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グランブル伯爵家の凋落


「気に入ったわ、このドレスもちょうだい!」


 エレノアが去っていった後、リリアーナは伯爵家の屋敷に仕立屋を呼びつけて新たなドレスを買っていた。


 新たな伯爵家嫡子のお披露目会ということでドレスを必要としているという話だったが……果たしてそのために何着ものドレスを買う必要があるのだろうか。


「全部でいくらになるかしら?」


「そうですね、およそ金貨五十枚程度かと……」


 『バルガス服飾店』の店員の一言に、執事であるセバスは目の色を変えた。

 彼は叱られることを承知の上でリリアへと忠言をする。


「リリアーナ様、わざわざ新しいドレスを買わずともいくつも未使用の物があったはずです。今回のご購入は見送った方が……」


「うるさいわね、セバス! ただの執事が次期伯爵である私に楯突くんじゃないわよ!」


 だがリリアーナはそのアドバイスに聞く耳を持たなかった。


 セバスは頭を下げながら、机の上に並べられた書類に目を向ける。

 その中には、今月中に支払わなければならない借金の返済期限が記されている。


 その額……金貨一万枚。

 今の伯爵家ではどう転んでも捻出することができない額だ。


 エレノアは将来的な農作物の収量の増加や押し進めている事業の収益計画などの具体的な数字を見せることによって商人達を納得させていたが、彼女がいなくなりそれら全ての計画は白紙に戻ってしまっている。


 こんな状況では、商人達も支払いを待ってはくれないだろう。

 支払いを済ませてほくほくな様子のリリアーナを見ながら、セバスは誰にも聞こえぬようぽつりと呟いた。


「エレノア様、このグランブル領は半年も保たぬかもしれません……」




♢♢♢




 エレノアは王都にあるヴァルトシュタイン商会へとやってきていた。

 以前も一度来たことがあるが、やはり中に入るとその異様に圧倒されてしまう。


 大貴族家にも負けぬほどの三階建ての豪邸は、このヴァルトシュタイン商会が持つ富の大きさを示している。


 商会に入れば異国情緒溢れる毛織物が並び、自国では作れぬ果実酒や香辛料による複雑な香りが立ちこめている。

 国を股にかけてあらゆるものを商うヴァルトシュタイン商会は、王国の国王であっても顔色を窺う必要があるほどの大商会であった。


「エレノア様、よくぞお越し下さいました!」


 そう言ってエレノアを出迎えてくれたのは、彼女よりも一回りほど大きな銀髪を左右に撫でつけた偉丈夫だった。

 理知的な青の瞳を持つ彼はクラウス・ヴァルトシュタイン。

 ヴァルトシュタイン商会の若き商会長である男に、エレノアは少し恥ずかしそうな顔をして告げる。


「よしてください、自分は既に家を出たただの平民ですので。それで、実は以前お話ししていた第三のお酒の試作品ができましたので、ぜひご賞味いただければと思いまして……」


「おお、本当ですか! 計画を聞いてから長いこと心待ちにしていたのですよ、いやぁ楽しみだなぁ」


 エレノアは伯爵家で用意できない資金を調達するため、自身の蒸留酒に関するアイデアをいくつかの商会に売り込もうとしたことがあった。

 その時に唯一興味を持ってくれたのが、当時まだ若頭であったクラウスだったのだ。


 エレノアが持ってきていた鞄から、一本のボトルを取り出す。

 そして用意されたグラスへボトルを傾ければ、トクトクと粘性のある琥珀色の液体が器を満たしていった。


「これが私が造っている蒸留酒……それを三年ほど熟成させたものです」


「三年物ですか、ワインなどでは珍しくはないですが、はてさて……」


 くんくんと香りを嗅ぎ、クラウスは目を見開いた。

 ツンとするアルコールの刺激は、ワインやビールなどでは得られない強烈なものだ。


 そのままグラスを傾け、蒸留酒を口の中で転がす。


「……蜂蜜のように甘いですね。ですがそれだけではない。樽由来と思しき苦みと青い果実を思わせるフルーティーさ……ベリー系のフレーバーが多いワインとはまたことなる趣です。これが本当に、大麦から造られているのですか?」


「はい。大麦を発酵させ、それを蒸留してから熟成を行って造ったお酒で、ウイスキーといいます」


「ウイスキー、ですか……」


 クラウスがそのまま蒸留酒を飲む様子を、エレノアは固唾を飲んで見守っていた。


 押しも押されぬ大商店であるヴァルトシュタイン商会の俊英に認めてもらうことができれば、蒸留酒は間違いなくきちんと売れるだろう。


 彼の言葉は、今後のエレノアの進退を大きく左右することになる。


「間違いなく売れます……いや素晴らしいですよ、エレノア様!」


「……本当、ですか?」


「ええ、このクラウスが保証します! もし王国民の舌が肥えておらずに売れ残ったのなら、隣の帝国か海を渡ったジェボアに売りに行けば確実に捌けます。この高い度数とまろやかな口当たり。このお酒は……この世界の酒文化を変えるかもしれません」


「そ、それほどですか……」


 ぜひとも商会でこのウイスキーを扱わせて欲しい。

 そう言って頭を下げるクラウスを見て、今までの苦労が報われたような気分になった。


 エレノアとしても自信はあったので一安心だが、今後のことを考えれば正直な状況を話しておく必要があるだろう。


「すみません、実はこのウイスキーはまだ生産量が少なく……それに商品をしっかりと生産ラインに乗せるまでには、初期投資がかなりかかってしまうのです」


「それなら私が出しますとも。これほどのお酒が投資が足りないからなどというくだらない理由で埋もれてしまうのは、世界の損失だ」


 クラウスはパチリと、エレノアにウィンクをしながら続けた。


「以前は果たせなかった約束を、会頭となった今こそ果たさせて下さい。エレノア様、二人でこの世界にウイスキーを広めていきましょう」


「クラウス様……ありがとう、ございます」


 エレノアはぺこりと直角に頭を下げる。

 こんな風に認められるのは、今世では初めてのことだった。


 目を赤くするエレノアを見て笑うクラウスは、優しい顔をしながらこくりと頷いた。


「これからはぜひ、自身の夢のために働いてください。あなたはあまりにも自己犠牲が過ぎる」


 こうしてエレノアはヴァルトシュタイン商会からの出資により、本格的なウイスキー製造へ舵を取ることになる。


 伯爵領でどれだけ頑張っても認めてもらえなかった彼女のお酒造りは、この世界でも五指に入るほどの大商人であるクラウスから評価を受けることができたのだ――。










 一方その頃、伯爵家は混乱のただ中にあった。

 浪費を繰り返していたリリアーナの前に、返済期日が過ぎた借金を取り立てるためにやってきた商人達がやってきていたからだ。


 リリアーナは怒気をはらんだ声で、叫び声を上げた。


「金貨一万枚なんて……そんなの払えるわけないじゃない!」


 商人達は顔色を青くしながらも、毅然とリリアーナへと向き合っていた。


「そう言われましても……借金を踏み倒されるということでしょうか?」


「そんなこと言ってないじゃない! どういうことよ、セバス!」


「ですから再三申し上げた通り、借金の返済期日が過ぎているのです」


 リリアーナはセバスの言うことを何一つ聞かず、結果として借金は膨れ上げるばかりであった。


 そしてエレノアがいなくなったことで事業計画が破綻してしまったことを知った商人達は、このままでは本当に借金を踏み倒されるのではと考え、急ぎリリアーナの下へとやってきたのだ。


「リリアーナ様、家財道具や美術品など換金できるものはいくらでもございます。ひとまずはそれらを売ってお金に換えて……」


「嫌よ、なんで私のものを売らなくちゃいけないの! お姉様がやっていた時はそんなこと一度もなかったじゃない!」


「それはエレノア様が破綻することがないよう、正確に計算をなさってくれていたからです。あのお方が日夜帳簿に目を通していたことを、私は知っております」


「何よ、一日中書類とにらめっことしていた根暗のお姉様の肩を持つってこと!?」


「その帳簿とのにらめっこのおかげで、エレノア様は伯爵家をなんとか成り立たせてくれていたのですよ」


「ぐぅ……」


 珍しく忠言をしてきたセバスにぶすっとするリリアーナ。

 商人達は不興を買うのを恐れながらも彼女の前へと立った。


「我々としても、借金を踏み倒される方となるとこれ以上の取引はできません」


「だから、そんなことしないって言ってるじゃない!」


「でしたら借金返済のための具体的な計画か、担保をいただければと思います」


 リリアーナは嫌がったが、相手も商売でやっている。

 結果として屋敷にある美術品の類いが借金の担保として使われることになってしまった。


「もう、なんでこんなことになるのよ!」


 商人達が帰った応接間で、リリアーナは一人顔を俯かせる。


 せっかく伯爵になれるというのに、なぜこう全てが上手くいかないのか。

 こんな風になったのは誰のせいか……決まっている。


 全て姉のエレノアのせいだ。


「そうだわ……お姉様を呼び戻しましょう。そうして今まで通りに仕事をやってもらえば、全部元通りになるはずよ。私が伯爵で、お姉様がその配下として働けば全部丸く収まるはずよ」


「リリアーナ様、それは……」


「よし、そうと決まったら出発するわ!」


 セバスの言葉を聞かず、リリアーナは王都へと向かっていった。





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