
「お疲れー、問題ないよ。襲われてた子供も無事だよ」
「この程度だと、怪我しようも無いわね……それで、そっちはどうだったの?」
問題ないことを伝えた後、二人がオクタへと注目する。
「分かったよ。次の宝玉の場所」
「ホント!? よし、計画練らなきゃね。あ、葉月ちゃんにも連絡しないと」
オクタの言葉にテンションを上げる朝陽。その言葉の中に出てきた、彼女達が現在注目している人物の名前に、渚が思案顔を見せた。
「ねぇ、あの子を本当に連れてくの?」
「もちろん。何か不満なの?」
「だって……あの子、どう見てもまだ小学生でしょ。そんな子を危ない目に合わせるのってどうなの?」
言いながら、渚の脳裏には件の少女の姿が浮かぶ。
――葉月。苗字すら知らない謎の少女。死んだ目をしている、変わった女の子だ。
朝陽はそんな彼女を仲間に誘ったが、渚としては彼女と共に行動することに抵抗があった。
その理由は葉月が、まだ幼いであろうこと。宝玉を集めるのには危険を伴う。
渚が発言した通り、彼女達は葉月のことを小学生だと認識しているため、そんな子供を危険な目に合わせたくないというのが渚の考えだ。
「でも葉月ちゃんは胡散臭いやつに利用されてるかもしれないんだよ? ほっとけないじゃん」
そんな渚の言葉に、すぐさま朝陽が反論する。
それは以前にも朝陽が主張していた、葉月の境遇。
彼女が仲間に逆らえず、無理やり働かされてるのではないかという推測。
その仲間が、葉月の言う胡散臭いやつのことなのではないかと、朝陽は考えていた。
もしそうであるならば、葉月を胡散臭いやつのもとから救い出さなければいけない。
「渚だって、その考えには同意してたでしょ?」
「それは、そうだけど……」
朝陽にそう言われて渚も押し黙る。
そこへ、オクタが声をかけた。
「まあまあ、落ち着いて。僕らの方針は前にも話した通りでいくよ」
「葉月ちゃんとはできる限り行動を一緒にする。だね」
「そう。そして彼女から情報を集める。彼女の言う胡散臭いやつが、別に悪いやつじゃなかったなら、それで良いし。朝陽の言う通り悪いやつだったなら――」
「あの子を、胡散臭いやつのもとから救いだす」
朝陽の言葉にオクタが頷く。その会話を受けて、渚はため息をついた。
もとより、彼女とて葉月のことを見捨てる気はないのだ。
ただ、やり方が葉月のことを危険に晒す可能性がある。
それゆえに抵抗感があるのだが、さりとて他に良い案が浮かぶわけでもない。
かくして、渚もまたオクタと朝陽の考えに乗るのだった。
「分かったわよ。虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うし。私も覚悟を決めるわ」
腰に手を当て、仕方ないという感じで渚は告げた。
そして葉月のことを思い出す。
まだ小学校低学年なのに死んだ目をしていてる少女。
神社では重度の火傷を負ったのに、意にも介さなかった。相当な痛みを伴っていたはずであるのに。
そして、二宮金次郎との追いかけっこ。彼女は早々に諦めて自分達に譲った。
人生を悲観し、諦めが早く、そうして痛みに慣れている。加えて、あの幼さにもかかわらず夜に一人で行動している。
それらの特徴が示す事実――おそらく彼女は虐待されてる。これだけ彼女が身体を張ってるのに保護者に当たる人物――それが胡散臭いやつかもしれないが――が表に出てこないことからも、その考えは確かなものだと渚は考えていた。
できるだけ早く、彼女を救わないといけない。
そのために彼女を危険に晒すかもしれないが、要はしっかりと守ってやれば問題ないのだ。
心の内で覚悟を決めた渚の前で、朝陽は笑顔を浮かべた。
「そうこなくっちゃ。……ちなみに、こけつになんちゃらって何?」
「……朝陽はまず勉強を頑張んなさい」
「えー、教えてよ」
オクタが見守る中、二人の掛け合いが夜の闇へと吸い込まれていった。




