ハイタッチ
提案をしたその翌日。
エレノアはクラウスと共に商会でさっそく新商品であるジンを試していくことにした。
ちなみにオールドは既に販路開拓のために王都中を飛び回ってくれているため、この場にはいない。
「さて、新商品のジンがどんなものなのか……今から楽しみですね」
まるで子供のように顔を綻ばせるクラウスを見て、エレノアにも笑みが移る。
どうやら彼はかなりお酒が好きなようで、前世から飲んべえであるエレノアとは話が良く合う。
「では早速、飲んでいきましょうか」
エレノアが出したボトルを見て、クラウスはふむと頷く。
ジンはウイスキーとは色合いが違う。
グラスに注がれた液体は透明で、琥珀色をしたウイスキーとはまったくの別物だ。
「無色透明なのですね……水と言われてもわからないかもしれません」
「ジンは熟成を必要としないお酒なんです。蒸留して造ったものをそのまま出しているので」
グラスをスワリングさせたクラウスがほぅと感嘆の息をこぼす。
「これは……ウイスキーとはまったく別のお酒ですね」
彼は何度も香りを確かめながら、ふむふむと頷く。
「香りもいい……ハーブの香りでしょうか、嗅いでいて気持ちが落ち着きます」
蒸留酒であるジンは、ウイスキーとは違い樽の中での熟成を必要としない。
そして一番の違いはやはり、ハーブや香草・果物などを使い香り付けを使うところにある。
「あまり複雑過ぎてはわかりづらいかと思い、今回はジュニパーベリーにオレンジピール、シナモンとミントの四種類を混ぜてあります」
二人で杯を打ち鳴らし、ゆっくりと口に含む。
まず最初にやってくるのは、蒸留されること度数の上がったガツンとしたアルコールの刺激だ。
だが本来であれば飲んだ後にやってくるであろう刺激は、驚くほどに柔らかい。
スッとした清涼感が口の中を爽やかに包み込んでくれるおかげで、驚くほどに飲みやすい。 鼻を突き抜けるハーブや果実の香りが、飲み干した後も残り続ける。
満足げに息を吐き出すクラウスを見ながら、エレノアが笑う。
「ジンは『飲む香水』と呼ばれているお酒なんです」
「『飲む香水』……なるほど、言い得て妙ですね」
ジンの強みは、使う香草や果実を自分の好きなように決めることができることである。
ウイスキーであれば数年はかかるものを、ジンは香草を使うことですぐにつけることができる。
故に前世でも、ウイスキーメーカーがウイスキーを販売する前にはジンを売るというのは一つの流れとしてあった。
エレノアはそれを、異世界で再現することにしたのだ。
「実際に果実を使っている分ウイスキーとはまた違った良さがありますね。奥ゆかしいというよりは、ガツンと表立って味わいが前に出ているというか」
どうやらクラウスはかなり気に入ったらしく、あっという間に飲み干して二杯目に突入している。
グラスのサイズ自体がそこそこ大きいので、かなりの量が入っている。
「わかります。ジンの方が尖っているお酒なので好き嫌いは分かれるでしょうが……どうでしょうかクラウス様の目から見て」
「間違いなく、売れると思います」
クラウスはそう言うと、グビリと二杯目を飲み干した。
だが言葉は肯定的だが、その態度にはいつものような元気がない。
どうしたのかと思い尋ねてみれば、想定外の答えが返ってくる。
「エレノア様、もしよければ自分にも気安く接していただけないでしょうか?」
「えっと……大商会の会頭様に恐れ多いといいますか……」
「自分にもオールドのような態度で構いません。私達はこれから共に事業をしていく戦友になるわけですから……そのような他人行儀な態度では、その……少し、寂しいので」
「わかりまし……わかったわ。それならクラウスも私のことはエレノアと呼んでちょうだい」
「……ええ、もちろんです、エレノア」
本当にそれだけだったのか、クラウスは既ににこにこと笑ういつもの彼に戻っていた。
彼はジンをしげしげと眺めながら、
「配分が変えられるということでしたら、様々なパターンのジンを出してみるのもありかもしれませんね。将来的なシェアを見越すのなら果実や花などを多めに使って『飲む香水』としての認知度を上げていった方がいいと思います」
どうやら商人のスイッチが切り替わったらしいクラウスが、ジンの作り方や味の違いについていくつも質問をしてくる。
以前と違い気安い口調で、お酒を飲みながら語り合う。
自然エレノアにも笑みが増え、それに気を良くしたからかクラウスもとても楽しそうに笑っていた。
「やっぱりお酒はいいですねぇ。この蒸留酒のおかげで一体どれだけ商談が決まることになるか……考えるだけでワクワクしますよ」
「たしかに、お酒の席も大切だものね」
「そうですねぇ……あ、そうだ!」
『名案を思いついた!』という感じで目を見開きながらクラウスがジンの入ったグラスを掲げる。
「それならこのジンを商会経由で、酒場で売ってみませんか?」
「……酒場に?」
「そうです! 正式にジンとしてボトルを売るのであれば、ある程度味の方向性は統一した方がいいでしょう。ですが酒場になら、小ロットの単位で様々な味のジンを卸すことができます。酒場にやってくるのは皆お酒好きな方達ばかりですから、良いサンプルが大量に取れるのではと」
クラウスの言葉には、なるほど頷けるところが多かった。
酒場で飲んべえ達を相手に受けるジンの配合を探り当て、これだというものができたら商品化する。
なるほど、無駄がなくて素晴らしいアイデアだ。
「でかしたわ、クラウス! そのやり方でいきましょう!」
「エレノアならそう言ってくださると思ってましたよ!」
こうして酒を酌み交わしながら、二人はノリと勢いでジンを酒場に卸すことを決める。
そして次の日から早速動き出し……
「よし、そうしたら行きましょうか」
「ええ、楽しみですね」
二人はジンを卸すため、商会と懇意にしている酒場『カフェ&バー十年』へと足を踏み入れる。
「ようこそおこし下さいました」
出迎えてくれたのは、職人気質でぶっきらぼうなマスターだった。
ぴっちりとジャケットを着こなすナイスミドルは、グラスを拭いている手を止めてクラウスに苦笑を向ける。
「クラウス様の頼みならそりゃあ断りませんがね……」
この店はマスターが認めた酒しか置かないことで評判のバーだ。
得意先である商会の言うことなら聞くが……という感じで、マスターの男は明らかに乗り気ではない。
だ自信ありげなクラウス達に勧められ、店のグラスにジンを入れた。
彼はその透明度に驚き……そして口に含み、思わずグラスを取り落とした。
パリンという音が鳴り、一つ一つにこだわっているというアンティークガラスが割れる。
そんなことを気にする余裕もないらしく、彼は動揺しながら飲み勧めていった。
「なんだこれは……美味すぎる! クラウス様、こいつぁ……」
「どうかな、店に置いてくれるかい?」
「この酒を置かないというやつぁモグリでしょう。是非とも置かせてください!」
マスターの言葉を聞き、視線を交わし合ったエレノアとクラウスがハイタッチを交わす。
こうして無事酒場のマスターにも美味しさを伝えることができた二人は、さっそくジンを酒場に卸していくのであった……。
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