新たな
ここからが新展開です!
クラウスと食事へ行ったその翌日、エレノアの下に懐かしい来客があった。
「嬉しいわ……来てくれたのね、マーカス」
「いやぁ、さすがにエレノア様が出て行ったのに領地に残るわけにもいきませんからなぁ」
そういいながら髭を扱くのは、幹のように太い腕をした白髪交じりの男だ。
鍛治師マーカス、エレノアが私費で蒸留器を造ってくれた際に尽力してくれた男である。
彼の後ろには、マーカスの弟子であるダイクとファンの姿も見える。
どうやら三人とも、領地を出てわざわざ自分の下へとやってきてくれたらしい。
「様はよしてちょうだい、私はもう家名を捨てたただのエレノアなんだから」
「いやいや、俺達を救ってくれたエレノア様を呼び捨てにするなんて、とてもとても」
そういうとマーカス達三人はその場で立ち上がり、頭を下げた。
「エレノア様、もしよければ引き続き俺達のことを雇い入れてはくれんでしょうか?」
「もちろんよ、マーカス達がいてくれて心強いわ」
エレノアの言葉にマーカス達は破顔し、感謝から更に深く頭を落とした。
――マーカス達は鍛冶師ギルドに所属していない、いわゆるはぐれの鍛冶師だった。
彼らは皆、工房で親方と反りが合わなかったために正当な評価を得られず、結果としてギルド所属ができなかった鍛冶師達だった。
そのせいで行き場をなくし細々とした仕事をして食いつないでいた彼らを雇い入れ、蒸留器を造ってもらった。
エレノアが蒸留器の開発に成功したのは、ギルドに所属はできずとも確かな腕を持つ彼らのおかげだった。
「ヴァルトシュタイン商会の出資のおかげで、今後蒸留酒事業は大きくなるわ。引き続きあなた達の力を貸してちょうだい」
「ははっ、そりゃあ腕が鳴りますな」
あちらで製作した蒸留器は既にこちらに持ってこさせていたが、既に蒸留器を造った経験のある彼らがいれば工作の速度や精度は一気に上がってくれるはずだ。
こうして蒸留酒造りを共に行ってきた戦友のマーカス達が来たことで、エレノアの蒸留酒造りのための準備は猛烈な勢いで整っていくのであった……。
マーカス達との再会を果たした翌日、エレノアはある目的のためにヴァルトシュタイン商会へとやってきていた。
「オールド、こちらがエレノア様だ」
「どうもエレノア様、初めまして。ヴァルトシュタイン商会の飲料類を取り纏めておりますオールドと申します」
軽く頭を下げるのは、細長いモノクルの位置を細かく直している、生真面目そうな男性だった。
彼の名はオールド・バーギー。
ヴァルトシュタイン商会における実質的なナンバースリーであり、酒を初めとした飲料の取り扱いを取り纏める男だ。
「それで今回は……なんでもエレノア様が新たなお酒を開発なされたという話でしたが」
「はい、今後オールドさんにはこのお酒を売っていただくことになると思います。ですので事前にお話し合いができればと思い、お時間を作っていただきました」
既にクラウスから話を聞いているらしい彼は、新しい蒸留酒というものに懐疑的な様子を隠そうともしない。
「なんでも、麦を使ったお酒ということですが……うちの主な顧客はある程度裕福な商家や貴族家の方になります。果たしてそのお酒を彼らが飲んでくれるものか……」
「まあまあそう言わず、是非一度試してみてくれたまえよ。試すだけならタダだろう?」
クラウスの言葉に、オールドは気が進まなそうにこくりと頷いた。
蒸留酒の生産を事業として行っていくことは決まったものの、実際に造ったお酒の流通を担うのはオールドの役目になる。
彼をしっかりと説き伏せるのは、ヴァルトシュタイン商会で蒸留酒を取り扱うに当たって必要不可欠な条件だ。
エレノアは懐からボトルを取り出し、コルク栓をきゅぽんと抜く。
そして用意されていたグラスへと琥珀色の液体を注ぎ、オールドへと差し出す。
「ふむ、色は白ワインより更に濃い……ビールに似た綺麗な黄金色ですな」
オールドは手慣れた様子でグラスのステムを持ち、くるくると回転させながらその香りを嗅いだ。
「こ、これは……」
庶民が飲む麦の酒と思い明らかに不承不承な様子であったオールドが目を見開く。
彼はそのまま食い入るようにグラスを見つめ、香りを立ち上らせ何度も嗅ぎ始めた。
「なんと馥郁たる香り……まるで梨を思わせるような爽やかがありながら、奥には深い木の薫香が隠れている」
香りを楽しんだ彼は、ゆっくりとグラスを傾ける。
そして彼は口の中で揉み、噛みしめるように味わってから飲み干した。
「これは……素晴らしいお酒ですね。本当に麦から出来ているのですか?」
「はい、作ったお酒を樽の中で寝かせることで樽の味が移り、様々な香味を楽しむことができるんです」
「そして度数が高いのに驚く程にまろやかだ……こんなにキツいお酒なのに、するすると入ってしまう」
「樽の中に入れて長時間熟成させることで、アルコールの角を取っているんです。今回お渡ししたウイスキーはおよそ三年の時間をかけて作っております」
「三年ですか……」
これは時の深みを味わう酒だ。
オールドはそう直感する。
ビールなどと比べると、作るまでにかかる時間は膨大なものになるだろう。
だがかけた年月の分だけ味に深みが増していくというのは、商材として見れば決して悪いものではない。
その分だけ値段に転嫁すればいいだけなので、年月が浅い物を中級層向けに、長い物を富裕層向けにすれば製品ごとの棲み分けもできる。
「どうだいオールド、この蒸留酒事業に投資をするという僕の判断は間違っていたかな?」
「間違っていた……とそう思っておりました。この一杯を飲むまでは」
だが一度飲めば、その考えは大きく変わった。
この酒は間違いなく売れる。
間違いなく今後、ヴァルトシュタイン商会の目玉商品になるだろう。
酒類に関しては他の大商会と比べてそこまで秀でているわけではない商会が、酒業界に風穴を開けることができるかもしれない。
「エレノア様、どうやらあなたとは長い付き合いになりそうだ……何卒よろしくおねがい致します」
「ええ、こちらこそ。あなたのようなやり手の商人が見方についてくれて頼もしい限りよ」
エレノアはオールドと握手を交わす。
彼はエレノアを世間知らずな女性として侮ることなく、対等なビジネスパートナーとして認めていた。
「さて、それじゃあ改めて三人で話ができるようになった時点で早速提案をしたいのだけれど……」
オールドが無事こちら側にやってきてくれたことで、エレノアは兼ねてから抱えていた問題について腹を割って話をすることにした。
これから蒸留酒事業を行うにあたって、一つ大きな問題がある。
それはウイスキーを商品化するまでには三年もの期間がかかってしまうということ。
その間無収入になってしまうのだけは、なんとかしても避けなければならない。
けれどその問題解決の方法を、前世の知識のあるエレノアは知っている。
「ウイスキーを少量だけ流通させるのと並行して、新しいお酒を造っていこうと思ってるの」
「ほう、新しいお酒ですか」
「それはウイスキーとは異なるものなのですかな?」
「ええ、私が造ろうとしているそのお酒の名は――ジンというの」
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