閑話 あの日の冒険
「朱音!遊ぼー?」
時は6年前。小学校5年生の神谷修と、入江開登はいつものように、3件隣接した家の一番端っこ。菜月朱音の家のインターホンを押して言った。
「……。出てこないね。」
学校終わりはランドセルを投げ捨てて、家の前の道路で遊ぶのが日課となっていた。だから出てこないはずはないのだが、今日はやけに遅かった。
「出てこないなら出させるだけ!」
開登はそう言ってインターホンを連打する。するとインターホンから返事するのではなく、菜月朱音自身が直接ドアから出てくる。
「おーやっと出てきたか……って痛っ!」
朱音は怒りのげんこつをお見舞いする。そして間髪入れずに修にも一発。
「なんで俺も……。」
「何回も押さないでくれる!?こっちもこっちで忙しいの!」
朱音はカンカンに怒ってまた家の中へ戻っていく。修と開登はたんこぶができた頭を抑えつつ嘆いた。
「ちぃ。なんなんだよあいつ……。」
「開登のせいで俺まで殴られちゃったじゃん。」
「今日は遊べないみたいだな……。」
そういえば、朱音が遊べないことなどあっただろうか。お母さんのしつけの関係で、あまり遅くまでは遊べないものの、ほとんど毎日遊んでいた。
「そーだな。じゃあ今日は帰……。」
「お待たせー!今日は何して遊ぶの?」
そう言って、修と開登がUターンして帰ろうとしたその時、朱音の家のドアが勢いよく開く。それにびっくりしたのか、秒で向けた背を回転させ、振り返る。
「って朱音遊べるのかよ!?」
開登がそう言うも、当の本人はきょとんとしたまま動かない。
「どういうこと?」
「いや怒って帰っちゃったから、今日は遊ばないのかと思っちゃったんだよ!」
それを聞くと朱音はクスクスと笑った。
「それは家のピンポン何回も押したから怒ったんだよ……。それに、あまり遊べないけど昼はやることないの!」
今日は1学期の終業式の日で、学校は午前で終わりだった。だから午後は皆ぽっかりと空いていた。
「あまり遊べないって何時くらいだよ。」
「んー4時くらい!」
「えー短いなー。」
修が不満を垂れる。冬ならまだしも、季節は夏なので、4時でもまだ全然明るい。帰りましょうを告げる夕方の無線も鳴るのは6時だ。
「しょうがないでしょ。私だって忙しいんだよ!」
「暇だから遊んでるくせに……。」
「なんか言った?」
「な、なにも……。」
修と開登が揃って嫌味を言うも、ものすごい剣幕で朱音が対抗してくるので、負けを認めざるを得ない。
「で、何するの?」
「そりゃサッカーだよ。実はボール持ってきてるしな!」
そう言って修はボロボロになったサッカーボールを笑顔で見せる。球技で遊ぶときはサッカーじゃなくても全てこれを使い回しているので、もう表面の皮も取れ始め、非常に年季の入ったものとなっている。
「えー。サッカーだと私勝っちゃうしなー。」
今まで何回も家の前の道路をスタジアム代わりにサッカーをしてきたが、8割方は朱音が勝っていた。練習時間は同じはずなのに、なぜか頭一つ抜けて上手かった。
「じゃあバスケはー?」
今度は開登が提案。ボールはサッカーのものを使うとして、問題はゴールなのだが、ゴールは開登の家においてある。
開登が経験者というのではなく、遊びに欲しいと言ったら誕生日プレゼントにお母さんが買ってくれたのだ。
「バスケも修と開登全然入んないじゃん!」
サッカーに限らず、大抵のスポーツは朱音が勝っていた。ただ、1つだけ全員の力が均等のスポーツがあった。
「なんだよ。文句言ってばっかり。じゃあ朱音は何がいいんだよ……?」
「じゃあテニスやろ!」
テニスだけは皆の実力が均等だった。始めの頃は小さいボールに慣れず、色々なところにボールを飛ばしてしまって、近所の人に迷惑をかけたものだが、やっていくうちにラリーが続くようになってきた。
「よっしゃ!今日は朱音倒すからな!」
ラケットとボールは朱音が持っていた。さすがにこの競技はサッカーボールで使い回すわけにはいかない。
「修と開登もまとめてかかってきなさい!」
笑いながらテニスをするのは楽しかった。いつから遊ぶようになったかは覚えていないけども、こうやって小学校から帰った後、皆で遊ぶのが皆の楽しみになっていた。
フォームはめちゃくちゃだけども、ラリーさえ続けばこっちのもの。負けた方が交代で、3人で回していたが、問題が起こった。
「あっ。」
修が打ったボールが、ラケットのふちに当たって、高く、そして横に飛んで行ったのだ。ボールは向かいの家を通り越して、その先の畑に飛んでいった。
「やっべ!取り行かないと!」
修は考えるより先に足が出ていた。時間が経てば経つほどなくしたものは見つかりづらくなる。
「俺も行く!」
「私も!」
3人は全力疾走。足はさすがに男2人の方が速く、ぐんぐん差は開いてく。朱音も女子の中では抜群に足が速かったが、それ以上に2人が速かった。
「速いよ2人共……。」
結局、朱音が回り道をして、畑に着いたのは2人が着いてから10秒後くらいだった。
「なんてったって俺らは男の子だからな。足で女に負けちゃだめだ。」
ボールを探しつつも、自信満々に言うのは開登。
「スポーツだと負けてるくせに……。」
「う、うるせえ!」
「それに背だって男の子なのに低いじゃん。」
修は小5時点で平均身長の139cmだったが、開登は130cmと、他のクラスメイトより随分遅れを取っていた。朱音は147cmと、3人の中では一番背が高く、背の順でも最後尾だった。
「これから伸びるからいいんだよーだ。」
「ちびの開登に抜かせるかなあ?」
「男の子は中学生になってからだって父ちゃんも言ってたしだいじょーぶ!」
そして、それから探すこと30分程。
「お、これじゃね?」
修が物陰に隠れていたボールを手にする。黄色のボールもとても色あせていて、年季が入り込んでいる。
「それだよ!それ!」
「よっしゃ!じゃあ続きやるか!」
おー!となったところで、菜月の腕時計がピピピ……と鳴り出す。3人の視線は一気にその時計に向けられる。
「何それ?」
「これ……アラームだ。4時に設定しておいたんだった……。」
4時というのは、朱音が帰ると言っていた時間だ。さっきも言ったように、朱音のお母さんは門限には厳しく、あまり遅くまで遊ぶのはよろしくないという主張だ。
「あ、そっか……。じゃ、今日はここまでかあ。」
家の事情があるというのは分かっていながらも、まだ明るいのに解散というのがなんとも煮え切らなかった。
「私……ママにまだ遊べるか聞いてくる。」
修と開登は突然そう言う朱音に驚いた。朱音が遊びの時間の延長がしたいと言い出したのは今日が初めてだったし、最大の壁として、お母さんが立ちはばかるということは皆分かり切っていたからだ。
「えっ……でもお母さんとか……。」
「少しそこで待ってて!」
修と開登は引き留めようとしたが、朱音はそれを聞かずに行ってしまう。修と開登は畑の中でひたすらに待っていた。
数分後だった。朱音がニコニコした顔で戻ってきた。その顔を見て、修と開登も悟ったのか、思わず笑みがこぼれる。
「5時まで遊んでいいって!」
「まじ!?」
「よっし!今すぐテニスの続きだ!」
その3日後、朱音は線路を挟んで反対側に引っ越してしまった。小学校は本人の志望で、学区外からでも少しばかり多くの時間をかけて登校できたが、中学校はさすがに別だった。
思えば、朱音が忙しくしていたのは引っ越しの準備。朱音が無理矢理にでも遊ぶ時間を延長したのは、もう遊べなくなると分かっていたから。
そして門限に厳しい朱音のお母さんがそれを承諾したのは、お母さんも朱音の気持ちを分かっていたから。
そして現実に、その引っ越しの日を境に、家の前で遊ぶことはなくなってしまい、その数年後、中学校のとき、開登も隣の駅の近くに引っ越してしまうことになる……が、
再びこの3人が高校で巡り合うことになうのは、また別のお話。
「……なんだこのボール。」
玄関の靴箱の掃除をしていたら、奥からすっかり色落ちした、古いボールが出てきた。どこか懐かしいようだった。けども詳しくは思い出せない。
一つ言えるのはこのボールにはたくさんの思い出が詰まっているということだった。
「とりあえずこのボールは捨てなくていいか。」
俺はそう言いつつ、ほこりだらけのボールを見つめた。
「……たまにはサッカーするのもいいかもな。」
これで完全に1章は終了です。
次回からは2章に移っていきます。




