EP 3
落盤防止と有毒ガス。現場監督のダンジョン安全基準
「止まれッ! 全員、そこから一歩も動くんじゃねぇ!!」
天魔窟の地下二層。湿った岩肌が続く通路に、優也の鋭い制止の声が響き渡った。
「えっ、何!? 優也君、魔物の気配?」
キャルルが即座にファイティングポーズを取り、周囲を警戒する。
「……いや、魔物の気配はしねぇな。だが、この先の天井を見ろ。嫌なクラック(亀裂)が入ってやがる」
優也はヘッドライトの光を一点に集中させた。
そこには、今にも崩れ落ちそうな巨大な岩の塊が、絶妙なバランスで天井からせり出していた。冒険者が不用意に通り抜ければ、その振動だけで「落盤」という名の即死トラップが発動する場所だ。
「えぇ……。こんなの、普通のダンジョンならどこにでもあるじゃない。避けて通ればいいだけでしょ?」
キャルルが呆れたように耳を揺らす。
「甘いな、村長。現場を舐めるな。落盤ってのはな、起きてからじゃ遅ぇんだよ。……おい、リーザ。そこに隠れてないで、これを支えてろ」
「ひ、ひぃぃぃっ! 無理ですぅ! 私はか弱いアイドル人魚なんですぅ! 押し潰されたら、私の美しい遺影が札束で埋まっちゃいますぅぅっ!!」
リーザが優也の背中にしがみついて拒否権を発動する。
「……チッ。ルナ、お前の出番だ。あの岩の隙間に、根っこをねじ込んでガチガチに固定しろ。支保工の代わりだ」
「あらあら、任せてちょうだい♡ 締め付けて壊さないように、優しく、でも一生逃げられないように絡め取ってあげるわね♡」
ルナが杖を振ると、天井の亀裂から太いツタが爆発的に成長し、崩れそうだった岩盤をガッチリと壁に縫い付けた。
「よし、これで『天端の補強』は完了だ。……次はガスだ」
優也はスマホを取り出し、極めてデータ容量の軽い、アナログな『検知器』を召喚した。
『酸素・硫化水素濃度測定器(電池式):消費ポイント 50p(通信成功)』
「……地下の現場で一番怖いのは魔物じゃねぇ、目に見えない有毒ガスと酸素欠乏だ。酸素濃度が18%を切ったら、脳が一瞬でイカれるからな」
優也が測定器を掲げて通路を進む。
「……19.5%。……19.1%。……おい、下がれ! 濃度が急激に落ちてやがる!」
「ギチギチギチッ!!」
その時、暗闇の中から、ガス耐性を持つ『死百足型』が数体、鎌のような脚を鳴らして這い出してきた。
「優也君、あいつら!」
「構うな! 戦う必要はねぇ。……ルナ! 送風だ! あのツタを扇風機の羽みたいに編んで、外の空気を一気に送り込めッ!!」
「ハイハイ、仰せのままに♡」
ルナが杖を一振りすると、通路に張り巡らされたツタが巨大なファンへと姿を変え、猛烈な勢いで回転を始めた。
「「「うわああああああああっ!!!」」」
強烈な突風が通路を吹き抜け、溜まっていた有毒ガスが奥へと押し流されていく。
「ギ、ギェ……ッ!?」
有毒ガスの溜まり場でしか活動できない死百足たちが、新鮮な空気(酸素)を浴びた瞬間、エンジンの焼き付いたような異音を立てて次々とひっくり返った。
「酸素濃度、21%。正常だ。……これでこのエリアの『労働環境』は改善されたな」
優也はツルハシを肩に担ぎ、気絶した百足の頭をコツンと叩いてトドメを刺した。
「……ねぇ、優也君。私たち、本当にダンジョン攻略してるのよね?」
キャルルが、ピカピカにライティングされ、換気もバッチリ、落盤の心配もなくなった通路を見て、複雑な表情で呟く。
「当たり前だろ。現場を『安全』にするのが、俺の仕事だ」
「優也様ぁ! この倒れたムカデの装甲、スクラップとして売れば金になりそうですぅ! 回収しますぅぅっ!!」
リーザが早速、現金への執着で労働を開始する。
魔物を倒すのではなく、環境を「工事」して無力化する。
なろう系の常識を置き去りにした優也の地下掘削工事は、着実に、そして最も安全に天魔窟の中層へと到達しようとしていた。
だが、その先に待ち受けていたのは、死蟲機よりもさらに『厄介』で『プライドの高い』、中間管理職のメカライオンだった。




