13 そして其々が動き出す
――政治家、畑田大悟。
その端正な顔立ちや爽やかな言動から人気を集め、政治家としては若い三十代でありながらも国会議員に選ばれた新進気鋭の青年である。
その畑田は自身の事務所の、とある会議室で一人、席に座っていた。
長机を二個並べた程度のサイズのテーブル。それを囲むように四つの座席が置かれた部屋。
上座に座っていた畑田の、対面に置かれた座席に変化が生じた。
僅かな瞬きとともにホログラムにより小太りの男が映し出される。
現れたのは統制局の総代だった。
表向きは国民に人気のある、華やかな政界人である畑田。が、その実彼は組織の一員――それも共栄会の総代という裏の顔を持っていた。
「……お久しぶりです。調子はどうですか?」
畑田が会釈をしながら挨拶をする。
対する統制局総代は鼻を鳴らすと、挨拶を返すことなく言葉を切りだした。
「共栄会が何の用だ?」
その態度で無駄話をする気は一切ないと、暗に伝える。
失礼な態度を崩さない統制局総代であったが、畑田は気にすることもなく笑みを浮かべたまま言葉を発した。
「いえね。お困りごとは無いかと思いまして」
「困りごとだと?」
訝しげな表情を見せる統制局総代に向かって、畑田が頷く。
「えぇ、色々と大変なご様子ですから」
その言葉から、何について問われているのかを統制局総代は理解した。
そして警戒するような視線を畑田へと向けた。
「……いや、特に共栄会に協力してもらうことはない」
「おや、そうですか……私の勘が外れてしまいましたね」
「そういうこともあろうよ」
取り付く島もない態度で統制局総代が言葉を返す。
その様子に肩を竦めると、畑田は頷いた。
「分かりました。まぁ、何かあれば言ってください。同士のために、我々も協力は惜しみませんので」
「……あぁ、そうだな。何かあれば頼らせてもらう」
そのあと二、三の言葉を交わしてから会議は打ち切られた。
統制局総代のホログラムが消えて、部屋には畑田が一人残る。
席に座ったまま、何かを考える仕草を取っているとドアがノックされた。
「――どうぞ」
畑田の言葉から僅かな間の後、ドアが開き一人の男性が入ってくる。
三十歳手前、スーツを着た真面目そうな青年。
彼は畑田の秘書を務める男で、名を峯岸竜太といった。
「お疲れ様でした」
「うん、まぁたいして疲れてないけどね……協力はむべなく断われてしまったよ」
峯岸からの労いの言葉に、笑いながら畑田が応える。
その言葉に、峯岸が眉を顰めた。
「我々の協力を……ですか?」
彼が疑問に思うのも無理はない。
統制局は先日の会議で、謎の力を持つ少女を調査するよう本家より命じられている。
統制局が組織に対して叛意を抱いているわけではないことを示すためにも、重要な任務であり遅延や虚偽は許されない。
普通なら、どんな手段を講じてでも少女のことを調べあげようとするはずだ。
そして、個人の調査を行うという点では、組織の中で共栄会がもっとも得意とする分野であった。
つまり共栄会からの申し出を統制局が断ることは、通常考えられないのである。
「まぁ、予想はしてたけどね」
しかし、畑田はこうなることを予想していたと言った。
その言葉に峯岸が目を見張る。
秘書の様子を面白そうに眺めると、畑田は言葉を続けた。
「簡単なことだよ……本当に我々の協力が必要なら、先日の会議のすぐ後に向こうから要請してきているはずだからね」
「……では断わられると分かってて……何故、今日の場を?」
「目的は二つだね。予想があってるかの確認と、あってる場合にそれが何故かを探ること」
畑田が指を二本立てながら話す。
「彼らが我々の協力を必要としない理由……君は何だと思う?」
「それは……我々の協力がなくても見つけられる目処がついてるからでは?」
畑田から問われた峯岸は、もっともらしい理由を述べた。
統制局総代のプライドが高いことは峯岸も知っている。
仮に謎の少女の調査について目途がついているなら、自分から協力を依頼することは避けたがるはずだ。
畑田も峯岸の言葉に頷いた。
「私も最初はそう思ってたんだけどね……」
畑田の脳裏に浮かぶ、統制局総代の表情。そこに浮かんでいた警戒の色。
そして、探るような目付き。
これまで多くの人を相手にしてきて、人心掌握にも長けた畑田は、それらの事実からもっと別の理由があるものと推測していた。
「別の理由……ですか?」
峯岸の言葉に畑田が頷く。
他にも力を持った人が居るのか。件の少女自身が別の力を持っているのか。既に居場所を知っていて隠しているのか。あるいは少女とは、もっと別の何かか……。
何にせよ、あの断罪の場でも隠しておきたいと考えるほど、重要な何かであることは間違いない。
「もしかしたら……案外、本当にAIによる統治とやらを考えているのかもね」
独り言のように畑田が呟く。
それを聞いた峯岸は、畑田へと問うた。
「どうされるのですか?」
「ありのまま、本家に伝えるよ。僕は組織のために働いてるからね」
畑田が何でもないように言った。
その様子を峯岸は黙って見つめた。
「……おや、疑ってるのかい?」
「……いえ。あなたの本心はいつも見えないので」
秘書からの正直な感想に、畑田は笑い声を上げた。
「まぁこの仕事をしてると、ある程度は仕方ないかな。でも……これは本当のことだよ。今回は、本家の無茶なお願いにも応えるしね」
畑田の言葉に、峯岸は納得したような表情を見せた。
その様子に満足気な表情を見せると、畑田は不適に笑った。
「さて、彼らは何を見せてくれるのかな?」
◇
技研の施設。その会議室。
長机を幾つも並べて、長方形の形に組まれたテーブル。その周りに、技研に所属する科学者、そして実働部隊の面々が座っていた。
会議室に集っているのは技研の中でも、それなりの地位に居る者たちである。
上座に座る総代は彼らに対して、先日行われた総代会議の内容を伝えていた。
ヴィクターと神前迅もまた、その場で総代の言葉に耳を傾けていた。
「――以上が、会議での内容よ」
総代が締めくくる。
それを受けて、科学者の一人が手を挙げて発言した。
「統制局が本家から許されるまでは、兵器の貸し出しは無し。今貸し出してる分についてはそのまま。そういうことですか?」
「そのとおりよ。概ね、こちらの想定通りの形になったと思ってもらっていいわ」
続けて他の者からも質問が入り、総代が答えてゆく。
そのやり取りを見ながら、迅がこっそりヴィクターへと話しかける。
「大将の言う通り、統制局は処罰を回避してきたな」
「大将と言うな……そうだな。ここで、この手札を切ってくるとは思わなかったがな」
言って、手元の資料を見る。
そこには変身した下村朝陽に関する情報が載っていた。
「完全に広まっちまってら。やべーんじゃねーの?」
「ひとまずは大丈夫だろう。調査は統制局の管轄になってる。大人しくしていれば、早々にバレることはないはずだ」
冷静に状況を分析するヴィクター。
それを聞いて、迅が一息吐いた。
「にしても……統制局が処罰を回避したって話、総代にとっては想定通りなんだな」
「……おそらくは、うちの兵器を勝手に制限解除した報復としては、及第点なのだろう」
迅が呟いた疑問に、ヴィクターが顎に手を当てながら答えた。
もとより、統制局の総代を失脚させられるとは考えていないはずだ。であれば、技研としての狙いはどこになるか。
技研が現在貸し出している兵器まで、全て回収することができればベストであっただろう。が、そこまでいかずとも新規の兵器貸出を停止し、統制局の悪事を本家にばらすことで嫌がらせも実施した。
報復としての目的は、十分に達成できたと考えてもおかしくない。
「うへぇ、なるほどなぁ。相変わらずだな、うちの総代は」
ヴィクターの推測を聞き、迅が嫌そうな顔をした。
その表情から想像できる迅の気持ちに同意しつつも、ヴィクターは更に思考を重ねる。
結果として、兵器の貸出を受けられない統制局は今後動きづらくなる。
元々が、売られた喧嘩を買っただけではあるが、この先統制局からの報復行為にも備える必要がある。
統制局が取る手段として、どういった行為が予測されるか――。
「し、失礼します――!」
その時、会議室の扉が勢い良く開き、スーツの青年が飛び込んできた。
会議の方では、質疑を終えた総代が今後について話をしようとしていた。
が、突然の乱入者に言葉を止め、皆が一様にスーツの青年へと目を向ける。
「今は会議中だぞ!」
「――いえ、構いません」
我に返った出席者の一人から叱責が飛んだが、総代がそれを制した。
それから入ってきた青年へと声をかけた。
「……緊急の報告かしら?」
「は、はい!」
青年の尋常ではなく焦った雰囲気に、室内が静かになる。
「落ち着いて、報告してちょうだい」
総代の言葉に、青年は何度か深呼吸を行った。
そうして幾分落ち着いたあと、佇まいを整えてから言葉を発した。
「各地にある技研のアジトが襲撃を受けています」
「な、なんだと?」
「馬鹿な――!?」
まさかの報告に、どよどよと騒ぎ出す会議室。
皆、突然のことに動揺している。
その中でも迅とヴィクターは比較的落ち着いていた。
「……もしかして、あんたの言ってた報復行為ってやつか?」
迅が尋ねるも、ヴィクターは答えない。
彼は青年の言動に注目していた。
「敵は誰ですか?」
総代が青年へと尋ねた。
「敵は……適応研の遺産です!」
「適応研の……?」
「どういうことだ!?」
更にざわつく室内。
今度は迅も驚きの表情を見せる。
「おいおい、そっちかよっ」
統制局ではなく、適応研の遺産。
それは迅にとっても想定外だった。
しかし総代が少しの間の後に発する言葉により、更に驚くこととなる。
「……そう。可能性は低いと思ってたけど……こうなると間違いないわね。皆、聞きなさい!」
総代の言葉に、一瞬で会議室が静かになる。
総代は会議室内を見渡すと、徐に告げた。
「おそらく、適応研の遺産を操っているのは統制局よ。これから統制局、適応研の遺産、双方への対抗策を検討する会議を行います」
まさかの言葉に、会議室内の皆が絶句した。
葉月に対し、ヴィクターが化物と評した人物――技研総代の深慮についていける者は、残念ながらその場には存在しなかった。




