14 過ぎたるは猶及ばざるが如しってやつかな
息を大きく吸ってみる。
周りに木が生い茂ってることもあって、青々とした緑の匂いがする。
僕達がいるのは都心から二時間程度で辿り着く山間。周囲を山に囲まれた、平野部だ。
有名なハイキングコースとは違うので普段は人が少ないのだろうけど、今日この時は多くの人が集まっていた。
僕らがこんな所にいる理由。それはえじそん先生の課外授業に立ち会うためだ。
たぶん生徒達の学校のことを考慮して、日曜に開催された授業は、そのせいもあってか参加者も見学者もばっちり詰めかけていた。
平野部の中心にはえじそん先生とカメラを持ったテレビのクルー達が立っていて、その周りには出演する子供達が陣取っている。
そこからコーンとポールで簡単に仕切られた外側から、僕達見学者が見守っているという状況だ。
見学者のエリアにいるのは僕と下村さん、それに優太だ。
組織の人に見つかるとマズイので、優太の認識阻害の魔法で僕達全員姿形を誤魔化している。
もちろん、下村さんは友達にも見に行くとは伝えてないようだ。
藤堂さんは出演者の中に混じっている。
ブラウスにカーディガンとパンツを組みあわせた動きやすい格好だ。
それに……その近くにいるショートヘアで眼鏡をかけた女の子。
彼女が下村さんの友達――里中まどかさんみたいだ。
「――ということで、今日は特別な場所で課外授業をやっちゃいます!」
カメラに向かって、テンション高く宣言するえじそん先生。
スマホで見た通りの顔だ。
えじそん先生が腕を大きく伸ばしながら振り向いた。その先、平野部から山へと繋がる境界らへんに簡易の番組セットが置かれていた。
実験をする時に使いそうなテーブルや椅子。それに何故か鍋やカセットコンロなんかが置いてある。
そして、その周囲にはよく分からない人形が置かれていた。
象や犬に……猫。どれも二足で立ってて、コミカルな雰囲気を醸している。でもエジソンにちなんで、その逸話から選ばれた動物なのだとしたら少し悪趣味な気がする。
『えじそん先生……』
皆が番組セットへと移動したところで、どこからともなく機械音声が聞こえてきた。
呼ばれたえじそん先生が、その声に反応した。
「その声は……えれふぁん君!」
そのまま機械音声と会話をしだした。
「――ねぇ、あの喋ってるAIって……組織が絡んでたりするのかな?」
その様子を見ていた下村さんが隣で呟いた。
「裏でスタッフが声を当ててるんじゃない?」
下村さんの疑問に優太が答えた。
うん、僕もそんな気がする。
流石に番組内で組織のAIが喋るのは、考えにくい気が……。
「でも……番組では、あれAIだって言ってるよ?」
「え、ほんとに?」
下村さんの言葉を受けてスマホで調べてみると、確かにAIが番組のアシスタントをやってるって出てきた。
ただ、かなり自然な喋り方をするから、本当はAIじゃなくて人が声を当ててるんじゃないかって噂もあるらしい。
「なるほど。組織が絡んでない……とは言い切れないかもだね」
僕らは人みたいに話すAIを知ってる。
同じ類のAIを使ってると言われても驚かない。
でも……もしそうなら番組、というかテレビの深いところまで組織が入り込んでることになっちゃう。
この番組は本当に大丈夫なのかと、ますます心配になりながらも撮影へと目を向ける。
場面は山から取ってきた山菜について、えじそん先生が説明してるところだ。
今のところ問題は起きてない。
このまま何事もなく終わってくれたらいいんだけど……。
そんな想いで見てるとえじそん先生が、楽しい経験から科学を好きになってもらえたら嬉しい、みたいなことを言った。
……意外に良い事言うね。
「好きなことって何だろ……」
下村さんが呟いた。
これは……この前の進路の悩みについてかな?
たぶん、単純に好きなことが何か分からないんじゃなくて、将来に繋がる好きなことが分からないのだろう。
「朝陽さんは普段、何をしてると楽しいって感じるの?」
尋ねると、少し考える仕草を見せた。
「体を動かすのは好きだね」
でも遊ぶ時間が減るのは嫌だから、部活には入ってないらしい。
「誰かと一緒に何かをするのも好き」
だから、休みがあったらできるだけ遊びの予定を入れたい。
仲の良い人とわいわいしながら、何かをしたい。
そう下村さんは続けた。
テスト明けや春休みに、遊びに誘われたことを思い出した。
「後は……」
下村さんが僕をじっと見る。
「……? どうしたの?」
「……ううん、何でもない」
尋ねると、下村さんは首を横に振った。
どうしたんだろう。気になるけど……まぁいいか。
今は下村さんの好きなことだね。
「……一個一個でやりたいことに繋がらなくても、好きを集めていったら見えるものもあると思う」
今分かったのは、たぶんフリーランスみたいに一人でやるような仕事は向いてないんだろうなってことだ。
下村さんは、人と関わるような仕事が向いてる気がする。
「人と関わるかぁ……でも私、縛られるのは嫌なんだよなぁ」
規則やルールで雁字搦めになるのは窮屈に感じてしまうらしい。
それが理由で、今は部活にも入ってないそうだ。
「今は?」
「うん。うちの学校って、最初は絶対にどこかの部に入らなきゃいけない決まりだから」
「なるほど」
それで最初はバスケ部に入っていたそうだ。
でも、辞めてしまったらしい。
「だからさ。人と関わるような仕事でも、規則とかで縛られたらしんどいのかなって……」
そう言って、迷った姿勢を見せる下村さん。
うーん、そんなに規則に縛られるものなのかなぁ。
前世含めても普通の会社員とかは経験したことないから、その辺は分かんないや。
でも……。
「……たぶん、もっと簡単に考えても良いんじゃないかな?」
「もっと簡単に?」
オウム返しに尋ねてきた下村さんに向かって頷く。
「僕なんかはさ、マジシャンで生活する道を選んだわけだけどさ……」
選んだ理由は好きだからだ。
売れなかったらどうしよう。
失敗したらどうしよう。
もちろん、そんな心配事は常にあった。
その心配ごとを打ち消すために、頑張った。
結果として、前世では無理をし過ぎて身体を壊しちゃったんだけどね。
そこまでやっても、結局売れなかったし……。
でも、がむしゃらにやってたおかげで分かったこともある。
売れなかったとしても、生きるだけの最低限のお金は案外稼げる。
生きるってことを考えるだけなら、もっと気楽に臨んでいいんだと思う。
「とりあえずやってみて、駄目なら次を考えて……そんな生活でも良いんじゃないかな?」
たぶん、僕が言ってることは学校の先生や下村さんのご家族からすると、とんでもないと思う。
普通は安定した生活の方が望ましいしね。
それでも、下村さんの人生は下村さんのものだからね。
「大事なのは、自分が納得できるかどうか、だよ」
こうあるべき。みたいな思考じゃなくて、下村さんがやってみたいこと、そこから納得できるものを探せば良いんじゃないかな。
「納得できるか、どうか……」
下村さんが僕の言葉を反芻してる。
「ごめんね、曖昧な感じになっちゃって」
「……ううん、ありがとう。参考になったよ」
下村さんがはにかんだように笑った。




